第27話 話をややこしくする『駄目人間』
「カウラは先に行け。神前は喫煙所まで付き合え」
誠が急いで着替えをしていたつもりなのに更衣室を出た誠の前にはすでに着替えを済ませたカウラが立っていた。二日酔いの後遺症からか、彼女の背後で光る廊下の蛍光灯がまるで彼女が仏像のように誠には見えた。
「行こうか。今日は貴様が寝坊したから時間が無いんだ。急ごう」
カウラは更衣室から飛び出してきた誠にそう言うと廊下を進んでいった。後ろからついてきたかえでは一瞬華やいだ笑顔を浮かべるが無駄になった自分の夜会の事をすぐに思い出して憂鬱そうな顔になるととぼとぼとそれに続く。誠はただ愛想笑いを浮かべて二人から少し距離を置いて続いた。
「かえで!向こうへ行け!邪魔だ!」
自分勝手が服を着て歩いているようなかなめが急いで着替えを済ませたらしく、自分勝手が服を着て歩いているようなかなめが追いついた。
そして『性奴隷の本能』でついてくる妹のかえでを、かなめはあくまで『女王様』としてつま先で軽く押しやる。
「お姉さま!この痛み!やはりお姉さまは僕の事を分かってらっしゃる!はい!僕は消えます!これもまたお姉さまの愛のカタチなんですね!」
誠には理解不能な思考回路から放たれた言葉を残してかえでは早足で機動部隊の詰め所を目指した。
「ああ、面倒なのが消えてせいせいした。カウラは着替えて来い。神前は喫煙所まで付き合え」
命令口調のかなめはいつも通りの自分勝手な『女王様』だった。カウラはため息をつきつつ女子更衣室を目指し、誠とかなめは喫煙所へと足を向けた。
「よう、なんだか忙しそうだな」
廊下の喫煙所から声をかけてきたのは部隊長の嵯峨だった。全く無関心を装っているその顔の下で何を考えているのかは誠の理解の範疇を超えていた。それを見るとかなめは怒りを隠さない顔をして嵯峨の座るソファーの前に灰皿越しに立ってタバコに火をつけた。
「叔父貴か?かえでの奴に変な期待持たせたのは?アタシがセレブと一緒に夜会を過ごすような柄じゃねえことは叔父貴が一番知ってるだろ?何をかえでに吹き込んだ?言ってみろ、怒らねえから」
かなめはその第六感で、かえでの主催の夜会の提案者がほかならぬ嵯峨であることを見抜いていた。
「え?何を。ただ、俺はクリスマスと言ったら甲武では舞踏会が盛んだねって話をした程度だよ。火をつけた覚え?ないなぁ。灰は落としたかもだけど。東和のクリスマスって本当にイベントの一つも無くて味気ないじゃん。ああ、俺の行くソープはクリスマスになるとそれはそれは見事な仮装で迎えてくれるんだ。東和でも風俗業界だけはクリスマスと言うものをちゃんとわかってる。その点、俺は幸せ者だな」
かなめの言葉に嵯峨はタバコの煙を吐きながら話をすり替えて誤魔化そうとした。だが誠も彼がかえで主催の夜会に関して多くの情報を持っているのだろうと想像していた。かなめもただニヤニヤとした笑みをすぐに回復する叔父の顔を見て嵯峨から事実を聞き出すことを諦めて火をつけたばかりのタバコを灰皿に押し付けると再び歩き出した。
「それが余計なお世話だって言うんだよ!それでかえでが妙な期待を持つようになったんだ。アタシは昔からいけ好かない貴族が集まる舞踏会は大嫌いで数回しか出てねえ!そのことを何でアイツに知らせない!」
かなめはかえでに変な期待を持たせる原因を作った嵯峨を責め立てるようにそう言った。
「それはまあ、俺もその舞踏会でかみさんをひっかけた部類の人間だもの。俺は意外とそう言うイベントごと好きな質なんだ。だから、血縁上は従妹にあたるかなめ坊にもそう言う遺伝子が有るんじゃないかと気を回したの。俺って気が利くでしょ?まあ、かえでの夜会を断るにしても、ちゃんと真正面から断ってやんな。人間関係は大事だよー。がんばってねー」
嵯峨は無責任に手を振って吸い終えたタバコを灰皿に押し付けて揉み消すと、ゆっくりと立ち上がって隊長室に戻った。その語調がさらに気分を押し下げた。
