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狩猟


歯ぎしりしたい焦燥に駆られていた。


後藤は、自らの意志と無関係に細かい痙攣を始めた顔面を、力を込めて抑えた。



──油断していた。あの女、中々度胸がある。


正直なところ、侮っていたのかもしれない。

武器も持たない、ただの女だと。


どうやら、それは間違いのようだった。


だが、あの女の持つ機転だけで、こちらの有利が覆ることも無い。

洞窟内に入って見つけ出し、そしてこの銃口を引くだけだ。

それだけで、終わる。


回り込むように森を抜けると、洞窟の入り口へたどり着いた。


後藤と初島の目の前に、施錠された鉄格子が立ち塞がっている。



「自分でかけた鍵を自分で開ける羽目になるなんてなぁ」


初島がひっひと笑う。



「うるさいぞ、少し黙ってろ」


後藤はニタニタと笑う初島を制して、鉄格子にかけた南京錠を自らの手で外した。


そして、勢い良く格子を押し開けた。

不快な金属音が冷気に乗って洞窟内へこだまする。



「胸クソ悪い場所だ」


洞窟内は湿気が多く、浸み込んだ雨水がぬらぬらと壁面を濡らしている。


それは後藤にとって、何か得体のしれない生物の体液のように思えて、吐き気を感じさせた。

元々そういう神経質な想像力が後藤にはあった。



「さっさとあの女を片づけて、始末をつけるぞ」


「あいよ。ちゃんと終わったら例の物、いただくからね」


初島は後藤から、普段常用している物より「特上の」薬物と引き換えに今回の件に協力している。

楽しみで仕方がないのだろう。

何度も報酬の件について言ってくる。



「わかってる。だが、東京に戻ったらの話だ」



──そうだ。あとは簡単だ。

この暗闇に潜み怯えている一人の女を見つけ出し、銃の引き金を引くだけでいい。


それだけで、終わる。


里見陽子は武器も何も所持していない。


何と簡単なことだろう。


だからこそ、落ち着いて確実に仕留めなければならない。


ICレコーダーを回収し、死体をすべて始末した後、警察を呼びに行く。



“──撮影隊が行方不明になった。どうすればいいだろうか”


