第11話 魔法とエルフの命
朝、私が目を覚ますと外は霧に包まれていた。
アクアプリンセスが魔法の練習をしていて、失敗すると靄が出ていたが、最近は霧が出るようになったのだ。
初めは天界で練習していたが、緊急時の対応が遅れるということで今はこっちで練習している。
フレイア様の話だと、靄が霧になったのは進歩した証らしく、さらに進歩するとバケツで溢したかのようになるらしい。
そしてそれがきちんと雨になれば完成という話らしい。
「今日もすごい霧ですね」
「結構苦戦してるみたいだよ。シルフィは使えたりしないの?」
「私は使用を認められていないので…」
「どういうこと?」
シルフィの話によると、光魔法には誰でも使えるものと、エレメントプリンセスのみ許された魔法、そして女神様しか使えない魔法の3種類があるらしい。
そして今、アクアプリンセスが練習してる魔法「シャイニングスプラッシュ」は、エレメントプリンセスのみ許された魔法らしい。
つまりエレメントプリンセスではないシルフィには使うことが許されない魔法ということになる。
さらにシルフィは言葉を続けた。
「シャイニングスプラッシュは250年前までは誰でも使えたのですが、死亡事故が多発してしまい、それ以来使用が厳しく制限されてしまったのです…」
「えっと…シルフィ、何歳だっけ?」
「私は16歳ですよ」
「じゃあなんでそんなに詳しいの?」
「私たちエルフは光魔法を司る種族です。光魔法に関係するあらゆる話は、私の住む里に全て伝えられているのです。また、エルフは3歳になると魔法学校に入学し、18歳まで徹底して、歴史も含め魔法に関する全てを習得するのです」
「じゃあシルフィもあと2年通わないといけないの?」
「はい。どんなに優秀でも、18歳にならないと卒業は一切認められないのです」
「何かあるの?」
「魔法学校で教わる最後の魔法…それはフローラ様より18歳を迎えた者のみに教えられるものなんです。強い魔法ゆえに、それを使うことのできる体が仕上がっていないと危険なのです」
「シルフィはどんな魔法か知ってるの?」
「いえ、全く…。その魔法に関する全ての事柄は、18歳を迎えていない者には決して明かしてはならないという掟がありますので」
「そうなんだ…」
「ですが例外はあるようです」
「どんな?」
「その者がエレメントプリンセスである場合は年齢の制約を受けないらしいんです」
「じゃあ極端な話、エレメントプリンセスになっちゃえば赤ちゃんでも使えるの?」
「いえ、それはありません。エレメントプリンセスになるためには、12歳の誕生日を迎えている必要がありますので、どんなに早くても12歳にならないと使うことはできません」
「なるほど…」
その時、のどかちゃんが部屋に戻ってきた。
どうやらアクアプリンセスの活動限界を迎えてしまったようだ。
私と違い、のどかちゃんと真里奈さんは女神様が眠りに就いているせいでチカラに制約があり、活動時間にも制約があるのだ。
「それにしてもこれだけ近くにいるのに向こうから手を出してこないなんてちょっと不気味ですね…」
「確かに」
シルフィの言う通り、私たちは今、マリン城に一番近い宿を使わせてもらっている。
場所的にいつ襲われても不思議ではない。
ましてやのどかちゃんは毎日メイルの弱点技の練習をしている。
自分の弱点となる技を練習しているのだから全チカラで妨害くらいはしてきても不思議ではないのだが、その気配すらも一切ない。
「ただいま」
「おかえりなさい、真里奈さん。どうでしたか?」
「メイルは全く動く気配は無かったね。配下の魔物すらいなかったからしばらくはほっといてもいいんじゃないかな?」
「でも油断は禁物です。突然襲いかかってくることもありますし、引き続き警戒をお願いします」
「はいよ。それより今日の朝ご飯は?」
「今日は鮭のムニエルですよ」
「そろそろお魚以外の出ないかな?」
そう。私たちはバブルアイランドに来て以来ずっとお魚しか食べていない。
ただ、シルフィの話だとここの周辺を探し回ってもお魚と野菜以外の食料が採れそうな様子は無いらしい。
