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第5話 ルヴィの狩り



 森で倒れていた姫様を保護してから数日が経過した。

 俺の家での食事は王族で高級な食材ばかり口にしてきた姫様には合わないだろうかと少し不安だったが、杞憂だったようでいつも美味しいと笑顔で食べてくれている。


 さして富んでいるわけでもない。むしろ貧乏な暮らしである俺の家での生活など質素を極めたような状態なのだが、文句一つ言わずに生活して、しかも最近では元気が出てきたのか村の仕事の手伝いも始めた彼女を見て感心した。


 最初は森で倒れていたところを拾われたお姫様なんて、村人たちから敬遠されていた彼女だったが、段々と受け容れられつつあるようで嬉しい限りである。


 ある意味、国宝を預けられるのも納得する。

 蝶よ花よと大切に育てられてナヨナヨと成長した姫ではない。パワフルで適応力も抜群のなんとも逞しい姫様だ。


 そんなセキ姫の姿を見ていたからか、俺の狩りにも力が入ってきた。


「おお、いたいた」


 森の中、草藪の影に隠れながら様子を伺う。


 今日の狙いは、このあいだ狙っていたが、カーバンクルの導きによって気絶していたセキ姫さんを発見したために狩りを途中で断念した地竜『バゾルド』。ゴム質の鱗と皮膚を持ち、4つの太い足で大地を素早く駆け巡る羽を持たない大型のドラゴンだ。


 雑食性だが動物性の肉を食べることはほとんど無く、基本的には草木を食べており、そのためか肉も雑食性の魔物特有のクセの強さが無い。

 むしろ味は格別であり、街の市場に行けば高級な肉として売られている事がほとんどの素晴らしい獲物である。


 今回見つけた個体は同種の中ではやや大きめで、頭から尻尾の先の長さまでを目算で約15メートル程度。今は、岩場で襲ってきた小型の肉食の魔物『フォレストウルフ』の群れをその太い尻尾で薙ぎ払い、強靭な足で踏みつけて逆に殺しているところだった。


 さて、どう攻めていったものか。


 今回の狩りに備えて矢も呪符も十分に用意してある。

 戦っている途中に剣や盾が駄目になったりしないよう、武器の手入れも怠っていない。


「まず目を潰して……それから四肢だ。上手く動けなくなったところを突いて、頭蓋をぶち抜く……かな」


 地竜バゾルド強靭な前足でぶちゅんと潰された『フォレストウルフ』の生臭い血の匂いが漂ってくる。この生臭い匂いが、俺とバゾルドの戦いのゴングだ。


 しゃがんで草木に身を隠しつつ、風下からバゾルドにじりじりと接近していく。


 先程まで戦っていたフォレストウルフの群れは壊滅状態になり、わずかに生き残った数匹がほうほうの体で逃げ出している。


 そろそろ行けるか……?


 矢をつがえて、ぎりぎりと弓を引き絞る。

 風の流れに注意しつつ、頭の中で飛んでいく矢の軌道を思い描いて。


「…………ふっ!」


 ヒュウッ!と乾いた音が響き、放たれた矢はバゾルドの右目に吸い込まれるようにして飛んでいき突き刺さった。


「ギョアアアァァッ!!?」


 思わぬ敵からの強襲。

 急所への的確な一撃にバゾルドはその場でわずかに反り返りながら絶叫する。


 その隙を見逃さない俺ではない。


 一気に草原から岩場へと駆け上がりつつ即座に二本目の矢をつがえ、ぐるりとバゾルドの身体を回り込んだところで跳躍しながら矢を放つ。


「ギヂィッ! ェアッ! ゲェアッ!?」


 二本目の矢も見事にバゾルドの左目に命中。

 完全に視界を奪われたバゾルドは絶叫しながら頭をぶんぶんとふりまわし、奪われた視界を取り戻そうともだえ狂う。


 次は、四肢だ。


 熱でこちらの居場所を感知したのか、ガパリと口を開けて噛みつかんとしてくるバゾルドの攻撃を空中で身を翻しながら回避し、宙で矢を背負い直しつつ片手剣を抜き放つ。


 まず狙うのは、一番近い左前足。

 全て断ち切る必要は無い。そもそも、バゾルドの足を根本から断ち切るには刃渡りが短すぎる。


 だから狙うのは『根本』だ。

 人間だって同じように弱い、四肢を動かすのに必要な()()がある根本の部分。


 狙うのに丁度よい程度には柔らかく、それでいて動きを阻害するには効果的。


「はぁ……っ!!」


 着地と同時に振り下ろした無骨な鉄の剣が、バゾルドの分厚い皮を貫いてその足の根本を切りつけた。赤黒い血しぶきが飛び散る。とたんにバゾルドの重心が崩れ、がくりと左寄りにその巨体が傾いた。


