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第1話 プロローグ




 とある国が、一夜にして滅びた。

 天使の如き姿をした怪物達によって立ち向かった者たちも逃げようとした者たちも、皆平等に命を奪われ全ては焦土と化したのだ。


 生き残ったのは、年端も行かぬ姫がひとりだけ。

 その手に最後の希望を握り締めて。


 


◆◆◆◆




「はっ、はっ、はっ」


 真夜中の闇に包まれた森の中を、少女はたった一人で駆けていた。

 翡翠の髪をなびかせて、息も絶え絶えに、およそ旅をするような格好とは思えないひらひらとしたドレスをその身に纏って。


「はっ、くふっ」


 時折背後を気にするように振り向きながら、屈辱でその目に涙を浮かばせて、けれどその足は止めることなく少女は走る。

 もとは汚れ一つ無かっただろうドレスの裾は泥に塗れ、草木に切られてボロボロになってしまっていたけれど。


 そんな彼女を見守るかのように、普段なら真夜中だろうと鳴いているであろう虫や鳥たちは、しいんと静まり返っている。その静寂が、更に闇に包まれた森の不気味さを煽っていた。



 そうして暗闇の森を少女が走り続けていた最中。

 ()()がやってきたのは突然の事だった。


――ドォォォンッ!


 突如として、暗闇の中で目映く輝く一条の光。

 現れた光は少女の進行方向を塞ぐように落ちてきて、同時に爆発と共に地面が砕け散ってめくれあがり、爆心地を中心に発生した炎によって木々が燃え上がっていく。


 突如として、少女の進んでいた方向の地面へと空から降ってきた光り輝く剣が、重たい音を響かせて大地に刺さり、その凄まじい衝撃で大地を揺るがしたのだ。


「やあ、さっき振り。グレディオン王国のお姫様」


 少女がはっとした表情になって顔を上げたその視線の先に、声の主は浮かんでいた。闇の中で光る金色の冷たい双眸が少女の事を見下ろしている。


「いい加減に諦めなよ。下等種族である人間の君達に勝ち目なんて最初から無かったんだからさ」


「貴様は……!」


「足止め全然役に立たなかったね。君のお仲間の犠牲は無駄だったわけだ」


 夜の闇でもよく目立つ白い鎧に身を包んだ金色の目に白髪の美しい男。しかし、その背中から生えた白く大きな羽が、彼が人外の存在である事を雄弁に物語っている。



 翅人(しと)

 天使の如き姿をした彼らの事だ。少女の記憶が確かであれば、彼らは自分たちをそう呼んでいた。


 なんの前触れもなく遥か空の向こう側から降りてきた彼らは、自分たちの求めているものがここにあると言い、それを差し出さなかった私達に牙を向いた。どれほど強い魔法ですら意味を為さない、見たこともない力を使って。




 動くことの出来ない少女の前で男はゆったりと大地に降り立つと、先程投げて地面に突き刺した剣を引き抜いてその手に握った。


「渡してよ、キミが持ってるその宝玉。僕らは『生命の樹』って呼んでるんだけど、キミたちは『セフィロトの召喚獣』って呼んでるんだっけ? 後付けの防衛機能が本質みたいなその名前、あんまり好きじゃあないんだよねえ」


 淡い白い光を放ち続ける剣の切っ先が少女の胸の上で揺れる、ネックレスに付けられた一つの宝玉を指し示す。混じり気の無い氷のように純粋で透明な宝玉。



 彼らは国宝であったこの宝玉を目当てに、国へと空を埋め尽くすほどの軍勢を引き連れてやってきた。だが、国宝であるものを素性も知れない輩にそうやすやすと渡せるものではない。

 彼らの要求を断った結果、どうなったか。真夜中の森でたいした武装もない少女が一人で人外の力を持った男と対峙させられてしまっている。この状況が、戦いによってもたらされた結果だった。



「もう逃さないからさ」



 男がそう言った途端に、男が立つ場所を中心にして現れた淡い緑色の光がドーム状に広がり辺りを包み込む。包み込まれた空間の中ではホタルの光のような淡い輝きを放つ光球が無数に舞い、幻想的な景色を作り出した。


 途端に少女の脳裏に過ぎるのは滅びゆく故国の景色。

 ()()()()、こうして全てが緑色の淡い光に包まれていた。


 円形のまばゆい光輪(グローリー)を背負った天使の如き姿をした軍勢に襲われ、赤く燃え上がる城下町。

 一騎当千とも言われていた将達ですら数分の時間稼ぎしか出来ず、なすすべもなく殺されていったあの日の景色。


 自分を守るためについてきてくれていた騎士たちも、次々と白い翼を生やしたがらんどうの鎧の怪物たちにやられていってしまった。


「誰が、渡すものですか……!」


 少女はキッと男を睨み付け、覚悟を決めたように両手に魔力の光を纏わせた。もう逃げ場など無いのだから、たとえ勝ち目なんて無いとしても最期の、せめてもの抵抗としての戦う意志だ。


「大人しく渡していれば生かしておいてあげたのに………()()()()【ズメイ】」


 途端に男の姿がみるみる変化していく。

 白い鎧には竜の様な装飾がいくつも浮かび上がり、握った剣の柄には2匹の蛇の装飾が現れて絡みついた。


 そして、彼の背後に白い円形の光輪(グローリー)が現れて目映い輝きを放つ。


 まるで、神の如き荘厳な気配をその身に纏って。



「じゃあ、死んで貰おうか」


 

 男のその言葉に少女が死を覚悟した、その瞬間だった。



―――クスクスクス……



 突如として、小さな子供のような笑い声が真夜中の森に木霊(こだま)する。どこから聞こえたのかもわからないが、確実にすぐ近くに声の主がいる事を確信させる奇妙な声。


 何事かと怪訝な表情で翅人の男は周囲を警戒する。

 その間に、はっとした様子で胸元で光る宝石へと視線を落とす少女。


 次の瞬間、宝石から放たれた目映い光と共に、白くふわふわとした毛皮の獣が少女の目の前に現れた。


「……召喚獣!」


「カーバンクル……?どうして、今まで一度だって反応してくれなかったのに」


 翅人の男は驚愕に目を見開き、しかし冷静に、一気に距離を詰めながら、カーバンクルと呼ばれたその白い獣ごと少女を斬り殺さんと剣を振りかぶる。


 だが、男の剣が触れそうになった瞬間に、獣の額に埋め込まれた宝石が白く輝いて視界を奪う。

 シュワリという雪が溶けるような音がして、剣を振り下ろしたその時にはもう、少女の姿もカーバンクルの姿もそこから居なくなっていた。


 ただ、そこに誰かが居たのだという事を示す白い光の粒が残るだけ。


「………逃げられたか。忌々しい召喚獣め」


 一人残された男のそんな呟きが、真夜中の森の闇へと消えていった。








拙い文章ですが、読んでいただきありがとうございます。

文章で至らない点など御座いましたら、感想などで指摘していただけるとありがたいです。作品の質の向上に繋げさせていただきます。


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