第40話 緑の絵具と、贈りものの距離
その時、誠にひらめきが走った。それは誠にしか訪れない神の啓示ともいえるものだった。
「デパートに戻ります!これならアメリアさんもなにも文句は言えないと思いますよ!僕だけの必殺技です!いわばカウラさんへの『光の剣』です!」
誠はそう言うともと来た道を進んでデパートへと歩き始めた。突然の誠の行動にかなめもアメリアも驚いたような表情を浮かべた。
「なんだ?何かあるのかよ……それにあの巡洋艦を一撃で沈める『光の剣』を持ち出すってことはそれなりのものなんだろうな」
かなめはそう言って駆け寄って来た。アメリアはしばらく誠を見つめた後、走り寄ってきてにんまりと笑みを浮かべた。
「何か考え付いたのね。さすが誠ちゃん」
アメリアのその問いに誠は黙ってうなずいた。
とりあえず中に入り、そのままエレベーターに向かった。
「6階か……何が有るんだ?」
誠の迷いもなくボタンを押すしぐさにかなめはぼんやりとそうつぶやいた。かなめとアメリアはその階のフロア案内に目をやった。その隙にエレベーターのボタンを押して誠は黙ってランプを見た。
「カルチャーフロア?神前に文化的な素養があるとは思えねえんだけどな。理系寄りで文化系はからっきしの神前に」
そう言ってかなめはしばらく頭をひねった。しばらくその様子とそのフロアに出店している店の名前を見比べていたアメリアだが、ひらめいたように満面の笑みで誠を見つめた。
「かなめちゃんには分からないんだ……なるほどねえ。でも私にはもう大体、誠ちゃんの考えていることは分かって来たわよ。これは考えたわね。これならかなめちゃんのお金ですべてを解決作戦にも対抗できるかも……確かにこれならお姉さんも納得ね♪」
アメリアの言葉に、誠は笑ってうなずいた。その二人の様子にかなめはしばらく訳も分からず固まっていた。
エレベーターが止まる。地下の食料品売り場から流れてきた客がどっと降りてくるのを待って、三人は乗り込んだ。
「どういう事だよ!二人だけなんだかわかったような顔しやがって。それにそんなにアタシが金に拘る守銭奴に見えるか?アタシは守銭奴?違うね。金は使うためにあるものなんだ!金があったら使う!そうして経済が回る!それは貴族の金持ちのアタシに与えられた宿命なんだ!」
不機嫌なかなめにアメリアは自分の買い物袋に書かれたキャラクターを指差した。しばらくその絵に目を向けた後不思議そうにかなめは首をかしげた。
「は?それはその店のキャラクターだろ?……すると何か?あいつにそのちびのコスプレでもさせるのか?」
かなめの言葉にアメリアはあきらめたような大きなため息をついた。その様子がさらにかなめをいらだたせているのがわかった。だが誠には迷いが無かった。
ささやかなメロディが流れドアが開いた。誠は慣れた足取りでエレベーターの前の書店を素通りした。その確固たる足取りにかなめは少しばかり驚いたような表情を浮かべる。そしてアメリアもそんなかなめを興味深そうな視線で観察していた。
文具店がある。その前でも誠は迷うことなく素通りを決めた。さすがにこの時はかなめの表情は驚きを超えて不思議そうなものを見つけた時の天然娘のサラのそれと変わらなくなっていった。
「ここまで来てわからないの?かなめちゃんも鈍いのね」
アメリアの挑発の言葉。だが、かなめは素直に頷いてしまっていた。
「あ!」
突然かなめが思いついたように叫んだ。そして手を打った。その視線の前には画材屋があった。
「そうか、絵を描くのか……なるほど。それは考えたな、神前にしては。自分の得意技を生かすとは……これはやられたな。さすがのアタシでも甲武まで絵師を手配するっていう時間はねえ。これは真似できねえや」
少しばかりかなめの声が震えていた。アメリアはニコニコ笑いながら早速アクリル絵の具を物色し始めた誠を覗き込んだ。
