第34話 義将・紅藤太の影、今日のシフト
「ちょっとついてきてくれ」
カウラは実働部隊の部屋の前でかなめと誠に声をかけた。いつもなら反応するアメリアだが、額に濡れタオルを当てたままぼんやりした表情で廊下を更衣室へと歩いていった。
「おう、来たか」
誠達が所属している機動部隊の隊長の机にはちょこんとランが座っていた。昨日、日本酒の量ならばかなり飲んでいたはずだというのに平気の体で端末の画面を覗き込んでいた。
「ハンガーのあれのことだろ?言わねーでもわかるよ」
そう言いながらランは苦笑いを浮かべた。
「オメー等は良いねー平和で。アタシは発狂寸前だよ。あんな化け物二度と乗りたくねーと思ってたが、そうもいかなくなってきたらしーわ」
先手を打ってランはそう言って笑った。
「……やはりクバルカ中佐の機体も押し付けられたんですか?」
「ああ。神前、お前が火をつけた件の後始末だ」
ランはそう言って誠を見た。なぜ自分に視線が飛んだかわからない誠は呆然とランを見つめていた。それを見てランは大きくため息をついた。
「まあぶっちゃけたところ同盟厚生局の事件が今回の急な搬入の直接のきっかけだな。同盟加盟国各国の軍内部に同盟厚生局とつるんでクーデターを画策していたシンパが芋づる的に見つかってな。特に東和陸軍はひどい有様だ。表には出ていないが内部調査で士官の10パーセントが何らかのつながりがあるという結果が出た。来年までにその全員が諭旨退職処分になる予定だ……あそこで神前が負けてたらあの怪物では無くて同盟加盟国の兵隊さん達にアタシ等は殺される予定だったんだ」
自分が動いた結果で起きた大変な事態。誠はそれに打ちのめされたように顔を青く染めていく。そんな誠の肩をかなめが叩いた。
「そりゃあ人件費が浮いていいことなんじゃないのか?」
そのままランの机の端に腰掛けてかなめはにんまりと笑う。ランは大きくため息をついてかなめを見上げた後、そのまま話を続けた。
「同盟加盟国では東和の二の舞を避けようと内部調査を実施したんだ。遼帝国の反地球運動とつながっている連中、甲武の貴族主義のはねっかえり、西モスレムのイスラム教原理主義者、ゲルパルトのネオナチ、遼北の左翼教条主義者。どれもまあシンパと思える連中のよく見つかること……これまでよく問題にならなかったなと呆れるくらいだ」
あきれたような調子でランは画面を切り替えた。そこには次々と各国の軍幹部の経歴書が映し出されては消えた。
「つまりそいつ等に持たせとくとあの化け物を実際戦場で使っちゃいそうだからうちで引き受けたわけか……迷惑な話だな」
かなめの言葉にカウラも頷いてみせた。ランもまた複雑な表情で誠達の顔を見渡した。
「まったく迷惑な話だぜ。アタシの機体はできればどこぞの海にでも沈めたいのが本音だが……偉いさんはグチャグチャ言って来るだろ。特に西園寺、アレはオメエの伯父を殺した機体だ。そして殺したのは他でもないアタシ……恨むなら恨んでいいぜ。まー、西園寺は最初からそれを知っててうちに来たんだから今更言うことは何もねーだろーがな」
ランの言葉を聞いて驚いた誠はすぐさま驚いた誠はすぐさまかなめに視線を向けた。頭の後ろで腕を組んだまま平然としているかなめを見て誠はかなめの中ではそのことは既に消化済みの過去の事なのだと理解したが、誠にはそんなことはできなかった。
「西園寺さんの伯父さんを殺した機体……クバルカ中佐が西園寺さんの伯父さんを殺した……」
誠はランの言うことの意味が分からず、その言葉を反復するだけだった。
