第37話 下町への出発 – 四時発ドタバタ隊
ベッドを蹴り上げられたことによる突然の衝撃に誠は目を覚ました。揺れる視界、そしてすぐ罵声が聞こえた。カーテンの隙間はまだ鉛色、暖房の切れた空気に洗剤の匂いだけが残っていた。
「おい!起きろって!オメエは本当に一度寝ると中々起きねえんだな!血圧低いのか?」
怒鳴りつけてくるのはかなめだった。
「なんで西園寺さんは僕の部屋に入れたんですか?鍵ならあまりに西園寺さんとアメリアさんが乱入して来るんで、島田先輩に頼んで先週替えたはずですけど?」
誠はかなめの事だから金に物を言わせて合鍵屋にでも頼んで合鍵を作ったのだろうと疑いの目を向けながらそうつぶやいた。
「おめえ、アタシが島田を脅して合い鍵を作らせたと思ってるだろ?合鍵じゃねえよ、技術だよ。叔父貴直伝のピッキング。……感謝しろ」
かなめはいかにも彼女らしい理屈を繰り広げて胸を張った。全然誇らしげでいい話ではない。
「あの……こんな時間に起きるんですか?この時間でなくても、実家は逃げませんよ」
誠は眠気に耐えかねてそうつぶやいていた。
「なんだよ。朝だって言ってるだろ?日付が変われば立派な朝だ。暗かろうが明るかろうが関係ねえ!」
誠は魔法少女の描かれた抱き枕を手にしているかなめからその枕を取り返そうと手を伸ばした。だが、かなめはそれをまじまじと見つめた後、誠にそれを投げつけた。
「これからお前の実家行くから。準備しておけ!わざわざ里帰りに付き合ってやるんだ……ありがたく思え」
突然照れたようにかなめは俯いてそう言った。誠は照れるかなめを見て頭を掻きながら室内を見回すとあたりがまだ薄暗いことに気づいた。
「え?今から準備するんですか?まだ日も昇っていないじゃないですか!」
鈍くしか回転しない頭。時計を見てみれば四時過ぎである。鳥のさえずりもまだわずかにしか聞こえない。どこの高血圧人間かと恨めしそうに誠はかなめを見上げた。
「今日は世の人々は平日なんだ。長距離トラックの運転手なんかもうこの時間から仕事してんぞ。早く行かねえと早朝のトラック輸送の渋滞につかまるだろ?」
先ほど赤らめた頬を誠に見せたことでムキになったかなめは誠をそう怒鳴りつけた。
「でも……もう少しくらい寝かせてくれたっていいじゃないですか。昨日も深夜アニメを見たいんで眠り足りないんで」
とりあえず寝たいという一心が誠に言い訳をさせた。
「実家の家業も忘れたのか?今頃は朝稽古の最中じゃねえか。オメエの母ちゃんも今頃は素振りの最中だ。それを忘れたのか?オメエはうちに来て日々駄目になってるな……アタシ等がついてねえと今じゃ何一つできなくなった。うちに来た当初は自分で逃げ出すことを考えるくらいの根性があった!当時のオメエの方が今のオメエよりはるかにマシだ!」
かなめに言われてようやく誠は気がついた。実家を出て二年弱。それまでは今の時間帯は朝稽古も始まっている時間である。
『日々僕を駄目にしているのは他でもないかなめさんとカウラさんとアメリアさんとかえでさんとリンさんが何かにつけて僕に無茶苦茶してくるからであって、僕が自分で望んで駄目になったわけじゃないような気がするんですけど。……ってそんなことを口にしたら即座に西園寺さんに射殺されるだろうな……ああ、自分でも自分がこの数か月でいかに駄目になったか自覚できる……情けない』
自分が駄目になった原因に明らかに覚えがあるだけにその原因の一人でありその中で一番命の危険の高いかなめに向けてそう言う度胸は誠には無かった。
「じゃあ、着替えますから出て行ってください」
誠はベッドから降りてそのまま部屋に設置されているクローゼットに足を向けた。
「わかったよ……って……」
かなめが後ろに気配を感じて振り向いた。そこにはすでに大きな旅行かばんまで持っているアメリアの姿があった。
「アメリア!テメエは馬鹿か?そんなに荷物持ってどうする気だ!カウラの車だぞ。あの車の狭いトランクに乗らねえよ、そんなもの!」
かなめは大荷物を引っ提げているアメリアに向かって見下すようにそう言った。カウラはアメリアの持つ巨大なスーツケースを片手で持ち上げ、体幹だけで振って重さを量ると、無言で廊下へ滑らせた。
「アメリア?貴様は小旅行一つでどれだけ荷物が必要になるんだ?」
呆れたように調子でカウラは自分の小型のスーツケースと見比べながらそう言った。
「大丈夫よ。どうせ誠ちゃんは身一つでしょ?それにかなめちゃんはあまり荷物は持たないじゃないの。これくらい私が持って行ったって……」
そこまでアメリアが言った時にずるずると旅行かばんが部屋の外に向かって動き出す。突然荷物が動き出して驚いたようにアメリアが振り返った。
「これは後でサラにでも送ってもらえ。長期休暇になるんだ。特に貴様の場合はその性格はよく理解しているつもりだから多少荷物が多くなるのは大目に見てやる。しかし、私の車にはそんなに荷物は乗り切らない。諦めろ」
ダウンジャケットを着込んだカウラがアメリアのかばんを取り上げたところだった。アメリアはものすごくがっかりした表情を浮かべた。
「着替えるんだろ?こいつ等は私に任せろ」
カウラはそのままアメリアの首根っこをつかんで立たせた。かなめは仕方がないというような笑みを浮かべた後、アメリアはカウラに引かれるようにして部屋の外へと出て行った。
