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第6話 旅立ちの日



「あんれ、もう出るんかあの子」


「もう出発するのか? 一人で……?」


 次の日、朝早くにセキが村を出ていくことを重役たちに伝えて回ると、あの話し合いのときとは裏腹にみな一様に驚いた様子だった。


 彼女が村の生活に馴染んできていた段階だったというのもあるだろう。だが、彼女と『セフィロトの召喚獣』とやらの秘密を共有している自分だけは知っている。彼女には、グレディオン王国の最後の姫として、『翅人』の脅威を各国に伝えていく必要があるのだ。


 いつまでもこのコガラの村で休んでいられるほどの余裕は無いと言うことだ。


 だが、彼女が村を出ていくことを伝えたときに一番驚いた様子だったのは意外にもガライ爺さんだった。


「ちょっと元気になったからって、もう女一人で旅を? アテもないのにか? 魔法が得意だから大丈夫って……魔法が全てじゃあないってのはお前さんがよく知ってるだろうルヴィ。もう少し止めてやれないのか?」


 村のためにさっさと追い出すべきだ!なんて言っていながら、実のところこうした優しさを捨てきれないのがこの偏屈爺さんの特徴である。


 だから、ガライ爺さんとはちょくちょく喧嘩しつつも嫌いになれない。


「俺だっていきなりで驚いたよ。でも、決めたのは姫さんだ。姫さんが村を出るって言うなら止めはしない。それに……俺が治療するために家に泊めてただけで、姫さんはコガラの住人じゃないからな」


「いきなり冷てえじゃねえかよ。あの話し合いのときは身を切る覚悟みたいの言ってた癖に、もう折れちまったのか?」


「何も見捨てるとは言ってないだろう。姫さんが受け容れるかはわからないが、俺もいくらか同行してもいいか聞いてみるつもりだ」


 自分も村を出て行く。

 その選択に迷いが無いわけでは無かったが、カーバンクルに導かれて、そして自分で村へと連れて帰ってきたこの縁だ。相手が望むなら、最後まで付き合うというのが道理じゃないかと、自分は勝手に考えている。


「まあ、断られたらそれまでだけどな」


「んむうぅ……姫さんが同行を拒否すんなら確かに仕方ない話だが」


「俺はいったん家に戻るよ。姫さんも旅の支度をしてるはずだし、これからの身の振り方についても聞いておかないとな。姫さんは逞しい人だけど、平民の常識とかは無さそうだから変なのに騙されやしないか心配だし」


 そう言ってガライ爺さんに別れを告げて家へと帰ろうとしていると、背後からドタドタと走るような音が聞こえてガライ爺さんが家の奥から伝書バトを連れて戻ってきた。

 少し前に、ガライの爺さんが『魔物使役(テイム)』の魔法で捕まえてきたジュカイハトだ。


「お前さんばっかりにいい顔はさせねえぞ。姫さんが出発するってんなら俺たちもその背をドンと押してやるのさ」


 爺さんは足に紙を括り付けてあるハトを指でちょいちょいとくすぐりながら続ける。


「コガラの村はぶっちゃけちまえば僻地もいいとこだ。どっか目的地を決めて旅を始めるにも、まずはデカい街に行かなきゃどうにもならんだろう。俺が伝書バトで馬車を呼んでやるから、それまでにお前さんはばっちり()()()()()


「爺さん……ああ!」


 彼の言葉に大きく頷いて、もう一度家へと足を向けた。


 村社会とは狭いもので、セキ姫が村を出る事は重役たちからあっという間に広まったのか、彼女に旅の道中で役に立ちそうなものを渡そうと持ってやってきた爺さん婆さん達で俺の家の前は賑わっていた。


「まったく……姫さんも困ってるじゃないか」


 遠目からでも、色々なものを次々にわたされてあたふたしている彼女の姿がよく見える。


「ごめん皆、ちょっと通るよ!」


 がやがやと集まっている村の皆を半ば押しのけながら、自宅へとやっと戻ってきた。一緒に家の中へと戻ってきたセキの腕には、いっぱいに保存食の干し肉やら干し飯やら、風邪薬入ったビンやら、魔物よけの魔法が込められた呪符やらと旅先で役に立ちそうなあれやこれやが沢山だ。


「こ、これどうしましょう」


 困惑した様子で彼女はあわあわとその荷物たちを抱えている。でも、どこかその表情は嬉しそうでもあった。


「元々そんなに荷物も無かったとはいえ、一人じゃ持っていけないでしょ。セキが良ければ、俺も旅についてくよ。俺、生まれつき魔法とか使えないけどさ、昨日見てもらった通り、腕っぷしには結構自信あるし」


