第12話 こたつ歩哨とママチャリ隊長
「まったく……東和陸軍も同盟厚生局事件じゃうちに借りがあるはずなのに昼間の搬入は邪魔になるから夜にしろって……そんなにあそこに配備されたばかりの新品の07式を飾るのが恥ずかしいんですかね?」
島田は自分がいつも整備している05式に完敗した東和陸軍の07式のフォローを自分達がしなければならないことが心底不服だというようにそう言った。
「確かに東和陸軍最新鋭の07式が神前の05式に一方的にボコられる様子が全国のお茶の間に生中継されたからってその尻拭いを何で勝った俺達がしなきゃなんねえんですかね?勝ったのは俺達でしょ?神前でしょ?だったら罰ゲームは連中がやるべきでしょ?俺の言ってること間違ってます?それを勝ったうちが基地祭をやらないからって舐めていやがるんだ……まったく滅茶苦茶言いやがって!」
そんな愚痴を口にするたびに島田の怒りのテンションは上がっていくようだった。
「そんなに駐屯地の司令官の面子が大事なんですかね?だったらうちの05式をあたかも自分の駐屯地の所有機だと偽って展示するのは詐欺じゃないですか?どう思います?本当に俺達に無駄な仕事を押し付けるのが東和陸軍の仕事ですかね?一応、俺も軍籍は東和陸軍ですけど、恥ずかしくなりますよ。あれじゃあ『400年間戦争をしたことが無いおままごと軍隊』と同盟加盟国に陰口を叩かれて当然ですよ……まあ、愚痴はこれくらいにして、じゃあ明日はよろしくお願いしますよ!俺にも連中以上に大事な面子があるんで!」
島田はトレーラーの窓から顔を出してかなめに向って念を押すようにそういうと、島田は目の下の隈を親指でぐっと押し、軍靴の踵で床をコツ、コツと二度鳴らす……島田とは年中、寮で顔を突き合わせている誠にも分かるバイクに夢中で徹夜をした時に島田が見せる眠気覚ましの癖だ。その様子を誠に悟られた島田は気まずそうにトレーラーの後部ドアを開けて乗り込んで運転を担当する部下の頭を小突いた。トレーラーがゆっくりと走り出した。それを見るとこたつに入っていたかなめはまた瞬時にゲートのスイッチを押し、また電光石火の勢いでコタツにもぐりこむ。
「ああ、その様子だと下志野まで直行できて楽だとか思ってそうだが……西園寺。明日は直行じゃないからな。いつもどおりに出勤。時間は定時だ。それから1時間ほど通常業務をしてから私と西園寺の機体の定時検査を終えた整備班員を乗せた技術部の車で現地に向かう予定だからな。貴様は何かというと手を抜こうとする。そんなに世の中甘くはないんだ。ちゃんと気合を入れて朝はいつも通り起きるように」
カウラはそういうと周りを見回した。厳しい表情が緩んでエメラルドグリーンのポニーテールの髪が揺れる様に誠は目を奪われた。
ここ豊川市には航空戦力の見の軍隊などは時代遅れという理由で廃止された東和空軍の代わりに東和陸軍の下志野駐屯地という基地があった。年に一度、市民との交流を目的に必ず基地祭というものが行われており、それが明日行われる予定になっていた。
本来ならば下志野駐屯地には配備されていない07式が目玉として展示されるところだったのだが、同盟厚生局の一件で誠の操縦する05式相手に一方的に倒される映像がテレビの全国放送で流されるという事態により負けた機体を展示するくらいなら調子に乗っている『特殊な部隊』ご自慢の05式のお披露目でもする機会を与えた方が得策だろうという基地司令の判断により誠の05式が基地祭の目玉に変更され展示される予定になっていた。
「島田君も因果なものよね……後輩の誠ちゃんの活躍のおかげで余計な仕事がまた一つ増えちゃって。ああ、お茶ね……」
手持ち無沙汰にしているカウラの様子を見たアメリアが察して奥の戸棚を漁った。かなめはすぐに入り口のドアの手前に置かれたポットを見つけると蓋を開けて中のお湯の温度を確かめた。
「しっかり準備は出来てるんだな。うれしいねえ」
かなめはそのままポットをコタツの上に置いた。急須と湯呑、それに煎餅の袋を棚から運んできたアメリアがそれを誠の前に置いた。誠はこの三人がゲート管理をするとなればそれなりの準備をしておかないと後が怖いと思った整備班の面々の恐怖を思って同情の笑みを漏らした。
そんな誠の目の前にかなめはポットと急須と茶筒を置き、カウラは湯呑を並べた。