「ギャウ! ガアヴァッ!」


 先程は逃げられたが、斬り付けられた痛みでまたこちらの場所を理解したのか、バゾルドはぎこちない動きになりながらも見を捩って噛み付きにくる。


 だが、こんどはバゾルドの身体そのものを足場にして駆け上がり、背を飛び越えると同時に身体を回転させながら勢いをつけて右前足のスジも切断した。


「ゲギャアッ! ギャアウゥ!?」


 バゾルドも何が起きているのかまるで理解できていないのか、困惑しているかのような鳴き声をあげてあばれまわる。


 先程まで同じくらいの大きさの生き物を相手にして虐殺していたというのに、こんどはその小さな生き物一匹にいいようにやられている。


「バアァァギャァア!」


 魔物の感情など理解できるようなものではないが、そんな怒りが籠もっているような、思いのようなものを咆哮からわずかに感じる。


 だからといって、慈悲なんてものをくれてやる意味もない。


 たとえこの森の頂点捕食者の一角であろうと、今の地竜バゾルドは、俺の『獲物』なのだから。


「後ろ脚、連続で……ッ!」


 バゾルドの尻尾による攻撃を避けつつ、僅かに出来たバゾルドの腹と地面の間に出来た隙間にスライディングで入り込む。更に、そのまま勢いをつけて左後ろ足のスジを切り、怯んだところを立て続けに前足をやったのとおなじ要領で右後ろ足のスジも切断した。


 無事な後ろ足を動かして逃げようとしていたバゾルドも、もはや動くことすらままならない。


 必死に身体をよじらせて、蛇のように走ろうとするが無駄である。


 再び岩場を足場に壁走りをして勢いをつけ、両の手で逆手に握った剣で脳天へと狙いを定めた。


「これで、止め!」


 タンッ、と切り立った岩を蹴って飛び、バゾルドの脳天、脳みそがある部分めがけて剣を振り下ろす。

 グシャリと硬いものを砕きながらつらぬいた音がして、刺さった脳天から血と黄みがかった液体がどくどくと流れ始める。


 だが、こんなもので死ぬようならドラゴンじゃない。

 突き刺した剣を引き抜いて、もう一度。


 何度も何度も何度も何度も何度も、連続で脳天目掛けて剣を振り下ろし、頭蓋の骨とその中身をめちゃくちゃに掻き回した。


 いつしか、バゾルドの最後のもがきも段々と弱々しくなっていき、最後にはぴくりとも動かなくなって死亡した。


 我ながら理想的な動きが出来た。

 今回の狩りは完璧そのものだ。


「ふぃー。こいつで村の食料何ヶ月分いけるかな。行商人に売っぱらうぶん抜いても……2ヶ月は持ちそうだ」


 上々の戦果にほくそ笑みながら武器をしまった。

 すっかり息絶えたバゾルドの尻尾を掴み、全身に力を入れて村へと引きずっていく。大きな魔物を仕留めた時はいつもこうなるのだが、仕方がない。


 金に余裕さえあれば、どんな大きなものでも簡単に袋に入れて持ち運べる『拡張収納袋』が欲しいところだが、残念ながら貧乏暮らし。

 あれ一つで馬四頭は買えるほどの高級品には、流石に手が伸ばせない。鍛えた肉体の力に任せて村まで引きずっていく。


 唯一都合が良い事と言えば、森の魔物連中がいつのまにか俺を頂点捕食者の一角だとでも認識したのか、こうして派手に行動しているとよほどの大物でないかぎり近づいて来ないところか。


 そんなこんなでバゾルドの死骸を引っ張りつつ、やっとこさコガラの村へと帰ってくると、丁度湧き水を汲んで選択をしていたセキが出迎えてくれた。


「お帰りなさいルヴィさん……って、こ、これ」


「はははは、ちょっと大きな獲物でも狙いたい気分になって。結構上手く行ったよ!」


「ほ、本当に強かったんですのね……」


 若干引かれたような気もするが気のせいだろう。

 多分……。ちょっと自信なくしたかも。


「おお! こりゃまた凄いモン狩ってきたなあ、バゾルドかこいつぁ!」


 バゾルドの死骸を背にがっくりと肩を落としていると、興奮した様子のガライさんがやってきて『さっそく解体だ!』と言わんばかりにナタを取り出した。


 まったく、この人は獲物やら戦いやらの話になると途端に元気になるのだ。


「どうする、ルヴィ。村で取っとくぶんと行商に売っぱらうぶん。決めてたりすんのか?」


「一応尻尾は丸々行商に売っても良いかとは考えてるよ。結構いい稼ぎになるんじゃないか? ああ、それと俺んとこの取り分は腹回りの肉が10キロくらいあればいいぜ。解体とか全部やってくれるなら残りは適当に分けてもらって構わない」


「ほう、そんなもんか。にしてもこの巨体を……太っ腹だな!」


 そう言うと彼はこの大きな魔物を解体するための人手をかき集めるためにかけていく。あと数時間もすれば、綺麗に肉塊になったバゾルドと、その尻尾が家の前に持ってこられる事だろう。


「後のことは任せたんで、帰ろうか」


「えっ、あ、はい!」


 大きなバゾルドの死骸を見上げて口を開けたままポカンと立ち尽くすセキの腕を引いて帰路につく。握った彼女の手は柔らかく、しかし冷たい水と洗剤とで格闘していたせいか少し荒れているようだった。






