第50話 こたつの上官、削除タイマー
下町の誠の実家の最寄りの地下鉄の駅を出て、北風の冷たい夕方の街を誠とカウラはゆっくりと歩いた。カウラは手にしたケースをしっかりと握りしめた。時々視線をそちらに向けながら黙って歩いていた。街路樹の柳は葉もなく、その枝は物悲しい冬の風に吹かれていた。そんな風は誠の実家に到着したときも止むことは無かった。
「ただいま……?」
誠がそう言って玄関を開けると小さな靴が一足あるのが目に入った。道場の子供かと思ったが、磨き上げられた革靴にそれが二人の上官のクバルカ・ラン中佐のものだとわかった。
すぐにカウラの顔に緊張が走った。彼女は慌てたようにすばやく急いで靴を脱ぎ部屋にあがった。誠はそんな状況でも大事そうにかばんを抱えているカウラを見つめながらそれに続いた。
「よう!邪魔してるぞ」
夕日を背に浴びながらランはこたつでみかんを食べていた。その前に座っている薫もなにかうれしそうに微笑んでいた。いつもの勤務服姿のランだが、その小さい体が隠れるようにこたつに入っているとどこかの小学校の制服に見えるので誠は噴出しそうになった。
「なんですか、脅かさないでください。何か緊急の用と言う訳では無さそうですね、その様子ですと」
そう言いながらカウラは手にしたかばんを後ろに置いた。勤務服姿のランはそれを追及せずに自分が持ってきたバッグから何かを取り出した。
「ああ、別に大した用はねーんだ。たまたま本局に出頭命令が出てたからそのついでに顔を見に来ただけだ。そう言えば、アメリアが居ないが……まあいいか。まずこいつ」
小柄なランにしては大きすぎるカバンから書類ケースを取り出した。
「第一小隊のシミュレーションのデータ解析を東和陸軍に頼んだからその時の経費関係の決済書だ。カウラ、オメーのサインがいるって高梨につき返されてさ。それでこの三枚。複写になってるからよろしくな。それと……」
今度は記録ディスクを取り出した。
「この資料。一応、アタシなりに今回の『武悪』の起動実験のデータをまとめたもんだ。ベルガーと西園寺と神前、三人とも目を通しといてくれ。うちの『駄目人間』はアレを本当に『全自動温泉卵製造器』としてしか使用するつもりはねーみたいだ。今日の昼も笑顔であの糞中年は出かけるのに忙しいアタシに温泉卵を勧めてきやがった。あんなコスパの悪い茹で卵製造マシンなんて聞いたことがねーぞ」
カウラはそれぞれ受け取ると中身を確認してため息をついた。
「どうしたんだ?ため息なんかついて……って聞くだけ野暮か。非番の日まで見たくもねー上官の面を拝まされてため息の一つもつきたくなる気持ちも分からなくもねーがそれも仕事のうちだ」
そう言いながらランはその小さい手で頭を掻いた。そのまま再びかばんに手を入れると冊子を一冊、それにデータディスクを取り出した。
「これは『釣り部』……じゃなくって艦船管理部の連中に頼まれた資料だ。なんでも『ふさ』の設備更新の資料だと。これはあとでアメリアに渡しておいてくれ」
「あの、アメリア達はたぶんもうすぐ帰ってくるとは思うんですけど」
受け取ってみたもののいまいち理解できずに言い返そうとするカウラだが、ランはにっこりと笑って首を横に振った。
「あいにくもう一度本局に向かわねーといけねーんだわ。本局の偉い人達にあの二機の予算執行に関しての口頭で説明しろって話だ。これは本当は隊長の仕事なんだけどなー……あの『駄目人間』、自分は上に信用がねーから信用のあるアタシがやれとか抜かすんだ。テメーの仕事はテメーがしろ!そんなだからいつまでたっても信用されねーんだ!」
ランはいかにも困ったようにそう言うと腕組みをしてうなり始めた。
「ああ、惟基君は相変わらずサボり癖がついてるわけね。あの人のそう言うところは初めて会った時からそんな感じだったけど」
