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無口な婚約者に「愛してる」を言わせたい!  作者: 四折 柊


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4.ミッション遂行中1(潜入)

 会場から出て休憩室に向かう人気のない通路で突然背後から声をかけられた。


「お待ちください。マルティナ嬢」


 視界の隅で声の主を確認する。それは予想通りボワイエ公爵ロベールだ。


(やっぱり声をかけてきた。予定通りね)


 わたくしはゆっくりと振り返り不安そうな表情で小さく返事をするも心の中でほくそ笑む。


「何でしょう?」


 するとロベールは手に持っていたハンカチを素早くわたくしの口に当てた。随分手馴れている。誘拐に慣れているって正真正銘クズ! ああ、この臭いは眠り薬ね。わたくしには耐性があるので効かないが、眠ったふりをするために目を閉じる。そのまま意識を失ったかのように脱力した。大理石の床に倒れたら絶対に痛いと思ったが、ロベールが手を伸ばしわたくしの体を支えた。触られるのは不本意だけど仕方がない。そのまま馬車に乗せられボワイエ公爵邸の地下室に連れていかれた。


 そして今に至るのだ――。


 床に倒れているロベールの鼻からは真っ赤な血が流れている。ちょっと鼻曲がっているかも? まあ、いいか。この様子ならロベールの意識は当分戻らない。思いっきり殴ったから当然ね。手袋が汚れちゃった。落ちるかしら。

 普通の細腕の貴族令嬢が男性を殴ってもこうはならない。鍛えている女性騎士なら可能だろうが、残念ながら鍛えてもわたくしには無理だ。だから『祝福の力』を使った。殴った瞬間に光ったのが発動の証よ。この祝福の力は拳を固くそして強くする。石だって砕くことができる。この力を使えばどれほど強い男性でもわたくしの敵ではない。ふふん! わたくしは意識のないロベールに向かって言った。


「トリスのことを身分も低く才能もなく顔も劣るような何の取柄もない男ですって? わたくしは、わたくしの婚約者を侮辱した者を決して許さない。その報いを受けるがいいわ!」


 わたくしは愛する婚約者であるトリスタンを思い浮かべた。

 細身に見えるが実はしっかりと鍛えられた身体。彼はずば抜けた反射神経と運動神経を持つ。力だって強い。わたくしの拳を受け止めても骨が砕けない頼もしい人。顔だって整っている。彼の顔には特徴がある。それは糸目。瞳の色が分からないくらい糸目……。トリスの瞳の色がどうしても知りたくて、以前彼のお母様に聞いたら美しい紫色だと教えてくれた。だからわたくしのドレスは紫色ばかりなの。トリスに瞳が見たいと強請ったら結婚したらと言われた。結婚式は一年後、その日が待ち遠しいわ。


(結婚式を想像するだけで胸が躍る~)


 ルグラン子爵家当主には裏家業がある。歴代当主はデュラン伯爵家隠密部隊の統括を担っている。トリスは次期部隊長になる。彼はその仕事柄、顔に一切の感情を出さない。きっと他人からは常に無表情に見えている。でもわたくしはトリスが怒っているのも怒っているのも、怒って……時折笑っているのも、それが表情に出ていなくてもちゃんと気付いている! 婚約者として当然よ。

 さらにトリスの特質した才能はまだある。気配を完全に消す潜入捜査は随一で失敗したことがない。剣術武術も素晴らしく誰にも負けたことがないとお父様が教えてくれた。

 だからこそわたくしは将来トリスの妻として足手まといにならないように鍛えている。

 

「さてと!」


 わたくしのロベールに対する報復はこれだけでは終わらない。仕上げがある。ドレスのウエストリボンの内側に作ってあるポケットから小さな巾着袋を取り出す。その中から黒色の星の形をしたものを一つ摘まむ。そしてしゃがむとロベールの口をこじ開けそれを舌の上に乗せ閉じる。わたくしは思わず口の端を上げた。


「ふふふふふ……。精々苦しみなさい。これはお仕置き用こんぺいとう君三号よ!」

 

 地味だけど強烈な報復――。黒色のそれはこんぺいとうと言う名前の異国のお菓子で本来はとても甘くて美味しい。わたくしも大好きだ。カラフルな色が着色されて見た目も小さなお星さまのようで可愛らしい。でもこの黒い物はお仕置き用に改良されている。口に入れた瞬間は甘くて思わず「カリッ」と噛んでしまう。そのあとに地獄が来る。ものすごい苦みが口内に広がる。しかも三日間続く。

 

 三日間は何を食べても飲んでも劇的な苦さの味しかしないという恐ろしいものだ。そう、味覚を破壊する漆黒の悪魔。水を飲んでもケーキを食べても苦い味しかしない。でもご安心を。四日目には元に戻る。しかも後遺症はない安全(?)な物。

 ちなみにわたくしは以前トリスに怒らてれこれを食べさせられて絶望の三日間を過ごしたことがある。実はこのこんぺいとうを作ったのはトリスなのだ。トリスって何でもできるの。凄いでしょう! でも、もう二度と口にしたくない。苦みを生み出す成分は極秘とのことで教えてもらえなかった。

 

 きっとロベールは意識を取り戻したら悶絶することだろう。

 わたくしはすべきことを終え満足すると部屋から出ることにした。いつまでもこんな男と同じ部屋にいたくない。それにここに来た目的を果たさなければならない。攫われた女性たちを救助し騎士に引き渡す。


「鍵、鍵……」


 ロベールの腰には鍵リングが下げられている。同じものを執事も持っていた。リングには五本の鍵がついている。きっと全て地下室の扉や部屋の鍵だ。ロベールはしばらく気を失っているはずだが、もしも早く目を覚まされると面倒なのでわたくしは慣れた手つきでシーツを使いロベールの手足をきつく縛った。そのまま部屋を出ようと思ったがふと思いついて、部屋の机の引き出しをごそごそと漁る。


「あった」


 引出しからはさみを取り出すとロベールの綺麗に手入れされたサラサラの長い金髪を襟足のところからジョキジョキと切り始める。


「こんなものかな?」


 悲惨な仕上がりになった。ロベールご自慢の金髪がガタガタに短くなっている。ロベールが見たら発狂するかもしれない。わたくしは自慢ではないが壊滅的に不器用だ。そんな人間が雑に切ればまあこうなる。

 これでやり残したことはないと、今度こそ鍵を持って部屋を出た。ここに来るまでの通路はいくつもあって複雑だったが、この部屋から奥へ進む通路は一本しかないのでとりあえず真っすぐ進む。幸い地下には見張りはない。連れてこられた時に薄眼で確認したが、ロベールは見張りを入り口にしか置いていなかった。いたとしても倒せばいいだけ。問題ないわ。






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