第55話 武装警察官として(改)—秒で決める人間たち—
カウラが突然通信端末の着信に気付くとその表情は厳しいものに変わった。
「赤い表示……東都警察の通信だな……なにか事件か?」
そう言ってカウラは端末の画面を覗いた。誠もアメリアも同じ動作をした。
「通り魔か。小門町で三人が刃物で切りつけられ、一人が心肺停止状態。犯人と思われる男はそのまま浅間通りを北に向かった……このままだとこっちに来るな」
情報が脳に直結しているサイボーグであるかなめはそう言って誠達の顔を見つめた。誠も端末をのぞき、同じ文面を読んだ。そして同種の刃物での犯罪と言うことでこのところ東都で連続している辻斬り事件を不意に思い出した。
「西園寺、神前。とりあえず情報の確認に向かうぞ。薫さん、ちょっと仕事が入りましたので」
そう言ってカウラは薫に向けて敬礼して、駆け足で端末の示す交番へと急いだ。かなめは荷物をアメリアに押し付けてそのまま走り出した。
「辻斬りとは違う犯人だろうな。あいつの手口はすべて長い日本刀での一太刀で被害者が事切れてる。それに日中から複数の標的を狙ったケースは一件も無いしな」
かなめは走りながらそう言って事件の犯人像を断定した。
「決め付けるな。これまでとは状況が違うケースが起きたとも考えられる。とりあえず本部が私達に連絡をしてきた以上、それなりの関連性が疑われていると言うことだ」
そう言うとカウラは走り始めた。かなめは後に続く誠に笑いかけた後、サイボーグらしい瞬発力で一気に加速してアーケードの出口を飛び出していった。走る三人に周りの買い物客は奇妙なものを見るような視線で誠達を眺めていた。
アーケードを出てすぐにパトカーが停まっている交番があった。二人の警察官が通信端末でのやり取りを立ったまましながらカウラと誠を迎えた。カウラはポケットから取り出した端末に身分証を映し出して警官に見せた。猜疑心に満ちた二人の目が瞬時に畏敬の念に変わった。
「これは……司法局の方ですか……お疲れ様です!」
誠と同い年くらいの巡査がそう言うと敬礼した。すぐに中に入るとすでに据え置き型の通信端末の前にはかなめが座り込んで首筋のスロットから伸ばしたコードを端末のジャックに差し込んでいるところだった。
「やっぱり例の辻斬り『サムライ』とは別の犯人だな。凶器は山刀だ。被害者の傷は切ったというより殴ったものが細かったからめり込んだような状態になったらしい。死亡した女性は頭部をその山刀で殴られたことで頭蓋骨を割られたのが致命傷になったようだ」
情報を次々と吸い取りながらかなめがカウラに告げた。
「法術系の反応は?」
辻斬りとは無関係とは言え死者が出た事件とあってカウラの表情は緊張に引き締まった。
「そんなにすぐ情報が集まるかよ!今のところはこの近くに朝草マルヨがあるだろ?入り口で凶器を捨てた犯人がそのまま紛れ込んだらしい……凶器をあっさり捨てるってことは他にも何か持ってるな。モノにもよるが銃とかだと厄介だぞ。しかも人ごみの中に入るとは……面倒なことになりそうだな」
そう言ってかなめは頭を掻いて伸びをした。モニターには次々とデパートの監視カメラのデータが映っていた。
「犯人を特定できる画像はあるか?貴様なら町の監視カメラの画像をリアルタイムで見ることが出来るだろ?そうすればたとえ人ごみに紛れてもすぐに犯人を特定できる」
カウラは鋭い口調で交番の端末からデータを有線で入手しているかなめに声をかけた。
「カウラ……急かすなよ!いま探してるところだ!」
そう言うとかなめは目をつぶり、直接端末から脳に流れ込んでいる画像の検索を始めた。
「映像はあったぜ。東都警察のデータと顔画像を照合したが奴さんには前科は無いみたいだな……現行犯で捕まえるのは簡単だがちょっと犯人の身元の特定には時間がかかるぞ」
かなめはすばやく首筋のスロットに差し込んでいたコードを抜いて立ち上がった。誠が首をかしげる間に、かなめはもう外へ出ていた。誠のあっけにとられた表情にかなめが笑いかけた。
「とりあえず現場に行くか」
「ああ、そうだな。君達、これを借りるぞ。緊急措置だ」
そう言ってカウラはパトカーの天井を叩いた。
