踏み消された境界線
──ポツッ。
ぼんやりとした意識に、水滴が地面を叩く音が聴こえる。
──ポツン。
それは洞窟の天井から地面へと、一定の間隔で刻まれていた。
朦朧とした意識の中、陽子にはそれが自分を寝かしつけようとするオルゴールの音にも思えていた。
しばらく気を失っていたらしい。
意識をはっきりと取り戻した時、陽子は洞窟内のどこかで倒れていた。
身体を起こそうとすると、頭の横に鋭い痛みが走る。
手をあてると、ぬるっとした液体がわずかについた。
膝のあたりにも痛みを感じた。
むしろ痛みはそちらの方が大きい。
暗闇に目が慣れるのを待って、陽子は自分の脚に目を凝らした。
黒のスラックスの膝のあたりに十センチほどの穴が開き、そこから白い肌と赤黒く滲んだ液体が見えた。
折れてはいないようだが、ひどく打ちつけたようだった。
どうやら夢中で駆ける中、勢いよく転んで頭を打ったらしい。
洞窟の入口から射す光はここにはすでに届いていない。
陽子が今いる洞窟内の通路は深い暗闇に満たされており、懐中電灯なしでは一メートル先の様子もわからなかった。
周囲に手を伸ばし懐中電灯を探すが、見当たらない。
逃走の最中落としてしまったらしい。
だから、完全な暗闇の中、陽子は一人傷んだ膝を抱えて震えているしかなかった。
いったい、何が起こったのだろう。
頭の中でこれまでの出来事を思い出し、整理しようとした。
いつものように、自分はバラエティ番組のレポーターとして、ロケに出かけた。
そしていつものように、目の前の情景を視聴者へ伝えるためにカメラと会話をしていた。
だが目の前で人が殺されたのは、陽子にとっていつもの光景ではなかった。
死体ならば、何度も見たことがある。
飢えや病気で死んだ人間の体が、まるでそこらに生える雑多な野草のように人々の関心を受けることなく道端に転がっている様を、幾度も見てきた。
だが、それは貧困にあえぐ海外の僻地での話だった。
ここは日本なのだ。
それも東京から特別離れているというわけでもない。
しかし、道明寺と三田村が死んだ。
道明寺は目の前で殺された。
金槌で頭を割られて。
殺したのは相沢という美術班の若い男だった。
まったくのあかの他人というわけではない。
何度か、一緒に仕事をした。
愛想のいい、若者だった。
まだ職について間もないため、現場で叱られることも多く見たが、
それでも明るさを忘れず仕事に打ち込んでいた。
その相沢が、まるで別人のような、
もしくは“人ではないモノ”のような憎しみに満ちた形相で、道明寺の頭を砕き続けていた。
陽子は学生時代から努めて培った論理的な思考を回転させ、事態の把握に努力した。
だがその論理性の高い頭脳ゆえに、
この今の状態に対し、ただただ座り込んでいる以外の行動をとることができなかった。
ふいに視界が真っ白になった。
顔に強い光をあてられた為だった。
陽子は「キャッ」と短く悲鳴をあげて逃げようとした。
「…陽子ちゃん?」
自分の名を呼ばれた陽子が、その光を照らす元へと視線を動かすと、
「俺だよ、どうしてここに?本隊のみんなは?」
と、懐中電灯の持ち主はその明かりで自らの顔を照らして言った。
「……宮木君!」
局へ同期に入社した宮木だった。
入社後に彼は制作部へと配属され、自分はアナウンス部へと配属された。
入社以来の同期ということもあり、局内や食堂で顔を合わせれば近況を語り合っていた。
彼は現在チーフADに昇進し、今回のロケへ先発隊として加わっていた。
それがどうしてここにいるのだろうか。
予定では先発隊は山小屋に戻り本隊と合流する手筈になっていた。
「宮木君こそ、先発隊はどこにいるの?みんな、どうしちゃったの?」
「わからない。でも、とりあえずここは移動した方がいい」
そこで、陽子は宮木が肩から血を流しているのに気がついた。
かなり痛むようで、ときおり宮木は顔を引きつらせている。
「…その怪我、大丈夫?」
「うん……痛むけど、なんとか大丈夫」
先発隊の面々も、自分たちと同じような状況にあるのだろうか。
「とにかく事情は後で話そう。今は移動した方がいい、ここは危ない」
そう言って宮木はしゃがみこんでいる陽子へと手を伸ばした。