「近代史の知識ゼロの神前が知らねえのも無理はねー。だが、西園寺、オメーは知ってるな?西園寺家嫡男、西園寺孝基、通称『紅藤太』の首を取ったのは他ならねえアタシだ。今見てると気にしねー面をしているが、逆にその態度がアタシには辛いんだ。恨むんならいいぜ、いつでもこの首テメーにくれてやる。アタシはあの軍人の鏡にもなるような立派な人間を殺した人殺しだ。いつ仇として殺されてもいー覚悟はできてんだ。神前、軍人というものはそう言う職業なんだ……否が応でもな」
ランはかなめに向けてそう言って笑いかけた。誠はランの言葉の意味が分からず呆然と席に座ったままかなめを見つめていた。
「そんな、34年も前の遼帝国南北朝動乱の時の話を今更して楽しいんですかね、姐御。孝基伯父はアタシの中の『英雄』なのは確かだ。アタシもあの人が居なきゃ軍人になんかなってねえ。でも、あの人も軍人として生きて『甲武一の兵』と呼ばれたほどの軍人だ。そして負けると決まったあの戦いを死に場所と決めて軍人として姐御に討たれた。覚悟はしてたんじゃねえの?そんな人間の最後の偉業が『人類最強』の姐御に討たれるまで最後の主と決めた北朝の幼帝を逃がす時間を稼いだ。それだけの仕事はしたんだ。伯父貴もランの姐御の事も尊敬はしても恨むいわれはねえよ」
かなめは淡々とそう言った。訳の分からない誠は説明を求めてカウラに目を向けた。
「神前は歴史に疎いんだったな。近現代史でもやはり無理か。まあいい、説明してやろう」
カウラはそう言うと誠の座っている端末に遼帝国の画像を転送してきた。その中央部に左右に一本の線が引かれた。
遼帝国の北は青く彩られ、中央に兼宮と太字で描かれ、南はピンク色に染められてその遼北よりの地点に同じく央都との印が映し出された。
「34年前だ。遼帝国皇帝で、遼帝国中興の祖と呼ばれた女帝武帝がイスラム原理主義組織と思われる自爆テロにより暗殺された。おそらく法術が明らかになった今となってはパイロキネシストによる自爆発火攻撃だと思われるがな」
カウラはそう言って遼帝国の西部地域に印をつけた。
「この地域は遼帝国でも『東モスレム』と呼ばれイスラム化した遼州人が比較的多く住む地域だ。隣接する自国への併合をねらう西モスレムの越境工作活動を行う特殊部隊員に軍事訓練を施されたイスラム原理主義組織と遼帝国軍は常に緊張状態にあった。そこに軍の管理体制の視察に訪れた武帝をテロリストの自爆攻撃が襲ったことがすべての始まりだ」
そしてカウラはポインターを遼帝国南寄りのピンクで彩られた地域に向けた。
「ここが遼帝国の首都『央都』だ。武帝の非業の死後、この地で武帝の嫡男霊帝が武帝の遺言を無視して即位を宣言した。だが、これは実は大きな問題になった」
カウラは淡々と歴史に疎い誠の脳に重い負担を掛けながら話を続けていた。
「なんでですか?嫡男と言うことは長男でしょ?帝位継承権一位じゃないですか?何も問題は無いでしょ」
カウラの言葉に誠はそうツッコミを入れた。そこにそれまで黙って話を聞いていたかなめが視線を向けてきた。
「武帝の婆さんは皇太子に遼霊の嫡男遼献……つまり霊帝の嫡男である自分にとっては最初の孫を指名していたんだ。暗愚で女にだらしのない嫡男である遼霊を見限って、幼い時から利発で知られた孫の遼献に跡を継がせたかったんだよ。それで、遼霊のふしだらな悪影響に染まらないようにこの遼帝国北部の保養地である兼州に離宮を作ってそこで帝王学を学ばせた。朱に交われば赤くなる。そう言うことわざもあるだろ?親父みたいな無能にしないためにそこでゆくゆくは名君になるであろうかわいい孫を徹底的に自分好みの皇帝を作り上げようとしたんだ」
