第9話 寡黙の皇帝と魔封の霧
海岸を出発して40分、私たちは街に辿り着いた。
ここは『マリン王国』と呼ばれているところらしい。
ただ、みんなエアリアルに避難してしまっているせいで誰一人として住人はいなかった。
「すごく静かだね」
「皆さん、フルール王国に避難したと伺っています」
私の呟きにシルフィはそう返してきた。
私たちは宮殿に足を踏み入れてみた。
しかし、兵士も従者も誰一人としておらず、私たちの足音だけが響き渡っていた。
こんなところで足音なんて鳴らしたら魔物に気づかれる可能性もある。
しかしエレメントプリンセスの靴は踵の高いブーツなので、私とアクアプリンセスはどう頑張っても多少なりと足音がしてしまう。
そのせいで物陰に隠れている魔物たちは容赦なく私たちに襲いかかってきていた。
もちろん倒すことはできているのだが、魔法攻撃を主とする私とシルフィの魔力はじわじわと消耗していっていた。
そしてそれはもう1つの問題を生じさせていた。
実は今、私もシルフィも少しだけおしっこを我慢している。
魔法を使うと体内に穢れが発生し、それらはおしっことして体外に排出される。
つまり、戦闘を繰り返して魔法を何度も使っている私たちは毎回少しずつ穢れが体内に発生し、それが積もりに積もって今の状態となっている。
それでいてこの宮殿はかなり広く、トイレが未だに見つかっていない。
余裕は結構あるけどこれだけちまちま戦っていては、いつ限界が来てもおかしくはない。
「シルフィ、平気そう?」
「そうですね。今は少ししたい程度なのでまだまだ大丈夫です。フラワープリンセスはどうですか?」
「私もまだまだ余裕。大魔法さえ使わなければ大丈夫」
ただ、そんな私の願いも虚しく、4階に辿り着くまでにかなりの回数戦うことになってしまい、気付くと私はかなりいっぱいいっぱいになっていた。
その反面シルフィはほとんど戦わなかったのでまだまだ余裕そうにしていた。
4階に着いてすぐの扉を開けると、そこにはトイレがあった。
「や、やっと…」
「待ってフラワープリンセス!そのトイレ、何か変!」
「え?」
私がスカートの中に手を入れて脱ごうとした瞬間、トイレがいきなりくねくねと動き出した。
どうやらトイレの形をした魔物だったようだ。
「もう!せっかくおしっこできると思ったのに!」
私は杖を構え、魔物と対峙した。
ただ、一度安堵してしまったせいで一気に尿意が襲いかかってきてしまった。
「くっ…!」
そんな私の様子を見てアクアプリンセスとシルフィは私たちの前に飛び出してきた。
「こいつは私たちが相手します!」
アクアプリンセスはそう言うと剣を抜き、凄まじい踏み込みで敵の懐へと突っ込み、魔物に斬りかかった。
しかし、その刃は魔物の体を切り裂くことはできず、ガン!という音を立てて受け止められてしまった。
「アクアプリンセス!そいつの体は陶器製です!剣ではどうにもなりません!」
「いや本物の便器か!」
シルフィの言葉にアクアプリンセスは思わずツッコんでしまっていた。
確かに目の前にいる敵の姿形はどう見ても普通の洋式トイレなのだが、まさか体が陶器製だとは思いもしなかった。
そうなるともはや普通のトイレに手足が生えて便器の中に顔ができただけだ。
「ですが…これはどうですか!」
シルフィはそう言うと魔物に強めの攻撃魔法を飛ばした。
しかし、魔法は跳ね返され、そのままシルフィのもとに飛んできた。
「きゃあ!!」
反射された魔法の威力は高く、シルフィは大きく吹き飛ばされた。
「シルフィ!」
「うぅ…」
シルフィはすぐに立ち上がったものの、相当なダメージを受けていてそのまま倒れてしまった。
「フッハッハッハ!この俺様に魔法で勝とうなんて100年早いわ!」
魔物は高笑いしながらそう叫んだ。
魔法が使えないなら私にはどうすることもできない。
こうなっては頼れるのはアクアプリンセスだけだ。
しかし、アクアプリンセスの剣での攻撃は全く通用しない。
つまり完全に詰んでいるのだ。
「さぁ観念しろ!貴様らはここで死ぬ運命にあるんだ!」
魔物は勝ち誇ったように笑みを浮かべながらこちらに向かってくる。
その時、私の頭にあることがよぎった。
「アクアプリンセス!そいつ、二人で地面に叩きつければ割れるんじゃない?」
「なるほど…。やってみましょう」
私とアクアプリンセスは魔物を持ち上げ、窓から飛び降りて魔物を地面に思いっきり叩きつけた。
すると大きな音を立て、粉々になった。