だからこそシルフィは毎日味を変えたりお魚を変えたりと工夫はしてくれてるけど流石に飽きてきた。
エアリアルに戻ればもっと色んなものが食べられるけど、ご飯のためだけにメイルを放置して帰るなんてできない。
だから今はとにかく我慢するしかない。
「それで、のどかちゃん…だっけ?シャイニングスプラッシュの成果はどう?」
「靄が霧になったくらいで全然です…」
「そっかぁ…」
真里奈さんは肩を落としていた。
その時、外から妙な気配がしてきた。
私たちが外を見ると、メイルが私たちがいるホテルの前に立っていた。
かなり最悪のタイミングだ。
なにせのどかちゃんも真里奈さんも今は変身できない。
そして私とシルフィは魔法でしか戦えないから、魔封の霧を使われでもしたら戦うことすらできないのだ。
するとシルフィは突然、水をバケツに貯め始めた。
そして液体が入った小さな瓶とバケツを持ってどこかへ行った。
「シルフィ、何してるんだろう…」
「さあ?でも何か思い当たる節でもあるのかもしれないね」
それから20分後、シルフィはバケツを持って出てきた。
中の水はうっすらと黄色くなっていた。
そして今度はそのバケツを持ってベッドの方へ行き、いくつかの液体をバケツに入れ始めた。
「シルフィ、さっきから何してるの?」
「エルフの女子にのみ代々伝わる秘術です」
そう言いながらシルフィはバケツの水をかき混ぜ始めた。
するとバケツの水は青く変化していった。
「第1工程、異常なし」
いや、工程って錬金術か何かかな?
続いてシルフィは水に手をかざした。
すると水は一気に沸騰し始め、水色に変化していった。
「第2工程、異常なし。皆さん、今から私が許可するまで絶対こちらを見ないで下さい」
「う、うん」
私たちはシルフィに背を向けた。
後ろからは何かを加えたり、シルフィが何かを呟く声が聞こえてきた。
その後、水を飲むような音が聞こえてきた。
「今は見ても大丈夫ですよ」
私たちはシルフィの方を見た。
バケツは空っぽになっており、シルフィは黙想をしていた。
一体何をしているのだろうか。
というかあれを全部飲んだの?
それからシルフィは3時間くらい瞑想をし、バケツを持ってよろよろとどこかへ行った。
そして40分くらいしてシルフィが戻ってきた。
バケツの中は透明な液体で満たされていた。
しかもその液体からは濃密な魔力の気配が感じられた。
そしてシルフィはコップを取り、その液体を注いで私の前に置いた。
「この液体は何?なんかすごい魔力を感じるけど…」
「これはフラワープリンセスの魔力を大幅に増強させる秘薬です。ものすごく苦いですけど、飲めば一時的にフローラ様クラスの魔力が出ます」
私はおそるおそるコップを手にした。
見た目や匂いだけならただの水も同然だった。
私はほんのちょっとだけ液体を口にした。
ほんのちょっとにもかかわらず苦い薬を一気に飲んだなんて言葉で片付けられないくらいの苦さだった。
でもこれを飲まないとおそらくメイルには敵わないだろう。
私はヤケクソで一気に飲み干した。
「うう…口の中、ものすごく苦い…」
私は水を飲もうとした。
するとシルフィはそんな私を制止してきた。
「お水を飲んでしまうと全て排出されてしまいますので、戦いが終わるまでお水は飲まないで下さい」
「そんなー…」
「とにかく早くフラワープリンセスに」
私はシルフィに促され、フラワープリンセスに変身した。
するといつもよりもチカラがみなぎってくるのを感じた。
「これがシルフィの作った秘薬のチカラ…」
「そうです。ですが、あくまでも一時的なものですので、早めに決着をつけて下さい」
「分かった」
私たちはホテルを出て、メイルの元へと駆け出した。
メイルは私たちの姿を見ると、すぐさま魔封の霧を出してきた。
しかし、私は霧を咄嗟に避けることができた。
あの霧はまとわりつかれなければ脅威にはならないと真里奈さんが教えてくれた。
どうやらそれは本当のようだった。
「これなら、思う存分魔法が使える!」
私は水の魔法をメイルに向けて放った。
