第3話 シルフィのトラウマとフローラの懺悔
私とシルフィは、お昼からフローラ様の修行を受けていた。
フローラ様の修行は基本的にスパルタだった。
まずはフローラ様の放つ風の刃を避ける練習から始まった。
最初は全く避けることができなかったが、次第に慣れてきた。
次にフローラ様の攻撃を防御する訓練が始まった。
フローラ様の攻撃は、シルフィが放つものよりも速く、威力があった。
私は必死になって避けたり、防いだりした。
フローラ様の言う通り、私の防御力はかなり高いらしく、フローラ様が本気で攻撃しても、ほとんどダメージを受けなかった。
シルフィによると、これはフローラ様が魔力をコントロールして、わざとダメージを与えないようにしているらしい。
私はフローラ様の本気を引き出せるように頑張ろうと決意した。
一方シルフィはフローラ様の言う通りに魔法を使った。
すると、私の周りに大きな竜巻が現れた。
シルフィは続けて、風でできた槍を放った。
風で作られた槍は、まるで矢のように鋭く、回転しながらこちらに向かってきた。
その速さは凄まじく、一瞬のうちに目の前に迫って来た。
私は間一髪で身を翻し、ギリギリのところで回避に成功した。
「シルフィ、もっと集中して、的をしっかりと意識しなさい」
フローラ様がシルフィに注意した。
どうやらさっきの魔法は大きく外して私の方へ飛んで来てたみたいだ。
それにしてもシルフィがあんなに強い魔法を使うなんて思わなかったなぁ…
「唯さん、油断してはいけませんよ」
直後、フローラ様は私に向けて突風を放って来た。
フローラ様の放った突風に吹き飛ばされそうになったが、何とか堪えることができた。
そして今度は、フローラ様は水弾を複数飛ばして来た。
水弾のスピードはシルフィが放っていたものとは比べ物にならないほど速かった。
それでもなんとか全てを避けきることに成功した。
「ふむ。回避と防御についてはそろそろ大丈夫そうですね。では唯さんも本格的に魔法を教えるとしましょう。少し休憩をしたらフラワーロッドを持ってここに戻って来て下さい」
「はい」
「シルフィも少し休憩しなさい」
「分かりました」
シルフィはフローラ様の言葉に従い、近くの切り株に腰を下ろした。
私もシルフィの隣に座った。
「唯さん、先程は申し訳ありませんでした」
「え?」
「私が未熟なばかりに、貴女に攻撃魔法を当てそうになってしまって…」
シルフィはとても落ち込んでいた。
さすがのシルフィでも自分のミスは気にしてしまうんだね…。
まぁ確かにちょっと危ないところだったけど、別に怒ってないし、謝らなくてもいいんだけどなぁ…
私はそんなことを考えながら、シルフィの頭を撫でてあげた。
「ゆ、ゆい……さん?」
「ううん、全然怒ってなんかいないよ。だから元気出して?」
「……ありがとうございます」
シルフィは照れくさそうに笑った。
やっぱり、シルフィは笑ってる方が素敵だと思う。
それからしばらく経ち、私たちは一緒にフローラ様の所へ戻った。
そして、いよいよ魔法の修行が始まった。
「唯さん、攻撃魔法を撃つ時はしっかりと的を意識しなさい!」
「はい!」
「シルフィ、また外してます。もっと集中しなさい!」
「はい!」
それから私たちは3時間修行を続けた。
「今日はここまでにしましょう。二人とも今夜はしっかりと休んで下さいね」
「はーい」
「はい」
私たちが返事をすると、フローラ様は姿を消した。
「シルフィ、『外してる』、『集中しなさい』って何度も言われてたけど集中できてなかったの?」
「集中はしていたのですが、エレメントプリンセスが使う魔法を生身の者が扱うには並の集中力では到底足りません。それだけ難しい魔法なのです」
「そういうことなんだ…」
「ですが、今日の唯さんは普段よりも集中できていたと思います」
「そうかな?自分ではよく分からないけど…」
「はい。おそらく、シルフィが近くにいるからでしょう」
「あはは…そうかも…」
「それでは、今日はもう休みましょう」
