第41話 監督と女機械魔女と誤配送
カウラがなぜか持ってきている段ボールには赤いスタンプ……運航部映画製作班/返却厳守。ガムテープの脇にどう見てもパーラらしい几帳面な筆跡でサインペンで『女機械魔女・二号衣装(仮)』と大書きされていた。
カウラが片手で持ち上げると、箱の中で金具がカチャリと鳴った。
「それとこれなんだが、出る前に届いた。どうせアメリア宛だろうと思って持って来た。……中身はどう見てもコスプレ衣装だ……アメリア……貴様は何を考えている?」
カウラの言葉にアメリアは驚いたように視線を上げた。
「誰から?もしかして島田君から?」
アメリアの言葉にカウラと薫が大きくうなずいた。力なくアメリアは椅子にへたり込んだ。
「なんで島田君はこっちに送るのよ……あれは寮の私の部屋の前に置いておいてって頼んどいたじゃないの……島田君の早とちりもいい加減にして欲しいわね。これを持ち帰るの?嫌よそんなの……あとで着払いで島田君に送り返してあげましょう……ああ、面倒くさい」
その様子をかなめはいかにも痛快そうな顔で見つめている。
「他人事を気取ってるからそう言う目にあうんだよ。島田の馬鹿なんかにものを頼むからそんなことになるんだ。アイツは学習能力ゼロだから『荷物を私の所に送れ』と言えばオメエが居るここに送ってくるに決まってるじゃねえか。カウラはこの荷物を開けたのか?」
面白がってかなめが笑った。カウラは首を横に振った。
「そうか、あれじゃないか?今、節分の市の映画祭の依頼で作ってる自主映画の怪人の衣装……今ここで開けてどうするんだ?カウラの誕生日でアメリアが着てプレ上映会でもやるつもりか?馬鹿じゃねえの?」
かなめはそう言って、節分に部隊で作る自主映画の魔法少女映画の衣装の事を話題に出した。
「それなら当然かなめちゃんのも着るわよね。女機械魔女さん……あの、『女王様をイメージしろ!』と誠ちゃんを脅してデザインさせたきわどいボンテージのゴテゴテの飾りのついたあれも入ってるかもよ……それもカウラちゃんの誕生日の余興に披露すればいいじゃないの?」
にんまりと笑って糸目で自分を見つめて来るアメリアの言葉にかなめはびくりと体を震わせた。
「そうよねえ、あのお話ではかなめちゃんが裏切りの機械帝国の女指揮官の役だったもの。私はただの端役のメガネ教師。やっぱり女公爵ともあろうお方には華のある役をやっていただかないと……それにいまでもかえでちゃんとリンちゃんを始めとする家臣達を調教している現役の『女王様』なんですものね。撮影前に本物のかなめちゃんの鞭裁き……監督である私としては見ておきたいわ」
アメリアは自分で台本とキャストを決めておいてまるで他人事の様にそう言って見せた。
「うるせえ!その配役はテメエと神前とランの姐御で決めたんじゃねえか!それになんでカウラだけ一般人で神前の彼女って設定なんだ?贔屓もあそこまで行くとやりすぎだろうが!」
つばを飛ばしかねない勢いでかなめはアメリアに食って掛かった。その様子を黙ってみていた薫だが事情が飲み込めたようで声をかけた。
「それって皆さんで映画を作られたって話は……」
カウラの隣で黙ってかなめとアメリアのやり取りを見守っていた薫は不思議そうな顔をして一同を見回した。
「そうなんです、来年の節分に豊川八幡のお祭りのときに上映するんで是非……」
得意げに語るアメリアに、誠は頭を抱えた。台本の時点で、もう破綻しているのは特撮モノに造詣の深い誠でもセクシー女優主演の成人向け特撮の一部にみられる程度で滅多にお目にかかれるものではないことは誠にも分かっていた。
「見せるな!神前!見せるんじゃねえぞ!あんな恥ずかしい格好は豊川のちびっ子以外に見せたくねえ!というかかえでとリンのあの衣装はちびっ子に見せて良いもんなのか?あの露出狂主従……ほとんど『具』とトップが隠れてるだけの格好じゃねえか!あの変態達をそもそも映画に出す……世の中間違ってる……アイツらはそのうち、どっか別ジャンルで『伝説』になりゃあ良いんだ!アイツじゃ普通の男優じゃ『こんな粗末なもので僕を満足させるとはずいぶん舐めた商売をしてきたんだね』とか言って絶対男優との絡みは拒否するから。かえでの奴はそうなると意地でも自分の相手役として神前をAV男優として勝手にデビューするように動き出すぞ」
かなめは必死に叫んだ。そして見事ないかにもかえでなら言いだしそうな声真似に他の客も視線を誠達に向けてきていた。
