EP107.いつ好きになったか
俺だ、江波戸蓮だ。
都合良く次の日や、今日は月曜日だ…とはならず、隣には白河小夜がいる。
あれから今日やけに多い黙々とした時間を過ごし、今限定でくっつくのに慣れた頃。
小夜が口を開いた。
「今更?なのですが…蓮さんって、二年生になる前から私に好意を向けてくれていたんですよね…?」
「ブッ!」
小夜の突然の質問に、特に何を飲んでいた訳では無いのだが吹いてしまった。
次の瞬間、背中に冷たい汗が大量に流れ始める。
「ちょっと待ってくれ小夜…最初からバレてた…?」
「ええ、まあ…お恥ずかしながら…」
え…マジ、で…?
それ言われると、なんか今になって凄い恥ずかしくなってきたんだが…!?
「寧ろ、それが分かったので料理の練習を名目にして一緒にいる時間を増やしたのですし…」
「マジか…」
そのカミングアウトに、俺は驚きを隠すことが出来なかった。
…ん?いや、ちょっと待てよ?
それって小夜も好意を抱いていないとする必要が無いわけで…
「…なあ、小夜っていつから俺を好きでいてくれたんだ…?」
「ッ!?」
目を合わせていないから心が読めなかったのか、驚いた様子で小夜はこちらに振り向いた。
顔はかなり赤く、明らかに動揺していた。
…いや、まあ訊いている俺も大分恥ずかしいし、デリカシーの欠片もない。
「ああいえ、別にデリカシーについては今更なのでもういいんですけど…」
「え?俺ってデリカシーないの?」
「あるにはありますけど、たまに抜けている時がありますね…」
言いにくそうにそう言われて、俺は絶望する表情になる。
俺、これまで小夜にかなり失礼なこと聞いてきたんじゃないのか…?
「時々って言っても、そんな重要?な事ではない時だったのでいいですよ」
苦笑気味にそう言われてほっ…とは出来ない。
慰めてくれてはいるが、申し訳無い気持ちでいっぱいだった。
「すまん…」
「大丈夫ですよ。そうやってきちんと反省する蓮さんは、私は好きですので」
ナチュラルにそう言われ、顔が熱くなる。
俺は顔を逸らし、「さんきゅ…」ととても格好つかない感謝の気持ちを口にした。
「話が逸れましたね。好きになったタイミングですけど…」
「え?あっ…」
俺の方が忘れてしまっていた…訊いた本人なのに…
小夜は心を読んだのか、赤い顔から苦笑した顔になり、口をさらに開く。
「8ヶ月半ほど前から…ですね」
「…は?」
8ヶ月半前っていうと…9月の後半から10月の前半にかけてか。
…いや待て、そんな前から!?
「…え、詳しく言うと?」
反射的にそう訊いてしまうと、小夜は口の端を結び、顔を赤くした。
「あっ」と失言を撤回しようとするが、その前に小夜は口を開いた。
「お恥ずかしい話ではあるのですが、蓮さんに『ずっと微笑んでる』って言われた時に…」
「………」
いつだったか…かなりうろ覚えではあるんだが、小夜が席替えで隣になった日だから…
EP5…か…は?EP5!?
「そんな事を言われたの初めてでして…私に対して嫌悪な態度をしていたのに、ちゃんと私を見ているんだなあ…と」
「………」
うっとりした小夜を横目に、その日のことを頑張って思い返す。
あの時、たしか…ん?
