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はじめてにはちょうどいい

みのほどしらずじゃありません

作者: 有希乃尋

かつて俺は、自分が世の中で一番頭がいいと思ってた。高校の入学式で彼女に出会うまでは。


「今年の新入生総代、女子なんだって。残念だったな、阿久津。」

「ああ、でもこれ、ダイバーシティの観点で選ばれたってやつじゃないの?俺、入試でほぼ満点だったんだけど・・・。」

「ところが、その女子はまさに満点だったらしいよ。中学まで神童の名を欲しいままにした阿久津も、とうとう、人の背中を追いかける立場か~。」

「ちっ!じゃあ、お前は何点なんだよ。まあ見とけよ。そんな女子、すぐに引きずりおろしてやるよ。」


そう小声で隣の友人に毒づきながら退屈な入学式をやり過ごしていると、噂の新入生総代挨拶となった。


「新入生総代!1年1組、大町菜々美!」


そう呼ばれて壇上へ上がった女子を見た時、一瞬で心を奪われた。まるで、スポットライトが当たったのかと錯覚するくらい、彼女の周囲だけ急に雰囲気が華やいだ。


日本人とは思えない長身でスラリとしたスタイル、はっきりした顔立ち、さらさらの長い髪、そしてそういった個々の特徴だけでは説明しきれない、全身にまとう気高い気品。


『天使が舞い降りたらこんな感じなんじゃないか!』


不覚にも俺は本気でそう思ってしまった。


挨拶を紡ぐ声も朗々と響き心地よかった。しかも、これは俺だけではなく周囲の生徒も同じらしい。さっきまであちこちで囁かれていた私語は一切なくなり、男女問わず、みんな息をつめて壇上の大町さんを見つめ心奪われた表情をしている。


「わたしは、小学6年生まで3年間ベルギーにいました。だから、英語とフランス語が得意です。ピアノも小さい頃から続けていてベルギーのコンテストで入賞したこともあります。他にもずっと陸上をやってきて中学では全国大会に出場しました。休日はボランティア活動をしています。将来は国際弁護士になりたいです!」


教室に戻ってからの自己紹介でも大町さんは俺たちを圧倒した。

すごさの情報が渋滞してる!あまりに圧倒されすぎて、俺は、自己紹介では名前と出身中学くらいしか言えなかった。俺も将来は弁護士になりたいと思ってるなんて、恥ずかしくてとても口に出すことができなかった・・・・。


「おはよ~、阿久津!宿題やってきた?」

「あっ、うん。」

「元気ないね!昨日よく寝られなかった?」

「いや、そんなことは・・・。」


大町さんは、俺たち男子を含むクラスメートにも分け隔てなく気さくに話しかけてくれた。しかもいつも弾けるような笑顔で。

そのうえ、勉強は常に学年トップ、結局3年間一度も追い抜けなかった。部活動の陸上部でも1年生からインターハイに出場。2年生の秋には満票で生徒会長に選ばれた。


「すごい・・・すごすぎる・・・。大町さんにはとてもかなわない。どんなに努力しても追いつけない・・・。」


いつしか俺は、あきらめるようになった。学業成績こそ大町さんに次いで学年2位だが、部活では野球部の補欠、何の特技もなく見た目も普通、陰キャで人間性でも到底かなわない。


しかも、こんな田舎の高校にすら、大町さんみたいなチートな人間がいるんだ。東京とか大阪の名門高校にはもっとたくさん、すごいやつがひしめいているに違いない。

とてもじゃないが勝てる気がしない・・・。


高校生にして大町さんという大きな壁に直面したことで俺は生き方を決めた。これからは自分の身の丈を知ろう。身分不相応な望みは持たないようにして、自分の能力と折り合った生き方をしようと・・・。


「阿久津~、出願する科類決めた?文Ⅰ、文Ⅱ?」


大町さんが志望する大学の科類を聞いて来たのは、高校3年生の1月後半、そろそろ国立大学の願書を書こうとするころだった。ちなみに、俺と大町さんは、その高校でただ二人、同じ東京の大学を志望していたため、この頃には情報交換という名目で、表面上は気軽に話すようになっていた。もちろん俺はいつも浮かれた気分と劣等感の両方を感じながら。