そう言えばいい。

やがて彼らの死体が発見されれば、体内からは薬物の反応がでる。



狂宴のあげくの事故。

自分はそれを知らず、“ディレクター指示を受けて”途中で山を降りた。


殺人の現場に自分はいなかった。


“部外者”である自分は、薬物パーティを知られる事を恐れた奥村によって、どうでもいい理由を元に山を降ろされた。


それで、いいはずだ。



……くそ、やはり不確実な部分がある。


その点も今のうちに考えなければならない。


まったく、面倒な事が起きたものだ。


後藤の歯がギリリと音を鳴らす。



坂田は、惜しいことをした。

罪を着せられれば、より確実だったのに。




「何はともあれ、あと少しだ」



後藤は暗闇に向け、一人呟いた。



初島は後藤の後ろをついてくる。




「こりゃまた、中はずいぶんと広いんだねえ」



周囲を興味深げにきょろきょろと見回しながら、初島は言った。




……いい気なものだ。


初島というこの丸顔の中年男は頼りにならない。

もとより、自分はアテになどしていない。


死体を洞窟内に運び込む作業に役に立てば、それでよかった。


後藤にとって、初島は良い顧客だった。


自身が仕入れた麻薬を、彼は喜んで買っていった。

そういう意味で、良きパートナーとも言えたし、良き金ヅルとも言えた。



つまり、二人は同じ穴のむじなだった。



──東京に戻って今回の謝礼を支払ったら、しばらくは大人しくしていなければならないな。


後藤の脳裏には、帰京した後の自身の身の処し方が、脚本家の描く筋書きのように行を重ねていっていた。



懐中電灯の光が、二人に曖昧な進路を暗闇に浮かび上がらせる。



「周囲に警戒しろ」


後藤は後方の初島へと注意を促した。



「はっは、ちょっとビビりすぎなんじゃないの」


初島が笑いを含んだ声で答える。



あの女が生き残る為には、奇襲しかない。


──だが、こちらには銃がある。

仮に奇襲を受けたとしても、素手の女だ。たかが知れている。


相手は非力だった。

仮に相手が刃物──例えばナイフを持っていてこちらが素手だったとしても、十分に勝てる見込みがある。


その自信はあった。

つまり、戦力差は圧倒的にこちらが有利。


だが、注意するに越したことはない。

油断するつもりもなかった。



「確実に。確実に、な」


自分自身に言い聞かせるように、後藤は呟いた。



やがて、広場に出た。

周囲には壁から剥がれ落ちたり、天井から落下した岩石の欠片が転がっている。


二人は慎重に辺りを見回し、里見陽子が潜んでいないかを警戒した。


広場なだけに見通しは利くが、ところどころ落下した岩石が、照らした懐中電灯の光によって陰を作っている。


「岩陰に気をつけろ」


後藤は懐中電灯のくくりつけられた銃身を周囲へ旋回させつつ言った。


耳を澄まし、気配を探る。


自分たちの足音以外に、物音ひとつ感じない。


わずかに血なまぐさい臭いが鼻をつき、後藤は眉を動かした。


おそらく、死体が山積みにされた空間から流れ出してきているのだろう。


この死臭を辿っていけば、里見陽子が居た場所までいけるはずだ。



広場に人影は無さそうだった。


が、広場の中央まで足を進めた時、突如辺りの様相が一変した。


耳を劈くような鋭い音が、あちこちから鳴り始めた。


──キイイィイイイイイン。



「な、なんだ!?」


初島が両手で頭を抱えて叫んだ。


鋭く突き上げるような高音が、ノイズのような雑音を含んで空間を乱反射している。


後藤もその凄まじい高音の群れに思わず銃を落として耳を塞ぎたい衝動に駆られたが、それをこらえた。


やがて音はプッツリと途絶えた。



洞窟内に一瞬で静寂が戻る。




静寂の空間に、声が聞こえた。





「──おいで」


女の声で、はっきりとそう聞こえた。


その声は二人の全周囲から聞こえた。



「おいで、おいで、ふふ、おいで」



間違いなく里見陽子の声だった。

あの女は近くにいるのか。



「どこだ!? どこにいるんだよ!」


初島が身をかがめて辺りを見回す。


しかし、声は周り中からいくつも聞こえた。


一瞬動揺を見せた後藤だったが、すぐに冷静さを取り戻し、現象の原因をすぐに把握していた。



「落ち着け! 子供だましだ!」


後藤が怯える初島を一喝する。




すると二人を取り囲んでいた声がぴたりと止んだ。


後藤が銃を携え、ずかずかと岩陰のひとつへと近づいていく。