陽子は差しのべられた手を握ろうと、自らも手を伸ばした。
手を握ることはできなかった。
ヒュン、という鋭い音を立てて何かが素早く回転しながら二人の間を通過した。
宮木が懐中電灯で地面に落ちたそれを照らすと、長さ三十センチほどの鉄製レンチだった。
陽子は何が起こったのかわからず、ただ突如現れたその物体を眺めていた。
が、宮木は顔に焦燥を浮かべて舌打ちした。
宮木の視線の先、その暗闇の中から、レンチを二人の間に投げた人物がゆっくりと顔を出した。
「……若槻」
宮木が名を呼んだ人物は美術班の一人、三田村と相沢と共に先発隊として山に入った、若槻という男だった。
若槻は頭に紐のようなもので作業用ライトをくくりつけている。
その光が陽子と宮木の顔を捉えて暗闇から映しだしている。
「やっと…追いついた。はは、宮木さん。足、早いんだから」
そう言って若槻という男は笑っていた。
そしてじりじりと二人の方へ歩み寄ってくる。
宮木が明らかに警戒の様相を見せる。
その宮木を見て異常を感じた陽子は、二人へと近寄ってくる若槻の表情を見た。
若槻が顔にたたえている笑みからは、親しみや安堵などは微塵も感じられなかった。
笑顔、というよりもむしろ憎悪のために顔面の筋肉をぴくぴくと痙攣させているように見える。
そして若槻の手には刃渡り十五センチ程のサバイバルナイフが握られていた。
「宮木君、彼は……ッ!」
陽子が叫んだ。
“あれは”、目の前にいる彼は、どうやら“正常ではない“ということを陽子も悟ったからだ。
若槻は二人を見ながら頭へ手を伸ばし、作業用ライトのスイッチを切った。
暗闇が一気に濃度を増し、二人から若槻の表情が見えなくなった。
陽子はすぐさま立ち上がろうとしたが、うっ、と呻いて尻餅をつく。
脚に受けた傷が予想以上に痛んだ。
宮木の注意が一瞬陽子の方へと逸れたその瞬間をついて、若槻は手に持ったナイフをかかげ、宮木へ向けて突進した。
歪んだ狂相を顔面いっぱいにたたえた若槻が、暗闇の中から飛び出すようにしてくるように急接近してくるのを宮木は見た。
とっさに、若槻の腕を両手で捕らる。
ナイフの切っ先が腕をかすめた。
その痛みに声をあげる間もなく若槻の突進の衝撃を直に受け、そのまま共に転倒してしまった。
「ぐうっ」と呻き、宮木は若槻に馬乗りなられた状態になった。
そして自分の喉元へとナイフを振り下ろそうとしている若槻の腕を全力で抑える。
宮木の上に乗った若槻の荒い吐息が、顔面を撫でた。
まるで肉食獣のそれのような荒く湿った吐息。
互いに至近距離でにらみ合う。
──若槻の表情は、まるで獲物を仕留めようとする猛獣のように凶悪な様相をたたえていた。
徐々に若槻が持つナイフが宮木の喉元に近づいていく。
押し返そうにも、凄まじい力で押しこまれようとする。
宮木の怪我を負った肩から鋭い痛みが発せられている。
それに顔を歪めながらも、宮木は自身の喉もとに振り下ろされようとしている若槻のナイフを、必死に押し返そうと力を込めて持ち上げる。
すると、不意に若槻が宮木の体を押さえつけていた片方の手を離し、頭につけた作業用ライトのスイッチを入れた。
まばゆい強烈な光が宮木の目を襲った。
視界が一瞬完全に真っ白になり、目に鋭い痛みが走る。
宮木が短いうめき声をあげて思わず顔をそらし、振り下ろされるナイフを持った腕を支える力がゆるんだ瞬間、若槻はナイフを一気に押し込んできた。
宮木はとっさに力を込めなおし、それを支えなおす。
ナイフは宮木の喉元をわずかに触れた位置で何とか、止まった。
が、それでもなお徐々に喉に食い込もうとしてくる。
鋭い痛みと共にひんやりとした金属の温度が宮木の首に伝わる。
鋭く尖ったサバイバルナイフは、宮木の皮膚を徐々に突き破り、その内部にあるものを突き破ろうとしてくる。
宮木は少しずつ異物が自分の体内へと挿し込まれてゆく恐怖を感じた。
「うわあああああッッ」
宮木が絶叫をあげ始めたその時、
「離れろ!」
と何者かの怒鳴り声が洞窟内に響いた。
その声に若槻が驚いて顔をあげた。
瞬間、わずかに若槻の力が緩んだのを宮木は見逃さなかった。
渾身の力を込めて、ナイフを押し上げる。
そしてわずかに開いた隙間に足をねじ込み、思いきり若槻の腹を蹴りあげた。
