第53話 誕生日はクリスマスの隙間に
「ああ、そうだ。アメリア。頼まれてたバースデーケーキの手配な。済ませといたぞ。今の時期はこの東和では貴重な子どもがいる家はこの時期ケーキを頼むらしい。キリスト教国であるゲルパルトが20年前の戦争に負けておっかないファシズムを捨ててから東和でもキリスト教徒の印象が良くなって来たらしくてクリスマスケーキを注文するんだそうだ。ケーキ屋の親父相当嫌な顔したぞ、空気を読めってな。ちゃんと感謝しろよ!」
かなめの言葉に食事を終えたアメリアは満足げにうなずいていた。それを見て少しだけ気分が晴れた誠はそのまま昨日のイラストの仕上げをしようと階段を駆け上がった。
自室に入ると後は細かい仕上げだけの状態になっている絵が置かれた机の前の椅子に座り、もう一度自分の描いたイラストを見てみた。そしてアメリアが設定したゲームのキャラのデザインを思い出してみた。
アメリアには主人公の高校生の前世が混沌をもたらした魔王であり、その魔王に作られた女将軍と言う設定だった。魔族とは思えないほどの生真面目で純粋な性格、そして自分への絶対的な自信で普通に人生を送ろうとする主人公に地上、天界、魔界の征服を目指すように諭すキャラだと言われていた。
「アメリアさんが設定したキャラ……真面目なところ……カウラさんにぴったりだな……まあ、エロゲだから当然主人公とはエロい事をしてかえでさんみたいな変態になるんだけど」
あまり文章力が無くて面白い物語を作るのが不得手な誠はオリジナルキャラを作る事にはいつも苦戦した。
その点アメリアは彼女が言うには『苦しい修行の成果』とかでキャラクターを考えればすぐに湯水のように出てくる才能が有った。
誠はアメリアの言葉を思い出し、絵の中のカウラにその過去に背負った背景のようなものを与えることを考えてみた。
カウラには8年、そして今度迎える9年の時間の経験しかない。当然、社会生活適応所での経験と東和陸軍での勤務の経験、そしてこの『特殊な部隊』での経験がカウラの経験のすべてだった。
彼女に何か背景が欲しい。誠としてもこれから一緒に過ごしていく仲間として様々な経験を彼女に積ませてあげたかった。
それが部下としては僭越なのはわかってはいたが、人生の先輩として出来るだけの事をしたい。その為のイメージの一つとしてこの絵を仕上げたい。誠の心は決まっていた。
「カウラさん。きっと喜んでくれますよね。これからも応援していますからね」
誠はそんな独り言を言いながら着替えを済ませると紙の上の下書きの終ったイラストに色を付ける作業を開始した。
「真面目で自信家……そういえばカウラさんだもんなあ。でもこれまでの経験が足りていないんだ。それを与えてあげなきゃ。それがカウラさんの部下としての僕の務めなんだ」
誠は作業を進めながら自然とそんなことを口にしていた。
「私がどうかしたか?」
そんなところに突然カウラに声をかけられれば気の弱い誠が椅子からずり落ちるのは当然といえた。誠はすぐに立ち上がると反射的にカウラから絵が見えないように机に覆いかぶさった。
「危ないぞ、もう少し椅子から降りるときは……」
「なんで僕の部屋にいるんですか!入る時はノックぐらいしてくださいよ!心臓に悪いじゃないですか!」
誠は思わず叫んでいたが、カウラは誠の言葉の意味が良くわからないようだった。
「ああ、悪かったな。次からはノックをしてから入ることにしよう。実は私の誕生日には私の姉妹に当たるあのエルマは来れないそうなんだ。やはり辻斬り騒ぎで東都警察はクリスマスも正月もないらしい。私の誕生日とやらを祝ってくれる仲間が一人減ると言うのは寂しい感覚がするものだな」
悪気の無いところがいかにもカウラらしかった。誠はどうにか椅子に座りそのまま時計を見てみる。もうすでに部屋に入って一時間以上。逡巡と回想が誠の時間をあっという間に進めていたようだった。
「分かってる。神前はそのイラストで私を驚かそうというんだろ?見るつもりは無い。安心して作業を続けてくれ」
誠が必死になって絵を隠そうとしている様を見たカウラはそう言ってそのまま入り口近くの柱に寄りかかった。
「別にそんなに秘密にしているわけでは……」
思わず照れながらも誠はできる限りカウラから自分の描いたイラストが見えないような体勢をとった。かなめもアメリアもさすがにあの女魔族のイラストをカウラに見せてからかうことはしない程度の常識は持ち合わせていてくれるようだった。カウラは明らかに誠のイラストに興味があるようにちらちらと誠の背後に視線を走らせていた。
「それにしてもいろんな漫画があるんだな。私はパチンコ台のテーマになってる漫画以外はあまり読まないんだ。アニメはアメリアが無理やり見させてくるので見ることは見るが、確かに人気になるのが分かると言う程度の感想しか持てない。アメリアと違ってアニメにそれほど関心が持てないんだ。確かにアメリアの言うように私は相変わらず人造人間のままなのかもしれないな……アメリアの部下の女達のようにこの社会に馴染めているという実感は今でも持てないでいる」
