第51話 揚げ音とペン先
「やっぱり……綺麗だな……制服姿の清楚なカウラさんも素敵だけど……こうして着飾ったカウラさんも素敵だな。こういうのはギャップ萌えって言うのかな?確かに海に行った時の西園寺さんもそんな感じだったしな。でも西園寺さんはやはりいつものワイルドな感じが似合うし、あの時気取った料理よりもバーに行こうと言い出した時の西園寺さんの方が本当の西園寺さんなんだよな。でも、そうするとこの格好でパチンコ屋に行くのか?カウラさんは?さすがにそれは止めて欲しいな。イメージが崩れるんで。パチンコ屋の他のお客さんも迷惑だろうし」
誠は繰り返し、かなめから送られてきたカウラのドレス姿の映像を眺めた。恥ずかしそうにエメラルドグリーンの髪をなびかせながらカウラはいつもの制服姿の無表情ではなくどこか戸惑いの隠せない人間らしさが感じられた。誠は思わずその視線を定めることが出来ずに戸惑っている姿に目を奪われた。カウラの視線は自分を見つめて来るたぶんいつもの恥ずかしがる自分を面白がっているサディスティックな視線を向けて来るかなめの目へと視線を移した。誠も正直、見慣れないあまりに上品な雰囲気に押されてその状況に戸惑っているカウラをじっくりと見つめた。
カウラのまったく無駄のない引き締まった鍛えあげられた腕が印象的だった。慣れないドレスに照れているような瞳は明らかに場違いな格好をさせられているというように戸惑っていた。
そんな普段なら見ることがかなわないカウラの姿を見ると自然と誠は下書きの鉛筆がいつもよりすばやく動いているのを感じていた。恐らく誠の前ではカウラは気を張ってこのような油断だらけの表情など浮かべたりはしないだろう。そんな事を考えると誠の心はいつもにもない自分に気を使ってくれているカウラへの感謝の思いで満たされてくる。
「待っててくださいね、なんとか仕上げますから……僕の全部を見せます!アメリアさんに出してるのは正直手を抜いてるんで」
そう誰に言うでもなくつぶやくと誠は作業に没頭していた。冬の短い日差しはもうすでに無かった。ただ、デッサンをする誠の鉛筆の音だけが静まり返った室内に響いていた。
そんな誠の鼻孔にいつの間にやら肉を炒めた匂いが届いてきた。
「今日は……肉か……母さんも張り切ってるみたいだな。僕も頑張らないと」
誠はとりあえず輪郭程度を描き上げた軽い下書きを眺めた。いつもなら誠に向けて来るのは無表情で命令口調の言葉を吐くだけのカウラの顔に笑顔が浮かんでいることに誠は我ながら苦笑していた。そしていつもアメリアの原作で描かされているヒロインの影響を受けてどうしても胸が大きくなっていることに気づいた。
「ついこんな風になっちゃうのはアメリアさんの影響かな……妙なところで妙な人の悪影響が出ちゃったよ。まあ、そこはカウラさんのコンプレックスのあるところだし……ああ、まあいいか」
そう言うと誠はペン入れを始めるべく愛用のインクを机の引き出しから取り出した。
鉛筆でざっとデザインしただけの髪の上にペンを走らせて、誠は自分でも驚いていた。
圧倒的に早い。迷いが無い。下書きの鉛筆での段階とはまるで違うと言うようにペンが順調に思ったように動いた。絵は誠のこれまでの漫画のキャラクターやアメリアに頼まれるアダルトゲームの原画と差があるわけでも無かった。そもそも写実的に描いたらカウラに白い目で見られると思っていたので、自分らしく乙女チックなキャラクターに仕上げるつもりだった。
時々、誠もリアルな絵を描きたいこともある。だが、最近はその絵をアメリアから散々けなされてあきらめていたことは事実だった。
自分の描き方に自信があるわけではないが、ペンが順調に走っていく。誠はただその動作にあわせる様にして時々かなめのくれた画像を眺めては作業を進めた。
『かなめさん!こねるときは力を抜いて!』
『分かりました!』
階下から聞こえる母とかなめの言葉でようやく誠は現実の世界に戻ったような気がした。たぶんかなめは母、薫の得意な俵型コロッケを作るのを手伝おうと思ったのだろう。自然と笑みが漏れていた。誠の作業は二人の掛け声に合わせるようにして順調に進んでいった。
そして誠は自分が描いた下絵のイラストを見てみた。漫画チックとカウラやかなめには笑われるかもしれない。そんな絵だが、誠には満足できるものだった。アメリアにエロゲームのヒロインキャラの淫らな原画を頼まれることが多いのだが、その度に自分では描き直すことは誠は少ない方だと思っていた。だが今回はプレゼントだ。満足ができるまで何度か書き直しが必要になるなと思ってはいた。
しかし、誠は主な下絵の線入れが終わった今。出来上がりが自慢の種になるのではないかと思えるほどに満足していた。
カウラのどこか脆そうなところが見える強気な視線。無駄の無い体のライン。どこか悲しげな面差し。どれも誠がカウラに感じている思いを形にしているようなところがあった。
『お母様!油の温度はこれくらいで良いんですか!』
今度はアメリアの声が響いてきた。明らかにかなめとアメリアは誠から自分の声が聞こえるようにと大声を張り上げていた。誠がカウラのことだけを考えていることに嫉妬しているのだろう。そのことに気づいて誠は苦笑した。