 コトコトと鍋の中で刻んだ野菜と潰したトマト、バゾルドの肉が香辛料と共に煮込まれる。


 元自警団員の爺さんたちによる魔物の解体の腕は年老いてなお健在で、実に見事なものだった。売り物にするにしても申し分ない状態の尻尾に、料理に使いやすいようにブロック型に切られた肉の塊。


 せっかく今日仕留めたばかりの新鮮な肉なのだから、それで夕食にしよう、という事になり、それで決まったのがトマト煮込みだった。


 鶏肉に近い味のドラゴンの肉はトマトの味と香辛料の風味がよく染み込み、思わず白飯をかきこみたくなるほどの旨いメインディッシュになってくれる。


「あと数分くらいで出来るんで、テーブルの方の準備頼めますか?」


「はい!」


 呼びかけに応えて、セキはテーブルにランチョンマットをしいたりナイフやフォークなどの準備を始めてくれる。


 まだ数日間の出来事ではあったが、彼女の治療から始まり、共に生活を始めたのは自然な流れだった。


 本当は女性しかいない家の誰かに頼もうかと思っていたのだが、なし崩し的に俺の家での生活を継続することがいつの間にか決まっていたのである。


 もはや、あの半ば酒の席と化した村の重役たちの話し合いでの流れが本気で実行されていて、外堀をどんどん埋められていっているのではないかと疑いたくなるようなレベルだ。


 ただ、それで彼女が落ち着いていられるのであれば良いに越したことは無いが。


「出来ましたよ、ご飯にしましょう」


 鍋つかみに手を通し、熱々の鍋をテーブルへと持っていく。


 鍋の中にはいっぱいのトマトスープと柔らかく煮込まれた根菜たち、そして切り分けたバゾルドの大きな肉がごろりと詰まって湯気をあげているいる。


 炊いておいた白米も木の椀に盛り付ければ完璧だ。


「「いただきます」」


 テーブルを挟んで向かい合い、手を合わせて食事に感謝の気持ちを伝える。俺の故郷での風習であり、真似をする必要は無いと言っておいたのだが、彼女は嫌な顔ひとつせず俺がそうするのを真似ている。


 ……やはり、いい意味で王族らしくない人だ。


 自分が知っている王族なんてのは、家臣のくだらない小競り合いにいちいちビクビクと恐怖し、それでいて裁きを下すときは烈火のように激しく、外部の文化なんてものは何があっても一切認めないし受け容れない。


 力を持ちすぎた臆病者、という言葉がよく似合う存在のイメージだった。


 彼女のイメージからはかけ離れている。


「美味しいですわね……」


「口に合うなら良かったよ。王宮の料理人にゃあ逆立ちしたって勝てそうに無いけどさ」


「そんなこと、ないですわ」


 鍋のから取り分けた肉と野菜を食べつつ、彼女はほんのりと頬をピンク色に染めながらぽつりぽつりと話し出す。


「王女として生活していた頃は、こんなふうに近くで、誰かと暖かな食卓を囲んで食事をする事なんて無かったですから。いま、実は結構居心地がいいんですのよ」


 そう話す彼女の言葉には嘘偽りなんてものは含まれていない事が疑うまでもなくよくわかって――



「……っっ!!?」



 一瞬、藍色の髪の()()の姿とセキの姿が被るような錯覚が起きて目を見開く。


 彼女の性格と、どことなくよく似ていたからだろうか。

 思わず髪飾りのなめらかな爪を左手の指でなぞるように触っていた。


「……私、そろそろこの村を出ようと思いますの」


「村を……大丈夫なのか? 昔とは違って護衛もいなければ、外は魔物や弱い人間を狙う野盗なんかで危険が多いぞ。セキが望むなら、いつまでもこの村にいて良いんだ」


「大丈夫、ですわよ。いつまでもお世話になるわけにも行きませんし、滅んだ国とはいえ姫としての責務もまだ残っていますから。それに私、これでも魔法には自信がありますので。多少の危険くらい、得意の『雷撃(サンダー)』や『爆発(プロジオ)』で切り抜けて見せますわ」


「……そうか、わかった。寂しくなるな」


 脈絡なく突然出された村を出ていくという宣言。

 村を出る出ないの部分は本人の意志に任せるというのは前の話し合いで決まっていた。だが、まさかこんなにも早く自分から村を出ていくと言い出すとは。


 もちろん、既に決まった事ゆえそれに反対はしないが……。


「必要なものがあれば何でも言ってくれ。融通できるものは用意するからさ」


「ありがとう、ございますわ……」


 最後、そう言った彼女はどこか元気が無いように感じた。





【フォレストウルフ】

 ジャヤの大森林に生息している獣の魔物。普通に狼。成体は1.6メートルほどであり群れで他の魔物を狩る。ごくまれにゴブリンと共生している個体も見られ、ゴブリンを背に乗せてゴブリンの機動力となることで、とれた獲物を分け合っているようだ。

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