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無口な婚約者に「愛してる」を言わせたい!  作者: 四折 柊


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10.新たなミッション

 ロレーヌ様が部屋を出ていくと部屋に控えていた侍女も一緒に退出した。部屋にはわたくしたち三人だけになった。

 トリスはお茶を飲み干すとティーカップをテーブルに戻し、口を開いた。


「アレクセイ」

「はい!」


 呆然としていたアレクセイがトリスの言葉にシャンとする。まるでパブロフの犬のようだ。アレクセイがデュラン伯爵領にいたのはたった二年だが、トリスとずっと一緒に過ごしたせいでトリスの声にすぐに反応する。この声のトーンでトリスがわたくしやアレクセイの名前を呼ぶときはお説教と決まっている。わたくしたちはすっかりと調教……じゃなくて教育されていた。トリスはアレクセイに敬称を付けていないが、これは昔アレクセイが三人でいる時だけはそうして欲しいと頼んだからだ。


「王宮内の警備が緩い。この部屋の侵入も簡単だった。今扉の前で警備をしていた騎士は床で寝ている。それに王宮内を確認したが問題点が多い。近衛をもっと強化するべきだ」


 なるほど。トリスが侍女の案内もなく部屋に入ってきたのは護衛を倒してきたからなのね。仮にも王太子夫妻を警備する騎士なのに弱すぎる。いや、トリスが強すぎるのね。


「そんなはずは……騎士団長も気を配ってくれている」


トリスは長い脚を組むとアレクセイをじっと見た。糸目のままだけど。


「不足だ」

「……」

「他にも気になることがある。それもあり今回カシアス様の指示で王宮内の警備を見直すことにした。いいな」

「カシアス様が? そうか。分かった」


 お父様ったら結局アレクセイが心配で手を貸すことにしたのね。実はわたくしも王宮に来て不穏な空気を感じていた。

 昔、アレクセイは毒を盛られ殺されかけた。かなり酷い状態になったところで露見した。それでアレクセイは安全確保と療養のためにデュラン伯爵領に来たのよ。その後の調査の結果、犯人は陛下の妹でありアレクセイの叔母である、前王女殿下。前ボワイエ公爵夫人とその夫ボワイエ公爵だった。

 現在王の子はアレクセイ一人。だからアレクセイがいなくなればボワイエ公爵夫妻の子供が次の王太子になる。彼らは我が子であるロベールを王にしようとした。未遂に終わってよかったわ。あの変態が王になったら国が滅びちゃう。

 問題はそれだけのことをしたのにボワイエ公爵家は取り潰されなかった。公爵家は嫡男のロベールが成人するまで王家が管理し、その後ロベールが継いだ。ボワイエ公爵夫妻は毒杯を賜ったが表向きは事故死と公表された。


 陛下は甘すぎる! 息子が毒殺されそうになったのに妹や甥を憐れんで事件を公にせず秘密裡に処理した。そして公爵家を存続させた。自分の息子より甥が大切なの? 確かに毒の事件に関してはロベールに責任はない。でももしあの時公爵家を取り潰し、ロベールを平民にしておけば今回の事件は起こらなかったはず。陛下には後の災いの種を育てた責任がある。


 今回の事件で今度こそボワイエ公爵家は取り潰されると思ったのに、そうはならなかった。でもそれは陛下の意思というよりも、被害者家族の表沙汰にしたくないという懇願によるものなので仕方がない。


 トリスが王都に来たということは、きっとお父様は王の進退を見極めようとしている。内緒だけどお父様はこの国の黒幕的な存在みたい。 


 わたくしがアレクセイを見れば床をじっと見つめながら考え込んでいる。これは子供のころからのアレクセイの癖で、考える時に一点を見つめる。それも床を。わたくしはそれに気付くまで何か床に落ちているのかと思って、毎回確認していたわ。その度に何も落ちてなくて首を傾げたものだった。

 まあ、王城の警備が緩いとなればアレクセイも不安になるわよね。アレクセイがわたくしの視線に反応し顔を上げたので、元気づけてあげようとニコリと笑った途端顔を引き攣らせた。ちょっと、失礼ね。


「それでマルティナに頼みがある」


 トリスの言葉に思わず前のめりになる。


「えっ? 何をすればいいの?」


 わたくしは出来の悪い弟のような存在であるアレクセイのために一肌脱ごうと決めた。


「毎日登城してロレーヌ様にリンゴジュースを作って差し上げてくれ」

「待って! それって……」


 トリスは淡々と告げるが、わたくしのリンゴジュースが必要というとはロレーヌ様の体調に問題がある、もしくはアレクセイのように毒を……。


「トリスタン! まさかロレーヌは毒を盛られているのか?」


 アレクセイも同じことを考えたようで声を震わせ顔を青ざめさせた。


「いや、違う」


 トリスは即座否定したけどきっとそれは不安にさせないためね。やはりロレーヌ様は誰かに毒を盛られている。だから痩せて顔色が悪いのだ。ウエストは細すぎてポキッと折れそうだったわ。

 わたくしとアレクセイは確信したように目を見合わせ頷き合った。「ロレーヌ様を一緒に守ろう!」二人の心は一つになった。

 そう考えればさっきトリスがロレール様にわたくしの作ったリンゴジュースを飲ませたことも納得できる。


「分かったわ。わたくしは毎日ロレーヌ様にリンゴジュースを作って差し上げればいいのね?」

「マルティナ。頼む……いや、お願いします」

「任せて!」


 アレクセイの切実な言葉に請け負うように大きく頷く。でもアレクセイにも大切な役目がある。そっちをどうにかして欲しい。


「その代わりアレクセイはロレーヌ様の誤解を解いてね」

「……ああ、善処する」


 善処だけじゃ足りない。自信がなさげに目を泳がすアレクセイを見てわたくしは確認した。


「ねえ。アレクセイ。ちゃんとロレーヌ様に愛してるって伝えているの?」

「もちろん伝えた。結婚してから何度も! だが信じてもらえなかったのだ……」

「…………」


 伝えているのに信じてもらえないなんて、わたくしが思う以上に二人の仲はこじれている。なで肩になるくらい肩を落としたアレクセイにかける言葉が見つからない。哀れすぎる。


「仕方ないわね。わたくしも誤解が解けるように話をする。せっかくなら仲良くなりたいしね」

「頼みます」


 アレクセイが深く頭を下げる。謙虚な姿勢にわたくしは鷹揚に頷くと、トリスから与えられた新たなミッションに気合を入れ拳をぐっと握る。


(ロレーヌ様をきっと元気にしてみせるわ!)


 ふとトリスを見ると僅かに口角が上がり肩が震えている。無表情だけどこれは笑っている……。わたくしとアレクセイのやり取りを見て、きっと出来の悪い子供二人の面倒を見ている気持ちになっているのだ。


(でも、トリス。わたくしは子供ではないのよ。立派な淑女であなたの婚約者なのよ?)

 

 心でひっそりと抗議をした。




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