「見ろ、大したことじゃない」


後藤の指さす先には、トランシーバーが隠されていた。


それを初島がぽかんとした顔で眺めている。


そしてようやく我に返り、自身も周囲の岩陰を探し始めた。




……いたるところからトランシーバーが出てきた。


不気味な声は、そこから発信されていたのだった。



「あの女…! こんな手で逃げるとでも思ったか!」


初島が顔中に血管を浮かび上がらせて怒鳴った。

この丸顔の中年の男は感情の起伏が激しい。

元来は明朗素朴な男だったのだろう。

が、思慮に欠く部分が目立った。


後藤をときおり苛立たせるのもその部分だった。




激昂する初島に対し、後藤は冷静さを取り戻していた。



──おそらく、里見陽子は近くで身をひそめて、こちらの様子を伺っているに違いない。


狭い洞窟内でトランシーバーの電波は遠くまで届かない。


すなわち、里見陽子がすぐそばにいることを示していた。


すぐそばにいるのならば、むしろ好都合だった。

この複雑な構造の洞窟で捜す手間が省けるというものだった。



──来るなら来い。俺が引き金を引けば、それで終わりだ。


そう思い、後藤は右手の人差指に当たっている冷たい鉄の感触を確かめた。



しかし、辺りは静寂と闇が存在するばかりで、人の気配は感じない。


不気味な緊張感が二人の間に漂っている。

喉に粘つくものを感じながら、後藤はゆっくりと再び足を進め始めた。



ふと、流れる空気が当たった気がして後藤は顔を横に向けた。


視界にはやはり暗闇しかなかった。




いや、暗闇の中に動くものがあった。


それが女の黒い髪だと理解した時には、青白い里見陽子の顔が闇に浮かび上がっていた。


「──うぉッ!?」


後藤が咄嗟に銃をそちらへ向けようと身体を捻ったとき、陽子の眼がすぐ前にまで来ていた。




目が、合った。

その目線は、冷たい殺意に満ちていた。


無感情な表情に、青白い顔。

しかし眼光だけは鋭く、ただ相手を殺すことだけを考えている目だった。


それは、通常では考えがたいほどの速さで迫ってきていた。


後藤は背筋に伝う冷たいものを感じた。


──間に合うか。


銃口を向け、引き金を押しこもうとした時、陽子の湿った吐息を鼻先に感じた。



「こ……のッ!!」


後藤は銃の引き金を引いた。


銃口から閃光が放たれ、直後轟音とともに巨大なスラッグ弾が発射される。


それは襲いかかる陽子の正面を確実に捉えていたはずだった。


しかし、放たれた銃弾はそのまま暗闇の中へと勢いよく飛びこんで行き、狙いを定めた相手を貫くことはなかった。




陽子は銃が放たれる瞬間、咄嗟に体を跳躍させ、岩陰に身を潜ませていた。



隠れた彼女の存在に気づき、後藤が急いで銃のスライドを引き次弾を装填する。




その隙を、狙われた。



次の瞬間、後藤は岩陰から飛び出してきた陽子に、体当たりをもろに受けて吹き飛ばされていた。




──馬鹿なッ!


いくら不意打ちとはいえ、160センチもあるかどうかという小柄な女の体当たりを受けて、自分が吹き飛ばされるなんて。



それに、スピードが異常だ。

あの女、脚を怪我していたのではなかったのか。



そう思考する間に後藤の体は、硬い洞窟の壁に背中から叩きつけられた。


すぐさま態勢を立て直そうとしたとき、後藤の耳に初島の悲鳴が聞こえた。



「うわぁああああ! なんだ!? この女! 離せッ」


初島の体に、髪を振り乱した陽子が馬乗りになっていた。




もがいて脱出しようとする初島の体を陽子の細い腕ががっしりと押さえつけている。



「早く! 撃ってくれ! こいつを撃ってくれ!」


その声に後藤は再度弾を装填した銃を向けたが、引き金を引くことはできなかった。


射線が完全に重なっている。

このままでは初島もろとも吹き飛ばしてしまうことになる。



「その女を突き放せ! じゃないと撃てない!」


「無理だ! この女、すごい力だ!」


フウゥゥゥゥと、陽子の荒い獣のような息が聞こえる。




──なんだ、なんなんだ。この女……!


後藤は内心に冷たいものが伝うのを感じていた。


普通の女では考えられない力と速さだ。



──どうする、初島もろとも吹き飛ばすか? いや──。


後藤が引き金を引くのを躊躇っているうちに、突如初島を羽交い絞めにしていた陽子の体が素早く跳躍した。


敏捷な肉食獣が飛び跳ねるように、初島の体から離れた。




──ッ! 今だッッ!


