第7話 いざ、エールへ
私はノートを見て頭を抱えていた。
このノートには私たち全員の収入と出費が書いてあるのだけど、最近心なしか貯金が減っているのだ。
「唯さん、ご飯できましたよ」
「あ、うん。すぐ行く」
「………やっぱり減ってます?」
「シルフィ、気付いてたの?」
「ええ。最近物価が上がっていたので…」
そう。最近少しずつではあるけど物価が上がってきている。
最初、私たちはエレメントプリンセスとそのパートナーということもあり、物価については優遇を受けてきていた。
でも、ここ最近の物価高騰はそこそこ酷く、完全に補助しきれる状況にないと兵士さんから伝達された。
そんなこともあって私たちもそこそこ出費が増えてしまい、苦しい状況となっている。
「出費は可能な限り抑えてはいますけどこれ以上は厳しいですね…。特に食費はこれ以上抑えると魔力が弱まってしまうので…」
シルフィの話だと、魔法使いは摂取した栄養から魔力を生み出しているらしい。
それに対してエレメントプリンセスはその女神が司る物からチカラを分けてもらって魔力を生み出す。
魔力面で見れば私とのどかちゃんは食べなくても大丈夫ではあるけど、体力面ではそうもいかない。
エレメントプリンセスとしての戦闘は魔法がメインではあるけど、近接戦闘が無いわけではない。
近接戦闘となれば体力勝負になるので食事は欠かせない。
そういった意味では私たち全員食費をこれ以上下げるのは致命的と言わざるを得ない。
だからといって現状アルバイトをさらに増やすのはかなり厳しい。
「とりあえず国王様に相談してみようか」
「そうですね」
私たちは食事を済ませ、のどかちゃんを迎えに行ってお城に行った。
そして国王様に私たちの現状を説明した。
「事情は分かった。だが実を言うと、我々も物価高騰のせいであまり金が無いのだ。支援したい気持ちは山々なのだが、現状我々ができることもかなり限られてきてしまうんじゃ」
国王様は心苦しそうにそう言った。
「そもそもどうしてこんなに物価が上がってるんですか?」
「実はな…」
国王様は事情を話してくれた。
なんでも、最近エールから物資が届かず、そもそもの物の量が少なくなっているらしい。
また魔物や賊が暴れているのかと思ったけど、そうではないらしい。
どうやらエールとフルール王国を結ぶ街道の脇の山がこの前の大雨で崩落してしまったせいで馬車も列車も不通となっているらしい。
「我が国からも男共を派遣してどうにか復旧させようとしているのだが、未だに目処が立たなくてな…。だがエレメントプリンセスが戦えなくなってしまうのはより問題だな…」
そんな中、一人の兵士が入ってきた。
「国王様に伝令でございます」
「今謁見中じゃぞ。後に…」
「エレメントプリンセスの方々にも聞いていただきたい緊急の内容となります」
「分かった。話してみよ」
「はっ。例の土砂崩れの現場で再び土砂崩れが発生しました。現場の者の話によると、もうすぐ開通というところで魔物が現れ、山肌に大雨を降らせて再び土砂崩れを発生させたとのことです」
「なんと…!」
「しかも魔物の首元には最近進行してきている魔王軍の旗に描かれているものと同じようなマークがあるとのことです」
「話は分かった。そなたは下がるがいい」
「はっ」
兵士は部屋から出て行った。
「話は聞いての通りじゃ。すまぬが行ってもらえぬか?」
「もちろんです。それが私たちの役割ですから」
「現場までは馬車を使うがよい。話はこちらで通しておくから準備ができたら城の前に来たまえ」
「ありがとうございます」
私たちは国王様に挨拶をしてお城を飛び出した。
そしてホテルに戻って準備し、再び三人でお城の前まで戻ってきた。
