第13話 こたつ守衛とSAGA投信(闇)
「ところで、話は変わるが、お前さんたち、『投資信託』しない?いわゆる今、流行りの財テク。興味あるでしょ?」
嵯峨は突然誠達に奇妙な提案をしてきた。金のない嵯峨が急に『財テク』などというとても嵯峨の口から吐かれることが許されないような言葉を吐くことに一同はあっけにとられていた。
「投資信託だあ?そんなもん、小遣い3万円の叔父貴に何でしなきゃなんねえんだよ。それは銀行がやることだろ?叔父貴に金を渡すとろくなことをしねえって茜がぼやいてたぞ。それに投資信託ってもんはそれなりの資産がある銀行がそれなりの資産のある人間に対して売りに出す商品だ。この中でそれなりに資産のある人間はアタシしか居ねえ。叔父貴。アタシを食い物にして何を企んでる?」
明らかに胡散臭い話だと決めつけているかなめはそう言って嵯峨の提案をはねつけた。
「別に信託銀行のやってるのと同じのをやろうってわけじゃないんだよ。それにあれだよ、今の時流は投資信託。今時、貯金をしても銀行の金利なんてたかが知れてるんだ。俺の投資信託は一口五千円から入れる。その点が銀行の金持ち相手の投資信託とは違う。しかも十日で十パーセントの利益が出るとこが保証されてるんだ。凄いだろ?世の中には穴があってだな。俺は『落ちない方の側壁』を知ってる。だから茜には3万円と月管理費込みの2万円の家賃だけで生活のやりくりが出来ているんだ。さも無きゃとっくの昔に俺なんか飢えて……死なねえな。俺は不死人だから……腹はすくけど死なないし」
嵯峨は得意げにそう言うが、この『駄目人間』の嘘つきぶりは全員が知っていたので全員が無視しようとしていた。
「そんな怪しげな話は無いと思ってるんでしょ?でも実はあるんだな。俺しか使えない誰も知らない魔法のような財テク法。いわゆる違法カジノってあるじゃん……お前さん達は行くなよ。あそこは素人が行ったらケツの毛まで抜かれてすっからかんになって帰ることになる。そう言う風にイカサマ、暴力沙汰当たり前の世界だ。まあ、かなめ坊当たりならいいカモとしていくのも社会勉強になっていいかもしれないけどね」
「余計なお世話だ!それに小遣い3万の人間が運用する金融商品に誰が出資すんだよ。勘弁しろ、叔父貴!」
嵯峨はとんでもないことを口にした。それに何の疑問も持たずにただ言い返すだけのかなめもかなめだと誠は思っていた。仮にもここは司法局実働部隊は司法執行部隊である。その隊長自ら『違法カジノ』に出入りしていることはスキャンダル以外の何物でもなかった。しかし、小遣い3万円、家賃は管理費込みで2万円の割に月に2回は激安熟女専門風俗に通い、毎週のようにオートレースに行く嵯峨ならそのような場所に出入りしていても不思議では無いと誠は何となく納得した。
「……それいわゆるまっとうな信託銀行がやってる『投資信託』じゃなくて、叔父貴信託だろ?叔父貴のイカサマを見抜く腕を信じろ……確かにこれまではそれでうまく行ってきたが今度もそれがうまく行くという保証はどこにあるんだよ」
そう言いながらもかなめは身を乗り出して嵯峨の話に乗り気なように誠には見えた。
「違法カジノですか?それのどこが投資信託なんですか!そんな勝つか負けるか分からないことにお金出す馬鹿が何処に居るんですか?少なくとも僕は嫌ですよ!利回りというか、血の代償ですよ!そんな非合法ないつ後ろに手が回ってもおかしくないお金の増やし方なんてお断りです!」
話の展開が怪しさに満ちてきた段階でたまらず誠がそうツッコんでいた。
「まあ、最後まで俺の話を聞きなさいって。俺もそう言うところのいくつか出入りしているところがあるんだが、大概の所は誰が見ても分かるほどの酷いイカサマをしている。そこのいくつかのルーレットのイカサマのルールを俺は掴んだ。それはそれは酷い仕組みでね……それまで大勝ちしてた馬鹿面した小金持ちがあっという間に地獄のどん底に堕とされたような顔で帰っていくのを見るのが楽しくって……まあ、そんなわけで金云々意外にそんな顔が見たくって甲武陸軍の武官として東和に初めて赴任になった時からそう言ったところに昔から俺も出入りしてるの。そこでの必勝法はイカサマの仕組みを理解してもまるで偶然を装って金を賭けて、ある程度稼げたなあと言うくらいの所で帰る。これを繰り返すことで無限に金を増やすことを俺は編み出したんだ。その程度の儲けで帰る客がいるなんて違法カジノの経営者も想定してないんだよ。だからその想定外の勝者として俺は違法カジノに君臨し続けている。凄いでしょ?」