「ずいぶん慣れた足取りだったけど……この店は?」
とりあえず店内をざっと見回す誠に声をかけたアメリアに微笑が浮かぶ。
「昔からよく来ていますから。小学校時代から絵は自信があったので。僕が褒められるのは体育の時と図工で絵を描くときだけでしたから……アメリアさんも僕の絵だけはいつも褒めてるじゃないですか……というかこれ以上僕に卑猥な絵を発注するのは止めてください。僕もかわいい女性の絵は描きたいですけど、どう考えても日野少佐が喜びそうな格好の女の子の絵を大量発注されることにはうんざりしているんで。そんなにそう言う絵が欲しければ日野少佐と渡辺大尉の写真をAIで加工してそれっぽくすれば10分くらいで作れますよ。何ならその方法教えてあげましょうか?大学の研究室でそう言う絵を作って小銭を稼いでる研究室の助手の人にその方法は教わっているんで」
誠はそう言ってアメリアに嫌味を言いながらアクリル絵の具が並ぶコーナーを見つけて緑色の絵の具を一つ一つ手に取った。
手に取る絵の具をしげしげと見つめていた誠にかなめがかごを持ってきた。
「使えよ」
いかにもぶっきらぼうにかなめはかごを差し出した。そう言われて誠は黙ってかごを受け取った。手にしているのは誠が一目見たときから惹かれていたつやのあるエメラルドグリーンの絵の具を手に取った。そして肌を再現しようと誠は白にもいくつも種類があるを確かめた。
「さっきの誠ちゃんの提案は魅力的だけどあの二人は修正を入れると怒りそうだから頼んでないの。私もかえでちゃんみたいにわいせつ物陳列罪の逮捕常習犯にはなりたくないから。それより結構本格的に描くつもりなのね。縁側にでも座ってもらって、そこで直接カウラちゃんのスケッチでもするの?」
アメリアの言葉に誠は首を振った。
「モデルにするなんて言ったら何をプレゼントするかバレたら終わりです」
誠はできればカウラの驚く顔が見たかった。
「そんなことをしたらアタシが殺す!射殺する!」
断言するかなめに誠は愛想笑いを浮かべながら絵の具を選んでいった。
「確か筆とかはあったはずだから……」
そう言って今度は白い紙を手に取った。
「もしかして誠ちゃんの描く萌えキャラ系にするわけ?あの子はアニメの萌え絵なんてパチンコ屋の台でしか見たこと無いと思うわよ」
アメリアは呆れたようにそう言うと白い紙を持っていた籠に移した。
「まあ少しその辺は後で考えますよ。僕がアメリアさんがいつも見ているような萌えキャラとエロキャラしか描けないなんて舐めないで下さいよ!そういうの『だけ』じゃないです!結構写実的なのも得意で……最後まで、美大を受けるかどうか迷ったくらいなんですから!まあ、美大じゃ学費も高いし食っていけないだろうから諦めましたけど」
次々と必要なものを迷わず選んでいく誠にしばらくアメリアとかなめは見入っていた。店員は見知らぬ女子高生に変わっていた。だが、棚の配置は昔のままだった。メガネの小柄な女子高生がバイトでやっていると言う感じの店員は誠が迷わずに画材を選んでいく様をただ感心したように眺めていた。
「じゃあ、これでお願いします」
絵の具はかなりの量になった。その時誠は少しばかり寮に画材を送りすぎたことを思い出して後悔した。
「へえ、いいなあ。アタシも描いてくれないかな」
かなめが小声でつぶやいた。そこに顔を近づけるのは予想通りのアメリアの反応だった。
「なに?かなめちゃんも描いてほしかったの?ふーん」
「な……なんだよ。気持ち悪りいな」
一歩下がってにやけた表情のアメリアをかなめはにらみつけた。
「ちなみに私の戸籍上の誕生日は4月2日だから。そん時はよろしくね!」
「なんだよ!テメエが描いてほしいんじゃないか!」