メイルはそれを軽々とかわしていく。まるで動きを読まれているようだ。
だが私も負けじと次々と魔法を放っていく。
メイルは私に近づこうとしているが、その度に私が放つ攻撃によってなかなか近づけない様子だった。
そしてそれは私も同じで、近づこうとすれば魔封の霧を放たれ、全く近づけなかった。
シルフィに助けを求めようとしたが、シルフィは端っこで座り込んでしまっていた。
そういえばさっきこれを作るのに大量の魔力を消費したって言ってたっけ。
たぶん魔力が尽きた上に精神力まですり減らし切ってしまったのだろう。
それにのどかちゃんと真里奈さんもまだ変身できない。
今は私一人でどうにかするしかなさそうだ。
でもお互いに間合いを詰めての戦いができない今、お互いに魔力の消耗戦でしかない。
そうなると不利なのは私の方だ。
エアリアルならフローラ様のチカラが直接及ぶから実質魔力は無限なのだが、それ以外だと回復にかなり時間がかかる。
それゆえに長期戦をするには魔力の問題がかなり大きい。
対する魔王軍の皇帝は、シルフィ曰く地脈から魔力を得ることができるらしい。
もちろんそれはメイルも同じで、地脈から大量の魔力を得て私と戦っている。
「フラワープリンセス!メイルが地脈からの魔力をどこから吸い上げているかをよく観察して下さい!それを絶てば奴は魔力を得られなくなり、勝機が見えるかもしれません!」
「でもこんな魔法の応戦合戦やりながらそんなの見抜くなんて無理だよ…」
その直後、メイルの攻撃の手が緩んだ。
「フラワープリンセス!メイルは魔力を補充しています!今が見抜くチャンスです!」
私はメイルの周囲の魔力の流れを追った。
すると地面からメイルの杖の水晶への魔力の流れが見えた。
私はシルフィに目配せをした。
するとシルフィは座ったまま杖を構え、メイルの杖に向かって魔法を放った。
もちろんメイルはその魔法をかわしたが、本命は私の方だ。
私は魔法の矢をメイルの杖の水晶めがけて放った。
矢は水晶の中心に当たり、水晶は完全に割れてしまった。
その瞬間、地面からメイルの杖への魔力の流れが止まった。
どうやら成功したようだ。
私は再び大量の矢をメイルに向けて放った。
メイルは魔法でその矢を全て弾いた。
私は次々に矢を放ち続けた。
側から見れば魔力の無駄遣いをしているようにしか見えないが、私には1つの狙いがあった。
しばらく撃っていると、矢の数本がメイルを掠めていくようになっていた。
どうやらメイルの魔力が尽きてきたようだ。
私の狙いはまさにこれだ。
メイルは守るためにも魔法を使う。
裏を返せば魔力が尽きれば守ることすらできなくなるのだ。
そしてさらに魔封の霧も飛んでこなくなるのでまさに一石二鳥だ。
私は一斉に大量の矢を放った。
するとメイルは剣を抜き、全ての矢を弾いてみせた。
「フフフ…我輩に剣を抜かせるとはなかなかのものだ、フラワープリンセスよ。だがお前の魔力も残りわずか。魔法でしか戦えないお前には何もできんわ!」
「そんな…」
メイルの言う通り、さっきの消耗戦で私の魔力は尽きかけていた。
とはいえ、これは私の慢心が生んだミスだ。
メイルは私に向けて剣を振り下ろしてきた。
あ、私ここで死ぬんだ。
そう思っていると、アクアプリンセスとファイヤープリンセスが飛んできた。
そしてファイヤープリンセスが振り下ろされる剣を受け止めた。
「フラワープリンセス、よく頑張ったね。あとはあたしとアクアプリンセスに任せて二人で休んでな!」
「は、はい…」
私は完全に脱力してしまった。
アクアプリンセスとファイヤープリンセスはメイル相手に互角の戦いを見せていた。
見た感じ、あと一押しが足りないといった様子だった。
たぶん私かシルフィが参戦すれば倒せるかもしれないけど、私もシルフィも魔力が切れてしまっていて戦うことができない。
するとシルフィが私を呼んだ。
私がシルフィのところへ行くと、シルフィはフラワーブレスに触れた。
するとフラワーブレスからたくさんの満開の花が生えてきた。
それと共にシルフィは意識を失い、私に倒れ込んできた。