若槻が「うッ!」と呻き声をあげて後ろへ吹き飛ぶ。
そしてすぐに立ち上がり、再び宮木へ襲いかかろうと足元に落ちたナイフを拾おうとしていた。
──二人の間に距離が開いた。
刹那、宮木の後方から凄まじい轟音が洞窟内に響いた。
猟銃から轟音とともに放たれた直径十八ミリの対熊用スラッグ弾は、宮木の脇をかすめ、
体勢を立て直そうとしていた若槻の腹部に直撃した。
高速で撃ちだされた巨大な弾丸は、
その悪魔的な物理的暴力をもってプリンをすくうよりも容易く若槻の肉をえぐり、
人間の腕が通りそうなほどの大穴を開けて貫通し、
彼の背後の闇へと飛び込んで行った。
若槻はまるで小動物が巨大な生物に踏みつぶされるような短い濁声を発し、吹き飛んだ。
……そして地面に叩きつけられると、まるで人形のように動かなくなった。
「大丈夫か」
猟銃の主は、その猟銃の銃身に取り付けた懐中電灯をこちらに向け、言った。
「半藤さん…」
宮木が、ふぅっ、とため息を漏らした。
万が一熊と遭遇した場合に備え先発隊に同行していた猟師半藤だった。
異変を感じ取って洞窟の入り口へ共に向かったあと、
相沢と若槻が三田村に襲いかかっているのを目撃したとき、
若槻がこちらに気がついて襲いかかってきた。
宮木の肩の傷はその際に負ったものだった。
その後必死に逃げるうちに、いつの間にか半藤とはぐれてしまっていた。
「その子は、本隊の子かい」
半藤は陽子を慇懃に指差して言った。
陽子は、目の前で宮木が襲われている間、ただ震えていることしかできなかった。
学生時代からの経験から、
並の人間以上の行動力と知識を得たという自信が、自分にはあった。
それが、この途方もない現状に身を置いて、ただただ震えているしかできなかったのだ。
そのことに対して陽子は自身の無力感を感じていた。
そのため目の前で宮木と若槻の死闘が繰り広げられていても、意識を自分の外へと向けることができないでいた。
陽子がようやく口を開いて、目の前で猟銃を抱えた少壮の男に、「あなたは…?」と聞いた。
宮木がそれに対して説明する。
その最中、「うっ」と呻き、首を押さえた。
ナイフで刺された傷は浅かったが、血が流れだしている。
陽子は懐からハンカチを取り出し、それを伸ばして彼の首の血を拭き取った。
「これで血が止まるまで抑えてて…」そう言ってハンカチを宮木へ手渡す。
「ありがとう陽子ちゃん」
「…ごめんね」
陽子は自分に不甲斐無さを感じ、思わず彼に謝っていた。
「はは、こんな目にあったら、仕方ないって」
そう言って宮木は手渡されたハンカチを首にあてながら笑顔を作った。
顔が引きつっていた。
無理もない、彼も怖いのだ。
陽子は本隊に起きた出来事を、二人に説明した。
先発隊との連絡不通、飲料に関するトラブル、相沢の異変、そして道明寺と三田村の死。
宮木の表情がだんだんと暗くなっていくのがわかった。
「…なんとかして三人で洞窟の外へ出ましょう」
宮木は半藤と陽子を見て言った。
「でも…まだ他にもおかしくなった人がいるかもしれない」
なぜ、相沢と岩槻がおかしくなってしまったのか。
陽子はそれを考えて言った。
原因がわからない。
わからない以上、他に“おかしくなった”人がいるかもしれい。
──オヤシロサマの祟り?
そういう考えが一瞬頭をよぎったが、そんなばかな、と陽子はすぐに否定した。
が、依然として現在の状況の根本的な原因が不明な以上、相沢と岩槻以外にも異変が発生する可能性は考えておかねばならなかった。
「うん、注意しつつ慎重に進もう。それに、助けられる人がまだいるかもしれない」
それに陽子も頷く。確かに、他の本隊のメンバーたちが心配だった。
ただし、まだ「正常」であるのなら。
すると半藤が倒れている若槻の死体に近づき、
その付近に落ちていたナイフを拾って、宮木に手渡した。
「それなら、あんたもしっかりせんとな」
宮木は手渡された血まみれのナイフをじっと見つめ、
ちょっとひるんだ表情をしたが、
「まあ、熊を相手にするよりは……」
と言って半藤の猟銃を見つめた。
「熊なら、まだマシだったかも知れんが」
そう半藤は苦々しげな顔をして呟いた。
<踏み消された境界線>