「大町さんは、文Ⅰ?」

「うん、国際弁護士になるって夢があるから、法学部に行かないとね!阿久津はどうすんの?」

「う~ん・・・。」


俺は進路に悩んでいた。俺も弁護士になりたい。だったら法学部に行ける文Ⅰだろう。ただ、文Ⅰに合格するには少し成績が足りない・・・。


「俺は、文Ⅲにするよ。」

「文Ⅲ?意外だね。」

「うん、教養学部で色々なこと勉強したいなって。それで公務員になろうかな。」

「へ~、いいじゃん!じゃあ、お互い頑張ろうね!」

俺と大町さんはグータッチをして別れた。


ああ、自分を偽ってしまった。これで弁護士になる夢もあきらめなきゃいけないかな・・・。でも、身の丈に合った生き方をするって決めたんだ。だから、無理に文Ⅰに突撃するんじゃなくて、文Ⅲでいいんだ。


俺は、この少し後、この時の自分の判断が誤っていなかったことに気づく。無事に文Ⅲに合格したが、なんと得点は合格最低点ギリギリだったのだ。


「あ~、文Ⅰに出願しなくてよかった!やっぱり、身の程を知った生き方が一番だな。」

ちなみに、大町さんは文Ⅰに合格していた。

「科類は違うけど、阿久津が同じ大学行くから心強いよ!」

卒業式の日に大町さんが言ってくれて、連絡先を交換した時は天にも昇る気持ちだった。


無事に大学に入学した後も、文Ⅲでよかったと思うことがあった。同じ境遇の人と知り合えたのだ。


「なんかすごい人ばっかで圧倒されちゃうよね・・・。」


オリエンテーション合宿で自己紹介の際、偶然、となりの席に座り、僕の心境を代弁してくれた女子は、高橋智子さんという名前だった。愛知県の、名古屋からも離れた田舎の方の出身らしい。色気とは別の意味で隙の多いゆるい服装も、素朴でモブみたいな外見も親しみやすく、大都会東京と周囲の優秀な学生に圧倒されていた俺の緊張を和らげてくれた。

授業が始まってからも、高橋さんを見つけると話しかけるようにしていたが、高橋さんは、いつも控えめで聞き上手で、俺の話をよく聞いてくれて、会話が心地よかった。


「今日は、駅の方のカフェに行ってみようよ。」

「いいよ~。」


勇気を出して高橋さんを学外のカフェに誘うと、思いのほか簡単に了解してくれた。この頃の俺は、高橋さんに心惹かれており、できれば付き合いたいと思っていた。

高校の頃から続く大町さんへの憧れがなくなったわけではない。むしろ同じ大学に進学した期待から、好意は大きく膨らんでしまっている。

でも、俺なんかじゃ大町さんに振り向いてもらえるはずがない。だから、あきらめて高橋さんくらいで妥協するのが正解なんだ。高橋さんだったら、見た目も素朴だし、きっと俺を受け入れてくれるに違いない。俺にはちょうどいい・・・。


「あっ!」


一緒に駅の方に向かってキャンパスを歩いている最中、急に高橋さんが嬉しそうな声をあげて駆け出した。高橋さんの駆けて行った方を見ると、長身でがっちりした体形の男子がこちらに背中を向けて歩いていた。その男子は、高橋さんの呼びかけに気づき、振り返った。


「えっ!」


驚いた。その男子が振り向いた瞬間、そこだけスポットライトが当たったかのように華やいだのだ。これは・・・高校の入学式の時に大町さんを初めて見た時と同じだ。

俺も高橋さんを追いかけて、その男子の方に向かうと高橋さんが紹介してくれた。


「この人は、城山真くん、中学からずっと同級生の幼馴染み、エヘ、エヘヘ・・・。今は文Ⅰに通ってるんだよ。エヘヘ・・・。」


あれ、高橋さん、俺と話してる時と声のトーンが全然違う!しかもやけにニヤついてるし・・・。


「えっ?智子の知り合い?」

「うん、文Ⅲでクラスが一緒なんだ。阿久津亮介くん。ねえ、真と一緒で高校の時に野球やってたんだって!」

「へ~っ!ポジションどこなの?僕はショートだけど・・・。」

「俺は主に三塁ベースコーチ・・・。」

「ハハッ!智子の友達おもしろいね!」


真くんは白い歯を見せて爽やかに笑った。整った顔、この間まで高校生だと思えないくらい洗練されたファッション、おまけに文Ⅰ・・・。これは大町さんと同じだ。決して俺がかなわないチートな上級学生・・・。