大きなため息をついてそのまま着替えを済ませてドアを開けるとそこに仁王立ちしているかなめがいた。
「あのー、西園寺さん?」
いかにも誠を待っていたというかなめが恩着せがましい視線を誠に投げる。
「じゃあ行くぞ」
淡々とかなめは誠達を率いるような調子で歩き出す。誠はずっと待っていたのかと呆れながらかなめにつれられて階段を下りていった。
「しかし混むなあ、高速じゃねえよ。これ低速だよ」
「そんな誰でも考え付くようなことを言って楽しいか?」
かなめのうんざりした調子の言葉に運転中のカウラがツッコミを入れた。
誠の実家は東都の東側、東都東区朝草寺界隈である。東都の東に広がる台地にある都市、豊川市にある司法局実働部隊の寮からでは東都の都心に向かわなければならない。
まだ朝早いというのに都心部に入ってからはほとんど車はつながった状態で、さらに高速道路の出口があと3キロというところにきて車の動きは完全に止まった。
アメリアは退屈しのぎに携帯端末を広げていた。相手は誠の母、薫だった。
『はい薫です……ああ、アメリアさんね。今は車の中?朝からご苦労様。今は朝食後の素振りの最中で……ちょうど素振り百本目。気をつけてくださいね。交通事故は中々避けられないものだと聞きますから』
母がいつも朝500回、朝食後200回の木刀の素振りをかかさない習慣があることを知っている誠には普通の会話に聞こえたが、アメリアは思わず背筋を伸ばした。
「はい、気を付けまーす。でもなんだか待たせちゃってるみたいですいませんねえ……ええ、たぶんあと一時間くらいかかりそうなんです」
携帯端末で母の薫とアメリアが話しているのをちらりと見ながら、助手席で誠は伸びをしつつじっと目の前のタンクローリーの内容物を見ていた。危険物積載の表示が見えた。誠はそれを見ながら少しばかり心配しながらじっとしていた。
「あんだけ朝早く出てもこの時間。サラ達は今頃仕事か……と言っても、昨日神前がアメリアのデバッグで問題があって描き直したゲームの原画の修正作業なんだけどな。こんなことなら出勤のほうが楽だわ。それで一日中『武悪』とか『方天画戟』とかの超兵器の観察日記でもつけてた方が百倍マシだ。それと『武悪』の一番役に立つ機能である『全自動温泉卵製造器』としての機能はアレは使える。毎日昼飯には黙っていても温泉卵がつくことになる。便利な世の中になったものだ……まさに宇宙最強の『全自動温泉卵製造器』だな」
かなめは怒鳴りつけるとようやく話を終えて端末を閉じたアメリアをにらみつけた。
「なによ。このくらいの時間につくのは私の予定通りよ。かなめちゃん何か文句でもあるの?」
アメリアに言われてかなめは口笛を吹いてごまかした。
「仕事中にも同じセリフが聞きたいものだな」
そんなカウラのつぶやきにアメリアは現実に引き戻されて不快感に顔をしかめた。そして大きく一つため息をつくと緊張した面持ちでカウラに食ってかかった。
「駄目よ!もっと笑顔を浮かべて運転して!カウラちゃん。私達はオフなの、休日なの、バカンスなの。楽しまなきゃ駄目よ。笑顔を作ればつまらない路面整備の工事渋滞も楽しいひと時に早変わりよ!笑顔、笑顔!」
アメリアは相変わらずハイテンションに真面目な表情で運転を続けるカウラに向ってそう言った。
「バカンス?馬鹿も休み休み言えよ……あれ?バカがかぶって面白いギャグが言えそう……えーと」
「かなめちゃんは黙って!」
駄洒落を考えていたかなめをアメリアは思い切り怒鳴りつけた。その気合の入り方にカウラも少しばかりおとなしくアメリアの言うことを聞くつもりのようにちらりと振り向いた。
「要するに仕事の話はするな。そう言いたい訳だろ?分かった。仕事の話はしない」
なだめるようにカウラは不満げな顔をしてアメリアは納得したようにうなずいた。
「そう、わかっているならちゃんと運転する!前!動いたわよ」
タンクローリーが動き出したのを見てのアメリアの一言。仕方なくカウラは車を動かした。止まった列の中で、ディーゼルの唸りとカーステの交通情報だけが流れている。タンクローリーの金属板が朝の冷気を跳ね返すように鈍く光った。
周りを見ると都心部のオフィスビルは姿を消し、中小の町工場やマンションが立ち並ぶ一帯が見えた。高層の陰が切れて、町工場のシャッターと朝焼け色のプラ煙突が並びはじめる。
「あとどんだけかかる?」
明らかにかなめがいらだっているのを見て誠は心配になってナビを見てみた。
「ああ、この先100メートルの事故が原因の渋滞ですから。そこを抜ければ高速の出口ですよ」
そんな誠の言葉通り、東都警察のパトカーのランプが回転しているのが目に入った。
「なるほどねえ、安全運転で行きましょうか。ここで事故を起こしてもつまらないだけですし」
誠は潰れた事故車のボンネットを見ながらそう言った。窓に張り付いているかなめに大きくため息をつくと、カウラはそのまま事故車両と道路整理のためのパトロールカーの脇を抜け目の前に見える高速道路の出口に向けて車を進めた。
料金所を抜けた途端、朝草方面の標識が朝日に光った。出発は四時、到着は……誠は朝の光に輝く車列を眺めながらぼんやりと故郷の街を眺めていた。