警察官が違法カジノに出入りしてしかもイカサマを見破っていながらその生み出した利益を懐に入れている。誠はその事実にあっけにとられた。ただここは『特殊な部隊』と呼ばれる場所である。その隊長が違法行為に手を染めていても不思議なことは何も無いと誠は最近では思うようになっていた。
「隊長。うちの運航部にも東和の財務省の制限金額範囲内で地球の株式投資で財テクをしている人間がいますが……まずは私達に保証の定義をするのが先なんでは無いですか?元本・期間・リスク、三つの説明が先だと思いますよ。それにその違法カジノの出入りだって自分がそのイカサマがバレたらその違法カジノを東都警察にタレこんでそこで東都警察から懸賞金でも貰って二重取りをするつもりなんですよね?東都警察も資料室付近で隊長が行ったり来たりしているところを見たという証言を私と同じ『ラスト・バタリオン』で東都警察に勤めている人間から報告を受けていますよ。どうせ資料室に侵入して自分が違法カジノに出入りしている証拠を消して回っているんですよね?これ以上面倒ごとにうちを巻き込まないでください」
誠はアメリアの城である運航部には出来るだけ近づかないようにしているので、運航部の女子の一部でほぼ非合法の地球への民間の株式投資が行われていることは知っていたが、そんなカウラの当たり前の質問にもただ聞き流すほかには無かった。
嵯峨は真面目な表情でカウラのようなパチンコ依存症の戦闘用人造人間にそんなことを言われたくないというのがありありと見える顔で警備室の中を見回した。
「そういう国語テストやめて。俺が確実に儲かってるんだからその儲けを隊員に還元しようという隊長ならではの親心なの。嫌ならいいよ。別に出資先は他に探すから。整備班の連中は……アイツは元手の五千円がまずないな。ああ、隣の工場の幹部連中に持ち掛ければあそこの工場長と俺の関係をみんな知ってるからたぶん喜んで飛びついてくるな」
嵯峨はそう言うと封筒を胸に隠した。
「叔父貴。その元手が欲しいからアタシ等から金を巻き上げて投資信託か?それに十日で十パーセントってそれ以上は儲けるんだろ?叔父貴は。その金で何するつもり……叔父貴の趣味の熟女専門風俗か……聞くまでも無かった」
かなめは諦めたように財布に手を伸ばした。アメリアとカウラもそのまま財布に手を伸ばす。
「僕は嫌ですよ。そんな違法行為に手を貸すなんて。それに隊長の風俗のお金は自分で何とかしてください!茜さんもいつも隊長の事は心配していますよ……娘さんを泣かす不良親父なんて洒落にならないじゃないですか?それに違法カジノの『利回り』は、茜さんの涙で目減りします。僕は出しません」
誠は一人、断固としてこの投資信託に加担するつもりは無かった。
しかし、嵯峨の日頃のあくどい金儲けを知っている女性陣はそんな誠の感情など無視するように財布を取り出した。かなめは札束を扇のように弾いて2万。アメリアは角を揃えて3万。カウラは但し書き『私的借入(違法カジノ)』と記す条件で1万五千。
封筒に落ちる紙幣の音が、守衛室の安い木の机をくぐもらせた。
「ええと、かなめ坊が2万円、にアメリアが3万。カウラが1万五千……ありがたいねえ……これで年が越せるわ。楽しいクリスマスが過ごせて感謝だね。ああ、年明けにはさっきの利率で返すから安心してね。俺は信用を裏切らない男だから」
嵯峨はそう言うと嬉しそうに札束を用意してあった札用の封筒の中に叩き込んだ。嵯峨は封筒をぺしんと鳴らし、ボールペンで『SAGA投信(闇)』と殴り書きした。
『一口五千。十日で10%、保証つき』
嵯峨のさも自信ありげな筆遣いに誠は違和感しか感じなかった。
『いや『保証』って何の保証だ?確かに隊長ならそれくらいの事は平気でやりそうだけど……』
と誠は心の中で、隊長を土下座させた。
「叔父貴、違法カジノに通うのは良いが。証拠を隠滅し損ねて一度常連客として捕まったことあったよな?あと二回違法カジノで捕まると降格処分だったんじゃねえのか?それにあの世界でも叔父貴は完全に危険人物として目を付けられてるんだ。気を付けろよ」
