第十四話 エースの系譜
(それにしても、何で速水は
マラソン転向とアメリカ行きを
俺に打診したんやろか?)
速水との食事に行った翌日、早朝。
朝練前のジョグを繰り返しながら、
蒼太は考えていた。
(お前は、マラソンに向いている。)
速水が言ったこの言葉の真意も、
今となっては、分からないままだ。
しかし、速水からの誘いを
断ったことに後悔はない。
(俺はジョーダイと駅伝が
ホンマに好きなんや。)
それだけで十分だと
蒼太は思っていた。
第十四話 エースの系譜
朝練開始。
今日の一軍の集団走は、
蒼太たち三年生の五人に、
関西の大学から編入してきた山之内太陽、
そして、力石守(二年)で
行われていた。
力石 守
兵庫県K市出身。
蒼太と同じく、
西巻工業高校卒。
二年前、箱根駅伝での
蒼太の走りに感銘を受け、
城西拓翼大学駅伝部の門を叩く。
入学当初の実力は、
決して目立ったものではなかったが、
濱上コーチの指導により、
徐々に頭角を現す。
現在、城西拓翼大学の二年生の中で
もっとも走力のあるランナーに成長し、
次期エース候補との呼び声が高い。
しかし、箱根メンバーとの力の差は
歴然であった。
力石も太陽も食らいつくのがやっとである。
完走後、蒼太たち一軍の定番メンバーが、
余裕の表情でストレッチをしているが、
二人の二年生はゼェゼェ言いながら、
その場に倒れ込んでいた。
「太陽も力石も、大分、力ついてきたで。」
「ああ、来年が楽しみやな。」
蒼太と涼介が、力石たちを優しく励ます。
しかし、そんな優しさを受けるたびに、
自分自身の無力さを感じずにはいられない。
(悔しい!)
泣きたくなる気持ちを押し込んで
力石がフラフラになりながら立ち上がる。
「ゼェゼェ、蒼太さん、涼介さん!
俺はどうやったら、ハァハァ、
もっと速く…いや、強くなれますか!?」
蒼太と涼介は互いに目を合わせて、
軽く頷く。
(コイツは見どころがあるな。)
言葉を交わさずとも、
思うことは同じだった。
「強いランナーになりたけりゃ、
今感じているその限界を
絶対に忘れんなよ。そして、打ち破ってこい!」
力石にそう言うと、
涼介はクールダウンのジョグを始めた。
(俺だってジョーダイのエースになるんだ!)
体力はすでに限界であった力石だが、
気合いを入れ、涼介の後についていく。
竹村から涼介へ。
そして、涼介から力石へ。
エースの系譜は、
まるで魂が受け継がれるように、
自然と繋がって行くものなのだろう。
目には見えないが、
涼介は確かにその心の襷を
力石に託していた。