先ほどまでの洞窟内での喧騒がうそのように、森は静かに広がっている。
ときおり、上空を飛ぶ鳶の鳴く声が森に響いた。
密度の高い樹木の枝葉のせいで姿は見えない。
カメラマン的場はその森の中にいた。
的場は洞窟の中での出来事を目撃した時、異変をこの目で見つつもなお、カメラを回し続けていた。
これまでひたすらにカメラマン一筋でやってきた的場にとって目の前で起きていた事件は、いつものようにあくまでカメラのファインダーを通して見る世界にすぎなかった。
そうしようと自らに思い込ませていた。
あえて常に自分の一部分の感覚を鈍化させることで、自らの職業に適した自分を作り上げていたのだ。
的場はこれまで数々の事件や、まさに目の前で行われている暴力と狂気をカメラを通じて見てきた。
いつしか自分がカメラを構えれば、目の前にある「そこ」と自分のいる「ここ」との間に、見えない透明な防壁ができるような錯覚を覚えるようになった。
それは自分がカメラマンとして成熟してきた証拠なのだと、的場は思っていた。
いつか自分自身にも及ぶかもしれない危険を考えて神経を張りつつも、あくまで傍観者としてカメラを回し続けるという成熟。
それを可能にするために「透明な壁」というものを自らの意識の中に作った。
しかし、その壁は幻想だった。
的場の意識の中にだけ存在するものだった。
自らの意識の中に作った防壁などは、突如として向けられた暴力によって瞬時に粉砕されてしまった。
あの時、倒れた道明寺と逃げ惑う人々ををカメラにおさめていた的場に、相沢が振り払った金槌が耳をかすめた。
その金属が風を切る音と耳に広がっていく熱を感じて、的場はようやく自分の作った防壁のもろさを実感できた。
無我夢中で走った。
呼吸が乱れ、思考がピリピリと麻痺していく。
一度も後ろを振り返らなかった。
ただ光の射す方へ、そこへ全力で走らねばならないという強迫に駆られて走り続けた。
気がつくと、森の中にいた。
息を整えながら周囲を見ると、誰もいない。
──ベースキャンプの山小屋はどの方角だろうか、とにかく落ちつかなければ。
的場はそう思い、もう一度周囲に仲間かあるいは相沢の気配がないことを確認してから抱えていたカメラを地面に下ろし、煙草を取りだして火をつけた。
このような状況に置かれてもカメラを手放さなずに持ってきたことは、カメラマンという職業にある人間の本能ともいえた。
屋代は肺に吸い込んだ煙を、深々と吐き出す。
そしてその間に考えていた結論を、もう一度頭の中で確認した。
──トランシーバーでベースキャンプに連絡を取ろう。
まずは散った仲間と合流すべきだ。
それからどうすれば良いのかの判断を奥村なりに仰ぐべきだ。
おそらく仲間たちも自分と同様に考えるだろう。
つまり、あの洞窟と山の麓の中間地点にあるベースキャンプを目指し、そこでひとまず状況を整理しようとするだろう。
確かベースキャンプの山小屋には田辺がまだいるはずだ。
トランシーバーを使って彼に連絡を取って事態を説明し、ひとまずは山小屋の中に隠れて仲間の到着を待とう。
──そして、何とか街へ連絡をつける手段を得ねば。
的場はそう思い、腰に付けられたトランシーバーから延びたイヤホンを耳に押し込んだ。
そして無線機本体の側面にある、PTTスイッチを押して送信可能状態にする。
「もしもし、田辺、聞こえるか」
スイッチから指を離し、受信可能状態にして返答を待つ。
応答はない。
「田辺、聞こえるか、田辺」
再度送信するが、イヤホンからは小さなノイズ音が聴こえるだけだった。
「くそっ、田辺! 誰か、返事をしてくれ!」
深い木々のせいで無線の電波が乱反射し、正常に届く範囲が通常よりも狭まっている。
だが、的場が現在いる位置は走った距離からして洞窟からそう離れていない。
つまり、付近には山小屋があるはずだった。
的場は電波が届くことを祈るような気持ちで、叫び続けた。
しかし、田辺からの応答はいつまで経っても無かった。
「……畜生ッ!」
的場はそう吐き捨てると咥えている煙草を地面に投げ捨て、それを踏み消した。
燻った紫煙が森の中を最後に短く立ち昇っていった。
──どうするべきか。自力で山小屋を探すか?