「車両を借用する。事後は司法局本局から正式に連絡が行く」
カウラの強引なやり口に一瞬あっけにとられた警察官は顔を見合わせた後、すぐにパトカーのキーをカウラに渡した。
「おい!神前。置いてくぞ!」
かなめの声に状況が理解できないまま誠はパトカーの後部座席に乗り込んだ。
運転席に着いたカウラは慣れた手つきで手早くシートベルトを締める。助手席のかなめも苦い顔をしながらそれに習った。
「じゃあ、行くからな」
すぐにカウラはエンジンを吹かし、パトカーは急加速で国道に飛び出した。
「そんなに急ぐ必要もねえだろ?浅間マルヨは……もう見えてるじゃん」
かなめの言葉通り通り魔が逃げ込んだ百貨店の屋上の広告塔が雑居ビルの向こうに見えていた。まだ犯行直後と言うことで、非常線も交通整理もできていない状況。赤いパトランプを点灯させるとそれを見た対向車は道の両端に避けた。それを見ながらカウラはパトカーを疾走させた。対向車線にはみ出しながらいつもの自分の『スカイラインGTR』よりもアクセルを吹かし気味に走り続けた。
「西園寺!何かわかったか?」
「そんなにすぐ情報が集まるわけ無いだろ?まあ、法術反応は無いそうだが……まあ茜の把握しているデータには犯人の情報は無いな。犯人は法術適性が確認されている人物じゃないのは確かだ……まあ、よくある通り魔ってとこか。退屈しのぎにはちょうどいいや」
前科が無い上に三ヶ月前に東和国民に行われた法術適正検査でも目立つデータを示さなかったことがわかった。そして渋い表情のかなめがパトカーのダッシュボードを開けた。中には車検証と東都警察の関係書類があるばかりで武器らしいものは入っていなかった。
「糞ったれ!バックアップの銃くらい入れて置けよ!東和の平和ボケも大概にしろ!」
何も無いダッシュボードを思い切り叩きつけるようにかなめが閉めた。
「無茶を言うな。銃撃戦が仕事の私達とは職域が違うんだ。常に戦闘準備している警察なんて東和じゃ我々くらいのものだ」
舌打ちするかなめにそう言うとカウラは思い切りハンドルを切った。交差点でドリフトしてさらに加速して並んでいるタクシーを避けてパトカーは疾走した。駅前の遊歩道が見え始めた。すでに所轄の警官たちが到着して手にした無線機に何かを叫んでいる有様が見えた。
カウラは白と黒のツートンカラーの警察のワンボックスの後ろで車を止めた。
「……君達は?」
眉に白いものが混じる警部補が面倒にぶち当たったと言うような顔で、降り立った私服の誠達を迎えた。カウラはすぐに携帯端末に映し出される身分証を見せた。
「これは……司法局実働部隊、ああ、あの官庁街で大暴れした『特殊な部隊』か」
あからさまに所轄の責任者の警部補の顔が不快感に染まった。デパートの方に目を向ければ、パニックを起こしているデパートから流れ出す人々を抑えるのに彼の部下は一杯一杯の状態だった。
「あと少しで機動隊が到着します。それにあの人ゴミです、下手に動いて犯人を刺激したくない君達も静かに……」
関わりたくないと言う本音が丸見えの警部補にかなめはつかつかと近づいていった。
「あの……何か……?」
そう言う警部補がニヤニヤ笑って手を出して来るかなめを怪訝そうな目で見つめた。
「その腰の銃、貸せ。使う気ねえよな?あんた」
かなめの突然の言葉にかなめの言葉の意味か分からず当惑している警部補の腰からかなめは拳銃を引き抜いた。警部補は一瞬何が起きたか分からないような顔をしていたが、すぐに状況に気付いて手を伸ばしたがかなめはその腕を残った左腕で軽くひねって動けなくした後、その場でねじ上げた。そして警部補が抵抗を諦めたのを見るとかなめは警部補の小型オート拳銃の弾倉とベルトをつないでいた紐を引きちぎった。そして当然のように隣に立つカウラに手渡した。
「君!なんのつもりだ!無茶が過ぎるぞ!」
突然のかなめの行動に警部補は怒りに任せてそう叫んだ。
「何度も言ってんじゃん。あんた達はこれを使うつもりじゃないんでしょ?じゃあ必要な人間に渡すのが理の当然じゃねえの?そこのアンちゃん達!銃貸せ!アンタ等は銃は使わない方針らしいがアタシ等は使う方針なんだ。文句は司法局本局に言え!」