「…待て、たしかだがあの時真顔になってたよな?地雷を踏んだと思っていたんだが…」
「あ、違いますよ。あの頃はいつも笑みを作ったり、家では表情を作らなかったりで…咄嗟に他の表情の出し方を思い出せなくて…」
「………」
「あの時は内心、驚いていたんです」
「…小夜、ひとつ訊いていいか?」
「はい?」
俺が真剣な声音で呼ぶと、小夜はキョトンとした顔で首を傾げる。
俺は自然に背もたれに乗せていた手で、小夜の頬を触った。
「…あの頃のお前、かなり無理をしていたんじゃないのか?」
…表情というのは考えと共に出てくるものだと、俺は思っている。
それが動揺でも動かないって、かなりの重症だろう。
それに、小夜はあの頃「勇者」様の告白を断り女共に逆恨みで虐められていた。
前…EP55に聞いた時は淡々と語っていたが、本当は辛かったのではないだろうか。
「どうなんだ、小夜」
「………」
小夜は目を伏せていた。
俺が答えを待ち続けていると、直に小夜は困ったように笑ってこう言った。
「たしかに、あの頃は無理をしていたかもしれませんね。
勝手な評価で期待されて、理不尽な理由で痛めつけられ、帰っても誰一人出迎えてくれない寂しげな家だけが本当の居場所で…」
「………」
俺は口角を引き結び、黙々と小夜の零す言葉を聞く。
俺のちっぽけでくだらない過去よりも、辛いものだろうと思った。
だって俺はそもそも過去だったし、何よりも味方は隣にいた。
だが小夜は過去でもないし、隣に味方は一人もいない。
「あの時は空虚で、何をしていたのかもハッキリとは覚えていませんね」
「小夜…」
俺は奥歯を噛み締めた。
あの時嫌悪な態度をした自分に、今小夜の気持ちを完全にわかってられない自分に嫌気がさしてきた。
あの頃からなんやかんやで縁が続き、今では隣にいることが当たり前になっているのに…
俺は、小夜のことが何も分かっていない。
「でも…」
俺が後悔と怒りの感情をフツフツと感じていると、小夜はそう呟いて俺に微笑みかけてくれた。
「やはり、蓮さんと知り合ってからは違いましたよ」
そう堂々と、力強く言った。
俺が意味もわからず目を見開いていると、小夜はさらに笑みを深めてこう言った。
「邪険な態度をしつつも優しくしてくれて、辛かった一つを解決してくれて、私のことをちゃんと見てくれて…
勉強で競い合ったり、冗談を言ったりするのが楽しかった。
なんやかんやで世話を焼いてくれて幸せだった。
友達になってくれたことが嬉しかった。
そこからデートしたり、初詣に行ったり本を進めてくれたり。
バレンタインにチョコを渡したのにホワイトデーと誕生日で何倍返しにしてくれたり。
接触しても渋々ながら受け入れてくれたり…
二年生で好きになってくれたことが嬉しくて、クラスが一緒でそれでも嬉しくて、強引ながらも一緒に生活するようになってもうおかしくなりそうで…
ショッピングモールや遊園地でデートして、両親や瑠愛さんと交えて動物園に行って…
文化祭を一緒に回ってくれて楽しくてドキドキしました。後夜祭でいっぱい好きって言ってくれて頭が真っ白になりました。
そして今、付き合えている事がとても幸せでまるで夢のようだと思っています。
…蓮さんが全て変えてくれたんですよ。私
の空虚で、意味の無かった時間を」
「小夜…」
小夜のことは何も分かっていなくて自分に嫌気がさしたが…
小夜自信が俺で元気になってくれて、俺を必要としてくれたことが伝わってきた。
「そんな今の私の全てである、江波戸蓮さんが大好きです」
「…さすがに大袈裟じゃないか」
照れくさくて頬に置いていた手で頭を書いてそう反論するが、小夜は首を横に振った。
「大袈裟じゃないですよ」
「…そうか」
ただそう言われただけなのに、さらに反論することは叶わなかった。
俺は顔を逸らして、「さんきゅ」とだけ言った。
「というわけで、私が蓮さんを好きになったのは10月の前半からですよ」
「全てその話だったんだな…」
「まあ、そこからはじまってますしね」
雰囲気と比べ締まり方がなんとも言えないが、俺としては心地よかった。
「蓮さん」
「ん?」
「これからも一緒に、いてくださいね?」
首を傾げて満面の笑みを浮かべる小夜に、俺も笑って「ああ」と力強く言ったのだった。




