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無口な婚約者に「愛してる」を言わせたい!  作者: 四折 柊


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12/25

12.手作りクッキー

 翌々日の朝、ようやく口の苦みから解放されたわたくしは張り切って調理場に籠っている。作っているのはトリスの大好きなナッツのクッキー。これで機嫌を取るのよ!

 今日は午後からロレーヌ様に会いに王宮に行くので、アレクセイやロレーヌ様にもあげようとクッキーを多めに焼いた。ナッツは毎回心を込めて拳で細かく砕いている。

 わたくしが作るクッキーはちょっとだけ焦げ臭い……のではなく香ばしい香りを放つが、ちゃんと食べられる。このクッキーを使用人たちは『妖精の気紛れ風ココア味擬態ナッツクッキー』と呼ぶ。気紛れというのは作るたびに味と形が違うことから、ココア味擬態はバニラ味なのに色がココア色だかららしい。


 三人分をそれぞれ紙袋に詰める。トリスには仕事の合間にでも食べてもおう。

 さて、出発の時間ね。わたくしは急いでドレスに着替えると籠にクッキーを入れて玄関に向かう。そこにはすでにトリスが待っていた。糸目とすらりとした立ち姿は今日も格好いい!


「お待たせ。これはトリスの分よ」

「ありがとう」

「どういたしまして!」


 今日トリスは王宮の警備体制の見直しの相談のためにアレクセイに会う予定なので、一緒の馬車で王宮に行くことになった。束の間デート気分を味わえる。うふふ。


「マルティナから香ばしい匂いがする」


 トリスが鼻をすんと鳴らす。クッキーを焼いたら普通甘い香りがするはずなのにわたくしが焼くと香ばしい匂いになる。不思議ね。どうしてかしら? 料理長も首を捻っていたのを思い出す。


「匂いはともかく美味しく焼けていると思うから後で食べてね。ねえ。トリス。もう怒っていない?」


 上目遣いで問いかける。これでトリスが絆されてくれないのは分かっているけど可愛く問いかけたほうが愛が芽生える確率が上がるはず。トリスはわたくしの頬に手を伸ばすとそっと撫でた。節くれ立った固い手に自分から甘えるようにすり寄った。


「怒ってはいないが勝手なことはするな」


 ん? 怒っていないならお仕置きこんぺいとう君二号必要だった? という疑問は心の中にしまい蓋をしておく。つもりだったが不満が漏れるように頬がぷくっと膨れてしまった。するとトリスはイチミリだけ口角を上げた。笑った! わたくしの頬に触れた手が頬をむにむにして摘まんでひっぱった。こういう時は子供扱いされている気がする。立派な淑女なのにと不満になるが、お説教がぶり返すといけないのでわたくしは誤魔化すように話を逸らした。


「ねえ。わたくしたち、いつ領地に戻れるの?」


 トリスはお父様の指示でアレクセイの手伝いをする。さらにロレーヌ様の件もある。でも長引くとわたくしたちの結婚式の準備が止まったままになる。結婚式の延期とか絶対に嫌!


「さあ」

「アレクセイのこと、時間がかかりそうなのね?」

「ああ」


 長期戦かあ。わたくしはアレクセイに恋心は全くないが、友人だとは思っている。頼りない友人を見捨てるわけにはいかない。まあ、仕方がないわね。結婚式の準備がお預けになるとちょっぴりしょんぼりしていると、トリスがおもむろにポケットから何かを取り出した。それは小さな花柄の巾着で、わたくしの手に乗せる。わたくしは巾着を開いて中を覗いた。


「わあ~」


 そこには本物の甘くて美味しいこんぺいとうが入っていた。ピンクに水色、白に黄色などの色取り取り。 


「嬉しい。ありがとう」

「ああ」


 トリスは無表情で不愛想だけど気遣いのできる優しい人だ。お仕置きの後は必ず美味しいこんぺいとうをくれる。お礼を言うと少しだけトリスの顔が綻んだ。わたくしはそれが嬉しくてさらに笑顔になる。


 こんぺいとうを一個取り出し口に入れる。水色のお星さまを選んだ。はあ~。幸せ。口の中に優しい甘さが広がる。糖分って正義よね。などと考えているとあっという間に王城に着いてしまった。馬車を下りトリスのエスコートでロレーヌ様の元へ向かう。侍女が取り次いで扉を開けるとそこにはアレクセイもいた。


「ようこそ。マルティナ様」

「ロレーヌ様。お招きありがとうございます」


 ロレーヌ様の表情は固い。招きたくなかったと顔に書いてあるがわたくしは気にしないので大丈夫。ロレーヌ様の口角は上がっているけど目が全然笑っていない。この様子だとアレクセイは誤解を解くことができなかったのだろう。やれやれ、先が思いやられる。このまま毎日ロレーヌ様とお話するって厳しいと思う。アレクセイがあてにならないからわたくしが誤解を解かなくてはね。


 わたくしが城に上がるための表向きの建前は、ロレーヌ様の話し相手だ。だけど貴族たちから見れば側室になるための準備だと思われそう。もしかしてロレーヌ様もそう思ったままかもしれない。困ったわね。