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
私たちは兵士の案内で馬車に乗った。
そして馬車の扉が閉まると同時に馬車は走り出した。
「唯さん、のどかさん、着いたらすぐに戦えるよう、変身しておいた方が良いかと」
「分かった」
私とのどかちゃんは馬車の中でエレメントプリンセスに変身した。
しかし、変身してから気付いた問題が1つあった。
杖が長過ぎて先が窓から飛び出してしまったのだ。
杖は私たちの背丈くらいの長さはあるのでどうしてもこうなってしまう。
どうしようかと考えていると、のどかちゃんが何かを唱え始めた。
するとのどかちゃんの杖が手のひらほどの大きさに変化した。
「凄い…。どうやったの?」
「え?普通にアクア様が教えてくれた魔法だよ?教えてもらってないの?」
「私は教わってないなぁ…」
「はぁ…。またあの方は…」
シルフィは大きなため息を吐いた。
あ、これはフローラ様、また怒られるやつだ。
のどかちゃんは私に魔法を教えてくれた。
魔法そのものは非常に簡単なレベルみたいで、私もすぐに使えるようになった。
そうこうしていると、土砂崩れの現場に着いた。
私たちは馬車を降りて再び杖を元に戻した。
すると現場監督の方が走ってきて私たちに魔物の居場所を教えてくれた。
「見た感じ低級魔族ですね。纏ってる魔力のオーラも弱いのでお二人が出るまでもありません」
シルフィはそう言うと、雷の矢を魔物に向けて放った。
しかし、その矢は私たちの方に跳ね返ってきた。
「ちょちょっ、シルフィ!?」
「ご、ごめんなさい」
私たちはギリギリのところで全ての矢を躱した。
「低級魔族だからと油断していました。まさか魔法を跳ね返してくるとは…」
「そんな…。じゃあ私、戦えないじゃん」
私の戦闘スタイルは完全に魔法使いなので、魔法を跳ね返す相手には全く太刀打ちできない。
それはシルフィも同じだ。
「私が行く」
「あ、アクアプリンセス。無茶です。あの者に魔法は…」
「私の戦闘スタイルは魔法剣士だから大丈夫」
「え?そうなの?」
「そういえばアクア様は剣技と魔法の両刀型でしたね…」
「先に教えてよ!」
のどかちゃんは魔物に向かって突撃して行った。
そして魔物の攻撃を避けながら魔物の懐に入り込み、そのまま斬りかかった。
魔物は真っ二つになって絶命し、消滅した。
その瞬間、現場スタッフのみんなから歓喜の声が上がった。
「ねえシルフィ、アクア様もあんなに速いの?」
「いえ、アクア様は堅実な性格ですのでそもそも特攻自体しません…。あれはアクアプリンセス自身のポテンシャルです」
「ほえー…」
私たちが呆気に取られてると、のどかちゃんが戻ってきた。
「ふぅ…。終わったよ」
「のどかちゃん凄い…」
「もう…今はアクアプリンセスでしょ?フラワープリンセス」
「あはは、そうだね」
その後、現場作業が再開されたのを確認し、私たちは再び馬車でフルール王国へと戻った。
そして私たちは再び謁見の前へと呼ばれた。
「二人とも、此度の事は大儀であった。流石はエレメントプリンセスじゃ」
「いえいえ、今回のことはのどかちゃんが一人で解決してくれたので私たちは何も…」
「む?そうか。まあそんなことは気にせんでも良い。此度の件、急な申し出にも関わらず向かってくれたこと、感謝するぞ」
「ありがとうございます!」
「エールとの間の街道じゃが、兵の話を聞く限り、2週間もあれば復旧するそうじゃ。その時は鉄道にしても馬車にしてもそなたたちが優先して使えるよう計らっておこう」
「ありがとうございます」
その後、私たちは国王様から報酬をいただいてホテルに戻った。
それから2週間後、私たちがいるホテルにお城の兵士が来て、街道が開通したことを教えてくれた。
