第10話 こたつ門番、蜜柑当番
門灯の橙が、冬の闇に滲んでいた。
ハンガーではすでに東和陸軍下志野基地で行われる基地祭会場に運ぶために、解体されてトレーラーに搭載された誠の05式乙型をワイヤーで固定する作業が続いていた。
「あれ?カウラさん達はこんなところに何の用で?今はちょっと手が離せないんで……面倒ごとなら後にしていただけます?」
目の下にクマを作って部下の作業をぼんやりと眺めている島田からの声にかなめは一気に不機嫌になった。
「島田!お前んとこのマスク着用が甘いせいで、こっちは門番の穴埋めだ!オメエ等の仲間が風邪で倒れた?そんなもん気合で何とかするのがオメエの仕事だろうが!部下が倒れてるってのにアメリアに言われてぬいぐるみを作ってた馬鹿にそんな邪険にされるいわれはねえ!まったく『権威には目もくれない無敵のヤンキー』が笑わせてくれるぜ……なんやかんや言いながら階級が上のアメリアの言うことにはべったりじゃねえか!オメエの言う『権威』ってのは先公と警官だけが当てはまるのか?ふざけた野郎だ!」
島田が不死人だからと言う理由でもう一月も寝床に入れていないほど疲弊しきっている島田に向ってそう言い放った。
「別に階級とかで俺は人を区別したことはねえっすよ。あの人場合だとそれ以前の問題で逆らうとパーラさんみたいに酷い目に遭うのは分かってるんで。ああ、さっきアメリアさんがやけにご機嫌でスキップして警備室に向っていたのはそのせいですか。あの人も人に仕事を押し付けるだけ押し付けて自分は遊んでばっかり。西園寺さん、なんとかなりませんかねえ。あの人、誰の言うことも聞かねえんですよ。あの隊長やクバルカの姐御の言うことも平気で無視して好き勝手やってるんですから。サラもあの人には逆らうなとか言うんですよ。あの人、もしかしてうちで一番偉いつもりなんじゃないですか?もしかしたら西園寺さんが銃で脅せばあの人は不死人じゃないから死ぬんで西園寺さんの言うことなら聞いてくれるかもしれませんよ」
技術部員達は昼間はアメリアに逃げた運航部の女芸人達を追いかけることを押し付けられて腹を立てていたので島田の言葉に同調するように激しくうなずいていた。
「なんでわざわざアタシがアメリアを射殺しなきゃなんねえんだよ。それにアメリアの事だからたぶん殺しても生き返るぞ。オメエも見てるだろ?アイツの減らず口を叩く様を。それに島田……オメエはアタシをそんなに上官殺しに仕立て上げてえのか?それに銃で脅してアイツが考えを変えると思うか?アイツにはそんなの脅しだってバレてるんだ。アイツはアタシが銃口を向けたくらいじゃ考えを改める事なんざ考えられねえよ。アイツの事をどうにかしたかったらそんなのテメエで考えろ!しかもオメエの彼女はアメリアお気に入りのサラじゃねえか。サラからアタシも知らねえアメリアの弱みを握ってそいつでアメリアをなんとかしろ!アタシの関知するところじゃねえ!オメエの頭は帽子を乗っける台じゃねえんだから……少しは頭を使え!」
困り果てている島田はかなめに一言で突き放されてハンガーの隅に置かれたトレーラーの予備タイヤの上に腰を下ろしてうなだれた。
「さすがの島田も『同盟厚生局違法法術研究事件』から出ずっぱりだからな。見ていて辛そうだな。不死の身体も一月酷使するとこうなるのか。参考になる。それにあのアメリアをなんとかできる人間がいるなら私も見てみたい。あの隊長やクバルカ中佐ですらアイツの我儘は放置したままだ。アイツをどうにかできる人材さえいれば我が隊が『特殊な部隊』などと陰口をたたかれることもなくなる」
カウラの言葉に顔を上げた島田が力ない笑いを浮かべていた。