「二人とも静かに。ここは『特殊な部隊』の隊内じゃないんですから!そんな人が聞いたら恥ずかしいセリフを連発しないでください!」
誠は恥も外聞もなく叫び続けるかなめとアメリアに向けて静かにするようにそう言った。
「そんな大声を出すとみんな見ているぞ。恥を掻くのは私達も一緒なんだ。少しは気を使ってくれ」
誠とカウラがなだめることでかなめはようやく落ち着いた。アメリアは十分かなめをいじり倒して満足したと言う表情を浮かべていた。
「ああ、そうだ。神前、その袋はなんだ?」
そんな気を利かせたつもりのカウラの言葉にアメリアの表情が緩んだ。
「カウラちゃん。何だと思う?」
アメリアの言葉の調子に意地悪の色が混じっていた。しばらくその言葉の裏の意味を考えようと言うようにアメリアをにらみつけていたカウラはアメリアをにらみ、次に誠へ視線を移した。……誠の袋だ。アメリアは『知らない』という顔で首を振る。それを見てしゃれた格子模様の袋の中身をカウラは考え始めた。
「何かの材料と言った感じだな。神前は意外と器用だからな。何かを作ってくれるんじゃないのかな?楽しみにしているぞ……少なくともアメリアのものより期待できるのは間違いない。アメリアのものは私ではなく貴様の部下に押し付けろ。私にとっては迷惑以外の何物でもない。連中は貴様の洗脳により『戦うことしか知らない戦闘用人造人間』から『恥も何も意識しない完全なオタク』へと生まれ変わっている。あの女達ならそのプレゼントを喜んで受け取ることだろう」
カウラの言葉にアメリアはげんなりした顔をした。カウラの隣に座っている薫は母親だけに息子のその買い物の中身がわかったとでも言うような満足そうな笑みを浮かべていた。
「誠にしてはいい買い物ね……お母さんは分かったけど。まあ、カウラさんにはその日が来るまで秘密にしておきましょう」
満足げな薫の笑顔。さらにそれがカウラの推察を鈍いものとしていった。
「そんな神前のいい考え?神前の好きな物と言うとプラモデルだが、私は戦車には興味は無いぞ。でもそれはプラモ屋の包装紙では無いな……何を買ったんだ?」
薫の言葉にカウラの好奇心はさらに刺激されることになった。
「あのー……僕はカウラさんの中ではどこまで戦車のプラモ好きということになっているんですか?他に僕の取柄ってないんですか?僕の存在って僕が作るイタリア戦車以下なんですか?」
カウラのつぶやきに思わず誠は我慢できずに突っ込みを入れていた。
「あのなあ、アメリア。クイズ大会に来たわけじゃないんだ。そんなもんもらう時まで楽しみにとっときゃ良いんだ」
それまで様子を見守っていたかなめがつぶやいた。誠はようやく救われた気持ちになった。
「西園寺は、結局まだ決めてないのか。まあその方が気楽だがな。貴様には金銭感覚と言うものが完全に欠如しているからどんな馬鹿なものを買って来るかと想像するとこちらの心臓が悪くなる」
カウラはそう言うと淡々とメロンソーダをすすった。
「おい、アメリア。やっぱこいつに物やってもしょうがねえよ。せっかく人が気を使ってやってるのに感謝の気持ちと言うものがまるで見えてこねえ」
「まあ落ち着いて」
アメリアがなだめてかなめが収まった。いつもの光景だが、かなめが買おうとしているものがものだけに誠も仕方ないというように愛想笑いを浮かべた。
「でも誠は本当に仕事の件で迷惑かけていないんですか?どうもそればかりが心配で……」
そう薫がつぶやいたとき、アメリアの右手に巻かれた携帯端末が着信音を響かせた。
「それは逆にうちの方が心配なくらいで……かなめちゃんが迷惑ばっかりかけるから……ちょっとごめんなさいね」
アメリアはそのまま端末を起動させた。まさにうれしそうと言う言葉を体現するために存在するような笑顔のパーラがその画面を占拠した。
『まあ、食事中なのね?』
パーラは少し遠慮がちにコーヒーをすするアメリアに声をかけた。
「いえ大丈夫。もう終わったところ」
アメリアの言葉にパーラは納得するようにうなずいた。そして彼女は画面の下にロードされているデータを指差した。
『ごめんね、お休みなんだけど。遼州同盟軍事機構でちょっとトラブルがあって。今送ったデータの提出が同盟会議で問題になっているのよ。それをわざわざ東和海軍から資料の提出を求められちゃって……アメリア。お願いだから手伝ってくれる?』
今にも泣きそうなパーラの一言にアメリアには残された選択肢は無かった。
「それって提出期限はいつなの?」