「じゃあ、僕はこれから授業だから。またね。阿久津くんも、ごめんね。今度またゆっくり話そうね。」


そう言って、真くんは颯爽と去って行った。


「聞いて欲しいことがあるから、後で電話するね~。」


高橋さんは、そう言いながら真くんの後姿をずっと見送っていた。


その後、予定通り高橋さんとカフェに行ったが、高橋さんの話題は真くんに関する話ばかりだった。


「あのね。真は文Ⅰなんだけど、なんと入試で首席だったんだって!すごいよね~!あっ、あんまり人に言うなって言われてるから秘密ね。」

「へ~。」

「高校の時は野球部でね、県大会でベスト8まで行ったんだよ。応援に行った試合で負けちゃったんだけど、真は巨人にドラフトで指名されたあの山浦からヒットを打ったんだよ。」

「へ~。」

「中学2年生の時からの付き合いなんだけどね、フラれちゃったわたしを慰めてくれたり、すごく優しいんだよ。」

「へ~。」


普段は聞き役に徹している高橋さんが、すごく饒舌だ。


「高橋さんって、真くんと付き合ってるの?」

「そんなそんな!めっそうもない!」


俺のさりげない質問に、高橋さんは頭と右手を左右にブンブン振って強く否定した。


「真は、今は別の子と付き合ってると思うよ。この間、紹介された子かな・・・。高校の時からすごくモテて、彼女が途切れたことがないんだから・・・。」

「へ~。」


ここで俺の中に少しイジワルな気持ちが芽生えた。高橋さんは、俺と同じかもしれないと・・・。


「でも、さっきの高橋さんの態度、真くんへの好意がダダ洩れだったよ。本当は真くんのことを想ってるんじゃないの。」


そう言うと、高橋さんは「ヒャッ!」と言って硬直した。


「大丈夫?」

「うん・・・そっか・・・ダダ洩れだったか。気を付けないとな・・・。」

「別に素直になってもいいと思うけど。」

「・・・ダメだよ。わたしなんかがうまくいくわけないし、失敗したら今みたいに仲良くしてもらえなくなる・・・辛い時に慰めてもらえなくなる・・・。だからわたしは真を好きになっちゃダメなの。そんな身の程知らずじゃありません。わたしはわたしの身の丈にあった人を探して、その人を好きになることにするの・・・。」


高橋さんはそう言うと、そのままカフェのテーブルに突っ伏した。

なんだ、俺と同じじゃんか・・・。

憧れてるけど、それが決してかなわないと身の程を自覚している俺と。

高橋さんへの気持ちが急に冷めていくのを感じた。俺が大町さんへの気持ちをあきらめて高橋さんで折り合うのはいいけど、高橋さんが真くんへの気持ちをあきらめて俺で折り合うのは違うだろ・・・。そこまでプライドを捨てられないし。


『みのほどしらずじゃありません』・・・か。


その後も高橋さんとは、表面上はこれまでどおり仲良くしたが、心の距離は明らかに開いていた。同族嫌悪というやつだろう。


夏ころに、高橋さんが別の男子と付き合っているのを知った時には、胸の痛みを感じた。この胸の痛みは失恋の痛みではない。高橋さんを通じて、自分の現実の姿を鏡のように見せられたからだ。