しかし、それではあてもなく森を彷徨うのと同じだ。
山小屋の近くに自分がいるのはおそらく間違いない。
だが、だからこそ慎重に確実に行動する必要がある。
勘を頼りに歩いて、知らずのうちに山小屋から遠ざかって行ってしまった場合、状況は急激に悪化してしまう。
運が悪ければ“自分が今何の近くに居るのか”という事すらわからなくなってしまう。
やはり田辺のナビゲートが必要だった。
その時、的場が腰に身につけたトランシーバーのランプが点灯した。
誰かが無線を使って送信を行っている証拠だった。
的場の目がそれを見た瞬間に、
──ザ…ザザー…。
という一際大きいノイズがイヤホンに走った。
突然の何者かのコンタクトに的場は驚き、それが付近にいる仲間からのものだと期待して、意識を耳にさしこんだイヤホンに集中させた。
≪……もしもし、誰か聞こえるか。さっきの声は誰だ? 的場か?≫
男の声が的場のイヤホンから流れてきた。
音量は小さい。
そして、田辺の声ではない。
「……的場だッ! 久保谷か? 今どこに居るんだ?」
≪ああ、今なんとか山小屋にたどり着いた。お前こそ大丈夫なのか≫
無線の声の主は音声の久保谷だった。
彼も的場と同様に、洞窟内の事件の直後、森の方へ向かって逃走していた。
「山小屋? 田辺はどうした、そこにいないのか?」
≪いや、誰もいないぞ。それに荒らされた跡もない。
食料もそのまま残ってるみたいだ。田辺の奴は事件に気づいてさっさと山を降りちまったのかもしれない≫
「……そうか、ひとまず合流しよう」
久保谷の「わかった」という答えを聞いて、的場は久保谷の待つ山小屋へと向かい始めた。
トランシーバーでの久保谷との会話を頼りにしつつ、的場は森を進む。
イヤホンから聞こえる久保谷の声が遠ざかれば反対の方角へ進み、
より電波の状況が良くなる方向へ歩く。
そうすることで、ベースキャンプへと近づいていける。
少なくともこの方法ならば、見覚えのある場所にはだどりつけるはずだった。
山小屋は先ほど、本隊の面々と共に休憩に使用した。
周辺の様子もそれとなく頭には残っている。
だから見覚えのある場所にさえ出ることができれば、山小屋までたどり着けるだろう。
的場は無線機のスピーカーを通じて会話をしつつ、草木の枝葉を掻き分けて山道を歩いている。
先ほどよりは気分もだいぶマシだ。
ようやく仲間、それも今回の撮影で相棒ともいえる技術仲間の久保谷と連絡が取れたのだから。
──山小屋についたら、あいつと今後どうするべきか話し合おう。
的場はそう思い、他の面々の顔を脳裏に浮かべた。
他の連中は無事なのだろうか。
先発隊が行方不明になっていることと、先ほど自分が遭遇した殺人は同じ原因によるものなのだろうか。
先発隊の一部の連中も、おかしくなった相沢という美術班の男に襲われたのだろうか。
その事についても、これから久保谷と話し合いたい。
しばらくすると、ベースキャンプである山小屋を発見することができた。
どうやら、的場は山小屋の正面にある斜面をぐるっと迂回してきた形になったようだった。
山小屋といっても、お世辞にもあまり手入れが行き届いているというような建物ではなかった。
小屋の中は二部屋だけで、外に木々の伐採などに使われる道具をしまうための小さな物置、
そして美術班が設置していった簡易式トイレがあるだけだ。
かつて、ここを所有している地主が使用していた建物なのだが、現在はほとんど使用されていないようだった。
的場が小屋の入口から慎重に内部の様子を伺いながらノックをすると、中から返事が聞こえてきた。
間違いなく久保谷の声だった。
的場が戸を開けて中へ入ると、久保谷が憔悴した表情で座り込んでいた。
「無事だったか。よかった……」
久保谷は的場を見上げ、ため息をついて言った。
「なんとかな……。それにしても、大変な事になった」
「ああ、まあとりあえず座れよ。どうすればいいか考えよう」
的場は久保谷に勧められ、背負っていたリュックとカメラを床に下ろし、ふぅ、とため息をついた。
室内を見回すと、確かに久保谷の言うとおり誰かに荒らされたような形跡はない。
ブルーシートの上に置かれたおにぎりの入ったダンボールはそのままになっていたし、自分たちがここを出発したときのままの状態だった。
奥村が飲み捨てていった空のペットボトルが、部屋の隅に転がっている。
「食料もあるぞ。と言ってもそんなもの食ってる状況でもないけどな……」
そう言って久保谷は立ち上がり、食料の詰められたダンボールへ向かった。
「ああ、すぐに山を降りるか、それとも街に連絡をつけて警察を呼ぶかしないと」
的場は腕を組んで宙を見上げ、今後について考えた。
まだ陽は落ちていない。
今から山を降りれば、十分にふもとまで辿り着けるはずだ。
山を降りたら、すぐにふもとにいるはずのドライバー初島と共にロケバスに乗って、電話の通じる場所まで行かなければならない。
そして警察を呼んで、他の仲間たちを救出して……。
──いや、田辺は山を降りたはずだから、初島は彼と後藤を加えた三人ですでに街へ向かっているのかもしれない。
ならばここで待っていれば、いずれは田辺らが警察にを連れて──
──田辺は山を降りた?