「ルヴィさんが、ですか?」


 俺がそう提案すると、彼女は驚いたような表情になって、荷物をかかえたままポツンとその場に立ち尽くす。


 俺が付いていこうと提案したのはそんなに意外だっただろうか。確かに、俺は彼女を一度助けただけで、わざわざ旅に同行する意味なんてない赤の他人なのだが。


「俺もさ、元はと言えば子の村の住人じゃなくて、しばらく放浪してた根無し草だったんだ。だから、ちょっと旅に出るくらい何ともないよ」


「ルヴィさん……」


 彼女はしばしうつむき、思案した後にパッと顔を上げた。


「でも……駄目です。ルヴィさんにこれ以上迷惑はかけられませんわ」


「どうして?」


「どうしても何も、これは私の、グレディオン王家としての責任ですのよ。お父さま、グレディオン国王から託された宝玉『王国のカーバンクル』を守りつつ、各国に翅人の脅威を伝えなければならない。そんな旅に、いくら強くても平民の貴方を巻き込むことなんて、上に立つものとして許されることでは無いのですから」


 きゅっと口元を締め、彼女はきっぱりとそう言った。


 決意は固く、これ以上何を言っても折れそうに無いのは明白だ。


 残念だが、旅への同行は諦める他無さそうだ。


「そっか、なら()()()、頑張れよ」


「……っ」


 一瞬、彼女の身体が震えたのが見えた気がしたが、何も見なかった事にする。


 これで、俺達の数日間の関係も終わり。

 これからはただの平民と、使命を帯びた王族として、二度と交わることなく生きていく。


「ルヴィ、入るぞい」

「失礼するさね」


 いまだに家の外でがやがやと騒いでいた村人たちを抜けて、村長のブル爺さんとメディ婆さんが入ってきた。

 二人もまた、セキ姫の出立を後押ししに来たようだ。


「旅すんのに必要なもんだろうと思ってな、まあ王族の姫さまに必要かは微妙なとこじゃが『通行証』じゃ。こいつがありゃ、だいたいの街は問題なく通してくれるはずじゃ……っと、ありゃ、どうした姫さま。なんか元気無さそうじゃのう」


 作り笑いをしつつブル爺さんから『通行証』を受け取った彼女の様子に、年の功からか爺さんは目ざとく気付いた。

 メディ婆さんの視線がこちらに飛び、「お前さん絶対何かしたじゃろう」と言わんばかりに鋭い視線で突き刺してくる。


「……やだなぁメディ婆さん。これで数日間の関係も終わりだなと、別れを噛み締めてただけですよ」


「嘘つきだねえ坊や。どうせ姫さんが傷付くような酷いことでも言ったんじゃないかい?」


「嘘つきだなんて、そんな」


 自分はただ、これで関係が終わりだとケリを付けたくて彼女をあのように呼んだだけで、傷付けるつもりなんて無かった。なんて、言い訳のような、半ば本音がぐるぐると脳内を駆け巡る。


 と、その時だった。


「ルヴィさんは嘘なんてついてないですよ」


「……おや、お姫さん」


 沈黙を保っていた彼女が不意に口を開いて、そう言った。


 一瞬彼女と視線が交差する。


 傷ついたのは彼女なのに、俺を庇ってくれたのか。

 気まずくて、申し訳なくて、静かに目を伏せる事しか出来ない。


「そうかい。お姫さんがそう言うなら、そうなんだろうねえ。……さて、アタシからはこいつを渡しとくよ。どうせ外の馬鹿どもが渡してきた荷物で大変だろうからね」


 いささか不満げな様子でメディ婆さんはちらりとこちらを一瞥しつつ、セキに荷物を置くように促して大きめの背負い袋を手渡した。


 村で飼っている牛の皮をなめして縫い合わせて作られた頑丈な背負い袋だ。年端も行かぬ少女が背負うには少々無骨すぎる気もするが、旅先の伴として持っていくにはかなり安心感がある代物だ。


「準備してる途中なんだろう? アタシ等も手伝うよ」


「えっ、ワシも?」


「何とぼけてんだいクソジジイ」


 ぽこんとメディ婆さんの拳がブル爺さんの頭を叩く。

 これでは村長の面目もへったくれも無い。


 ブル爺さんは「へへへへ」なんて笑ってごまかしつつ、四人でセキ姫の旅の準備へと入った。





 いつしか家の外でがやがやと騒いでいた住民たちもいなくなり、荷物のつめこみ作業も佳境に入ってきたころだった。


 不意に、セキが口を開いた。


「そういえば、どうしてルヴィさんはこの村に来たのですか?」


 彼女の問いにどういう意図が含まれているのか、わかりかねてブル爺さんとメディ婆さんに順々に視線を移す。


 メディ婆さんはちらりとセキ姫を一瞥してから「話してやんなさい」と言うように小さくうなずき、ブル爺さんは「本当に話しても良いのか?」と言いたげに眉をひそめていた。


 俺としても過去はあまり人に話したくないもので、俺がこの村に来た経緯についても知っているのは村の重役だけだ。


 だから、少し話しづらい。


「そうだな……」


 しかし、その場の勢いとはいえ、彼女とは『セフィロトの召喚獣』の秘密を共有してしまっている仲だ。


 ちらりと、部屋の壁に飾っている一振りの剣を見上げて、全部は話さないまでもどんな事があったのかまでは話して良いかと決心した。


「お姫様、俺が生まれつき魔法が使えないって話は、さっきしたよな」


「ええ。だから昨日のドラゴンを倒してきたのを思い出して驚きましたわ。魔法も使えないのに、よくあれほど大きな魔物を倒してきたものだと」


「バゾルド相手には完全に素の身体能力だけでどうにかしただけなんだが……まあそれは置いといてだ。俺は魔法をいっさい使えない代わりに、人にはない特別な力があったんだよ。それがどういう物かはあんまり人に言いたくないし、よっぽどの事がない限り使いたくも無いけどさ」


