第十二話 速水からの誘(いざな)い
五月下旬、某日。
この日、
一ヶ月に一度の門限なしの休日が
城西拓翼大学駅伝部に訪れていた。
朝から皆、明るい顔をしている。
いかに部員全員がこれを
待ちわびていたか、一目瞭然だ。
箱根駅伝を目指し、
日々、ストイックな生活を送る
ランナーと言えど、
普通の大学生と同様、
学生生活を満喫したいのだ。
彼女とのデートを楽しむ者、
仲間と遊びに繁華街へ向かう者、
ひたすら自分の趣味に没頭する者、
それぞれが、自由に休日を過ごしていた。
一方、蒼太は…。
速水に指定された
東京都S区にある焼肉屋の前で、
一人立ちすくんでいた。
「何だ…この小洒落た店は!?
俺の知っている焼肉屋とは明らかに違う!!」
フレンチレストランも顔負けな外観と
芸能人の常連がいても
おかしくない様な雰囲気が蒼太を圧倒する。
「頼む!速水!!早く来てくれ…」
そう、心で祈るしかなかった。
第十二話 速水からの誘い
「何やってんだ?蒼太?
来てたんなら、早く中に入ってこいよ。」
店の入り口から、速水が出てきた。
初夏らしい爽やかさを感じさせる
ストライプ柄の襟付きシャツと、
キレイめで細身のデニムを着こなす姿は
ファッションモデルの様だ。
固まる蒼太を速水が強引に引っ張り、
店の中にある個室に連れて行く。
二人が席に座ると、テレビでみたことしかない様な
新鮮な霜降り肉がテーブルに運ばれてきて、
蒼太はさらに驚かされた。
「じゃあ、食おうぜ。
あと、ここは俺の叔父さんが
オーナーやってる店だから、
金のことは気にしなくて大丈夫だ。
今日はご馳走してくれるってさ。」
蒼太の財布には、
八千円程度しか入っていなかったので、
速水のこの言葉に少し安堵した。
それでも、しばらくの間、
緊張で速水に話しかけることは
できずにいた。
肉を焼く音と煙を吸いあげる機械の音だけが
部屋に響いている。
そして、ついに、速水が
真剣な顔をして語りかけた。
「なあ、蒼太…。単刀直入に結論から言う。
俺と一緒に駅伝からマラソンに転向しないか?」
蒼太の箸が止まる。
それと同時に顔をあげ、目を丸くして
驚くしかなかった。
「え?速水…どうして?」
『駅伝からマラソンに転向』、
それは、速水が、
インカレや大学駅伝と
決別することを意味していた。
「やはり、俺は世界を目指したい!
いつまでも、ハーフマラソンや駅伝、
言い換えれば、インカレや箱根駅伝に
四年間も縛られていたら、
世界でメダルをとるランナーには
なれない!
蒼太、お前のスタイルは絶対にマラソン向きだ。
だから、俺と一緒にアメリカに渡ろう!」
速水からの本気の誘いであった。
あの速水に、そのような
評価を受けていたことは、正直嬉しい。
だが、それと同時に
一つの強い想いが心を駆け巡っていた。
(俺は駅伝を辞めたくない!)と。