停滞した空気を変えようというように、カウラが誠の部屋の本棚を眺めた。地球と違い遼州にはまだ豊かな自然が残されていた。その為、地球ではほとんどがデータ化されて端末で見ることが多い漫画も、遼州では紙の雑誌で見ることができた。おかげで遼州出身でそのまま地球で『超富裕層』のお抱え漫画家として高給を得る漫画家もいることを誠も知っていた。その逆に紙の漫画を描きたいと言う理由で地球から亡命してくる『超富裕層』に生まれながらその地位を捨ててまで『MANGA』への憧れから東和にやって来た漫画家が数名いたことも誠も知っていた。
「カウラさんにはパチンコがあるじゃないですか!あんなにパチンコに詳しい人なんてパチプロじゃないと居ませんよ!それに僕の漫画を集めているのは趣味ですから。絵を描くのは好きですし、漫画を読むのも好きです。特に物語を作るなんて僕には出来ないので、すごく楽しんでます」
そんなことを言いながら誠は漫画を手に取るカウラを眺めていた。
「神前、貴様が中でも面白いと思うのはどれだ?私に勧めたいものが有ったら教えてくれ。クバルカ中佐もパチンコ以外のことにも興味を持てという。是非、貴様にそのきっかけを作ってもらいたい」
突然のカウラの言葉に誠は意表を突かれた。
「カウラさんが読むんですか?本当に?」
誠は確認するようにカウラにそう言った。
『読ませたい』のに、『合うもの』が出てこない。
それが、カウラの『まだ経験が足りない』に直結してしまって、誠は言葉を失った。
「他に誰が読むんだ?私はこれまで漫画を読む機会が少なかった。せっかくこんなに漫画のある環境に居るんだ。これを機に増やしたい。さあ、どれを読んだら良いんだ?教えてくれ」
当たり前の話だったが意外な言葉に誠は驚いた。そしてアメリアの美少女ゲームの展開まで思い出して噴出しそうになった。魔王として生きることを選んで暗い設定に陥る以外のエンディングもアメリアは用意していた。
普通の生活に興味を示した破壊しか知らない女魔族に普通に生きる喜びを与えて最後には結ばれるエンディング。それを思い出したとたん誠は恥ずかしさでいっぱいになりうつむいた。
「どうした、答えてくれてもいいんじゃないのか?」
カウラの問いに誠は嬉々として立ち上がって本棚の前のカウラに笑顔を向けた。
「どんなのがいいんですか?ヒーローものとかアクションとかドラマ系とか……ああ、パチンコが題材の青年誌向け劇画は無いですよ。あの劇画タッチと強引で濃い展開が苦手なんで……」
実際、カウラに何を最初に読んだらいいかと聞かれると誠は迷うしかなかった。カウラはパチンコと車と野球以外ほとんどの事に興味がない。誠の漫画のコレクションにはパチンコと車と野球を題材とした漫画は無かった。
「そうか、パチンコの漫画は無いのか。それじゃあ貴様の私に読ませたいもので」
おずおずとカウラがつぶやいた。ただ誠としてはそう言われるとただ立ち尽くすしかなかった。
「どうだ……何かないのか?」
聞かれると目は自然とカウラの青い瞳に向かった。緑がかった明るい青い瞳。誠はその瞳に見つめられたまま何も出来ないでいた。
「ああ、作業があるんだな。また次の機会にしよう。それまでにお勧めの漫画を教えてくれ」
カウラはそう言うと部屋を去っていった。誠は純粋な瞳に見つめられた余韻に浸りながら目の前のデッサンのカウラに目をやった。誠は大きく息をすると絵の具の入った皿を見つめ真剣な表情でイラストの彩色に取り掛かった。
「なんだ?薄ら笑いなんか浮かべて……例のプレゼントが仕上がったのか?」
昼はラーメンだった。どんぶりのスープをすすったかなめがニヤつきながら誠に声をかけた。確かにカウラのイラストを仕上げた誠の気分は良かった。カウラを見て、誠は別にアメリアに頼まれて描いたゲームのキャラデザインの女魔族と先ほど描き上げたイラストが似ていてもどうでもいいと言うような気分になっていた。
「別に……」
「別にって顔じゃないわね。まあ今日はこれからクリスマスの料理の材料を買いに行く予定なんだけど」
アメリアはそう言うと麺をすすり上げる。見事な食べっぷりにうれしそうに誠の母、薫はうなずいた。
「お誕生日の料理……でも、オードブルはクリスマスっぽくなっちゃうわよ」
そう言いながらも満面の笑みの母に誠は苦笑いを浮かべていた。明後日のカウラの誕生日会と称したクリスマスを一番楽しみにしているのは母かもしれない。そんなことを思いながら誠はどんぶりの底のスープを飲み干した。
「そんなにスープを飲むと塩分を取りすぎるぞ」
「いいんだよ!ラーメンなんかスープあっての代物だろうが!これがラーメンの醍醐味だ!」