「叔父貴の野郎。完全にアタシをおもちゃにして遊んでやがる。何が舞踏会でかみさんをひっかけた部類の人間だ!引っかかったのはテメエの方じゃねえか!叔父貴のかみさんは『社交界の華』とか呼ばれて舞踏会に行っては男をお持ち帰りしていたとんでもねえ女だ。そのお持ち帰りされた一人がでかい面するんじゃねえ!」
かなめは『社交界の華』と呼ばれる一方、舞踏会に出ては男を漁る誰とでも寝る女だった嵯峨の死んだ妻、エリーゼの事を恨んだ。
「まあ、隊長はああいう人ですから。それに妹なんだから西園寺さんのパーティー嫌いは日野少佐も知っているはずじゃないんですか?きっと隊長の事だからそのことを知っていて他にも何か余計なことを吹き込んだんですよ。去年は東和にはクリスマスなんてなんのイベントも無かったから西園寺さんが寂しがっていたとか、そういうデマを吹き込むくらい隊長には息をするようなものですから」
怒りに震えるかなめを誠はそう言ってなだめた。そして二人の前に機動部隊の詰め所の扉が立ちはだかった。扉の向こうでインパクトのダダダが短く途切れる。機動部隊の隣の部屋のガラス越し、管理部のパートのおばちゃん達と思われる人影がこちらをちらと見る。
中には憂鬱に囚われたかえでが待っている。その事実を前にかなめは振り向くと誠に手招きした。
「え?」
不思議そうにかなめに近づく誠だが嵯峨のニヤけた顔を思い出して少し下がった。
「招待状はそっち宛てだろ。先陣切れよ、『許婚』。アタシは嫌だ!」
いつもはかえでが誠の『許婚』であることを認めないと公言しているかなめのいつもの自己中心思考がここでもさく裂した。
「西園寺さん。それは関係ないでしょ!どうせ入らなきゃならない詰め所なんですから一緒に入りましょうよ!僕一人であの恨みがましい日野少佐の視線を浴びるのなんて御免ですよ!」
誠の言葉にかなめははたと気づいた。着替えを済ませてやって来たカウラはいつの間にかドアから離れて誠の後ろにつけた。そしてかなめとカウラは息の合ったハンドサインで誠に部屋への突入を命じた。
「じゃあ、貴様が入って3分後に私達が順番に入る。それなら問題ないだろ」
そう真面目な小隊長のカウラに言われてしまうと逆らうことは出来ない。頭を掻きながら誠は機動部隊の詰め所に入った。
「おはようございます!」
さわやかに。そう自分に言い聞かせて部屋を眺めてみた。実働部隊の部隊長の席にはちょこんとランが座って端末の画面をのぞきこんでいた。
「はえーじゃねーか」
ランは引きつった笑みを浮かべながらそう言った。ランもまたどんよりとした雰囲気を辺りにまき散らしているかえでの存在に恐怖を感じている一人だった。
沈黙が機動部隊詰め所に舞い降りた。
「遅くなりました!」
今度はカウラが入ってきた。ランはすぐに早く席に着けというハンドサインを送った。せかせかと急ぎ足で自分の席に着いたカウラも端末を起動させた。その隣の第二小隊小隊長席のかえでは明らかに敵意の目でカウラをにらみつけていた。誠はそれをあえて無視して自分の席の端末を起動させるスイッチを押した。
誠はセキュリティーを確認した後、ランに限定してコメントを打ち込んだ。そしてランを見てみると元々にらみつけるような目をしている彼女の目がさらに厳しくなった。
「おあよーんす」
いつものだれた調子を装ってかなめが扉を開いた。彼女の声に反応してかえでが顔を上げた。その瞳に見つめられたかなめの表情が凍りつくのが誠にも見えた。そのまますり足で誠の席の隣の自分のデスクにつくとすぐに端末からコードを伸ばして首の後ろのジャックに差し込んだ。
「おはようございます……」
力なくかなめのあいさつに応えるかえでは明らかに落ち込んでいた。
『大丈夫か?日野少佐は気にしてると思うぞ』
今度はカウラのコメントが誠の作業中の画面に浮かんだ。