後藤は猟銃の引き金を引いた。

轟音と共に銃口が発光し、激しい反動が肩を叩きつける。

が、放たれた銃弾は陽子の体には命中せず、洞窟の地面を深く抉っただけだった。



「ちィッ!」


舌打ちと共に後藤はすぐさま装填を行い、次弾を放った。


しかし、里見陽子はすでに再び深い暗闇の中へと、信じられない速さで消えていった後だった。



その様子を、二人は呆然とした表情で見つめていた。



「なんだってんだ……畜生」


初島が顔中を汗に濡らして呟いた。



「化け物か、あいつは」


荒い息を整えながら、額の汗をぬぐっている。


「怪我はないか、初島」


「あ、ああ……大丈夫だ」


「化け物、か……」


後藤は初島の言葉を繰り返した。



化け物。

確かに、あれは普通の人間の動きでは無かった。



いったい、何が起こったのか。


後藤は必死に頭を回転させ、考えた。


後藤の脳裏に、里見陽子が自分に見せた物が思い出された。



「──そうか、そうか! くそっ!」


「どうした?」


初島が怪訝そうな顔を向けた。



「くそっ! 畜生! あの女!」


「お、落ちつけよ。どうしたんだよ」


「錠剤だ、あの女、畜生! 薬を飲みやがった!」


「薬って、まさか『招待状』か?」


「そうだ! 自殺行為だ、気でも狂ったか」


吐き捨てるように後藤は言った。



最悪だ。

面倒な事になった。


はっきりとした証拠があるわけではないが、そうとしか思えない。


里見陽子は、自分自身であの悪魔の薬物を飲み込んだのだ。


ならば気が狂ってるとしか思えない。

しかし、そうならば、ますます油断はできない。



素手で、あの力なのだ。



──いっそ、引き返すべきか。


引き返して洞窟の入り口を塞いでしまうべきか。

この状態では暗闇は相手に味方するだろう。


あの力を持ってまた奇襲を受ければ、万が一ということもある。


入口を完全に塞いで、あの女が自滅するまで封じ込めてしまうべきだろうか。




いや、だめだ。

里見陽子の持つICレコーダーは、確実に回収しなければならない。


それに、日付が変われば異変に気がついたテレビ局が何らかの探りを入れてくるだろう。


あの女が餓死、あるいは狂死するのを待っていては、ICレコーダーを回収する機会を逃す恐れもある。


レコーダーを他人に回収されては、全てが終わる。



やはり、今殺すしかない。



──まったく、面倒なことになってきた。



後藤は目を鋭く細め、歯を噛みしめてそう思った。




再び後藤と初島は、洞窟内の通路を里見陽子が消えて行った方向へ進む。


おそらく、またどこかで待ち伏せしているのだろう。


後藤は後方からついてくる初島へ注意を促し、慎重に通路を進んだ。


無音の暗闇を進むうち、後藤は陽子の顔を思い浮かべた。


やや茶色の入ったセミロングの髪、小柄だがほっそりとしたバランスのいい身体。

白い肌に大きな瞳と形の良い唇が愛嬌と知性を感じさせた。



彼女は美人だと、いえた。




──それが。

くっくと、後藤は笑った。


それが、あのザマだ。

奇麗に整った髪は汗と土で汚れ、顔は青白く、瞳は奈落の底のように黒く染まって大きく開いている。


口からは泡の混じった唾液を垂らし、獣のような荒い息を吐く。


あれでは、まるで──



「まるで、化け物じゃないか。本当に」


後藤はそう呟き、はっはと笑う。


そうだ、これは化け物退治だ。




“化け物”は、必死に俺を殺そうとしてくるだろう。

狂気に満ちた顔を歪ませて。

全身に殺意を宿して。


だから俺は、穴ぐらに潜む醜い化け物を見つけ出し、その眉間に銃弾をぶち込む。



それで俺の勝ちだ。

薬物によってどれだけ強化されていようと、所詮は人間だ。


痛みを感じなくなっているのなら、脳天を吹き飛ばしてやるだけだ。


そう思い、後藤はにやりと口元を歪ませた。


確かに状況は意外な事態になった。

だが、結果は変わらない。


退屈な狩りが少し変わっただけだ。


ならば、自分もそれを楽しめばいい。


いくら薬物に力で狂人化していようとも素手の女に過ぎず、相手に勝機は無いのだ。



「ったく、頼むよ? 俺は何も持ってないんだから」


初島が後藤に握られている猟銃を指さして言った。

まだ陽子に襲われた時の事を根に持っているようだ。



「わかってる。次は必ず仕留める」




──この役立たずが。

後藤は、内心に湧き出るいらつきを抑えて言った。


仕方ない、これは想定外だった。

確かに里見陽子が最後まで生き残り、かつこちらをここまで手こずらせるとは、予想していなかった。


どのみち、もうすぐ終わる。


後藤は初島を従え、さらに洞窟の奥深くへと歩いて行った。






しかし、いくら進んでも、陽子は再び姿を現さなかった。


ときおり立ち止まり、耳を澄ませても気配は感じない。

稀に洞窟の床を叩く水滴の音が響くだけだった。


──どこに隠れた?