カウラを無視してかなめもスープを飲み干した。体内プラントで塩分ろ過の能力もあるかなめの台詞には説得力はまるで無かった。
「でも鶏の丸焼きは欲しいわよね。なんでもアメリカじゃあ七面鳥を丸焼きにするらしいけど。あんなでかい領土の国だもの焼くのもでかいのがいいんでしょ」
すでに食べ終えてお茶をすすっているアメリアがつぶやいた。
「だったらオメエが買え。止めねえから。七面鳥でもダチョウでもなんでも好きな物を丸焼きにしろ!」
かなめの言葉にアメリアが鋭い軽蔑するような視線をかなめに向けた。そんな二人を暖かい視線で見守る薫に安心感を覚えた誠だった。誕生日のはずなのに、話題は七面鳥とオードブルばかりだ。二人ともクリスマス=食ということしか頭になく、本来のカウラの誕生日を祝うということは忘れ果てているように誠には見えた。
「結局お前達が楽しむのが目的なんだな?私の誕生日を祝うと言うのは添え物なんだな?」
明らかに不機嫌そうにカウラはそう言った。
「悪いか?オメエの誕生日はついでだついで。アタシ等が家庭の温かみを感じるのが本来の目的だ。アメリアが言うには『ふれあい』が今回の休みのテーマなんだろ?そのくらいの控えめな態度を取れや」
嫌味のつもりで言った言葉をかなめに完全に肯定されてカウラは少しばかり不機嫌そうな表情になった。カウラは立ち上がると居間から漫画を持って来た。
「『女検察官』シリーズね。誠ちゃん。ずいぶん渋い趣味してるじゃないの。誠ちゃんがシリアス劇画シリーズなんて読むタイプだなんて思わなかったわ」
アメリアが最後までとっていたチャーシューを齧りながらつぶやいた。誠のコレクションでは珍しい大衆紙の連載漫画である。
「これは絵が好きだったんで。それとそれを買った高校時代の先輩が『たまには硬派な大人向けの漫画も読め!』って言うもので……」
「ふーん」
アメリアはどちらかと言うと劇画調に近い表紙をめくって先ほどまでカウラが読んでいた漫画を読み始めた。
「クラウゼさん。片づけが終わったらすぐに出るからね」
「はいはーい!」
薫の言葉にアメリアはあっさりと返事をした。誠は妙に張り切っている母を眺めていた。かなめはそのまま居間の座椅子に腰掛けて漫画を読み始めたカウラの後ろで彼女が読んでいる漫画を眺めていた。
「邪魔だ。それでは漫画に集中できない」
「なんだよ!そう邪険にするなって」
無神経なかなめに後ろから覗き込まれてカウラは口を尖らせた。それほどまでに漫画に夢中になるカウラを初めてみるので誠はなんだかうれしくなっていた。
「そういえば西園寺さんさっきどこかと通信してましたね」
「は?」
アメリアちょっかいを出していたかなめが不機嫌そうに振り返った。そしてしばらく誠の顔をまじまじと見た後、ようやく思い出したように頭を掻いた。
「ああ、銃の話でサラから連絡があってな……あんな銃よく見つけてきたな……まあ、安全な『ふさ』でアタシ等の指示を出すだけのサラにはあんな銃だってもったいねえくらいだ」
かなめの言葉に誠は目が点になった。サラと言えば同盟厚生局の法術違法研究事件で一緒に捜査を担当していたが、彼女の銃はブリッジクルー共通のベレッタ92FSでサラに銃に対するかなめのようなこだわりがあるとは思えなかった。
「サラさんが銃……どう考えてもつながらないんですけど。あの人は与えられた銃なら何でも良いって感じですし」
誠の間抜けな質問にかなめは大きくため息をついた。
「なんでも珍しいのを手に入れたって小火器担当の奴から連絡があったんだ……どこで手に入れたかは知らねえけどな。それを見てサラがまたつまらないことを始めたんだと。彼氏の島田の頭の中もアレだが、付き合ってるサラの頭の中もアレだな」
かなめは皮肉たっぷりにそう言うと関心も無いと言うように視線を目の前の劇画に戻した。
「はあ……」
今度はしばらく誠が黙り込む。誠にはかなめの言葉の意味がはっきりとは分からなかった。銃を一番使うかなめに連絡があったのは当然だということで自分を納得させた。
不機嫌そうなかなめから目をそらすと洗い物を終えた母が誠を手招きしていた。
「ああ、出かけるみたいですよ」
誠の言葉にアメリアがさっさと立ち上がった。しゃべり足りないかなめは不機嫌そうにゆっくりと腰を上げた。すでに暖かそうなダウンジャケットを着込んだ母とカウラを見ながら誠はそのまま居間にかけてあったスタジアムジャンバーに手を伸ばした。
「この格好だと変かな?」
零下20度でも活動可能なかなめならではのセリフだと思いながらも誠は呆れていた。
「この寒空にタンクトップ?馬鹿じゃないの?」
カウラから渡された濃紺のコートを羽織ながら鼻で笑うアメリアをにらんだかなめだが、あきらめたようにダウンジャケットを羽織った。
「じゃあ、いいかしら」
薫の言葉で誠達は出かけることにした。