「え?でも私、天界の宿泊場所なんて全く知らないんだけど…」
「こちらです。ついてきて下さい」
シルフィは歩き出したので、私も後を追った。
「ここはフローラ様のお世話やお供のために訪れたエルフたちが休む場所ですので…って唯さん、どうかされました?」
「その…トイレってどこかな…なんて…」
「あ、そういうことでしたか。お手洗いは廊下に出て右手の突き当たりを右に行ったところにありますよ」
「ありがとう!」
私は急いでトイレに向かった。
個室に入ると、見慣れない形をした便器があり、壁には使い方が貼られていた。
私は壁に貼られた使い方の通りに用を足し、手を洗ってシルフィのもとに戻った。
シルフィはベッドの準備をして待っていてくれた。
「大丈夫でしたか?」
「うん。見慣れない形をしてたから最初は戸惑ったけどね…」
「初めは私も戸惑いましたよ。ただフローラ様曰く、あれしか売ってなかったとか…」
「そうなんだ…」
「とりあえず寝ましょうか。明日も早いですし」
「そうだね」
私たちはそれぞれのベッドに入った。
「唯さん、一つ頼みを聞いていただいてもよろしいですか?」
「何?」
「手を…繋いでもらってもよろしいでしょうか…?」
「え!?」
「お恥ずかしながら私、幼い頃にフローラ様のお世話係としてここを訪れた際、夜寝る前にお手洗いに行った時に悪霊と化した人間の魂に襲われて以来、天界では一人で眠ることができないのです…」
「そっか…」
シルフィは少し震えている。
よっぽど怖い思いをしたのかもしれない。
「分かった。じゃあ私のベッドにおいで」
「はい。失礼します」
シルフィは私の隣に横になった。
「シルフィの手、小さくてかわいい…」
「ゆ、唯さんの方が小さいですよ…」
「そうかな?」
「そうですよ…」
「えへへ…」
私はシルフィに抱きついた。
「えっと、唯さん?」
「シルフィ、怖くないからね…」
「はい…」
シルフィは私の胸に顔を埋めた。
私はシルフィの頭を優しく撫で続けた。
「ごめんなさい…迷惑をかけてしまって…」
「気にしてないよ。私を頼ってくれて嬉しいよ」
「……ありがとうございます」
シルフィは安心して眠りについたようだ。
「あらあら、シルフィったら」
「あ、フローラ様」
「シルフィがこうなってしまったのは私の責任でもあるのよ」
「え?」
「10年前のある日、唯さんの生きていた世界から、死罪となった罪人が一人、私のもとへと導かれて来たの。罪が罪なだけに地獄行きとなったのだけど、地獄への門を開く際に取り逃してしまってね…。しかもそのまま悪霊となって天界で大暴れしたのよ。その際、たまたま廊下を歩いていたシルフィも襲われてしまったの。それ以来この子はこの天界で一人で眠ることができなくなったというわけよ」
「そうだったんですね…」
私はシルフィを抱きしめた。
シルフィは気持ち良さそうにしている。
「だからシルフィが天界に泊まる時は私がそばについてあげていたのよ」
「ちなみにその悪霊はどうなったんですか?」
「女神の鎖という神具を使って拘束して、第6の地獄へ送ったわ。本来であれば天界で暴れて誰かに危害を与えたのであれば最下層である第8の地獄行きになるのだけれど、悪霊となった件について私の落ち度が認められたことによって情状酌量が言い渡されてね…」
フローラ様の話によると、罪人に地獄行きを言い渡す際は、その者が悪霊とならないようにするため、自らの罪を自覚させ、弁明の余地を与え、その上で言い渡さなければならないらしい。
しかし、当時のフローラ様はその手順を怠り、有無を言わさず地獄へ送ろうとしてしまったのだという。
その結果、その罪人は悪霊となり、天界で暴れてしまったらしい。
「もちろん私もそのことについてクラリス様からお叱りを受けて、5年もの間、第3の地獄で反省させられたわ」
「そうだったんですね…」
「まぁそれはともかく、シルフィのこと、よろしくお願いするわね」
フローラ様は部屋をあとにした。
シルフィはぐっすりと眠っている。とても幸せそうに見えるけど、どんな夢を見てるんだろう…?