いや、もしかしたら社のあるあの空間まで後退して待ち伏せしているのか。




「後藤さん!」


その声は突如背後から聞こえた。

紛れもなく里見陽子の声だった。


自分のすぐ背後だった。

いつの間に回り込まれていたのか──。



「う、うおおッ!」


後藤は反射的に振り向き、猟銃の引き金を引いた。


轟音と共に、銃口から火が噴出し、一瞬洞窟内が光に照らされる。




背後には一人、人物が立っていた。




「な……んで……」


初島だった。


初島は口から泡のようになった血を吐き出しながら、震える手を後藤へと伸ばしていた。


腹の左半分が、猟銃から至近距離で放たれたスラッグ弾によってえぐり取られたように無くなっていた。


初島はそのまま、自身の頭部の重さに引きずられるように後ろへ倒れた。


そして、一度大きく体を痙攣させて動かなくなった。




「どういうことだ……」


倒れた初島を呆然と見詰める後藤の額に、汗が浮かび始める。



──どういうことだ。何が起こった。


声は確かに自分のすぐ背後から聞こえていたのだ。


その闇の中へと目線を泳がせたが、やはりそこには何もいない。


先ほどまで生きていた初島が後藤の放った銃弾によって倒れ、流れ出る血を洞窟の地面に吸わせているだけだった。



だが、声は確かに初島の近くから聞こえた。

後藤は慎重に初島の死体へと近づき、足でその体を引っくり返した。



初島の腰のベルトには、いつの間にか一基のトランシーバーが装着されていた。


そのトランシーバーの受信ランプが点灯し、そのスピーカーから、




『ククッ…ククク』



と陽子の湿った笑いが流れた。




「くそ! そういうことか! 畜生、あの女!」



そうか、先ほどの里見陽子の目的はこれだったのだ。


襲いかかってきたのも関わらず、あっさりと逃げ去ったのは、これが目的。


初島の体へと密かにトランシーバーを仕込むことが狙いだったのだ。





そして、どこか近くに潜み、頃合いを見て音声を発信する。


それに、自分はまんまと乗せられた。


「ふぅッ……! くそ……ッ」


息を吐いて高まった鼓動を鎮めようとする。


猟銃を周囲へ向け、陽子が姿を現すのを待った。



しかし、現れなかった。




──落ち着け。役立たずが一人死んだだけだ。何も変わってはいない。


ここで動揺すれば、それこそ奴の思うつぼだ。


こちらが動揺するのを待っているはずだ。

そこに狙いを定めて奇襲を仕掛けてくる腹だろう。


落ち着け、状況は大して変わってはいない。



確かにこれで、一対一になった。

だが、問題はない。


相手はこちらを直接殺す手段を持っていないのは変わらない。


自分を錯乱させ、初島を撃たせたことがそれの証拠だ。


もう、あの女に策は残っていない。

せいぜい暗がりから突然躍り出て、襲うくらいのものだろう。



「……なかなか知恵が回るじゃないか、さすが実力派アナだな」


そう言って作った後藤の笑顔は、どことなくぎこちなかった。




後藤は周囲を警戒しつつ、洞窟の通路を進む。


すると鼻をつく死臭の臭いが徐々に強くなってきた。



そろそろ、あの部屋に着くはずだ。




──追い詰めているんだ。

追い詰められているのは、奴の方なのだ。


猟師から奪った猟銃の弾は残りわずかだった。



大丈夫だ、一撃できめてやる。


「粉々に粉砕して、思い知らせてやる」


後藤の呟きが、狭い通路に反響した。



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