第5話 国の援助と倒されし戦姫
馬車に揺られること5時間、一旦休憩ということで馬車は森の中の開けた場所に止まった。
ただ、周りを見渡した感じ、お店や民家といった施設はどこにも見られなかった。
私たち以外の一緒に乗っていたお客さんたちは、水を飲むために近くの沢へ行ったり、用を足すために森の茂みの中へ消えていったりしていた。
私がシルフィの方を見ると、シルフィは脚をもじもじさせていた。
「シルフィ、もしかしてトイレ行きたいの?」
私がそう聞くと、シルフィは小さく頷いた。
その直後、シルフィが馬車を降りた。
「絶対について来ないで下さい。女神の巫女は穢れを知らない身でなくてはなりません。だから用を足すところを見られるわけにはいかないのです」
女神の巫女?何のことだろう…。
そんなことを考えていると、シルフィは森の奥に消えていった。
相当嫌そうにしてたし、ここで待ってることにしよう。
少しして、シルフィが戻ってきた。
ただ、何だか様子が変だった。
「あぁ…フローラ様。罪深き私をどうかお許し下さいお許し下さいお許し下さいお許し下さいお許し下さいお許し下さい…」
「ちょっ、シルフィ、怖いって!何があったの?」
しかし、シルフィはなかなか答えようとしなかった。
そうこうしていると、馬車が動き出した。
シルフィが落ち着いたのはそれから数分後のことだった。
「ねえシルフィ、女神の巫女って何なの?」
「うーん…そうですね…。まず唯さんは私たちエルフがフローラ様の眷属であることはご存知ですよね?」
「うん。前に聞いたからね」
「眷属は女神様からあらゆるチカラを授かるのですが、その中の一つに『女神降ろし』という女神様をこの世界に降臨させるチカラがあり、そのチカラを使うことができる女性の眷属が『女神の巫女』です」
「へー」
「女神の巫女の選ばれ方や掟はそれぞれ違いますけど、私たちエルフは、未婚かつ穢れを知らない女の中で魔法の能力が最も高い者と決まっているのです。ですからあのような姿を殿方に見られるようなことがあれば、私は女神の巫女の資格を失うのです」
なるほど。だからさっきシルフィはあんなに嫌がってたんだ。
本当はついて行こうかなって思ったけどやっぱりついて行かなくて正解だったみたいだ。
あれ?でも私も女だけどその場合はどうなるのかな…。
それから5時間後、大きな街が見えてきた。
「さて、そろそろ着くぞ。お前たち降りる準備しろ」
そう言われ私たちは馬車を降りる準備をした。
そして、準備が終わって間もなく馬車が止まり、私たちは馬車を降りた。
「うわぁ…すごい…」
目の前に広がる光景を見て思わず声が出た。
そこにはたくさんの色とりどりの花々が広がっていた。
「ここが花の都、フルール王国だ」
「ここがフルール…。とても美しい国ですね」
「あれ?この馬車、エール行きじゃないんですか?」
「ん?確かにそうだけど、エールはまだここから結構距離があるんだ。だから毎回この街で一泊するんだよ。ただ今回の滞在は長くなりそうだ」
「え?」
「実はこいつらがどうも調子悪そうでな。このまま移動を続けてお客さんたちに何かあるとまずいからしばらくはここで休ませてくれ」
御者さんはそう言いながら馬車を引いていた馬を撫でていた。
言われてみれば確かにどこか苦しそうな様子だった。
「仕方ありません。唯さん、しばらくここに滞在しましょう」
そう言ってシルフィは馬車から荷物を下ろして街へ入って行った。
「あ、ちょっと待ってよ」
私は馬車から荷物を下ろしてシルフィを追いかけた。
「あの、すみません、宿の場所を教えてもらえませんか?」
シルフィが街の人に宿屋の場所を聞いている。
「それならあそこの大通りをまっすぐ行って、突き当たりを右に曲がったらすぐだよ」
「ありがとうございます。では」
シルフィが教えてもらった通りに歩き出したので私も一緒に歩いた。
少し歩くと、人々がたくさん行き交う大通りに出た。
それから少し歩くと、シルフィが足を止めた。
「…っと、ここみたいですね」
「ここ!?」
シルフィが立ち止まったところにはいかにも高級そうな建物が建っていた。
私は御者さんから貰った観光用のパンフレットと見比べた。
どうやら本当にここがこの街唯一のホテルらしい。
「シルフィ、私お金そんなに無いよ」
「そこについてはご安心下さい。このホテル、国王様の政策で、エレメントプリンセスは無料で泊まることができるらしいので」
「何そのご都合主義みたいな政策…」
でも私もシルフィもあんまりお金を持っていなかったのでまさに渡りに舟だった。
私たちは受付に行った。
そして、私は受付にフラワープリンセスであることを言った。
「では、プリンセスの証を見せて下さい」
「え?プリンセスの証?」
「え?まさか唯さん、貰ってないんですか?」
「うん」
「全くフローラ様はまた…」
シルフィはフローラ様を召喚すると、フローラ様にお説教を始めた。
なんだかもうこの光景も見慣れてきたなぁ…。
私はフローラ様からプリンセスの証を渡された。
見た目はお父さんが持ってた運転免許証みたいなものだった。
私は受付にプリンセスの証を見せた。
「はい、確認できました。こちらがルームキーになります。部屋は最上階の3階です。エレベーターがありますのでそちらをご利用ください」
「わかりました。ありがとうございます」
私たちは鍵を受け取り、エレベーターに乗って部屋の前まで来た。