それまで黙って話を聞いていた薫はそう言った。ランはただ照れ笑いを浮かべるだけだった。
「薫様のおっしゃるとおり!あのおっさんは一度再教育しないといかんな……うん!」
そう言ってランは最後の一袋のみかんを口に放り込んだ。
「薫様?」
誠はランの言葉が気になって繰り返してしまった。その誠に突然ランの表情が変わった。
「あ……!あれだよ。年上はちゃんといたわらないと……いや、その、えーと、年上には敬意を払うのが礼儀だろ。そういう意味だ!」
明らかに慌てているランだが、誠の母はニコニコと笑っているだけだった。そして薫の目はカウラが手にしている豪華な装飾の施されたかばんへと向かった。
「でもカウラさん。そのかばんは?」
ようやく薫にその話題を振ってもらってカウラの表情が明るくなった。
「ええ、これは西園寺からの誕生日プレゼントですよ。まあ、西園寺は西園寺なりに私に気を使ってくれているんです」
「まあ!何が入っているのかしら。少し気になるけど」
驚いたように薫は身を乗り出した。ランも興味を惹かれたようでじっとカウラの手にあるかばんを眺めていた。
「なにか?そんなに豪勢なかばんに何入れるんだ?通勤用とか言ったら重過ぎるだろ?」
ランはかばんがカウラへのプレゼントだと思ったらしく淡々と次のみかんを剥いていた。
「かばんはおまけでプレゼントは中身です。夜会用の宝飾品のセットとドレスだそうです」
そう言われても薫とランはピンと来ないというような表情を浮かべていた。そこでようやくカウラは腕の端末を起動させて机の上で画面を広げて見せた。そこには店で誠も見たドレスにティアラ、ネックレスをつけたカウラの姿があった。
「おー!こりゃあすげーや」
「素敵ねえ」
誠もひきつけられたカウラの写真に二人は息を呑んだ。
「何度見ても素敵ですね」
「世辞はいいですが何も出ないですよ」
そう言うとカウラは端末の画像を閉じてしまった。
「なんだよ、もう少し見せろっての。馬子にも衣裳って奴をもう少し拝みたかったのに」
「クバルカ中佐。それは言いすぎですよ」
ランはみかんを口に入れながらそう言うのに誠はカウラを庇ってそう言った。だが、薫がランの後ろの時計を指差しながらランの肩を叩いた。
「ああ、もうこんな時間か。しょうがねーなー。じゃあ例の件、よろしく頼むぞ。ほんじゃー本局のお偉いさんの顔を拝みに行ってくるわ。偉いさんに会うのは気疲れするから嫌なんだけどなー」
そう言ってランは立ち上がった。薫がそれにあわせようとするのを制すると、そのまますたすたと玄関へと向かった。
『ただいまー!ってなんでランちゃんがここに?』
『うるせー!仕事だよ』
『まったくお疲れ様ですねえ。ちっちゃいのにお利口さんで……偉い!キスしちゃう!それより腕を見せて!誠ちゃんの大きさをもう一度確認しておきたいの!』
『アメリア、オメエは何を言ってるんだ?』
『いいから、上着を脱いで!コートは持ってあげるから!』
『なんでそんなことしなきゃなんねえんだよ!それと神前の大きさって何のことだ?いやらしいことならいつかボコるからな!』
玄関でかなめとアメリアの二人に出くわしたランの大声が誠達にも響いてきた。
「怖いわ!ランちゃんがいじめに来たわ!」
早足で飛び込んできたアメリアが誠にすがりついた。
『アメリア!聞こえてんぞ!』
ランの怒鳴り声が響いた。それを振り返りながらふすまを閉めながらかなめが入って来た。
「また叔父貴は司法局の呼び出しをちっちゃい姐御に肩代わりさせたのかよ。あんまり上と距離とっているといざって時に何押し付けられるかわかんねえぞ?」
かなめはそう言いながら頭を掻いた。さすがにその言葉にはカウラもうなずいていた。
「ああ、クバルカ中佐から渡されたものだ。なんでも『釣り部』からの預かり物だそうだ」