「僕が入れるんですか?……そうですよね。皆さん士官ですからね。下士官の僕が煎れて当然ですよね」
そんな誠に三人の視線が集まっていたのを察して誠はそういうしかなかった。
「当然でしょ?神前曹長。なんと言っても鬼の下士官殿ですから」
そう言ってアメリアがにんまりと笑って見せた。階級の上下を思い知らされれば反論は許されない。誠は茶筒を手に取り綺麗に洗われた急須を手にとって緑茶の葉を入れた。
「お茶の葉、ケチるんじゃねえぞ。オメエの入れるお茶はいつも薄いんだ。もっと濃いめに入れろ」
背中でかなめの罵声が遠慮なく誠に届いた。
「はいはい、西園寺さんの好みに合わせますよ。まったくそんなに濃いのが好きなら自分で煎れろってんだ」
「神前、聞こえてんぞ!無駄口叩く暇が有ったら早くしろよ!」
濃い目が好きなかなめの注文に答えるようにして葉を足した後、ポットからお湯を注いだ。その様子をじっと観察していたアメリアが大きくため息をついた。
「誠ちゃん……そんな雑な入れ方してたら隊長に呆れられるわよ。あの人は裏千家流の家元なんだからお茶にはうるさいんだから。お茶はもっと丁寧に淹れなきゃ。誠ちゃんはいつもやることが雑なんだから困ったものね」
今度はアメリアが文句をつけてきた。緑茶の淹れ方については茶道師範の免許を持ち、同盟機構幹部の間では『茶坊主』と陰口を叩かれる隊長の嵯峨ならばいちいち文句をつけてくるだろうとは想像が付いた。
「まったくだ。私もまだ小隊長になる前は隊長に来客者のお茶を入れるように頼まれいていたからな……貸してみろ」
カウラは湯をいったん湯冷ましに受け、温度を落としてから淹れ直した。湯気の向こうで翡翠色がふくらむ。日頃は日常業務とパチンコの話以外はほとんどしないカウラにそんな器用なことが出来るとは誠には驚きだった。
だが目の前の三人はただ誠をいじりたいからそう言っているだけ。それがわかっているので誠はまるっきり無視して淡々と湯呑みに茶を注いだ。
「いいねえ……部下にお茶を入れさせるというのは。なんだか偉くなったみたいで気分がいいわ」
心からそう思っているとわかるようにかなめは湯呑みを抱え込んでコタツに足を入れてきた。誠は愛想笑いを浮かべながら彼女を見つめていた。しかし、足をコタツに入れたとたんかなめの顔が不機嫌そうな色に染まった。そしてしばらくするとコタツの中でばたばたと音が響いた。
「おい!アメリア!」
かなめがそう叫んで足をこたつの中ではね上げる。
「何よ!ここは私が!」
明らかに足を伸ばすためにアメリアは身体を半分以上コタツに沈めていた。それに対抗してかなめも足を突き出した。
「子供か?貴様達は。こたつの中の足の事で喧嘩をするんじゃない!」
呆れたようにそう言って湯呑みに口をつけるカウラの視線がゲートのある窓に向かった。
「西園寺。仕事だぞ」
「あぁ?」
と言ってかなめが振り向いた。
ゲート管理の部屋の詰め所の窓にはそれを覆い尽くすような巨漢が手を振っていた。その背後には大野ご自慢のピックアップトラックがアイドリング音を響かせながら鎮座している。
「なんだよ!大野。出て行きたいなら自分で開けろ!アタシは今忙しいんだ!」
技術部の整備班員であり、『特殊な部隊』の誠の変化球を年中パスボールしてかなめに怒鳴りつけられているものの、他に適任者がいないので今のところの正捕手である大野に向って監督であるかなめは厳しい一言を放った。
「無茶言わないでくださいよ!警備室にいるんだから西園寺さん達が担当じゃないですか?仕事くらいはちゃんとしてもらわないと」
その巨漢で知られる整備班員の大野が見下ろすようにして顔を覗かせた。誠が目をやるとうれしそうに私服の大きめのダウンジャケットのポケットに常に常備しているあんパンの袋を開くとそれをひと嗅ぎしてから口に入れた。
「まったく……オメエはいつも何か食ってるな。少しは減量を考えろよ。だからいつまでたっても神前のスライダーが捕れねえんだよ」
渋々コタツから出たかなめは再び四つんばいでゲートの操作スイッチに向かった。
開いたゲートを見ると大野は大きな身体を翻して自分のご自慢のピックアップトラックに乗り込んだ。
「まったく、とんでもねえのがやってきやがった。ああ、面倒くさい」