どうやら作戦成功のようだ。
「やったー!」
「やりましたね!」
私とアクアプリンセスはそのままハイタッチをした。
「ところでフラワープリンセス、トイレは大丈夫?」
アクアプリンセスにそう言われた瞬間、私は強力な尿意に襲われた。
「行ってきまーす!」
私は城下町にあるお店のトイレで用を足して大急ぎで戻ってきた。
そこではアクアプリンセスがシルフィに寄り添って座っていた。
しかし、アクアプリンセスの様子がおかしかった。
「どうしたの?」
「その…シルフィさんが息をしていないんです」
「ええっ!?」
私はシルフィの胸に耳を当てた。
しかし、シルフィの心音は聞こえなかった。
「そんな…どうして…」
私は涙声になりながらも必死に呼びかけたが、シルフィは何も反応を示さなかった。
「そんな…嘘だよね?シルフィが死んだなんて…そんなわけないよね…?」
私はシルフィの手を握ったまま俯いていた。
きっとシルフィはまだ生きていると信じたかった。
だが、現実は非情なもので、いくら話しかけても全く反応がなかった。
「あの…フラワープリンセス。シルフィさんの亡骸はどうしますか?」
「私がエルフの里まで…」
その時、後ろから誰かの足音がした。
私たちが振り返ると、そこにはシルフィがいた。
「ぎゃー!!!お化けー!!!」
「誰がお化けですか!」
私たちが悲鳴を上げるとシルフィは慌てて否定してきた。
そして、私たちに事情を話してくれた。
どうやらシルフィは魔法が跳ね返ってきた直後、咄嗟に身代わり人形を出して回避したらしい。
一瞬立ち上がったのも、シルフィが魔法で身代わり人形を動かしたけど、トイレが我慢できなくなって魔法を使うのをやめてトイレに行ったからだったらしい。
「そういうことだったんだ…。でも、ぐすっ、生きてて良かった…」
私はシルフィに抱きついて泣き出した。
本当に死んだのかと思って怖かった。
「心配かけてごめんなさい。あと、ありがとうございます」
シルフィも私を抱きしめて頭を撫でてくれた。
しばらく泣いた後、私たちは再び奥へと進んだ。
そして玉座の間に着くと、そこには異様なオーラを放つ者がいた。
「あれは…魔王軍の皇帝の一人、寡黙の皇帝メイル…!」
敵の姿を見た瞬間、シルフィがそう呟いた。
寡黙の皇帝と呼ばれているということは喋らないということだろうか。
寡黙というよりは無口な人のような気がする。
「フラワープリンセス!あなたにこの者の相手は無理です!」
「え?」
「………」
次の瞬間、私たちの体を不思議な霧が包み込んだ。
「こんなもの…!」
私は魔法で霧を振り払おうとした。
しかし、呪文を唱えても何も起こらなかった。
するとシルフィが口を開いた。
「この者の能力は『魔封』といって、霧で包み込んだ相手の魔法を封じ込めてしまうんです」
「そんな…」
それを聞いた私は絶望感を覚えた。
魔法は全部封じられてしまったということは、魔法を使って戦う私とシルフィは戦うことができないということになる。
つまり、現状戦えるのはアクアプリンセスだけということだ。
「………」
皇帝メイルは私たちに襲いかかってくる様子もなく、ただそこに立っているだけだった。
おそらくは私たちの出方を伺っているんだろう。
「ここは一旦退きましょう」
シルフィの言葉に私たちは驚いた。
「そんな…なんで?」
「メイルは剣にも魔法にも長けています。そんな相手にアクアプリンセスだけで挑むのは無謀過ぎます。ここは一旦退いて態勢を立て直しましょう」
私たちはシルフィに従い、宮殿を出て城下町に戻った。
そして、宿屋の部屋を使わせてもらうことにした。
「まずはあの霧をなんとかしないといけませんね…」
「扇風機とかでどうにかならないの?」
「あれは普通の霧と違って魔法の霧ですからそんなことはできませんよ…」
「だよねー」
適当に言ってみたが、やはりダメらしい。
とはいえ、あの霧をどうにかしないと私もシルフィも戦うことができない。
するとシルフィは自分の鞄を漁り、かなり分厚い本を取り出した。
「よくそんなの持ち歩けるね」
「この鞄は魔法で私の家のお部屋に繋がっているんです」
シルフィは取り出した本を読み始めた。
私たちは宿の外に出て街の中を見回った。
しかし、私たちが魔物を倒してから新しく魔物が来た様子は見られなかった。
3時間後、私たちが宿に戻ると、シルフィは本を読み終えていた。
「何か手掛かりは見つかった?」
私の問いにシルフィは首を横に振った。