「なぁ」
的場は静かに口を開いた。
「うん? どうした」
久保谷は的場へ向かって、ダンボールから取り出したおにぎりを放り投げた。
的場がそれを受け取らなかったため、おにぎりは床を跳ねて転がった。
「久保谷、お前さっき無線でこう言ったよな」
「なんだ?」
久保谷が怪訝そうな顔で的場を見つめる。
「『田辺は事件に気づいて山を降りたのかもしれない』、って」
「ああ、言ったぞ」
何を言っているのだ、という表情を久保谷はしていた。
的場は言った。
「どうして、この小屋に残されたままの田辺が、
『洞窟内を撮影中に事件が起きた事』に気づいたとお前は思うんだ?」
洞窟内からこの山小屋の中へ悲鳴は届かない。
トランシーバーの無線も、森の中を歩いて近くまで来てようやく届いたのだ。
田辺が事件の発生を知ることができる手段は無かったはずだ。
それに、田辺はICレコーダーを撮影スタッフの中で唯一所持している。
他の者が久保谷よりも先に小屋に着いて、あるいはトランシーバーを使って田辺に事情を話し、共に山を降りたにしろ、田辺はせめてICレコーダーに何か吹き込んでから降りるはずだ。
もしくは先にこの小屋へたどり着いた者は田辺と合流し、この小屋でしばらく様子を見ることを考えるだろう。
自分のように。
はっきりと言える事は、新人とはいえADとして「連絡の重要さ」を先輩から叩き込まれた田辺が、たった一人で誰に相談も報告もなしに、山を降りるはずがないという事だった。
的場がふと久保谷の顔を見上げた。
久保谷が手に持った錆ついた鉈を振り下ろす瞬間が見えた。
鞭に叩きつけられたような鋭い衝撃が的場の左耳を襲った。
左耳が痺れたように感覚が鈍くなり、やがてキーンとした耳鳴りと共にじわりと熱を帯びてきた。
久保谷が振り下ろした鉈は、的場の左耳の一部を切り落としていた。
「ぐわぁあああッッ!」
的場が突然の激痛にが叫ぶと同時に、久保谷は「ちっ」と舌打ちをする。
痛みと驚愕で思考がパニックに陥りかける。
──何かの間違いではないのか。
わずかにそう思ったが、それをすぐに打ち消す理由が欠損した左耳から訴えられて来る。
そして目の前に明確な殺意を顔面に宿した久保谷が、こちらを見下ろしている。
久保谷が再び鉈を振り上げ、冷酷な笑みを浮かべた。
──逃げなくてはッ……!
的場の視界、左脇にドアノブが見えた。
この小屋にあるもう一つの部屋への扉だ。
咄嗟に久保谷の脇を犬のように四足で這い、そのドアへと飛びついた。
久保谷の振り下ろした二撃目は鋭い音を立てて的場の脇を通り過ぎ、木でできた壁に突き刺さる。
的場はドアノブを回し、飛び込むようにして部屋の中へと駆け込んだ。
そしてすぐさまドアを閉める。
──鍵はどこだ。鍵。鍵はどこだ。
内側からすぐに鍵をかけようとドアノブ付近を見たが、鍵は付いていなかった。
「く…そ…っ」
的場は仕方なくドアノブを両手で強く握りしめ、押さえつけた。
すぐに凄まじい衝撃が襲ってきた。
久保谷が手に持った鉈を、この朽ちかけた木でできたドアに打ち付けている。
「ちっ」
ドアの外から舌打ちが聞こえる。
再び衝撃がドアを襲う。
「ちっ」
衝撃。木が砕ける音が聞こえた。
「ちっ」
久保谷は、まるでそうするようにプログラムされた機械のように、
一定の間隔でドアを鉈で殴り続け、その度に舌を鳴らしている。
まるで感情が感じられない無機質な舌打ち。
ドアへ加わる力が、徐々に強くなっていく。
すでに的場のいるドアの内側の部分も剥がれかけてきていた。
ときおり、ドアを突き破った鉈の先端が姿を見せる。
──どうすれば。どうすれば。どうすれば。
このままではドアを押さえつけていても、いずれはドアそのものが破壊されてしまう。
……何か武器になる物、あるいは他に逃げ道は──。
的場は周囲を見渡し、ふと後ろを振り返った。
人が、こちらに尻を向ける形でうつ伏せに倒れていた。
田辺だった。
田辺はおそらく逃げようとして背後から襲われたのだろう、
後頭部にぱっくりと大きな亀裂が入り、そこから血を噴き出して死んでいた。
的場は気を失いそうになった。
……久保谷だ、久保谷の奴が山小屋にいた田辺を殺していた。
だから田辺は無線に応答できかったんだ。
そこに俺からの応答を呼び掛ける声が山小屋に届き、それを受けて久保谷は俺を誘い込んだ。
──この山小屋の中で待ち受けて。
でも、どうして。
「いったいどうしてなんだッ! 久保谷!」
的場はドアが砕ける衝撃音にかき消されないように大声でドアの向こうにいる久保谷に問いかけた。
しかし、返事はない。
返事の代りだとばかりに、ドアを打ちつける鉈に込められる力が強くなっていった。
倒れている田辺の向こうに、窓が見えた。
──窓から、脱出できるのではないか。
的場はドアノブを必死に押さえつつ考えた。
だが、窓には木でできた格子がかけられている。
つまりガラスを突き破って脱出するのは不可能だ。
──窓に鍵はかかっているのか。
そこが重要だった。
想像力をフル回転させて的場は考える。
今、ドアノブを押さえている両手を離したら、すぐに久保谷はこの部屋へなだれ込んでくるだろう。
窓に鍵がかかっていたとしたら、おそらく脱出は間に合わない。
田辺の二の舞になって後ろを襲われ、ここで死ぬことになる。