大学2年生の冬、唐突に高橋さんに呼び出され、駅前のカフェに行くと、真くんも一緒にいた。


「ごめんね。実は今日、お願いがあって・・・・。」


相変わらず真くんと一緒だと声のトーンが高いな。モブみたいな素朴な見た目は全く変わらないけど。


「いいよ。真くんも久しぶり!二人そろって何か相談?」

「うん、実はね、大町菜々美さんって知ってる?確か同じ高校出身だと思うけど。」

「ああ、もちろん。高校3年間ずっと同じクラスだったし、今もたまに会ったりするよ。」


そう。これは嘘ではない。同じ田舎から上京してきた同志感から、大町さんとは今でもたまに連絡をとったり、会って話したりはする。あくまで知人として・・・。


「よかった~。じゃあ、真。あの話言ってもいいかな?」

「いいけど、あんまり詮索するようなことはしないでね。」

「わかってるって。実はね、真、いま大町菜々美さんと付き合ってるのよ。」

「ブッフォ!」


思わずコーヒーが変なところに入ってしまった。いや、いつかその日が来ることは覚悟していたから驚くことはない。むしろ、あんなに魅力的な大町さんに、この2年間まったく彼氏がいなかったことが不思議なくらいだ。

しかし、真くんか・・・。チート学生同士のハイクラスカップル。プリンスとプリンセス。まさにお似合いだ。


「あっ、大丈夫?それで、わたしが心配してることがあってね。真は高校のころから彼女が途切れたことがないんだけどさ、いっつも数か月とか半年とか短期で別れちゃうのよ。友達として、今回はうまくいって欲しいと思って。だから、大町さんの好きなものとか、真が気を付けたらいいとことかアドバイスもらえたらなって・・・。」

「ああ、そういうことなんだ。たしか、趣味はピアノとジョギングで、小学校の頃ベルギーに住んでてフランス語が堪能らしいよ。すごく性格もいいし、真くんにぴったりじゃないかな。」

「へ~!すごいね。才女だ!こんないい人、もう二度と現れないから、しっかり捕まえて逃がさないようにしなきゃだめだよ!真はすぐにあきらめちゃうから。」

「なんだよ。いや、智子だっていつも長続きしないじゃん。人のこと言えないよ。」

「わたしは、いっつも全力で頑張ってもフラれちゃうからだけだから違います~。真みたいに努力してないわけではありませ~ん!」


そう言いながら真くんと高橋さんはケラケラ笑っていた。どうやら二人の間でのお約束のやり取りらしい。


しかし、どういうことだ?高橋さんは真くんをあきらめるために好きな人を見つけようとしてたんだろ?しかも念願のとおり、今は付き合いたての新しい彼氏がいるはずだ。なんで高橋さんは、あたかも浮気に寛容な正妻づらして真くんの世話を焼いているんだ?


俺は疑問を感じ、二人をじっと見つめた。


「あっ、うん。笑っちゃってごめんね。真面目に話さないとね。僕自身も、過去の彼女との関係が続かなかったことは後悔してる。今回はちゃんと永く関係を続けたい、そのために僕が頑張れることは全部やらないといけないと思ってるんだ。だから、阿久津くんには、これからも相談にのって欲しいなって思って・・・。」


真くんは誠実そうだ。大町さんと真くんが付き合うことには何の異存もない。

ただ、心がもやつく。このもやつきは真くんへの嫉妬じゃない、大町さんへの憧れがかなわなかった悔しさでもない。

なんだろう?そうだ、高橋さんに対してムカついているんだ。身の程を知って他に好きな人を探すとか言って、しかもちゃんと他に彼氏もいるのに、真くんへの気持ちをあきらめきれず、大町さんとか俺をダシにして真くんに少しでも関わろうと、余計なことをしている高橋さん対して。

ああ、本当にむかつく・・・。自分と同じ未練がましいところを見せられるのがこんなにイラつくなんて。ここは絶対に言っておかないと・・・・。


「大町さんは、同じ田舎から一緒に出てきた大事な大事な友達なんだ。」


僕は真顔のまま、まっすぐ真くんに視線を向けたまま唐突に切り出した。


「あっ、うん。僕と智子も一緒だよ。同じ中学、高校からただ二人だけ同じ大学に来たんだ・・・。」

「だったら、僕の気持ちがわかると思うけど、大町さんと誠実に向き合って付き合ってあげて欲しい。間違っても本心では、他の人への想いがあるのに、折り合って付き合うみたいな真似はやめてほしい。付き合うんだったら、きちんと他の人への想いを捨てて、その人だけを見てあげて欲しい。」