ワンボックスの中で通信機器をいじっていた警察官にかなめは声をかけた。その独特の威圧感からうち二人の警察官が自分の銃をホルスターから抜いてかなめに手渡した。
「何をしようというんですか!まだ犯人は中に居るんだ!しかも捨てた山刀の他に武器を持っている可能性もある!人質を取るかも知れない状況での拙速な突入は危険すぎる!」
叫ぶ警部補の肩をかなめはなだめるように叩いた。
「安心しろ。こういうことはアタシ等『特殊な部隊』の職域だ……こういう事件は常に時間との戦いなんだよ!」
そう言うとかなめはすぐにオート拳銃のスライドを引いて弾をこめた。カウラも同じようにスライドを引いた。誠に渡されたのは回転式拳銃だったのでそのままシリンダーを開いて八発の弾が装弾されていることを確認した。
誠達はまずデパートの入り口に群がる野次馬の後ろに立った。手にした拳銃を見て自然と道ができ、そのまま避難してくる買い物客や従業員を整理している警官隊の後ろにたどり着いた。
「君達……司法局ですか」
犯人の逮捕よりも逃げ惑う買い物客の整理で手いっぱいの警官は、一瞬の驚きの後またも嫌なものを見たという顔でカウラの差し出した身分証をのぞき見ていた。
「状況は?」
早速端末を設置して中の防犯用モニターの情報を収集している女性警察官の見ていた画面をかなめは覗き見た。
「現在犯人は拳銃のようなものを振りかざして8階のレストランに立てこもっています。人質は二名。そのレストランのアルバイトの店員が取り残されて人質になっています」
「わかった」
逃げ出す買い物客による二次被害を防止するためにその整理に当たっていた女性警察官の言葉にかなめはうなずいた。すでに彼女はデパートの防犯システムとリンクを済ませたのだろう。そのまま手に拳銃を持ったままデパートの入り口に向かった。
逃げてきた車椅子の老人や子供達の視線を浴びながらかなめは堂々と拳銃を持って歩き出した。
「05式けん銃。サイトがねえ……フロントサイトのエッジが無塗装な上に低くて拾いにくいんだよなこれ」
そう言いながら車椅子を押している警察官の敬礼を受けながらかなめは進んだ。
「どうだ、状況に変化はあるか?」
カウラの一言にかなめは首を振った。
「店に仕掛けられた防犯カメラの動きを見る限りアイツはど素人だな。自分の銃にビビッて今にもションベンちびりかねねえぞ。アイツ本当に何しにこんなところに来たんだ?人を殺した割には自分のしたことを理解しているような様子もねえ。これだから思い付きの衝動犯は嫌なんだ」
司法実働部隊という看板を掲げている司法局実働部隊の一員である誠も銃を持った素人の怖さは知っていた。自分で起こした事件で勝手にパニックになる傾向が高い。そうなればむやみと発砲して人質を傷つけることにもなりかねない。
そして誠自身も慣れない八連発リボルバーに当惑していた。
いつも誠が使っている嵯峨から渡されたルガーP08の戦後リバイバルモデルであるモーゼル・モデル・パラベラムに比べて銃が軽かった。おそらくシリンダーとバレル以外は軽合金で作られているのだろう。銃が苦手な誠でも手に持った時の軽さですぐ分かった。しかも先ほど装弾を確認したときに雷管の周りには『357マグナム』の刻印があった。軽い銃で強力な弾を使用した時の反動の強さは知っているので誠は自然と緊張した。基本的に重いオート拳銃での射撃しかしたことが無い誠には、手の銃が邪魔で仕方がなかった。
階段で避難してくる客達をかき分けてエレベータにたどり着いた。
「犯人の拳銃。モデルガンじゃないのか?そこのところの確認はできるか?」
上に上がるボタンを押したカウラにかなめが首を振った。
「それは無いな。カメラの画像を解析して見たが仕上げからするとあんな仕上げの悪いモデルガンなんて有る訳がねえ。間違いなくベルルカン大陸からの密輸品の拳銃だ。おそらくあの『修羅の国』の鍛冶屋で作った一品だろうな。命中精度はともかく頑丈で確実に動くのがとりえの手製拳銃。さすがトカレフと言うところか?部品が少ないから確実に弾が出る……当たるかどうかは別としてだがな」
開いた扉に誠達は飛び込んだ。二人の上司の余裕を不思議に思いながら誠はしまる扉を見つめていた。