鍵はかかっているのか、それとも開いているのか。
再び田辺の死体へ目をやった。
彼の右手は、窓へと伸ばされている。
溺れる者が最後の力を振り絞って水上へ差し出したように、その手は伸びていた。
窓ガラスに血痕がべっとりとついている。
飛び散ったものではない。
彼が死の間際に触ったためについたのだろう。
そのべっとりと付着した血痕は、
引き伸ばされた手形のように窓ガラスの下の方で途切れ、窓に備えられた鍵のあたりから続いていた。
──開いているはずだ。
的場は血痕の動きからそう判断した。
本当にそうだろうか。
すぐに迷いが生じる。
──まだ、決まりませんか。
まるでそう訴えるように、ドアが放つ木の砕ける音が大きくなっていく。
バキィッという大きな音が室内に響いた。
ついにドアの一部が破られて大きな穴が開き、そこから錆びた鉈が姿を完全に見せた。
久保谷がその穴から顔を覗かせ、言った。
「窓は、開かないぞ」
的場は意を決し、ドアノブを押さえていた両手を離した。
そして同時に、窓へ向けて全力で走った。
──開くはずだ。開け。開いてくれ。
窓に手をかけ、全力で横に力を込めた。
──開けッ……開けッ……!
窓は、開かなかった。
的場は言葉にならない声をあげた。
発狂してしまいたかった。
すぐさま鍵に手をかけようとするが、振り返ると久保谷がすぐ背後に立っていた。
「開かないと、言ったじゃないか」
そう言って狂相をたたえた顔を、さらに歪ませた。
──的場はとっさに腰に身につけていたトランシーバーを外した。
そして、無線機本体の下部にあるボタンを強く押し込み、そのまま久保谷の顔面を目がけて投げつけた。
トランシーバーがけたたましいアラーム音をスピーカーから発する。
緊急時の事故を知らせるサイレンボタンを押したのだった。
久保谷の振り下ろした鉈が、的場の肩に突き刺さった。
鋭い痛みと圧力が的場を襲う。
だが同時に痛みに顔を歪ませた的場の目に見えたものは、久保谷が不意に顔面を襲った衝撃と大音響を発して上下に波打つアラーム音に怯んだ姿だった。
それは一瞬の間だった。
的場はその一瞬の隙をついて、窓に掛けられた鍵を下ろした。
そして、転げるように外へと飛び出した。
着地すると同時に無我夢中で森の中へと駆け出す。
左耳と左肩が悲鳴をあげて痛みを訴えてくる。
だがそれに耳を傾けるよりも早く、的場は全力を出して駆け始めていた。
振り返ると、久保谷が叫び声をあげてこちらに向かって駆けてくるのが見えた。
的場はそれを見て脚に込める力をさらに強めた。
山小屋内に落ちたままのトランシーバーから発せられるアラーム音が、徐々に耳から遠のいていく。
地面に敷き詰められた細い木の枝や落ち葉が踏みしめられ、極めて短い間隔で音をたてる。
額からはねっとりとした汗が噴き出し、口の中が渇いてきた。
どこかに向かって走っているという自覚は、的場にはない。
ただ背後から迫ってくる久保谷があげる狂声が、彼を追い立てていた。
足もとに大きな木の根が見えた。
まるで罠のように横たわる太い木の根を認識した瞬間にはすでに的場の足はそれに絡めとられ、彼の体は走る力に比例して空中に強く放り出された。
傷ついた肩から地面に叩きつけられ、的場は悲鳴を上げてその場でのたうちまわった。
それでも気を取り直し、痛む肩を押さえてなんとか仰向けになって、背後の様子を確認しようとした。
久保谷がすぐそばまで来ていた。
顔にたたえた狂相をさらに歪ませて、荒い息をついている。
激しく動いたために呼吸が荒くなっているのではなさそうだった。
興奮。
獲物を仕留め、今まさにその肉にありつこうとしている動物のそれに似ていた。
的場は全身に力を込めて起き上がろうとして、よろめいた。
なんとか立ち上がることができたが、出血と激痛と極度の緊張で、意識が今にも遠退きそうになる。
立ち上がって動作を静止させたために、忘れようとしていた疲労と苦痛が一気に圧し掛かってくる。
二人は五メートルほどの距離を挟んで対峙していた。
久保谷が徐々に近づいてくる。
──逃げられない。
的場は必死に考えた。
何かこの場を切り抜ける方法はないか。
トランシーバーはすでにない。
武器もない。
カメラを山小屋に置いてきてしまった事を、的場はこの期に及んで不覚に感じていた。
このような状態に置かれてもなお的場の脳裏には大切な商売道具の姿が意識から消えなかった。
すぐにでも取りに戻りたいが、それはできそうになかった。
久保谷が鉈を構え、さらに近づいてくる。
的場はその動きに合わせるようにじりじりと後ずさった。
ふと背中にドスン、と何か硬い感触を感じた。
的場が首を捻ってそれを見ると、大きな杉の木だった。
久保谷がすぐ正面にまでやってきている。
逃げ場は完全に断たれてしまった。
久保谷が荒い息をすうっと吸い込み、鉈を振り上げた。
一気に踏み込み、それを的場へと向けて叩き込んでくるつもりだろう。
そして一瞬の間の後、久保谷は素早く足を踏む込み間合いを詰めて、正確に的場の頭部めがけて鉈を振り下ろした。
ガツン、という鈍い音が森に響く。
振り下ろされた鉈は、的場の頭部があった場所を通り抜け、大きな杉の木の幹に突き刺さっていた。
間一髪でかわせた……ッ!!