かなめはそう言いながらゲートを操作して開けた、嵯峨は軽く手を上げた後、黙って自転車に跨った。それを見たかなめがポケットからタバコの箱を取り出した。かなめがタバコを出しかけ、カウラが無言で禁煙ピクトを指さす。外は霜柱が鳴り、ライターの小さな火が二度空振りしてから灯った。
「西園寺、吸うなら外に出ろ。この守衛室も禁煙だ」
去っていく嵯峨の自転車の音に合わせるようにそう言うと、カウラは再びみかんに手を伸ばす。それを見たかなめは舌打ちをして立ち上がると誠の後ろの出入り口に向かった。
「じゃあヤニ吸って来るわ。叔父貴は去年も同じ手口で金集めてたな。しかも去年もちゃんと利益はくれるからな。神前もやればよかったのに。本当に銀行よりよっぽど信用置けるぞ。利率的には」
かなめはそう言うと寒そうにこたつを出て立ち上がった。
「確かにねえ、でも誠ちゃんにはそこまで隊長の悪には染まって欲しくないもの。ああ、かなめちゃんは十分悪に染まってついでにニコチンにも染まってるからそのまま帰って来なくてもいいわよ!」
かなめが立ち去った分広くなったこたつの中に足を延ばしてアメリアがそう言ってかなめを送り出した。
「あとでぼこぼこにしてやるからな。覚えとけよ」
アメリアの挨拶に舌を出して答えたかなめが外へ消えていった。
「そう言えばどこまで話したっけ?」
アメリアはそう言うともぞもぞとコタツの中から足を抜いて正座をした。正面に座っていた誠は嫌な予感に襲われつつ、胡坐をかいていた足を引っ込めた。
「僕の家の正月はどうだって話ですけど……」
「ああ、そうね。そうそう」
あいまいに頷きながらアメリアが左腕をコタツの上に置いた。腕に付いた小型の携帯端末の画面が誠とカウラの前に映った。
「今回は……私達は年末年始を満喫すると言う目的で動きたいと思います!これがクリスマスと並ぶ私達不幸なこの三人の女子達の第二の目標です!『近藤事件』などの数々の難事件を解決してきた英雄である誠ちゃんを生んだ下町の活気ある正月風景!私も前座として寄席に通ってた時以来の久しぶりの下町の空気を楽しみたいのよ!落語家をやめてから15年!久しぶりの東都の下町の人情!触れてみたい私を邪魔する人間なんて許さないわよ!」
アメリアのその宣言のとおり、そこには予定表のようなものが映っていた。
「訓練場で何か妙な物を作っていると思ったらこんなものを作っていたのか……貴様は……少しは仕事しろ」
みかんを口に運びながら、カウラは大きなため息をついた。
「だってさー、訓練場では隊長にみんな簡単に負けちゃうし。ここにいればここに居たでこうして詰めているのが歩哨の仕事でしょ?ちゃんとゲートの開閉はしてるし、サボってるわけじゃ無いじゃないの」
アメリアは自分を責めて来るカウラにそう言って反論した。そして何やら用意したらしいスタンプの大量に入った箱とノートを取り出した。
アメリアは左手首の端末を指揮棒みたいに振り、机上に年末年始スケジュールを投影した。
そんな中かなめが意外に早くタバコを吸い終えて帰ってきた。かなめとしてもアメリアの無茶苦茶な計画に自分がまきこまれることが自分のいない間に決められることは嫌なように誠には見えた。
『クリスマス(カウラ誕)→コミケ護衛→下町正月ツアー』の三本矢。
ノートの一ページ目には大きな文字でそう書かれていた。
「おい、アメリア。全部オメエのやりたいことしか書いてねえじゃねえか。オメエは本当に遊ぶことしか考えてねえんだな」
呆れたようにかなめがつぶやく。そんなかなめを無視するようにアメリアはノートの二ページ目を開いた。
『不幸な女子会、年末年始を満喫する宣言!』
アメリアはそうボールペンで殴り書きと人差し指でハートのスタンプを押した。
「オメエは一体ここに何しに来た?歩哨だろ?少なくともアタシはランの姐御にそう言い使ってここに来た。だったらそこのロッカーに銃なら入ってるぞ。それ持って外で立ってろ。そうすれば仕事をしていると認めてやる。規則ではそうするのが歩哨の仕事だ。今すぐ取り掛かれ」
みかんの皮をたたみながらのカウラの言葉にアメリアは頬を膨らませた。
「誠ちゃん!カウラちゃんって酷くない!あんな無茶なこと言うのよ!そんなことしたら凍死しちゃうじゃない!」
「はあ……」
誠はただ苦笑するだけだった。アメリアはその頼りない誠の態度にため息をつくと再び目の前の画面に目を向けた。