「あっ、うん。もちろんだよ・・・。」


真くんは、僕が唐突に言い出した言葉の意味がわからず、きょとんとしている。もちろんわからないだろう。これは、真くんじゃなく、高橋さんに伝えるために言ったからだ。他の男と付き合ってるのに、未練がましく真くんに関わろうとするんじゃないよ、みっともないよ。そういう気持ちを込めながら、高橋さんに視線を送りながら話したら、高橋さんは急に下を向いて黙ってしまった。どうやら、俺の言いたいことが伝わったようだ・・・。


大学3年生になり、真くん、大町さんは法学部に、高橋さんは文学部に進んだため、別のキャンパスに移った。僕は、教養学部に進んだので元のキャンパスに残り、三人の姿を見る機会はなくなった。一人だけ残され、雑念から解放されたせいか、勉学に集中でき、あっという間に時は流れて、春学期が終わり、夏休みが過ぎ、学期末試験も終わった。


「やっぱり、こっちのキャンパスの方が大学って感じがするな~。テレビで見たことある建物もいっぱいある・・・。」


この日、僕は、文献を借り出すため、法学部や文学部のあるキャンパスへ来ていた。ついでに観光気分であちこち見て回ろうと、講堂に向かって歩いていると、ふとあの二人が目に入った。


「あっ!」

「あれっ?」


真くんと高橋さんだった。一緒に歩いていることは別におかしくない。だけど、俺に気づいた直後につないでいた手をパッと放したぞ!

これは・・・浮気か?

だったら許せない!


「真くん、ちょっと向こうで話そうよ。」

「あっ、うん。わかった。智子は先に行ってて。」


そう言うと真くんは、講堂の脇の階段を下りて、小説で有名な池の方へ俺を連れて行った。小説の題材にもなった有名な池だ。


「ごめん!実は大町さんとはもう別れたんだ。ちゃんと誠実に向き合うって阿久津くんと約束したのに、不徳の致すところで申し訳ない。」


真くんは、俺に向かって深々と頭を下げた。それを聞いて俺は怒りの感情というよりも、あの大町さんでもフラれるんだ、世の中って広いな・・・と見当違いな驚きを感じていた。


「いや、別れたんなら仕方ないよ。でも、どうして別れたの?俺の目から見ても、大町さんは非の打ちどころがないと思うんだけど・・・。」

「・・・・実は、阿久津くんだから話すんだが・・・、僕はこれまで女性と付き合ってきたけど、相手を本当に好きだと思ったことがないんだ・・・。」


えっ?それはつまり?真くんは・・・・もしかして、俺、この後告白される?


「あっ、いやいや違う。僕の恋愛対象が女性であることは変わらないんだ。」


思わず2,3歩後ずさった俺に、真くんは慌ててフォローを入れてきた。まあ、それはそうか。


「これまで、ずっと自分の本心をごまかしてきたんだ。本当は別に好きな人がいるのに、無理に好きな人の魅力を認めないようにして他の人と付き合って・・・。」

「はあ。」

「思い出すのも恥ずかしいんだけど、わざと彼女の魅力を過小評価して、自分には彼女は相応しくないって思いこむようにしてて。彼女はエントリーモデルだから僕には必要ないなんて思いあがってて・・・。」

「へえ。」

「でもよく考えて気づいたんだ。僕は、実はずっと彼女のことが好きだという気持ちをごまかすために、そんな歪んだ考え方をしてたんだ。中学の頃からずっと・・・。実は、僕にとって彼女はエントリーモデルではなくて、ハイエンドだったんだ。」

「ん?えっと、それはつまり・・・誰のことかというと・・・?もしかして・・・?」

「もちろん智子のことだよ。」


うひゃ~!そっちのが驚きだよ。『実は僕は男性が好きなんだ』と言われた方がまだ納得できる。

あのモブみたいな見た目の?いつまでたってもあか抜けないあの高橋智子さん?しかも中学のころからずっと?『エントリーモデル』って例えはごもっともだよ。俺も同感だよ!