かなめはまるで知り合いの出来事のような身近さでそう語った。
「確かに一国の皇帝が女ったらしって格好が悪いですもんね。それに名君が親政を行えば国が栄える。武帝と言う人は人を見る目が有ったんですね」
誠はかなめの言葉の意味が良く分かってはいなかったがとりあえずそう答えた。
「しかし、霊帝の下には切り札があった。当時の遼帝国軍の最高司令官のガルシア・ゴンザレス元帥の支持、半独立状態にあった遼帝国南部地域の南都軍閥の支援。そして何より地球圏、特にアメリカの正統後継者としての認証と軍事支援が霊帝の即位を後押ししたわけだ」
かなめはそう言うと画面の中の遼帝国の南北に分けられた線をもう一度なぞった。北の中央に兼州離宮。南に央都。二つの王朝が生まれたことを示していることは誠にも分かった。
「要するに……武帝暗殺のあと、南は霊帝、北は孫の遼献を献帝と称して擁立して内戦になった。そして南朝を支えたのが、ゴンザレスとアメリカだ。そう言えば地理に疎い神前にでも分かるだろう」
わざわざこんな説明をカウラにさせてしまう誠は少し情けなく感じながら平然とその様子を眺めているかなめに目をやった。かなめの表情には何か吹っ切れたようなものが浮かんでいた。
「そしてその軍の最高司令官であるガルシア・ゴンザレス元帥の懐刀が他でもないクバルカの姐御ってわけだ」
かなめはそう言って誠達を真顔で見つめているどう見ても8歳幼女にしか見えないランに目をやった。
「ガルシア・ゴンザレス……人呼んで『遼帝国の董卓』と呼ばれた男はそもそも下士官上がりのたたき上げのただの野心に満ちたデブにすぎなかった……いや、ランの姐御を配下に加えてからは対立する人物をどんな汚れ仕事でも平気で引き受ける姐御を使ってライバルをことごとく抹殺して軍の最高位まで昇りつめた男だ。ゴンザレスに対して『遼帝国の呂布』と呼ばれ『汗血馬の騎手』と呼ばれたのはランの姐御だ。三国志で『人中の呂布』と呼ばれた呂布奉先。そしてガルシア・ゴンザレスは……まさにその主君であり後漢に君臨した『奸臣董卓』だな。そして、誰がどう考えても無茶のある霊帝の即位に反対する勢力をランの姐御を使ってすべて粛清していったんだ。あまりにも残酷で惨たらしいやり方でな。姐御が自分の機体を『紅兎』と呼ぶのは呂布が董卓がライバルの武将から引き抜くために送った名馬『赤兎馬』にちなんでのことだ。『赤兎馬』は呂布の死後は『義将』として遼北の人間は神として扱ってる『関羽雲長』の愛馬になった……今のランの姐御はまさに『遼州の関羽』だな。そうなると叔父貴が劉備?そりゃあ世の中間違ってるだろ……」
かなめの最後の言葉を聞くと誠は機動部隊長席で黙って誠達の会話を聞いていたランの方に顔を向けた。
「国境を接する遼北人民共和国は社会主義国で帝政国家の内乱などいい介入の口実だと国境に兵力を集結させて遼帝国進出の姿勢を見せ始めた。北に遼北、南はアメリカの支援を受けた南朝。支援する勢力の力から考えて、どこの支援も受けていない北朝に勝ち目は無かった。献帝は即位時わずか12歳。北朝の正統性を唱えて央都から抜け出した官僚や軍人も少なからずいたが、付き従う家臣は非道で家族を人質に取って脅しにかかるゴンザレスを恐れて央都の南朝に比べると圧倒的に少なく、兵も足りなかった。それでも一人の傭兵がその北朝陣営に馳せ参じた。アタシは思ったね、敵ながらあっぱれな奴。そんなに死ぬことを望んでいる軍人ならば望み通りアタシが討ち果たしてやると」
ランはそう言って笑った。そしてランは視線をかなめに向けた。