そんなことを考えながら私は目を閉じた。そしてすぐに眠りに落ちていった。
「おはよう、シルフィ」
「おはようございます、唯さん」
「よく眠れた?」
「はい。おかげさまで」
「よかった」
「さて、今日も頑張りましょう」
「うん!」
私たちは支度を整えてフローラ様の所へ向かった。
「シルフィ、昨晩はよく眠れたかしら?」
「はい」
「そう、なら良かったわ」
フローラ様は微笑んだ。
「では早速昨日の続きから始めましょうか」
「はい」
私たちは杖を構え、昨日と同じように的に向けて魔法を撃った。
私の魔法は半分近く外れてしまったが、シルフィの魔法は全て的の中心を正確に捉えていた。
「あら、シルフィ。昨日は全然当たらなかったのに今日は調子良いみたいね」
「はい!」
シルフィはとても嬉しそうだった。
「あとは唯さんの修行が終わるまでの間、確実に正確に魔法を当てるために修行に励みなさい」
「はい!」
シルフィが元気よく返事をすると、フローラ様は私の方へ向き直った。
「唯さんは集中はできているみたいですけどまだ魔力を上手くできていないようですね。ですが昨日よりは断然上手くなっていますね」
「ありがとうございます!」
「ですがまだまだ外してる分がたくさんありますので、当たったからといって気を抜いてはいけませんよ」
「はい!」
それから私たちは2時間ほど魔法の特訓を続けた。
「では、そろそろ休憩にしましょうか」
「はーい」
「はい」
私たちは切り株に座って一息ついた。
「シルフィ、今日はいつもより集中できてたね」
「はい。唯さんのお陰です」
「え?私は何も…」
「実は私、ここ最近あまり眠れていなかったんです。もし唯さんが魔法を使えるようになる前に魔王軍が侵攻してきたらと思ったら凄く心配で…。でも昨日、唯さんと一緒に寝てみたら、なぜかは分かりませんけど凄く安心できたんです」
「そうなんだ…」
「なのでまた今度、一緒に寝てもいいですか?」
「え?う、うん…」
私は恥ずかしくて俯きながら答えると、シルフィは満面の笑みを浮かべた。
「二人とも、そろそろ再開しますよ」
「はい」
「はい!」
私たちは再び修行を再開した。
そして夕方頃には私もシルフィも魔法が完璧に扱えるようになっていた。
「二人ともよく頑張りましたね。これなら魔王軍が来てもエアリアルを守り抜くことができるでしょう。シルフィはこれで終わりですが、唯さんには最後にフラワープリンセスの必殺技と専用の魔法をお教えしましょう」
「はい!」
「では唯、フラワープリンセスに変身しなさい」
「はい!」
私はフラワープリンセスに変身した。
その時、一人の天使が飛び込んできた。
「お取り込み中失礼致します。フローラ様に緊急の伝令でございます」
「どうしたのですか?」
「ファイヤープリンセスが、魔王軍との戦闘でチカラを使い果たしたとのことです。これにより、エアリアルを守っていたエレメントプリンセスは全滅。これを皮切りに魔王軍がエアリアルへ侵攻を始めたとのことです」
「何ですって!?」
「………思ったよりも早くこの時が訪れてしまったようですね。シルフィ、貴女は急いでエアリアルに戻りなさい。そして、他のエルフたちと協力し、何としてでも女神の神殿を守り抜くのです。私は一刻も早く唯に魔法と技を伝授します」
「はい。女神の神殿は必ずや守り抜いて見せます」
「シルフィ、私もすぐに行くからね」
「ありがとうございます。それでは行って参ります」
シルフィはエアリアルへと戻って行った。
「さて、唯、時間がありません。今から魔法と必殺技を一緒に覚えてもらいます。いいですね?」
「はい!」
こうして私は先程までとは比べ物にならないくらいのスパルタで、短時間で魔法と必殺技をみっちりと叩き込まれた。
そして、修行が終わるとフローラ様は私の前に扉を出した。
「さあ、行きなさい。フラワープリンセス!」
「はい!」
私は扉を開け、再びエアリアルへ戻った。