『僕にとってはハイエンド』ってなに?そっちの方が理解できん。

いや、ハイクラス学生の考えることはわからん・・・。


「いつだったか、阿久津くんに『本心では他の人への想いがあるのに折り合って付き合うみたいな真似はやめてほしい』って言われただろ?あの時はピンとこなかったけど、後々になって意味がわかったんだ。阿久津くんは、あの時、実は僕の気持ちが智子にあることを見抜いていたんだろ?さすがだね。僕自身ですら気づいてなかったのに・・・。だからあの言葉の意味を噛みしめて、真剣に考えて、素直に本心に従って智子に告白したんだ。」


うわ~!それ、高橋さんに向けて言ったやつだし。勘違いによる過大評価だよ!

でも、あれ?そうすると、俺が余計なこと言ったせいで大町さんは・・・。ほんと申し訳ない・・・。


「うん、まあ仕方ないよ。人の気持ちの問題だもん。おめでとう。」

「阿久津くんにそう言ってもらえると救われるよ・・・。」


真くんと別れた後、キャンパスを歩きながら考えた。高橋さんはずっと俺と同じだと思っていた。彼女も身の程知らずの恋をあきらめ、身の丈と折り合って生きていくもんだと思っていた。だけど現実は・・・。俺の生き方は間違っていたのか?


そう思い、俺はスマホを取り出して、伝えたいことがあるとメールを送ったところ、すぐに返事があり、本郷三丁目の居酒屋に呼び出された。居酒屋?まだお昼過ぎだが・・


「久しぶりだね、阿久津。急に連絡くれてどうしたの?」


その人、大町さんは、早くもビールの大ジョッキを片手に一人居酒屋のカウンターで飲んでいた。


「ああ、うん。伝えたいことがあって。」

「なになに?まあ隣に座りなよ。」


俺は隣に座ると、すぐに本題に切り込んだ。


「いや、あのね。実は言ってなかったんだけど、俺、城山真くんと友達なんだ。さっきも会ってた。」

「ブッフォ!」


大町さんは一杯目のビールを吹き出した。大町さんのこんなリアクション、初めて見るから新鮮だ。大町さんが吹き出して飛び散ったビール、お店の人に台ふき借りて拭かないと。


「じ、じゃあ、わたしの話、全部聞いたんだ・・・。」

「ええ・・・一部始終。」

「じゃあ、今さらカッコつける必要ないか~。はい。付き合っていましたよ。そしてフラれました。」

「うん、元気出しなよ。」

「いや、もともと元気だよ。なんていうのかな~、今思うと、わたしも本当に好きだったのかなって思ってさ。いや負け惜しみじゃないよ!」


大町さんは、大慌てで手を振ってくる。あれ?なんかいつもの大町さんと違う。こんな酔っ払いみたいなキャラだっけ。いや、実際酔っ払ってるが。


「ほら・・・阿久津は高1のときから同じクラスだったでしょ。覚えてる?わたしの最初の自己紹介。」

「もちろん!あの自己紹介には圧倒されたから。」

「いや、あの時は新しい環境だし、新入生総代も任されたからイキっちゃってさ~。フランス語が堪能とか、ベルギーのピアノコンクールで入賞したとか、趣味はボランティアとか言ったじゃん。だけど実はフランス語なんて挨拶ぐらいしかできないし、ピアノコンクールも参加賞だったんだよ。ボランティアもゴミ拾いくらいしかしてないし。」

「それでも十分にすごいと思うけど。」

「ありがとう。でさ~、そんな風にイキっちゃったから周りの期待の目がすごいわけ。もう先生も友達もみんな、わたしを過大評価してくるの。だからそれに応えなきゃって思っちゃって、必死で勉強して、部活の練習も頑張って、ガラにもなく生徒会長選にも出ちゃって・・・。」