私はシルフィを寝かせた。
「あれ?魔力が…」
気付くと魔力がすごい勢いで回復し始めていた。
魔力の流れを見ると、なんとフラワーブレスに咲いた花が魔力を生み出し、私に供給していた。
ただ、太陽が隠れると回復速度は一気に遅くなった。
つまり、この花は光合成によって魔力を生み出しているのだろう。
まさかフラワーブレスにこんなチカラがあったとは思いもしなかった。
私は立ち上がり、アクアプリンセスとファイヤープリンセスがメイルから離れた隙に、メイルに光の矢を放った。
「フラワープリンセス!」
二人は凄く喜んでいた。
「なっ…!貴様、魔力は全て使い果たしていたはず!なぜだ!」
「アクアプリンセス、一気に畳み掛けるよ」
「はい!ファイヤープリンセス」
私たちは連携してメイルに攻撃を撃ち込んだ。
そしてついにメイルが剣を離してしまった。
「これで…とどめです!スプラッシュトルネードソード!」
アクアプリンセスの剣は水の渦を纏い、メイルに向けて振り下ろされた。
「うぎゃああああ!!」
そして、断末魔の叫びとともにメイルは消滅した。
「やったー!」
私たちは勝利を喜びあった。
「まさかシャイニングスプラッシュ無しで勝てるなんて思いもしませんでした」
「うん。それもこれもフラワープリンセスの活躍のおかげだよ」
「あれはシルフィが薬を作ってくれたおかげですよ」
私は眠っているシルフィの頭を撫でながらそう言った。
「あ、そうそう。シルフィちゃん、大丈夫そう?」
「おそらく魔力を使い果たしてしまったせいだと思うので、魔力さえ回復すれば目を覚ますと思いますよ」
「そっか。それにしてもフラワープリンセスの魔力、随分回復が早いね」
「あー、これもシルフィのおかげです」
そう言って私は二人にフラワーブレスを見せ、シルフィが花を咲かせたこととこれのおかげで魔力が回復したことを話した。
それからすぐ、花は消えてしまった。
気付くと私の魔力は完全に回復していた。
私はシルフィを抱っこして部屋に戻り、シルフィをベッドに寝かせてから変身を解いた。
「これからどうするの?」
「うーん…シルフィが目を覚まさないと分からないんですよね…」
「じゃあとりあえずシルフィちゃんが目を覚ますまでは残党狩りかな?で、のどかちゃんは引き続きシャイニングスプラッシュの練習しよう」
「分かりました」
私はその日の夜、シルフィのベッドにそっと入った。
「シルフィ、寝たふりしてるのバレてるよ」
「あはは…バレてしまいましたか…」
「だってシルフィ、フラワーブレスに花を咲かせた時に魔力の流れが自分に向く花を1輪だけ混ぜてたでしょ?」
「全てバレていたんですね。お恥ずかしい限りです…。ですがメイルに私が女神の巫女だと気付かれていたのであえて戦闘不能を演じることで殺されるのを防いだんです」
「とどめを刺されるとは思わなかったの?」
「メイルはあれで私が死んだものだと誤認していました。ですからあれが最適だったのです」
「なるほどね」
するとシルフィは私の唇にキスをしてきた。
「ど、どうしたの?」
「契約です」
「契約?」
「これで私はフラワープリンセスの正式な配下となりました。これで戦闘中に魔力が危うくなってもフラワープリンセスから魔力を得て戦闘を続けられます」
「もう…シルフィ、私に依存しないでよー」
「いえ、これは重要なことなんです」
シルフィは真剣な顔でそう言った。
シルフィは言葉を続けた。
「私たちエルフはエアリアルであれば魔力を自然回復できるのですが、それ以外ですとアイテム以外で魔力を回復する手段がありません。そして私たちエルフは魔力が完全に底を尽きてしまうと命を落としてしまうのです。ですからエアリアルの外ではフラワープリンセスの魔力に頼る他無いんです」
「そうだったんだ…」
まさかエルフにとって魔力がそこまで重要なものだとは思いもしなかった。
つまりシルフィは文字通り命懸けで薬を作り、命懸けで戦ってくれたということだ。
「ありがとう、シルフィ」
私はシルフィの唇にキスし返し、一緒に手を繋いで眠りについた。