「手掛かりどころか、魔王の配下の皇帝に関しては名前以外には何の情報もありませんでした…。念のためフローラ様にも聞いてみましたけど、メイルと戦ったのはフレイア様のようで、フローラ様は何も分からないそうです…」
「そんな…」
私たちがここに来たのはフレイア様を目覚めさせるための前準備としてアクア様を目覚めさせてアクアプリンセスを完全な状態にするためだ。
しかし、それをどうにかするための鍵となる敵の情報を持っているのがフレイア様しかいないなんて予想だにしなかった。
「とにかく手掛かりが掴めるまで挑むのは不可能でしょう…。それまではとにかく島に来ている魔王軍の魔物たちを少しでも数を減らしていきましょう」
シルフィの言葉に私は納得せざるを得なかった。
確かに今のままメイルに挑んでも勝てる見込みはない。
それにメイルと戦うことになった時にたくさんの魔物に襲われたら厄介だ。
それなら今はとにかく敵の数を減らすのが先決だろう。
「分かった。じゃあとりあえず明日に備えて寝よう!」
私はそう言うとベッドに入り、目を閉じた。
しかし、すぐに目が覚めた。
「うぅん…」
隣を見ると、アクアプリンセスも起きていた。
「フラワープリンセスも眠れないの?」
「うん…。これからのことを考えると不安でね…。このまま私たちが何もできなきゃ次はエアリアルが攻め落とされる可能性だってあるもん…」
「そうだよね…」
「それに私のチカラもいつまでもつか…」
「あー…そっか…」
私たちエレメントプリンセスは、それぞれのエレメントの女神様の加護とチカラで戦う。
しかし、フローラ様以外の女神様はみんな眠りについている。
つまり、私と違ってアクアプリンセスはチカラが無限にあるわけではない。
そして今回の敵は魔法を封じてくる。
それでいて今、剣で戦えるのはアクアプリンセスだけ。
つまりメイルを倒すにはアクアプリンセスの存在は不可欠なのだ。
とはいえ、アクアプリンセスだけで挑むのはあまりに無謀すぎる。
次の日の朝、私はシルフィにお願いして天界へ行き、フローラ様のもとへと行った。
「どうしましたか?フラワープリンセス」
「フローラ様、折り入ってご相談したいことがあります」
「聞きましょう」
私は皇帝メイルのこと、そして対策をフレイア様に聞きたいということを話した。
「なるほど、フレイアにですか…」
「どうにかなりませんか?」
「妹たちは皆、チカラの源を奪われて眠っているのです。それはフレイアも例外ではありません」
「そこをどうにかすることはできませんか?
「今の状態のフレイアを起こすには、『聖火のランタン』というものが必要になります。ですが聖火のランタンは今どこにあるか分かりません」
「そうですか…」
「おそらくエアリアルにあると思いますが、それも確証はありません。それに目覚めさるといっても、時間はそんなにながくとにかく、どうしてもフレイアを一時的にでも目覚めさせたいのであれば、聖火のランタンを見つけて再びここへ来なさい」
「分かりました」
私は天界をあとにし、みんなと合流した。
「おかえりなさい。何か手掛かりは掴めましたか?」
「うん。なんでもフレイア様を目覚めさる方法があるみたい。ただ、それには聖火の…えーっと…」
「聖火のランタンですか?」
「そう!それ!それが必要なんだって」
「なるほど…」
シルフィは何やら考え込み始めた。
「どうしたの?」
「聖火のランタンは今、エアリアルにあるのは確かなのですが、エアリアルに運び込まれてすぐに何者かに盗まれてしまい、今も行方不明なんです」
「うん。フローラ様もどこにあるかは分からないって言ってたね」
「ですが、ファイヤープリンセスなら、あるいは…」
「ファイヤープリンセス?」
「フレイア様のご加護とチカラで戦う、炎のエレメントプリンセスです。彼女もまた、チカラが弱まってしまって戦えなくなっています。ですが、聖火のランタンを探すくらいならできるかもしれません」
「どういうこと?」
「女神のチカラは同調し合うものなんです。聖火のランタンは、フレイア様が生み出した炎のランタン、そしてファイヤープリンセスのチカラもフレイア様のチカラです。ですので、ファイヤープリンセスのチカラを借りればおそらく見つけることができるでしょう」
「なるほど…。じゃあどちらにしてもエアリアルに戻る必要があるんだね」
私の言葉にシルフィは頷いた。
私たちは海岸に戻り、詩織さんに事情を話して再びエアリアルに戻った。