そう言いながら出て行く大野の車を見送ると再び這って戻ってきたかなめがコタツに足を入れようとした。
「おい!」
「何?」
にらみつけてくるかなめにアメリアは挑発的な笑みを浮かべた。
「足!」
かなめはそういうとアメリアを殴りかねない様子で上半身を起こした。
「長いでしょ?うらやましいんじゃ……って!蹴らないでよ!」
アメリアが叫ぶと同時に、がたりとコタツ全体が揺れた。水音がして誠がそちらに視線を向けるとカウラの顔にお茶のしぶきが飛んでいる様子が目に入った。
『あ……』
かなめとアメリアが声をそろえてカウラの顔を見た。カウラは何も言わずにポケットからハンカチを取り出すと静かに顔にかかったお茶を拭った。
「冷めてるから……大丈夫よね?」
「アメリアが餓鬼みてえな事するからだろ?」
原因となったアメリアとかなめの二人はとりあえずカウラの機嫌ばかり気にして言い訳を口にした。
「二人とも穏便にしましょうよ。ただこたつに入ってるだけじゃないですか。僕達は歩哨でここに居るわけで喧嘩をしに来たわけじゃ無いんですから」
カウラの沈黙が恐ろしくて誠も加えた三人は、意味も無い愛想笑いを浮かべた。当然三人の意識は次のカウラの行動に向いていた。
「私の事はどうでも良い。それより西園寺、また仕事だ」
一言そう言ってカウラはポットと急須に手を伸ばした。ほっと胸をなでおろしたかなめがゲートの方に目をやった。
「よう!」
立っていたのはコートを着込んだ嵯峨だった。見るからに安そうな、きっと古着屋で手に入れたようなほつれの目立つ貧相なカーキのコートと、その長身の誠やアメリアのような背丈に不釣り合いなママチャリが哀愁を誘う。吐く息だけが元気だが、これは不死人ゆえの寒さへの適応なのだろう。嵯峨はポケットからつぶれた箱を出し、火をねだる目をした。手にはタバコを持って相変わらず何を考えているのか分からない脱力気味の視線で誠達を眺めていた。
「叔父貴。珍しいじゃないか、定時前に帰るなんて……暇なのか?」
かなめはそう言いながらポケットから葉巻用のガスライター取り出して嵯峨に渡すとゲートを開いた。
嵯峨はかなめと同じ貴族制国家『甲武国』の陸軍の軍籍の持ち主であり一応は爵位を持つ人物だった。
だが今誠の目の前にいるのはそのような殿上貴族というにはあまりにも貧相なコートを着た目の色に生気のない男だった。そして古びたママチャリが長身の嵯峨の後ろで嵯峨の貧乏臭さに止めを刺しているように見えた。
「良いじゃないの……うちが暇なのは平和な証拠だよ?それに確かに今は暇っちゃあ暇だな。それと明日の助っ人、もう二人呼んだ。……悪いが俺と茜の『家族みたいな女』だ。一人は弁護士。俺の弁護士事務所を継いでくれている親切な人。アイツはお前さん達の知らない茜の秘密とか色々知っているから何なら茜の過去とか聞きだしたらどうだ?お前さん達も俺と同じで完璧超人の茜には苦労してるんだろ?アイツは俺相手だと遠慮して茜の秘密を教えてくれねえんだ。まあ、俺がそれを知ったら今の生活費月3万円生活を脱出できると思うんだけど……世の中そんなに甘くないか。……二人とも俺が用が有って東都に行った時にはあんだけサービスしてくれるのに……」
そう言って嵯峨はタバコを口に運んだ。司法局実働部隊、正式名称『遼州星系政治共同体同盟最高会議司法機関実働部隊』の隊長に彼が選ばれたのは甲武陸軍憲兵隊の隊長としての経験を買われたということになっていた。だがなによりその何を考えているのか分からないこのポーカーフェイスを野に放しておくのを一部の同盟諸国の首脳が恐れたからという噂は誠も耳にしていた。
確かに誠から見てもぼんやりとタバコをくゆらす様は何を考えているのか一切分からず不気味に思えた。
そして嵯峨のいう『家族みたいな女』二人。その存在もこの場に居る全員が気になる話だった。
「一人は弁護士?二人とも風俗嬢の間違いじゃねえの?しかも叔父貴好みの50過ぎの熟女の」
嵯峨に聞こえないようにかなめが誠に向けてささやくので誠は仕方が無いというようにかなめだけに分かるように苦笑いを浮かべて見せた。
そんな不審そうな誠の顔を見て不愉快そうな表情で嵯峨が背伸びをして部屋の奥をのぞき込んできた。カウラはタバコの煙を撒き散らす嵯峨をにらみつけ、嵯峨はそれに気づいて弱ったように頭を掻いていた。