「西園寺孝基中佐。当時、四十七歳。実際、傭兵に階級なんて意味ねえが、当時はそう名乗っていた。ベルルカン大陸は当時も荒れてて孝基伯父は二十歳で陸軍士官学校を中退すると軍を辞めて傭兵になったんだ。そしてベルルカン大陸の平和を目指して戦うことを決めたんだ。実の弟の次男の親父に西園寺家の家督を譲る代わりに多額の金を借り受けて最新鋭の攻撃戦闘機を仲間の分まで用意して戦いへと身を投じた」
憧れを込めた表情を浮かべるかなめを誠は初めて見た。そして、かなめは西園寺孝基の活躍について語り始めた。
「その戦いには常に『義』の一言にあった。傭兵だから金で雇われて初めて動くはずなんだが、孝基伯父はたとえ、一円の利益にならなくとも、助けが有れば駆けつける『義』の集団と称して名を売ったんだ。その真紅に染め上げられた攻撃戦闘機隊をベルルカン大陸の失敗国家の独裁政治で軍ばかりが力を持って暴れまわる世界で庶民は待ち続けた。そして孝基伯父とその仲間達はそんな腐った軍隊相手に事実、勝ち続けた。そしてついたあだ名が『紅藤太』。真っ赤に塗った攻撃戦闘機を駆って戦場を駆け抜ける鬼と呼ばれた。そんな男が負けの決まった北朝についたんだ。北朝方の士気は上がった……これなら戦いにはなるってな」
かなめの言葉には興奮の色が帯びていた。
「立派な人だったんですね。西園寺さんのお父さんのお兄さんは」
立派な人に恵まれているかなめに憧れるように誠はそう言った。
「やめろ、神前。アイツはアタシに殺された。アイツは献帝を亡命させるために囮となって戦った。そしてアタシの『方天画戟』の前に戦いと呼べるような時間も稼げずにあっさり殺された。結果、敗れた北朝は崩壊し、献帝の即位を願って兼州離宮の基地に立てこもった領民5万人を、アタシは……皆殺しにした」
ランの言葉に誠は言葉を失った。以前、ランは50万人の無辜の民を殺したと聞いたが、その虐殺の経歴はそこから始まったとランは語っていた。
「ガルシア・ゴンザレス……まさにアイツは『外道』だ。霊帝を女ばかりではなく自分に逆らえない様に薬まで勧めて政治の事なんて完全に諦めさせて傀儡とすると、遼帝国で自分の思うがままの独裁政治が始めたんだ。とりあえず北朝を滅ぼすとゴンザレスは支援してくれたアメリカを見限り、死んだ武帝と親交が深かった甲武とゲルパルトに支援を求めた。そしてそのまま三国で『祖国連合』を結成して前の大戦に突入していったわけだ。これくらい近現代史の基本だぞ?神前、軍人ならそのくらい覚えておけ」
歴史の登場人物の一人としてのランの言葉には説得力があった。そして、誠も二十年前の大きな戦争に東和だけが遼州で巻き込まれなかった事実を思い出し、それらのすべてがまるで他人事のように感じられている自分を思っていた。
「……で、今日のシフトだ。 神前、機体点検。カウラ、ログ洗え。西園寺、余計な火種を拾うな」
そう言っていつも通り詰将棋を始めたランを置いてカウラは自分の席に着いた。誠もさすがにいつまでも手の届かない幹部の人事の話に付き合うつもりは無いので自分の席に着く。かなめは興味深げにランの端末の画面を見つめながら小声でランと話をしていた。
「……それで、クリスマスは?」
誠はそう言ってカウラを見つめた。
「仕事中だぞ、後にしろ」
そうは言っては見たものの、カウラに急ぎの仕事が無いのは誠も知っていた。
「ああ、アメリアが任せろって言ってたな。それとこいつのお袋が……」
そう言ってかなめが誠の隣まで来ると誠の髪の毛を左手でぐしゃぐしゃにした。
「止めてくださいよ、まったく」
誠は何とか手ぐしで元の髪型に戻した。