「確かに……あの事件が佳境に入ってからしばらく寝てないですからね、しばらく。ああ、今日は定時に帰りたかったなあ。オークションで落としたバイクの部品が溜まっちゃって。今日こそは取り付けようと思ってたのに。バイクをいじることだけだったら一月だろうが二月だろうが不眠不休でできるのに仕事だと身体が言うことを聞かねえんですよ。でも、本当にアメリアさんの我儘はなんとかしてくださいよ。お二人ともアメリアさんに意見できる貴重な存在だって整備班でも話題なんですから……ああ、神前。オメエには期待してねえから。オメエはアメリアさんに童貞を奪われない事だけを気にしてろ。それ以外はうちでは何一つ期待してねえから」
そう言いながら作業をしている部下達を眺める島田の疲れ果てた背中は哀愁を帯びていた。誠は我儘勝手なアメリア対策で整備班の希望を集めるかなめとカウラと対照的にアメリアの被害者になることが確定事項な自分の存在価値に絶望していた。そしてそんな落ち込んだ誠に向ける同情のまなざしをカウラが投げかけて来るのを見て誠は大きくため息をついた。
ただ、そんな誠に気を使ってくれるようなかなめではない。かなめはあくまで『女王様』なのである。
「無駄口叩いてねえでいくぞ!神前、急げ。オメエは将校じゃねえ、下士官だ。だからアタシ等の安住の地を手に入れるためにアタシ等に尽くす義務がある?違うか?」
相変わらず自分勝手な一言を言うとかなめは歩き始めた。技術部の整備班の面々は班長の島田の疲れを察してか、段取り良くシートをトレーラーに搭載された05式にかけていった。その脇をすり抜けてかなめは早足でグラウンドに出た。冬の風にあおられてそれに続いていた誠は勤務服の襟を立てた。
「オメエ等、たるんでるねえ。それほど寒くもねえじゃないか。寒い?もう年も12月だぞ。そんなの気合いの問題だ!気合いが足りねえから寒いと思うんだ!もっとちゃっちゃと動け!」
いかにもサディスティックな笑みを浮かべて動きが鈍い整備班員を叱咤するかなめだが、誠には北の山脈から吹き降ろす冬の乾いた空気は寒さしか感じない誠にはかなめの言うことは無理があるように思えていた。所詮、零下20度でも問題なく活動可能なサイボーグの身体を持つかなめにはこの寒さは理解できないのだろうと、誠はかなめに同情を期待するのをあきらめた。振り向いたところに立っていたカウラも素振りこそ見せないが明らかに寒そうな表情を浮かべていた。
『女王様』であるかなめには生身の苦痛は理解できない。苦しみは苦しんだものにしか理解できないという事実を笑顔でのろのろと動く整備班員の一人の尻を蹴り上げるかなめを見ながら誠はそんなことを考えていた。
そのまま正門に向かうロータリーへ続く道に出るとぼんやりとたたずむ整備班員達が目に入った。
「暇そうだな……出て来る神前の機体の待機か?ご苦労なことだ。仕事熱心で感心するよ」
明らかにかちんときたような表情を浮かべて、かなめはスカートの裾を乱暴に払って、機嫌の悪さを隠しもしなかった。誠は愛想笑いを浮かべながら再び歩き始めたカウラについていった。
そのまま駐車場を抜け、本部棟正面のロータリーを通り抜けて警備室にたどり着いた誠達を迎えたのは防弾チョッキに身を包んだ警備担当の整備班の当番の兵士だった。
「あ!西園寺大尉とカウラさん……いやベルガー大尉ですか?」
通用門の隣の警備室からスキンヘッドの兵長が顔を出していた。彼は銃を手にして胸にはタクティカルベストに予備の弾倉をぱんぱんに入れた臨戦装備で待ち構えていた。
「ああ、今着いたのね。ご苦労様!でも、これおいしいわよ!癖になっちゃうくらい♪」