「努力して達成できたなら十分すごいでしょ。」

「ははっ。でも実際はさ、結果として学年トップだけど、いつも阿久津に抜かされるかもってビクビクしながら必死にがり勉してたし、大学入試だって文Ⅰの合格最低点ギリギリだったんだよ。まさに張り子の虎。」

「へ~!てっきり余裕をもってトップを走ってるもんだと思ってた。」

「ね。しかも大学に入ったら入ったですごい人ばっかりで劣等感を感じちゃって。そんで、あのハイクラスな真くんと付き合えば、人生好転するんじゃないかって思ってさ、思い切って告白して受け入れてもらえたんだけどさ~。でも、やっぱり無理は続かないね。真くんのレベルに全然ついていけないからさ、かえって劣等感が募っちゃって、ストレスがすごかったよ。フラれたときはむしろホッとしたもん。」

「どうしたの?急にそんなにぶっちゃけだして。」

「いや~、フラれたこともバレちゃったし、付き合い阿久津にだったらそろそろ本性を見せてもいいかと思ってさ。あっ、タバコ吸ってもいい。」

「あっ、いいよ。灰皿もらってくるね。」

「iQOSだから大丈夫よ。」


あれ・・・。なんか大町さんのイメージが急に崩れてきたぞ。タバコも手慣れてるし。これはこれでなんかかっこいいが。


「でも、一つだけ後悔してることがあって。真くん、わたしと別れたあと誰と付き合い始めたか知ってる?」

「高橋智子さんでしょ?」

「そう、あのモブ女。髪のお手入れとかスキンケアとか全然してない系女子!着ている服も、どこで買ったのかわからないようなゆるゆるな感じの。あれは元からゆったりサイズじゃなくて、洗濯しすぎてそうなったんだろうな。そんなだから、わたしが付き合ってる時も、あのモブ女が真くんの周りをチョロチョロしても正直まったく眼中になかったというか・・・。」


ああ、大町さんも悔しいのかな。たしかにあれに負けるのはね・・・・。


「いや、あのくらいゆるゆるで問題ないんだったら、わたしもあんな頑張る必要なかったよ!早く教えてよ真くん!張り切って美容とか力入れて損した~って、そこだけ悔いが残るね。ガハハ~。」


ひょえ~。これが俺がずっと憧れて、天使だと思ってた大町菜々美さん?実はこんなさばけた人だったんだ。急速に親近感湧いてきた・・・。


「そういえば、何か伝えたいことがあるって言ってたよね?この話じゃないでしょ?なに?いきなりの告白以外でお願いね。ほら、まだ傷心だからさ。」

「いきなり居酒屋のカウンターで酔っ払い相手に告白なんかしないって。実はさ、大町さんって国際弁護士目指してたじゃん。今も勉強してるの?」

「してるしてる。でも、真くんと違ってなかなか苦戦してて、予備試験は難しそうだからロースクール行ってのんびり勉強しようかなって・・・。」

「実はずっと言えなかったんだけど、俺も弁護士になりたかったんだ。子どもの頃からの夢で。でも、最近までずっとあきらめてたんだけど、もう一回頑張ってみようかなって思ってさ。」

「お~、前は公務員になるとか言ってたもんね。どんな心境の変化よ?」

「いや、これまで身の程を考えて折り合って生きていこうって思ってたんだけどさ。なんか自分の限界を決めないで本心に素直に従って生きてみようと思ってさ。だから勉強の仕方とか教えてくれない?」

「いいよいいよ~!一緒にがんばろ~!同じ田舎から出てきた仲間だしね。」

そう言って、大町さんは右拳を突き出してきたので、俺はグータッチした。


身の程を知った生き方をする、その高校の頃からの俺の考えが間違っていたかどうかはわからない。だけど、もう本心を偽って縮こまって生きていくのはやめよう。

高橋さんみたいに無謀な挑戦も臆せずやって行こう。俺の挑戦は、『みのほどしらずじゃありません』からね。


別の短編、『はじめてにはちょうどいい』で書ききれなかった周辺部分を書き込むため書きました。同じく周辺を補った『ほかのひとにはわからない』とともに、ぜひ読んでみてください。

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