5.ミッション遂行中2(脱出)
通路の奥は行き止まりで目の前には趣味の悪い重厚な金色の鉄の扉がある。持ってきた鍵の中でこれまた趣味の悪い金色の大きな鍵を、その扉の鍵穴に挿して回せばガチャリと音がして難なく開錠した。
「よいしょっと」
重い扉に体重をかけて引くとギギーッと音と共に動く。全開にするのは大変そうなので自分が中に入れそうな幅だけ開けた。
「ひっ」
「きゃあ」
「あっ」
女性の怯える声が三人分聞こえた。中に入り室内を見渡す。空気穴はあるし部屋は広い。照明もきちんと備わっており明るい。部屋の中にはベッドが三台並んでいた。ドレッサーもあり調度品は高級なものが置かれている。真ん中には大きなテーブルがありたぶん奥には浴室などがありそうだ。少し豪華な共同生活部屋のように見えるが実際は女性たちを監禁している場所だ。
地下なので窓もなく出入り口の扉は常に施錠されていたのだからその恐怖は想像に難くない。どんなに快適に過ごせたとしても牢獄であることには変わりはないのだ。
わたくしはそこにいる女性の顔を確認すると記憶の中にある失踪者の情報と一致させた。探している女性たちは無事に見つかったと安堵する。彼女たちは爵位こそ高くないが全員裕福な貴族の令嬢で美しい髪を持っているという共通点がある。
三人は部屋に入ってきたのがロベールではなかったので驚いている。皆ポカンとした顔をしたがすぐにサッと顔を青ざめさせた。どうやらわたくしを新たな犠牲者だと思ったようだ。違う違う。わたくしは助けに来たのよ。
彼女たちの様子を確認すれば痩せているわけでもなく健康そうで顔色もいい。ただみんな髪が短い。肩につかない長さでばっさりと切られている。この国の貴族令嬢は髪を伸ばしその美しさを競う傾向があるのできっと辛いだろう。
彼女たちはその髪が美しいゆえにロベールに攫われた。ロベールは美髪収集癖がある。アレクセイの調査結果では最初は平民から美しい髪を買い取っていた。でも平民の手入れと貴族の手入れでは圧倒的に美しさの保持力が違う。貴族令嬢はよほどのことがなければ髪を切って売るようなことはしない。だからロベールは美しい髪を持つ令嬢を攫って美しい髪を手に入れた。その後も解放しないのは犯行の発覚を恐れたのと、再び美しい髪が伸びるのを待つためだ。変態め!
彼女たちの気休めにはならないかもしれなけど、さっきロベールの髪を同じようにバッサリ切っておいたわよ。それがわたくしにできる精一杯の敵討ち。
「もう大丈夫よ。わたくしはあなたたちを助けに来たの」
「あ、あなたが? 嘘でしょう?」
「ほっ本当に? どうやって?」
「家に帰れる?」
「ええ。そうよ。外に騎士が待機しているわ。行きましょう」
わたくしが助けに来たと言っても半信半疑な顔をしているが、ここから出るにはわたくしを信じるしかない。彼女たちはお互いの顔を見合わせながら、恐る恐る決断し頷いた。
「い、いくわ」
「私も」
「私も」
わたくしは彼女たちを先導するように先を歩く。幸い通路にはランプが灯されていて明るいので歩きやすい。わたくしが連れてこられた部屋の前を通り過ぎると、そこから地上へ上がる通路は迷路のように複雑になっている。たぶん彼女たちが脱走しても容易に逃げられないような作りになっている。わたくしは薄目で道順を覚えたので大丈夫。
先頭を歩きながらときどき振り返り彼女たちがついて来ていることを確認する。途中にある扉には鍵がかかっているが、ロベールから奪った鍵があるので難なく開錠し進む。
ようやく地下室から一階へ続く階段まで来た。そのまま階段を昇ると最後の扉があるが、そこはすでに開いていた。扉を出るとそこにはアレクセイが手配した王立騎士団の騎士たちがいた。床に視線を向けると公爵家の見張りの騎士たちや執事が縛られ転がっている。
わたくしが公爵邸に連れ込まれた時点で、騎士たちがボワイエ公爵邸に入り制圧することになっていた。どうやら手はず通りに無事に捕縛したようだ。
助け出した女性たちを騎士に渡すとわたくしは一階のロビーに向かう。するとそこにはトリスの腹心でトリス不在時にわたくしを陰ながら護衛するジョルジュがいた。珍しく姿を現したのでわたくしは驚いた。影と呼ばれるだけあって、よほどの非常時でないと普段は姿を現さないのだ。
ジョルジュはわたくしの顔を見るなりニコリと不穏な笑みを浮かべ一歩前に出て頭を下げた。不穏な笑みの意味が分からない。今活躍してきたのよ。何で?
「マルティナ様。ご無事でようございました」
「当然でしょう」
わたくしを誰だと思っているの? 誉めてくれていいのよ。
「ところでこのことをトリスタン様は知りませんよね? 私の上司はトリスタン様なのでそのまま報告しますね」
「あ……」
それは凄く困る! レアセトロスュクレの蜜漬けはサプライズで渡したい。何よりもアレクセイとの取引を知ったら絶対に怒られる!
「ジョルジュ! お願い。見逃して。このことは内緒にして欲しいの」
「そう言われましても、どうせバレますよ?」
ジョルジュに相談していなかったのは失敗だった。といっても相談したくてもできなかったのだ。基本的にジョルジュはわたくしが危機的状況にならないと姿を現さない。呼びかけても返事をしない。徹底的に影の存在として行動する。気紛れで出てきてくれることもあるけど今回は出てこなかった。
ばれたらお仕置きですね。こんぺいとう君が待っていますねとジュルジュがすまして言った。完全に他人事だ。
「ジョルジュが内緒にしてくれたらバレないと思う。明日、アレクセイからレアセトロスュクレを受け取って午後にでも出発すれば、トリスよりも先に屋敷に戻れると思うの! ね?」
トリスがデュラン伯爵領に戻る予定は一週間後。まだ猶予がある。ジョルジュさえ黙っていてくれたら……。
わたくしは両手を胸の前で組み可愛らしく懇願した。何としてもお仕置き用のこんぺいとう君を回避したい。回避できるなら嘘泣きだってして見せる! 今まで何度もトリスに叱られて食べたけど、その度に二度と食べたくないと誓った。
トリスが仕事を終えて辺境に戻る前にレアセトロスュクレの蜜漬けを持って帰れば問題ない。この蜜漬けは貰ったというつもりだった。計画は完璧だったはずなのに。
わたくしは瞳を潤ませもう一度、哀れを誘うようにジョルジュを見つめた。ジョルジュは表情を変えることなく「はい」とも「いいえ」とも言わずに肩を竦めただけ。うわーん! これは拒否するということだ。わかっていたけどジョルジュに可愛くお願いしても効果はなかった……。わたくしはがっくりと項垂れ顔を青ざめさせる。
わたくしは婚約者を喜ばせたかっただけで、怒らせたかったのではないのよ――!