その後ろではうれしそうにコタツでみかんを食べている勤務服姿のたるみ切ったアメリアの姿があった。その様子は真面目に門番などする気はさらさらないと言う意思表示の様に誠には見えた。
「引継ぎの連絡はクラウゼ中佐にしましたから。俺達はこれで」
そう言うとスキンヘッドの曹長と中から出てきた角刈りの兵長は敬礼をしてそのまま去っていった。何かあったら中佐と言う階級でねじ伏せるアメリアに全責任を押し付ける。彼等の背中はそんな無責任な態度を明らかに示していたが、アメリアの日常を良く知っている誠からすればそんな彼等の態度も理解できない事ではなかった。
「それにしても遅いじゃないの!かなめちゃん!カウラちゃん!誠ちゃん!待ちくたびれちゃったわよ!」
そう言うとアメリアはコタツの中央に置かれたみかんの山から誠、かなめ、カウラの分を取り分けて笑顔で三人を迎え入れた。
「これはランちゃんがお世話になってる御仁お勧めのみかんよ。甘くってもう……後を引いて後を引いて。やっぱりおいしいものを食べ慣れてる人の選ぶ一品は違うのね」
その言葉通りアメリアの前にはすでに二つのみかんの皮が置かれていた。それを見たかなめもぶっきらぼうな顔をして靴を脱ぎ捨てるとすぐにコタツに足を入れてアメリアが取り分けたみかんを手にすると無言で剥き始めた。
「まあ自由にやって頂戴よ、カウラちゃんと誠ちゃんも」
アメリアは完全に主人気取りでそう言うとこたつの中で完全にまったりモードを気取っていた。
「なんだよ、主気取りか?さっき島田がテメエの事で散々愚痴ってたぞ。余計な仕事を押し付けてくるのはいい加減にしろって。オメエんとこの運航部の馬鹿な女共をどう使おうがそれは運航部と言う組織内部の話だから文句は言わねえが、いい加減他の部の連中まで巻き込んでお遊びに夢中になるのもいい加減にしろよ。オメーの趣味が多いのは勝手だが、人まで巻き込むんじゃねえ。迷惑だ」
かなめはそう言って呆れたような調子でアメリアをにらみ続けながらみかんを剥く。
アメリアとかなめ。隊でも自分勝手で知られる二人してみかんを剥くのに夢中になっていた。顔を見合わせて冷めた笑いを浮かべると誠とカウラも靴を脱いで上がりこんだ。
「ああ、ゲート上げ下げはかなめちゃんがやってね。こういう時こそサイボーグの機械の身体の出番!私は戦闘用人造人間だけど生身だから寒いものは寒いの。だから絶対、嫌!」
こたつから出るつもりはまったく無いアメリアはかなめに向けてそう言った。
「なんだよ!アタシがやるのか?人をサイボーグだからって見下してねえか?人造人間が全く偉そうにしやがって」
明らかに不服そうにかなめはそう言うが、カウラはアメリアの言うことはもっともだと言うように静かに頷いた。
「いくら私が人造人間だからって生身だから寒いの。零下20度でも活動できるサイボーグに最適なお仕事でしょ?せっかくそんな高機能な体の持主なんだから使ってあげないと損じゃないの。寒いの嫌いなの、私。かなめちゃんには分からないかもしれないけど」
口にみかんを詰め込んだかなめが四つんばいでゲートの操作ボタンのある窓へと這っていった。貴族出身で権威には逆らえないかなめが、中佐という階級のアメリアに押されてそんな不本意な行動をとらせていた。
「みなさん。穏やかに過ごしましょうね。喧嘩とかしないでくださいね……一応、これも任務なんで。警備はしろとは言われてますけど喧嘩をしろとはクバルカ中佐も言ってませんでしたから」
誠は仕事の押し付け合いからつまらぬいさかいが起きるのではないかと言う恐怖感から自然と口をついてそんな言葉が出ている自分を情けなく感じていた。