今度はペンを変えてカウラのどこか壊れそうな強気を表現するような顔を再現しようと目のあたりを中心に細かいところに手を入れていった。
その作業も不思議なほど順調だった。階下のどたばたに頬を緩めながら書き進めるが、間違いなく思ったところに決めていたタッチの線が描かれていった。そしてひと段落つき、インクが乾くのを待ったほうがいいと思い誠はペンを置いた。誠の部屋の下は先ほどみかんを食べていた居間。その隣がキッチンだった。なにやら楽しそうな談笑がそこで繰り広げられているのが気になった。
それでも誠は作業に一区切りをつけると静かに立ち上がって本棚に向かった。
漫画とフィギュア。そのフィギュアの半分は誠が自作したものだった。隣の押入れにはお気に入りのキャラの原型もある。
だが一階で繰り広げられている料理教室の様子が気になって誠は仕方なくドアへと足を向けた。
気分を変えようとドアを開いてそのまま廊下に出て歩みを進めると階段を上がって来たばかりのカウラと視線が合った。
どちらも話し掛けるきっかけがつかめずに黙り込んでいた。先ほどまでペンを走らせていたモチーフであるカウラの緑の髪が揺れている。ただ二人は黙って見つめあうだけだった。
『早く呼んできてよ!何もしなかった不器用なカウラちゃんもそれくらいはできるでしょ?』
明らかに誠に聞こえるように張り上げたアメリアの声に我に返ったカウラはぼんやりとしていた目つきに力を込めて誠を正面から見つめてきた。
「作業はひと段落ついたみたいだな。晩御飯だ。降りて来てくれ」
それだけ言うとカウラは階段を降り始めた。誠はしばしの金縛りからほどけてそのまま階段を下りた。
「これ……うめー!」
「かなめちゃん、誠君を待たなくてもいいの?」
「いいわよ気にしなくても。さあ、いっぱいあるから食べてね」
かなめ、アメリア、薫の声が響いた。カウラに続いて食堂に入ると山と積まれたコロッケがテーブルに鎮座していた。
見慣れないその量に誠は圧倒された。大食漢である誠とその体形に見合わず結構食べるカウラが居るとしてもその量はあまりに多すぎた。
「母さんずいぶん作ったんだね……たぶん僕でもこの量は無理だよ」
少し呆れた調子でそういった息子に薫は同調するようにうなずいた。
「だって皆さん食べるんでしょ?特にカウラさんはたくさん食べるって聞いてたから。昨日もご飯一杯食べてて……ごめんね、あの人が突然帰って来たものだから揚げ物の量が足りなかったみたいで……今日はあの人もいないんだからみんな食べても大丈夫よ」
誠よりも一回り小さい父が意外と大食漢なのを知っていた薫の言葉にカウラは視線を落とした。その様子を複雑そうな表情でアメリアが見ていた。
「だからとっとと食おうぜ」
かなめはすでに三個目のコロッケに手をつけていた。あの宝飾品店で見せた甲武四大公家筆頭の姫君の面差しはそこには無かった。皿にはソースのかけられたキャベツが山とつまれていた。
「ああ、カウラちゃん、ビール。廊下に出してあるから取ってよ」
もうすでに自分の皿にコロッケとキャベツを乗せられるぎりぎりまで乗せたアメリアの声が響いた。苦笑いを浮かべながらカウラは冷蔵庫の扉を開いた。
「ああ、酒が無かったな。すいませんオバサン、ウィスキーかなにかありますか?」
「オバサン?」
かなめのいつもアメリアをおばさん扱いしている同じ調子でつい出た言葉に薫は明らかに不快感丸出しでかなめをにらみつけた。
「オバサンじゃなくてお姉さんです!まったくここは何時から西園寺御所になったんだ?あの鬼のお袋の顔がちらついて仕方がねえ」
薫の眼光に負けてかなめは訂正した。誠は振り向いた母の目を見て父の取っておきの焼酎を戸棚から取り出した。それを見ると食べることに夢中だったかなめの顔はまるで子供のような輝きを放って誠の手を見つめていた。
「なんだよ……良いのがあるじゃん。さあて、どれにするかな。神前の父ちゃんは焼酎党か。それも叔父貴の甲種焼酎とは違って本格焼酎ぞろい。どれもおいしそうだ」
それを見てかなめは歓喜に震えた。誠から瓶を受け取るとラベルを真剣な表情で眺め始めた。
「南原酒造の言海か……うまいんだよな、これ」
焼酎の戸棚から黒石豪瓶に入った焼酎を持ち出したかなめはそう言うとカウラからコップを受け取りかなめは遠慮なく注いだ。誠はその遠慮のなさにいつものかなめらしいと感じて自然と笑みが浮かんでくるのを感じていた。
「ちょっとは遠慮しなさいよね。それ確か結構な値段なのよ……まあ、かなめちゃんからしたら大したことないのかもしれないけど」
そういいかけたアメリアだが、腕につけた端末が着信を告げた。
「どうした」
カウラの言葉に首を振るとアメリアはそのまま立ち上がった。
「カウラちゃん食べててね」
そう言ってアメリアは廊下に出て行った。その様子を不思議に思いながら誠はアメリアを見送った。
こうして楽しく食事する風景。一人っ子でほとんど母と二人っきりの生活ばかりに慣れてきた誠にはそれがあまりに貴重な失ってはならないもののように感じられて自然と笑みが浮かんでくるのを隠しきれなかった。