かなめの突っ込みを無視するとアメリアはそのまま絵の具のコーナーに向かった。誠は苦笑いを浮かべながら必死にレジの作業をしている店員を見下ろしていた。
「えーと。二万八千円です」
店員の言葉に誠は財布を取り出した。そしてその隣にはいつの間にかアメリアが紺色の絵の具をいくつか持って並んだ。その糸目の影に隠れた目論見を察して誠はアメリアを描くのはしばらくしてからにしようと心で思った。
「あのーお客さん。そちらもですか?」
「いいわ、私が別に払うから」
財布を手にしたまま誠はアメリアを引きつった笑顔で見つめた。
「なにやってんだかなあ。急げよ!待ち合わせの時間まですぐだぞ」
かなめはそう言いながら複雑な表情で二人を見つめていた。
「アメリア……」
駅前の下町の風情のある洋食屋。スパゲッティーナポリタンを食べ終えたカウラは、好物のメロンソーダをすすりながらあきらめたように目の前に置かれたアメリアの荷物に向けてつぶやいていた。
「だから言ったんだよ、アタシは」
ようやくステーキを食べ終えたかなめが皿を下げる店員をやり過ごしながらつぶやいた。フィギュアの入っている袋からカウラはその中身が何かを想像できていた
「だって!やはり自分がもらってうれしいものが……」
「相手がもらってもうれしいとは限らないのよ。ねえ、ベルガーさん」
カウラの隣に座ってオムライスの乗っていた皿が運ばれていくのを見ながら薫がつぶやいた。さすがに薫の言葉にはアメリアも愛想笑いで自分の失態を認めて見せなければならなかった。
「それにしても今度はなんだ?夏はスクール水着だったが……ああ、あれは即ゴミ箱に入れた。まさに資源の無駄だな」
次にカウラの視線は目の前の見たことの無いブティックの袋に向かっていた。誠もかなめもそれについては何も言う気は無かった。
「セーラー服か?巫女装束か?即ゴミ箱行き決定だな。それが嫌なら貴様が洗脳した運航部の女子達に無理やり押しつければいい」
ストローから口を離してカウラはそうつぶやいた。
「惜しい!」
「全然惜しくないわ!」
アメリアの隣に座っていたかなめが思わず突っ込んだ。後頭部を叩かれてアメリアは思わず店員が運んできたコーヒーに顔から突っ込みそうになった。
「危ないじゃないの!」
「危ないのはテメエの頭だ!メイド服なんていったいどこで着るんだ?かえでの屋敷か?あそこには確かにメイドが居るが、テメエみたいなおばさんのメイドは居ねえぞ」
「かなめちゃん、一遍死んでみる?30歳をおばちゃん扱いするのはいい加減にして頂戴」
かなめの剣幕とアメリアへの侮蔑の言葉。そしてアメリアの静かな怒り。二人のやり取りにカウラは呆れてものも言えない状態だった。気まずそうにコーヒーを並べながら店員はすごすごと引き上げていった。さすがにとめるべきかと迷う誠を薫が制した。
「意外と誠はそう言うの好きなのよ。小学校の時からそう言う絵を描いていたじゃないの」
「そう言うのだけじゃないです!」
それは事実なだけに誠は否定ができない自分が居た。そんな彼をかなめがタレ目ながらも明らかに恫喝している視線を送って来た。おずおずとカウラを見た誠だが、興味深そうな純粋な視線を誠に向けてくるカウラの姿がそこにはあった。
「そう……なのか?なら着てみるのも悪くないかもしれないな……一考に値する」
「食いついたよこいつ!良いのか?それで良いのか?」
かなめを無視してカウラは視線をアメリアの買い物袋に移した。それを見て得意げに胸を張りながらアメリアはコーヒーをすすった。
「私も考えたのよ。今度のフェスは一般客として行く予定だけど、一人ぐらいコスプレする人がいても良いんじゃないかと思って」
いかにもアメリアは得意げだった。カウラは袋と誠を見比べながらしばらくじっとしていた。手にしていたメロンソーダのストローが指先から離れていく。……その『間』が、やけに長く感じられた。




