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泥男の独白

作者: 混沌の肉塊

まずさ、この話は、フィクションとして聞いてほしい。


僕もこんな事を言っておいてなんだけど、実体験として話すと、なんだかまた恐ろしくなっちゃいそうでね。



2年前だったかな、僕が北の方へ遊びに行ったときの事だよ。


ああそう、その日もこんな暑くてじめっとした日だった。


僕はその日、日が暮れるまでずうっとゆっくりしようと思って、田舎の温泉宿を取っていたんだよ。


写真見るかい?まだいくらか残ってるんじゃないかな。


いい宿だろう?雑草なんてないし、石畳だって汚れないようにきちんと管理されてる。今でも覚えているよ。



あの宿はいい宿だったよ、二度と泊まりたくはないけどね。


温泉に入ってゆっくりしたところで、外に出てみる事にしたんだ。


もうだいぶ日が傾いた頃で、ひぐらしと鈴虫とが大騒ぎしていた時間だったよ。


あぜ道をぶらついていたらね、夕立に降られちゃって。


水が張った田んぼに雨粒が当たって、ばしゃばしゃとやかましくなった。


本当にやかましかったんだよ。雷でも落ちたのかってぐらいにね。


僕は当然傘なんて持ってやしないから、宿まで走って戻ったよ。



その走って戻るときの話だった。


周りは田んぼだらけで、特に視界が遮られることもなかった。


だからね、少しばかりよそ見をしながら走っていたんだ。


そしたら、向こうの田んぼに何かが立ってるように見えたんだ。


ちょうど僕がここにいるとするだろ?


僕、田んぼ、アイツって感じで、田んぼを一つ挟んだ向こうに立ってたんだ。


で、よく見たら泥の塊だった。



ああ、そりゃ笑うよな。僕も初めは見間違いだと思ったよ。でもそうじゃない。これだけは分かるんだ。


で、よーく見てみると、アイツは僕の背丈の二倍以上もあったんだよ。


妖怪に、泥田坊ってヤツがいるだろ?


あれを縦に引き伸ばしたようなヤツだったよ。



で、人の形をしたその泥の塊が立ってたわけだ。


目もなく、動いてもいないその泥の塊が、なんだかこっちを見てるような気がして、薄気味が悪かった。


そして、何を思ったか、その時の僕は、田んぼに張られたその水を覗きこんだんだよ。


そうでもしないと、僕が僕じゃなくなるような感じがしてね。


そりゃあもう驚いたね。


雨に揺さぶられる水面に映ったのは、泥の塊だったんだよ。


雨が激しくて見間違えたのかと思ったし、実際僕もそう思いたかった。


でもね、なんとなく確証があったんだよ。この泥の塊は僕だ、って。


僕は、見ちゃいけないものを見ちゃったような気がして、やにわに怖くなった。


あぁ、確実に。恐かったね、あれは。



そして、無我夢中で宿に逃げ帰った僕は、自分の体も拭かずに、部屋の隅にへたり込んでいた。


もうすっかり暗くなって、いつの間にか夕立も止んでたよ。


そうやってちょっとじっとしてたら、コンコンってドアがノックされたんだ。


アイツがここまでやってきたのかと思ったけど、そこまで来たらもうどうしようもなくて、ええいと扉を開けた。


そしたら、さっき僕がびしょ濡れで駆け込んで来たのが見えたのか、女将さんがタオルを持ってきてくれたんだ。


優しい女将さんだったよ、だいぶ取り乱していた僕に声をかけてくれるなんてね。



でも、だめだった。


鏡を見たときは普通だったんだよ。ちゃんと僕は僕だった。


女将さんの目を見たとき、それはもう泥の塊だった。


僕がそうだったのか、女将さんがそうだったのか、あるいはその両方だったのかはもう分からない。


とにかく僕は、また怖くなって、こんどは外に走り出したんだ。


こんどは外へ。馬鹿だったよね、夕立が降ったあとだって言うのに。



まず、水たまり。


地面にでも目を向けようものなら、泥の塊だった。


で、宿の外に出たら、一つ一つの田んぼから、泥の塊がぞろぞろとこちらを眺めている。


段々と僕も泥の塊になってきたような気がして、自分の目を殴りながらのたうち回った。


で、その結果が今のこれってワケ。


僕は視力が戻らなくて良かったと思ってるよ。



あぁ、その日は結局、目から血を流して倒れてた僕を女将さんが見つけて、病院に搬送されたよ。


とにかく、あの宿の近くには泥の塊がある。


泥の塊になるって言った方が良いのかな、適切な表現が思いつかないけど。


いずれにせよ、僕が経験した一番怖い話はこれだね。



あれからは大変だったよ、何せ水を飲む度にドロッとしたものが喉に纏わり付くんだ。


コーヒーに変えてみたりしたけど、ただ苦くなっただけだった。


今は、水分を摂る回数を減らしてなんとかやってる。



あぁ、そうだ。中国神話の、人間はもともと泥をこねて作られたって話。知ってるかい。


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