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酒のツマミになる話ではない母との会話

 バイトが終わって、へとへとで家に帰る途中。

 スマホから着信音が。

 嫌な予感はするが、出ないわけにもいかない。


「あんた、乃絵美ちゃんにセクハラして怒らせたって? ほんとだったら殺すよ?」


 母親からの電話に出たら、最悪の言われようで怒られた件。

 母親が息子に殺すとか言うなよ。


「いや、セクハラじゃないんだよ。別にツッコミと称しておっぱい触ったとかじゃなくて」

「そんな痴漢やったら死刑よ」


 母親が息子に死刑とか言うなよ。

 そして、これでこの作戦は実行することが絶対にできなくなってしまった。言わなきゃよかった。

 じゃなくて。弁解しないと。


「あいつがなんか一方的に怒ってたから、あの日かって言っただけだよ」

「――自首しなさい」


 息子をすぐに犯罪者扱いするなよ。なんらかのコンプライアンス違反になるかもしれないけど、犯罪ではないだろ。


「なんの罪なんだよ。謝ればいいとかじゃなくて?」

「だって菓子折り持って土下座くらいじゃ済まないでしょ」

「ええ? そんなに? じゃあ、なにすりゃ許されるんだ?」

「そうねえ、爪の間に熱した針を指すとか」

「いや、古代中国の拷問か。それで許すやつ怖いだろ」

「耳をひとつ削ぐとか」

「ゴッホか。どんなお詫びの仕方だよ。耳を削いだ真相がそんなんなわけあるか」

「右腕に漢字で忍者って入れ墨するとか」

「日本好きの海外の格闘家か。なんでそれで許すんだよ」

「わさびたっぷりのお寿司食べるとか」

「いきなりバラエティ番組の罰ゲームじゃねーか。それで許されるならやってもいいよ別に」

「まあ今のは冗談だけど」

「全部冗談であってくれよ」


 なんなんだよこの母親。

 バイト終わりになんでこんな疲れるやり取りしなきゃいかんのだ。

 

「だって乃絵美ちゃんを怒らせた男だよ? あんた、他の男がそうしたらどう思うの」

「は? んなもん死んで詫びろよって思うね」

「ほらそうじゃないの」

「くそーっ! 死ぬしかねえーっ!」


 客観的に言われたら自殺することになってしまった。くそ、なんてこった。


「骨は拾ってあげるわよ」

「母親が言う事じゃねーなあ……」

「そもそもなんでそんなこと言ったわけ。乃絵美ちゃんが怒るなんて」

「あー。俺がボケなかったからだよ」

「どういうこと?」


 俺は自分が有利にならないように、やり取りをなるべくそのまま説明した。

 途中で家に到着し、座椅子に倒れ込む。


「てなわけよ」

「なるほどねえ」


 話を聞き終わると、落ち着いた様子で深い相槌をいただいた。

 最初から話を聞いてくれと思わなくもないが。


「わかった?」

「わかった」

「何が」


 死ねとか死刑とか言ってた人が、ここまで落ち着くからには何かを理解したのだとは思ったが。何か確信したようです。


「これは愛だね」

「なんでだよ」


 どういうことなんだよ。

 あんなブチギレるやり取りのどこに愛があんだよ。


「だって、乃絵美ちゃんはあんたのために怒ってんじゃない」

「は?」

「あんたが自分を犠牲にしていると思ったのよ」

「いや、そうじゃないんだが」

「あんたがどう思ってるかなんて聞いてないの。乃絵美ちゃんはそう思ったの。そういうこと言ってるとモテないわよ」

「ぐっ」


 母親に「あんたモテないわよ」って言われるのすげーヤダ。死ねとか死刑の方が全然マシだ。


「あんた乃絵美ちゃんのことしか考えてないでしょ」

「んなわけないだろ。コンビのことを考えてんだよ」

「どういうコンビよ」

「そりゃ乃絵美の良さを」

「――ほら、乃絵美ちゃんじゃない」

「いやだって」

「――いやだってじゃないのよ。否定ばっかしてるからモテないのよ」

「ぐぬぬ」


 くっそ。

 俺は缶ビールの蓋を開けた。酒のツマミになる話ではないが、飲まずにやってられっか。


「あたしはね、そりゃお笑いコンビのことはわかんないわよ。でもね、母親だからね。夫婦のことはわかる。お笑いコンビってのは夫婦みたいなもんだろ」

「んー」


 夫婦がわからんからなんともいえないが、ここで違うと言ったところでまた「だからモテないんだ」と言われるだけなので黙ってビールを飲む。


「コンビのことを考えてる。それは夫婦も同じよ。あたしだって夫婦のこと、家族のことを考えてはいるわよ」

「なるほど?」

「あんた、お仕事ご苦労さま。いやいや家事も大変だろ、ありがとな。お互い、感謝はするわよ」

「うん」

「だけどね、俺はお前らを食わせるために我慢して仕事してんだ、なんて言われたらぶん殴りたくなるね」

「あー」


 まあ、それはそうかも。

 じゃあ一人だったら仕事しねえのかよって思うし。

 

「こっちだって、そう思うことはあるよ。掃除をやりたくないときだってある。おむつを替えるのめんどくさいときだってある。でも、やるよ。家族のためだから」

「うん……」


 ビールが苦いぜ。そのうち親孝行しとこう。


「でも、望んで夫婦になったんだ。欲しくて子どもを産んだんだ。そういう人生にしたいと思ってしてるんだ。家族の犠牲になるなんて言い方は腹が立つ」

「うん」


 言わんとしてることはわかった。確かにそういう意味では同じだ。俺がボケなかった理由。似たようなことを言ってた。


「どうせ楽しくやってなかったんだろ。ふてくされてやってたんだろ。俺は、俺のためじゃなくてコンビのためにやってんだ、って言わんばかりに」

「……」

「塾の勉強をやってあげてる、やりたくないけど親のために。あんた、そんな感じだったね?」

「……そうだったかもな」

「塾に行くのはあんたのためだろ。こっちはあんたが塾に行くためにパートしてんだよ」

「ああ……」

「でも、塾に行って偉いね、ご褒美あげないとねー、って言ってただろ。それはあんたに塾に行って欲しいから。あたしが行って欲しいからだもの」


 そうだよな……。

 塾に行かせてもらったうえに、大学進学はしないでお笑い芸人になった。マジで申し訳ない。


「わかった?」

「そうだな、つまり」

「――いや、あたしに言わなくていい。後はふたりで話しな」


 一方的に切られた。

 くっそ、勝手だな。

 はあ……ビールも残ってるし、冷凍シュウマイでもチンするか……。

酒のツマミになる話。

見るかどうかは、ゲスト次第ですねー。

でも目当てじゃないゲストがポロッと言う話がよかったりする番組ですねえ。


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