 思い出すたびに苦い思い出が胸に広がって、胸を締め付ける。両親からは魔物でも見るかのような視線を向けられ、大切な人と引き離され、試練と称して死刑同然の凶悪な魔物ばかりが蔓延る山に捨てられたあの日の事。


 俺が魔法を使える普通の人間だったら、何か変わっていただろうか。だけど、この身体に眠る異質な『力』が無ければ、きっと俺は大切なあの人もろとも死んでいた。


「俺が、初めてその力を使った時、沢山の人がそれを見てた。俺の両親に、兄弟に、親しくしていた人達に……とにかく、沢山。それまで俺の扱いなんて、魔法が使えない落ちこぼれ程度だったのが、その日を境に『人の姿をした化け物』にぐるっと変わったんだ」


 記憶の奥底で今も染み付いているあの瞳。

 恐怖の色にどろりと塗れたあの視線。


 いつ自分が殺されるのではないかと、周囲の人間からはビクビクと警戒される日々。


 俺の扱いは人ではなく、手綱の切れたドラゴンのようだった。


「んで、まあ流刑というか死刑というか……それ同然に国を追放されて。ガキだった俺は力も使いまくって必死にあるき続けてさ。それで――」


 うつむいていた顔を上げて、ブル爺さんを見る。

 出会った時と変わらない。しわくちゃの爺さんの顔。


「ワシもびっくりしたもんじゃよ。ボロボロになった鉄の剣一本と汚い革袋しか持ってなかった子供が村の前で倒れとったんじゃから。一瞬行き倒れたゴブリンかと思ったわい」


「はは、ゴブリンは酷いんじゃないか爺さん」


「へへへ、悪い悪い」


 にいっと黄色い歯を見せて笑うブル爺さん。

 この安心が、ずっと俺が求めていたものだった。


「とまあ、そんな訳で俺はコガラの村に来たのさ。あんま詳しく話せなくて悪いけどさ、ごめんな」


「いえ、ルヴィさんも苦労されてきたのですね……」


「苦労ってそんな。お姫様ほどじゃねえよ。今、一番苦しいのはお姫様なんだからさ、なんだ、困ったらすぐに頼ってくれよ」


 セキ姫と目を合わせるのがなんだか気恥ずかしくて、ぶっきらぼうな態度をとってしまう。村に来てからはガライ爺さんに狩人の仕事を教わることも多かったから、あのぶっきらぼうな態度がいつの間にか移ってしまったのだろうか。


「さあて、そろそろ準備も出来たかな。お姫さん、ガライの奴がとりあえず近くの街までって馬車を呼んでくれてるから、それまではゆっくりやすんでるといいよ」


「あ、はい。メディおばさま」


 メディ婆さんがキッチンへと向かい、湯を沸かしてお茶を煎れる準備を始めた。旅立ちの準備も終わったし、出発前にお茶で一息といったところか。


 俺も何か用意出来ないかとキッチンへと向かい、茶菓子になりそうなものを探していた、その時だった。



 ぶわり、と。


 大地が、家の全てが、窓から見える景色全てが淡い緑の光に包まれる。


 あたりにはホタルのような光を放つオーブが宙を舞い、幻想的な雰囲気を醸し出している。



 突然の異常事態にそれぞれの作業の手が止まる。

 これはいったい何事か。強大な魔物の仕業か、それとも天変地異の一つなのか。


 驚きで放心するブル爺さんとメディ婆さんを他所に、一人だけ、セキ姫だけが震えながらも立ち上がり、ジッと窓の外を見つめていた。



「……セキ? これは何だ。何か知っているのか」


 問いかけに彼女はこちらを振り向くこともせず、恐怖の色に染まった瞳でじっと外を見つめながら小さく呟く。


「…………来た」


「来たって、何が」


「………『翅人』が、来た!」


 息を呑むような声。

 何者かの気配を感じて自分も窓の外へと視線を向ける。



 窓の先に見える、村の入口前広場。


 そこには、純白の羽を背から生やした鎧姿の美しい男が立っていた。





【スピナスレプタ】

 ジャヤの大森林に生息する大型の蛇の魔物。体長は約20メートル。昼間はジャヤの大森林奥地の地面に開けた穴や洞窟の奥に潜み、夜間になると這い出してきて獲物を探す。全身の鱗は逆立っており、更にそのそれぞれに毒針が付いている。巻き付かれた獲物はそのまま数多の毒針に突き刺され、完全に動けなくなったところを捕食される。

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