誠にしがみついているアメリアをにらみつけながらカウラは冊子とディスクを差し出した。しばらく呆然とそれを見つめた後、アメリアは仕方がないというように自分の前に引っ張ってきた。そしてそのままさも当然のようにこたつの誠の隣に座って冊子をめくった。
「あの釣りバカ達も……これなら私も通信端末に転送されてたから見たわよ。丁寧と言うかなんと言うか……完全に二度手間。無駄な仕事。アイツ等本当に釣りと魚料理以外の事は何もできないのね……」
アメリアはあきれ果てたように釣り部のデータを端末で起動して、同じデータをマルチタスクで画面に映してため息をついた。
「あれじゃないか?通信だと情報漏えいがあるからそれに対応して……」
カウラ側に座らなければならなかったかなめが不満そうにみかんを剥いていた。だが、その言葉にアメリアは首を横に振った。
「今回の設備導入は法術系システムなのよ。すでにひよこちゃんが何度もそのシステムの調整を依頼していたハンイル国の会社と仕様の詰めで通信してたわよ。その筋の諜報機関なら十分承知のシステムなの。今更情報漏洩も何もないわ。今となっては公然の秘密ってわけ。ある程度の情報機関を抱えてる国なら誰でも知ってるようなシステムよ。民間のハッカーだってこの程度の情報なんて一文の値打ちも無いことくらい知ってるわ。これが『近藤事件』の前に送られてきたものだったら話は別だけど」
そう言うとアメリアもみかんを手にとった。カウラは仕方がないと言うようにランから渡された書類に目を通していた。
「そう言えば誠ちゃん。今日は22日よ。カウラちゃんの誕生日までに間に合うの?」
アメリアの言葉に誠は我に返った。さっとこたつを出ると立ち上がった。
「じゃあ、僕は作業に入りますから」
「はいはい邪魔はしねえよ」
出て行こうとする誠にかなめは投げやりな言葉をかけた。誠はいつものようにそのまま居間を出て行った。
階段を駆け上がり自分の部屋にたどり着いた。
誠はすでに準備ができている画材の揃った机を見つめてみるが、すぐに彼の右腕の携帯端末に着信があるのに気づいた。
『よう!ご苦労さんだな』
通信を開くと相手はかなめだった。ネットワークと直結した彼女の脳からの連絡。誠はしばらく不思議そうに端末のカメラを見つめていた。
『そんなに疑い深い目で見るなよ。一応アレはアタシの上司でもあるんだぜ。多少ご助力をしようと思って……これ』
そう言った直後、画像が展開した。
それは昼間の宝飾店で見たカウラのドレス姿だった。時々恥ずかしそうに下を向いたり、かなめ達から目をそらしたりして動く姿が映し出された。いつもの堅苦しいカウラの姿はそこには無かった。突然、演芸会で振られたシンデレラの役に当惑している新人女優のように誠には見えた。そんな感じにも見えて誠はうっとりしながらその動きを眺めていた。
そんなことを考えているといつものかなめの不機嫌な顔が予想できた。
「あれですか、録画してたんですか?西園寺さんの目を通して」
『まあな。せっかくアタシの目についているサイボーグならではの機能だから使わないともったいないだろ?』
引きつった笑みを浮かべているだろうかなめを思い出した。そしてそこにアメリアが突っ込みを入れていることも想像できた。
「ありがとうございます。早速保存しますね」
『ああ、それとこの動画は24日には自動的に削除されるからな』
まるでスパイ映画のお決まりのセリフのように落ち着いた声を作ってかなめはそう言った。
「へ?なんでそんな無駄な機能を付けるんですか?」
誠の驚きを無視するように通信が途切れた。早速近くの立体画像展開装置にデーターを送信してカウラのドレス姿を映した。誠はただうっとりと見とれていた。
「まったく、スパイ映画じゃ無いんだから。そんな消去機能なんてつけなきゃいいのに……」
かなめの嫉妬の混じった嫌がらせにニヤ付きながら誠はカウラの画像で自分の描く絵のイメージを膨らませていった。