『えーと明後日……明後日で良いみたいよ』
振り返ってパーラが確認した時点でアメリアは何かを悟ったようにかなめを見つめた。
「お疲れさーん」
かなめの一言。アメリアはそれで立ち上がった。
「すいませんね、ちょっと近くのネットカフェで仕事してきまーす。たぶん都内だから下町とは言え金糸町か下野まで出れば個室型・法人利用可の所はあるわよね?」
「良いのか?セキュリティーは?そう言うのって看板だけってことがあるぞ。電子戦もできるサイボーグのアタシが言うんだ……気を使えよ!」
囃すかなめをアメリアは渾身の笑みで迎えて見せた。
「私は一応佐官なの。それなりのセキュリティーのある店に行くわよ……趣味と仕事にはお金はケチらないの。どうせ経費で落ちるでしょうし」
そう言うとそのままアメリアは会計票を持ってレジへと向かった。
「珍しくおごりか?」
「まあね♪」
かなめの突っ込みに背中で答えながらアメリアは視界から消えた。
「この荷物……」
かなめは隣の席にいたアメリアが残していった袋を二つを見て頭を掻いた。
「まあ、私へのプレゼントなんだろ?西園寺か神前が持つのが普通だな」
カウラは自分が誠の実家から運んで来た仮装衣装の入った段ボールを手に立ち上がる。
「よし、神前持て。拒否したら射殺する」
嫌も応も無いかなめの一言が発せられて、苦笑いで誠はうなずいた。
「でも安心したわ……」
心のそこからの言葉と言うようにコーヒーカップを包み込むように手にしている薫がカウラとかなめを見つめた。
「皆さんと仲良くやっているみたいで。この子が高校時代に野球部で肩を壊したときなんて……結構荒れてて……本当にこんな穏やかな感じになるなんて思ってなかったから。それから先も大学時代も友達らしい友達なんて一人もできないし……本当にこんな人付き合いの悪い子が社会でやっていけるか不安だったもの」
母が安心したようにコーヒーを飲んでいるのを安心したように見つめる誠だが、その視線の先にはにやけたかなめの顔があった。
「なんだ?オメエにも荒れてる時期があったと言うのかよ。それこそアタシには想像もつかねえな……ああ、西やアンに対しては妙に強気に出ている時があるな。弱いものには強い……それじゃあいつまでたってもランの姐御の言う『漢』にはなれねえな」
かなめはそう言って誠の顔をまじまじと見た。いつも荒れているようなもののかなめの荒れ方に比べれば自分の当たり散らすことなどかわいいものに思えてきて誠は苦笑した。
「そんなことは無いですけど。確かに壁に穴開けたり、椅子を壊したりしたのは事実ですけど。どこの子供でも男の子ならやることじゃないですか?そんなこと」
誠は照れたように頭を掻いた。だが、母親は面白そうにかなめと誠、そしてその様子を伺っているカウラを見回した。
「本当にあの頃は結構荒れてたじゃないの。高校最後の夏に負けたときなんかみんなに当り散らしたりとか。補欠のキャッチャーを殴ったんでしょ?それで硬式野球部を追放されて……」
「母さん!やめてくれよ!恥ずかしいじゃないか!まだ子供だったんだよ!」
誠の言葉にいかにもうれしそうな表情をかなめは浮かべた。
「私は肉親が無いからな。そう言う気持ちはわからないんだ。怒りの向ける先があるだけ神前がうらやましい」
どこかしらさびしげな表情でカウラはつぶやいた。誠は母と向き合って自分の言葉が彼女を傷つけたのではと黙り込んだ。
「わかる必要もねえよ。居たらいたで面倒なだけだ。アタシの場合は怒りの矛先はかえでと決まってたがな。アイツを痛めつけて晒しものにするのがアタシの最高のストレス発散法だった。それを本人も喜んでる。これこそがWINWINの関係という奴だな」
それぞれの本心ともいえるカウラとかなめの言葉が誠の心に響いた。それぞれを予想していたのか、にこやかな表情で薫は黙って頷いた。
「じゃあ、帰りましょうか」
かなめが一気にコーヒーを飲み下すのを見た薫が立ち上がった。アメリアの置き土産をかなめは行きがかりで持つことになった。そして誠は両手に画材を抱えた。その立ち上がるのを見て店員は頭を下げた。四人はそのまま暗めの照明の洋食屋の店内から冬の日差しが降り注ぐ金町駅前広場にやってきていた。
「なんだかうれしそうね」
かなめとカウラを薫は目を細めて見守った。そんな母を見ながら誠はしばらく彼女達が自分の中でどういう存在なのか確かめてみようと思っていた。
『家族』と呼ぶには早い。だが、もう他人でもなかった。