私たちはのどかちゃんを迎えに行き、お城に行った。
お城の前には国王様が立っていた。
「三人とも、これまで我が国のために色々とありがとう。君たちには感謝してもしきれん。これでお別れとなってしまうのは名残惜しいが、この世界のために頑張ってほしい」
「はい」
私たちが馬車に乗り込むと、馬車はゆっくりと動き出した。
私たちは手を振ってくれる国王様や兵士たちに手を振り返し、フルール王国を旅立った。
「なんか予定よりも長いことあそこに置かせてもらっちゃったね」
「そうですね。この戦いが終わりましたら、またご挨拶に伺いましょう」
しばらくすると、この前魔物討伐に来たところに差し掛かった。
そこには立派なトンネルができており、この前みたいな土砂崩れが起きても通行止めにはならなそうな様子だった。
「これ、私達のおかげでできたんだよねぇ…」
「なんだか信じられないよね」
「でもこうしてちゃんと機能してますから、私たちのおかげということでいいんじゃありません?」
「それもそうかな?」
私たちがそんな話をしながら歩いていると、突然、馬車が止まった。
すると御者さんがそばにあった小屋の中に入って行った。
それから程なくして御者さんが小屋から出てきた。
「お嬢ちゃんたち、今のうちにトイレ行っときな。ここ過ぎるとエールまでトイレ行けねえからな」
「はーい」
どうやら御者さんはトイレに行っていたようだ。
私たちは交代で小屋のトイレを借りて用を足した。
そして私たちが全員乗ると、再び馬車は走り出した。
トンネルを抜けると、御者さんが私たちに話しかけてきた。
「お嬢ちゃんたち、この先の道はガタガタしてるからかなり揺れるけど我慢してくれな」
「分かりました」
私は窓から外を見てみた。
御者さんが言った通り、先の道はかなりでこぼこだった。
そこへ差し掛かると、私たちの体は馬車の揺れに合わせて跳ねていた。
それから10分くらい揺られていると、大暴れしていた馬車もいつの間にか元の揺れに戻っていた。
どうやらでこぼこしたところを抜けたようだ。
「そういえばフローラ様が仰ってましたね。エアリアルの大地を創り出した時、ガイア様のお力をお借りしたと」
「どういうこと?」
「神話の時代、エアリアルの大地は今のフルール王国領とフィオーレの町、そして私たちエルフが暮らすアムルの森。その3つのエリアしか無かったのです」
「え!?」
私は地図を広げた。
フルール王国はともかく、フィオーレの町もアムルの森もそんなに広くはない。
でも今のエアリアルはこの3つのエリアの面積の倍はある。
「食料こそ豊富だったものの、生き物までも暮らすには狭かったので、クラリス様からエアリアルがフローラ様に託された際、クラリス様は大地の女神ガイア様に命じたのです。『エアリアルの大地を広くせよ』と。そしてガイア様はエアリアルの大地を広げてくださったのです。ですのでこの辺りの大地はフローラ様のお力だけでなくガイア様のお力にも支えられているのです。つまりこの辺りの大地が荒れているのは、ガイア様のお力が弱まっている証拠です」
「なるほど…」
「お嬢ちゃんたち、港町エールが見えてきたよ」
私たちは窓の外を見た。
すると遠くの海沿いにレンガ造りの建物が立ち並んでいるのが見える。
「うわぁ!凄い!」
「あれが港町エールですか…」
「わぁ…綺麗…」
私たちが乗っている馬車は山道を下り、ようやく港町エールに辿り着いた。
「お嬢ちゃんたち、着いたよ」
「ありがとうございます」
私たちが降りると、馬車はそのままフルール王国へと戻っていってしまった。
空を見上げると、もうすぐ日が暮れそうだった。
「暗くなりそうだし、早く宿探しちゃおうか」
「そうですね」
私たちは宿屋で部屋を取り、ゆっくりと休んだ。