咄嗟に首を捻り、振り下ろされた鉈を的場は回避していた。
的場は右手を伸ばし、久保谷の後頭部にそれを回した。
そして渾身の力を込めて、勢いよく引き寄せた。
ガッという音がした。
久保谷の顔面は的場の手に引き寄せられ、そのまま木の幹に刺さっている鉈の背に激突した。
「ぐあああッ!!」
久保谷の悲鳴があがる。
久保谷が鉈を掴んでいた手を離し、両手で顔面を覆って髪を振り乱して叫ぶ。
的場は間髪入れずに久保谷の後ろ髪をつかんで引き揚げ、もう一度叩きつける。
無我夢中で、それを繰り返した。
上空を飛ぶ鳶の鋭い鳴き声を聞いて、的場はようやく我に返った。
久保谷の絶叫は、いつの間にか消えていた。
恐る恐る的場が久保谷の様子へ目をやると、久保谷は的場に後ろ髪を掴まれたまま、だらりと力なく杉の幹にもたれかかっていた。
的場は思わず「ひっ」と悲鳴をあげ、久保谷の頭から手を離した。
久保谷の体は、そのままずるりと木の幹からゆっくりと倒れた。
視線は倒れた久保谷を凝視している。
的場は恐る恐る近づいて、久保谷の首の脈に手をあてて確かめた。
久保谷は、完全に絶命していた。
急に身体から力が抜けていくのを感じて、
的場はその場にぺたりと座りこんだ。
思考がまとまらない。
殺してしまった。
人間を。
しかも同僚を。
──正当防衛だ。
的場は自分に問われるであろう罪について考えた。
そうだ、これは正当防衛だ。
痛みを発する自分の耳と肩に手を当てて、的場はそう思った。
そもそも久保谷は、どうして突然豹変したのか。
相沢といい、久保谷といい、いったいここで何が起こっているのだ。
他のスタッフや出演者たちはどこにいるのだ。
そして自分はこれからどうすればいいのだろうか。
座り込んで久保谷の死体を見つめたまま、的場は漠然とそのような事を思い浮かべていた。
次の瞬間、的場は自身の意思に反して、
草や落ち葉に満ちた地面に倒れ、空を見上げていた。
「?」
どうしたんだ? 俺は。
耳が完全に聞こえない。
キーンとした耳鳴りだけが頭の中に響いている。
やがてじんわりと暖かい熱が、脳内を占めていくのを感じた。
それは破れた血管からあふれ出た血液が頭部を温かく包みこんでいく熱だった。
頭? 頭が、どうして? 何が、起こった?
突然の事態に思考がまとまらない。
手足を動かそうとしたが、身体全体が痺れたように動かない。
見上げている宙には、密集した樹木の枝葉が太陽光に照らされてざわめいている。
その的場の視界に、何かが映った。
──棒?
それは、血がべっとりと付着した角材だった。
血糊はまだ新しい。
それが自分の血液だということを、的場は理解できないでいた。
続いて視界に入ってきたのは人影だった。
その人影は、木々の枝葉からこぼれた太陽の光を背に、的場を見下ろしている。
「──っ!」
的場はようやく事態を把握しかけ、何かをしゃべろうと口を開いたが、すでにまともに声を出すことができなかった。
「あ……がッ……や、め……」
ようやく絞り出された的場の言葉を否定するように、
無情にも振り上げられた角材が徐々に的場の視界で大きくなっていく。
スローモーションのように見えた。
それが完全に視界を埋め尽くしたとき、鋭い衝撃と何かが砕ける音を感じた。
次に闇がやってきた。
まるでカメラの電源を落としたかのように、真っ暗になった。
これが、的場が感じた最後の意識になった。