 部屋に入った瞬間からのこのピリピリした空気はなんとかして欲しい。居心地悪い。侍女の案内に従いわたくしとトリスはソファーに座った。

 侍女がお茶を用意しているのでわたくしは今朝焼いたクッキーの入った袋をロレーヌ様に差し出した。途端にアレクセイが顔を顰め警戒心を滲ませる。


「どうぞ」

「これは何かしら?」

「わたくしが焼いたクッキーです。ロレーヌ様にも食べていただこうと思ってお持ちしました」

「マルティナ様が焼いた?」


 ロレーヌ様が面食らった表情でクッキーの入った袋を見る。心配しなくても毒は入っていないと言おうとしたがその前にアレクセイがソファーから立ち上がり叫んだ。


「ロレーヌ。食べるな! それは地獄への片道切符だ」

「えっ?」


 ロレーヌ様が困惑している。地獄の片道切符とは失礼ね。毒認定したのも同然じゃない。わたくしはムッとして言い返した。


「それなら二枚食べれば往復切符になって、この世に戻ってこれるから大丈夫ね」

「二枚?! そういうことを言っているんじゃない! ロレーヌ。私は昔マルティナの作ったクッキーを食べてお腹を壊した。そのまま一週間も寝込んだのだ! あれは死ぬかと思ったぞ」


 大袈裟ね。あの時はたまたまアレクセイが体調を崩していたからで、わたくしのクッキーのせいではない。同じものを食べたトリスは何ともなかったのがその証拠。わたくしはアレクセイが悪いとじと目で見た。


「こっちはアレクセイの分よ。あの頃よりは上達しているから食べてみて」

「マルティナ。味見はしたのか?」

「あら、わたくし味見はしない主義なの!」

「…………」


 クッキーの入った紙袋をアレクセイに押し付けると、中を恐る恐る覗く。クンクンと匂いを嗅いで顔を顰める。


「焦げ臭い……」

「失礼ね。焦げてはいないわよ。ちょっと香ばしいだけで」


 ロレーヌ様は不安そうに袋からクッキーを一枚取り出した。香りを嗅いで首を傾げる。


「確かに……香ばしい匂いがしますけど、チョコレート味なのかしら?」

「いいえ。バニラ味でナッツをふんだんに入れたクッキーです」

「えっ?」


 なぜかバニラ味なのにわたくしが焼くと茶色になってしまうのよね。それにやや硬めだし。でも食べられるから心配しないで!

 ロレーヌ様は顔を引き攣らせながらクッキーとにらめっこをしている。わたくしは食べるように促した。


「どうぞ。さあ、召し上がれ」

「ロレーヌ。食べなくていい」

「アレクセイは黙っててよ。さあ、ロレーヌ様」

「……ええ……い、いただきますわ」


 わたくしの圧にロレーヌ様は恐る恐るクッキーを口に入れる。パキンと強めの音にロレーヌ様の目が丸くなる。一般的なクッキーはサクッというらしいけどわたくしが作るものはなぜが小気味いい音がするのよね! そして顎の力を鍛えることができるという優れモノなの。ロレーヌ様は一生懸命もごもごと口を動かしガリガリと時間をかけて咀嚼する。しばしの格闘後、飲み込むとさっとお茶を取り一気に飲み干した。慌てていても美しい所作で音を立てることもない。さすがロレーヌ様。


「どうですか?」

「…………………ちょっと苦いかしら……」

「それはそうです。薬草を生地に練り込んでいますから」


 健康を考慮し隠し味的に薬草を入れている。(隠れるどころか、全面に出てきちゃうけど)このクッキーはマルティナ考案のオリジナル健康味!

 

「ああ………そうなのですね。薬草……なるほど。えっと、ごちそう様でした」

「よければもう一枚どうぞ? 一枚だと片道切符になってしまうようなのでぜひもう一枚! 遠慮なくたくさん食べてくださいね」


「いいいいい、いいえ。もうお腹いっぱいなのであとで頂きますわ。ありがとう」


 ロレーヌ様は心なしか顔に汗をかいている。あっ、きっとクッキーに入れた薬草で発汗作用の効果が出ているのだ。


「そうですか? ではお腹が空いたら食べてくださいね」


 隣にいるトリスが自分の分のクッキーの袋を取り出す。一枚口に入れ食べ出した。わたくしはその横顔を見つめ満足気に頷く。ほら、トリスは美味しそうに食べているじゃない。無表情だけど。以前に美味しい? と聞いたら「薬草そのものを食べるより美味しい」って言っていたからきっと喜んでくれている。


「ガリガリガリガリ」


 トリスの口から豪快な咀嚼音がする。このクッキーを音を立てずに食べることは誰にもできないので、マナーがなってないとか責めないでね。

 トリスが食べるのを見たアレクセイが絶望的な顔で自分の手元の紙袋からクッキーを一枚取り出す。そして大きな溜息を吐いてから口に入れた。ちょっと失礼じゃない。そんなに嫌なら食べなくて結構よ。


「ガリガリガリガリ」

「どう?」

「ん? 以前食べた時ほど不味くない……噛めるし飲み込める!」


 ほらね! 美味しいでしょう? だけど以前だってそんなに酷くなかったわよ。まあ、わたくしの腕が上がったということは否定しないわ。アレクセイはホッとした顔になりガリガリと咀嚼する。即座にお茶に手を伸ばし、ごくごくと一気に飲み込んだ。そんなに急いで水分いるの? 釈然としないのだけど……。 


「さて、私はトリスタンと打ち合わせをする。ロレーヌはマルティナとゆっくり過ごしてくれ」

「え……そんな」


 アレクセイがわたくしに頼むと頷いたので、任せておいてと頷き返した。


(ロレーヌ様にリンゴジュースね!)


 ロレーヌ様はそんなわたくしたちを見てなぜか泣きそうな表情を浮かべた。



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