『何度も言いますけどあの人は西園寺さんの担当でしょ?僕は関係ないですよ!』
誠も今回のかえでの暴走に関する責任はなんとかかなめに押し付けたかった。
『いつアタシがあの僕っ娘の担当になったんだ?さっきも言った通り『許婚』のオメエがなんとかしろ!それが男ってもんだ!』
コメントをしながらかなめの視線が自分に突き立ってくるのを見て誠は頭を掻いた。かなめも誠と同じ心境だと言うことはありありと分かった。
「ベルガー大尉すまないが……」
明らかに冴えない表情のかなめを見つけたかえではその怒りの矛先をカウラに選んで立ち上がった。
「ベルガー大尉。最近、君はたるんでいるように僕には見えるのだが、どうだろうか?」
かえではそのまま真っ直ぐカウラのところに向かって行った。かえではとりあえず自分を奮い立たせる方法として同じ小隊長であり、今回のかえでの夜会をかなめ達が断る原因を作ったカウラを攻撃することを選んだらしかった。誠とかなめは矛先が自分から逸れたことで安堵のため息を漏らしていた。
「何のことだろうか?貴様が言いそうな私の趣味のパチンコなら控えているぞ。それを私のどこがたるんでいると言うんだろうか?日野少佐。言いがかりも大概にしてくれないだろうか?」
カウラはかえでのそのような思惑などまるで無視すると言うように画面を見つめたままでかえでにそう返した。
「そんなはずは無い!リンが調べたところによるとかなりパチンコで最近負けが込んでいると聞いている!それにクバルカ中佐の決めた土曜日二時間と言う制限も無視しているらしいな。もしかしてお姉さまに金を借りているなどと言うことは無いだろうな?」
かえでの副官リンはかえでの為なら命を捨てる覚悟が出来ている臣下である。今回の件でかえでの夜会をかなめが断る原因がカウラに有ると分かった段階からカウラの近況は調査済みだったらしい。
「金貸しはオメエだろうが!この日野富子!確かにアタシ等の爺さんはあの『応仁の乱』を起こした足利義政の末裔の足利家から養子に来たが、オメエが日野家を継いだこととオメエが整備班員の金のない奴に高利で金を貸してることまで隔世遺伝する必要はねえんだ!そのくらいは分かれ!」
さすがにかなめも自分への攻撃がカウラに向ったのは気が引けたようでかえでの口を押さえつけて黙らせた。口を塞がれたかえでの瞳から、怒りの色がすっと引いて、頬にだけ熱が差す。指先が制服の裾をぎゅとつまんだ。
『良かったですね、クバルカ中佐。とりあえず何とかなったみたいで……』
誠は事が収まったというようにランにコメントを送った。
「全然なってねーじゃねーか!」
誠のコメントを見るとランはそう絶叫して机を叩いて立ち上がった。取残された第二小隊の二人、渡辺リン大尉とアン・ナン・パク軍曹はすぐにどんよりとした空気を感じ取ってため息をついた。
「あの二人……これから何をするんでしょうかねえ……」
「私に聞くな」
誠はようやく自分の責任から解放されて沸いてきた好奇心からカウラにそう尋ねたが、カウラには全く関心が無いようだった。
「僕の夜会より同僚の誕生日が大事か。確かに組織論としては……正しい、でも許せない……これは僕のプライドに関する問題だ……カウラ・ベルガー。僕の大事な人を二人も聖夜に独占した報いを君は受けることになる……仕方ないね、それが君の運命なんだ……すべての快楽を手に入れるのは僕だけであるべきなんだ。『許婚』である神前曹長はもとよりかなめお姉さまを独占するのは僕一人……二人の果てしない加虐プレイに絶頂する権利を持つのは僕一人で十分なんだ……ベルガー大尉……君にはその資格は無い……そのうちその事実に気付くことになるだろうな……可哀そうに。でもそれは君の運命なんだよ」
かなめに口をふさがれて窒息プレイを堪能して自分の席に戻ったかえではそんな独り言を言いながら一人不敵な笑みを浮かべていた。