「うわぁ…広い…」
扉を開けると、そこはリビングになっていた。
ソファーにテーブル、テレビまである。
私はとりあえず自分のカバンをベッドの横に置いてベッドに座った。
「ふぅ…。やっとゆっくりできるね」
「そうですね。今日は疲れたので早くお風呂に入って休みたいです」
シルフィはそう言って、持っていた荷物を床に置いた。
「ここ、1階に露天風呂もあるみたいだよ。混浴みたいだけど…」
「混浴はちょっと…」
シルフィは恥ずかしそうにしながらそう言った。
まあ私も混浴はさすがに恥ずかしいから行かないけどね。
私たちはホテル内の大浴場に入ることにした。
そういえばシルフィとお風呂に入ったこと無かったっけ。
私はシルフィと一緒に服を脱いでバスタオルを巻いて温泉に入った。
中は広く、シャワーもいくつか並んでいて、奥には大きな湯船があった。
「へぇ〜、なかなかいい感じだね」
「ええ、そうですね」
「じゃあ早速入ろうか」
「はい」
私たちは体を洗い流してからお湯に浸かった。
「あぁ…気持ち良い…」
「はぁ…生き返りますね…」
私たちはしばらくの間、お湯の温かさに身をゆだねていた。
その時、誰かが温泉に入ってきた。
「あら?そのブレスレット、あなたもしかしてフラワープリンセス?」
「え?」
一瞬言葉を失った。
どうやら目の前の女の子は、私のブレスレットを見ただけでフラワープリンセスだと見破ったらしい。
「あ、そっか。ごめんなさい。私は『土田沙彩』。アースプリンセスよ。といってもこの前負けてチカラを失ったから今じゃ普通の女の子だけどね」
「な、なるほど…。私は佐倉唯。それでこっちが…って、シルフィ?」
「……大きい…」
そう言いながらシルフィは自分の胸を触っていた。
どうやら沙彩ちゃんの胸の大きさがかなり気になっているようだ。
「そう?私は唯ちゃんやシルフィちゃんが羨ましいけどなぁ…」
そう言うと沙彩ちゃんは胸が大きいゆえの愚痴を言ってきた。
正直、私もシルフィと同じく結構小さいから羨ましいとは思っていたけど、大きいから良いというものでも無いようだ。
「それで二人はこれからどうするの?しばらくこの街にいるの?」
「うん。実は…」
私は沙彩ちゃんに本当は港町エールに向かおうとしていたこと、そして馬車がしばらく動けないことを話した。
「エールだったらここから電車で行けるわよ」
「え?」
沙彩ちゃんの話によると、今エアリアルは主要な都市同士を結ぶ鉄道網を構築しているらしい。
「馬車は馬車でいいんだけど、あまりにも時間がかかるし、お馬さんの調子が悪いと動けなかったりすることもあるからね。それが食料を運ぶ馬車なら街によっては致命的だったりするからね」
「なるほど」
「とはいえ、料金が結構高いのが痛いところだけどね」
「………」
私は何も言うことができなかった。
かなり節約はしていたけど、元々資金はほとんど無い。
いくらくらいするかは知らないけど、たぶん絶対に足りない。
「その様子だともしかしてお金が全然無いとか?」
「うん…」
「じゃあ明日お城に行ってみる?」
「え?どういうこと?」
「この国は魔王軍の侵攻が起き始めてからエレメントプリンセスを支援する政策をいくつも打ち出してるの。だからもしかしたらなんとかなるかもしれないよ」
「でも沙彩ちゃんはもうエレメントプリンセスじゃないんだよね?簡単に王様に会ったりできるの?」
「チカラを完全に失っても別にエレメントプリンセスの資格を失うわけではないからね」
沙彩ちゃんの話によると、その辺はかなり寛容らしく、女神様から資格を剥奪されない限りはエレメントプリンセスとして認めてもらえるらしい。
「さて、私は先に上がるわね。長話してたらのぼせてきちゃったみたい」
そう言うと沙彩ちゃんは温泉を出て行った。
「シルフィ、私たちもそろそろ上がろう」
「え!?あ、そ、そうですね」
シルフィは慌てて温泉から出て行ってしまった。
「あれ?シルフィ、どうしたのかな」
私はシルフィの後を追うように温泉をあとにした。
しかし、脱衣所にも部屋にもシルフィの姿は無かった。
「シルフィ、どこ行っちゃったんだろう…」
私はシルフィを探しながらホテル内を歩き回った。
そして、私はバルコニーでシルフィを見つけた。
「シルフィ、こんなところで何やってるの?」
私が声をかけると、シルフィはビクッと肩を震わせた。
「あ、唯さん…。すみません、着替えてたらフローラ様に呼ばれたので」
「そうだったんだ。それでフローラ様は何て?」
「理由は分かりませんが、一時的にアクア様がお目覚めになられたようでして…」
「じゃあバブルアイランドも?」
「バブルアイランドは依然そのままのようです。ですが一時的とはいえ、アクア様がお目覚めになられたのは非常に大きいと思います」
「なんで?」
「アクアプリンセスですよ」
「あ!」
言われてみれば確かにそうだ。
アクア様が目覚めたということはすなわちアクアプリンセスを生み出すことができる状態にあるということ。
状況が状況なだけにエレメントプリンセスが一人増えるのはかなり嬉しい。
「それでフローラ様から、アクアプリンセスが誕生するまでこの街で待機するようにとの指示が下りました」
「分かった。じゃあここにいるうちに資金を何とかしよう」
「そうですね」
私たちは早めに寝て、翌朝起きてすぐにお仕事紹介所に行った。
そして、二人で短期のお仕事を交代でやって資金稼ぎに勤しんだ。