『月に咲く花』
持ってきた本を返すのが名残惜しくて、俺は本棚の横に備えられた椅子に座っていた。この本は、俺が読んで初めて泣いた本だから。背表紙を指でなぞる。
"『月に咲く花』作:麗月"
この図書館はあんまり大きな管轄じゃないから市の図書館みたいに検索して予約するとかは出来ない。だから一回返したら次すぐに見つけられるとは限らないんだ。かと言ってこれ以上連続して借りるのは勿体ないし罪悪感あるな…。
「あぁっ!その本!」
急に声をかけられてびくっとする。
「…何?」
目の前にいたのは同じ小中学校出身で今は同じ高校に通う木津美月。別にそんなに仲良くはないけど、お互いに長く知ってるからか会ったら喋ったりはする。
「揺人その本、読んだ?」
隣に座って身を乗り出して来る。ぱっちりとした目が可愛くて愛嬌もあると一部の男子からは人気だ。俺は普通だけど。
「読んだ。読んだことあんの?」
木津は俺の言葉にあからさまに顔を輝かせた。
「あるよ、ありまくり!大好きなんだ。また読みたくて探してたの」
「ごめん、俺ずっと借りてたわ」
「いいよ、気持ち分かるから。私だって初めて読んだとき何回連続で借りたか」
楽しそうに言いながら木津は俺の隣に腰を下ろした。俺は持った本を膝の上で縦や斜めに滑らせて視線を落とした。
「これ、調べたんだけど売ってないんだよなぁ」
木津の食い付き具合は尋常じゃない。また身を乗り出して顔を覗き込んでくる。
「そうなの!こんなちっさい図書館にだけ置いてて調べても何も出て来ないなんて有り得ないでしょ…」
そう言って不満そうに頬っぺたを膨らます子どもっぽい様子に、思わず笑いそうになる。だけど、それを呑み込んで変わりに口を開いた。
「これさ、フィクションだと思う?」
「え?」
「なんかさ、変なんだけど、作り話に思えないんだよね」
変な質問だということは解っている。これはどう考えてもファンタジーだ。でも同じこの本を読んで好きだと言うこいつなら、笑い飛ばすことはしないと思った。
「あー、なんか分かるな。それに、物語に合わせてるだけかも知れないけど、バーのオーナーと作者名、あとあのメインのお客さんと編集者名って一緒じゃん?」
「そう!なんかどの人も、本当にいたような気がするんだ」
やっぱり思うことは一緒のようだ。ささやかに盛り上がっていると、カウンターのおばさんがこっちに向かってしーっと人差し指を口に当てて笑った。それで、俺が返したその本を木津が借りて図書館を出た。外は既に薄暗い。
「あーっ、同士に出逢えて良かった!」
小声で話す必要が無くなってはしゃいでいるのを見て笑う。俺は青海揺人。大の本好きのこいつと違って暇つぶし程度の感覚でしか本を読まない俺があそこまで感情移入してしまったのは、名字が同じで親近感が沸いたからなのか、それともあの文章がどこか拙かったからなのか、それとも…。
「見て揺人!」
「何?…あ、良いね」
自然と笑顔になる。スマホのカメラに写してみたけど暗くて綺麗に写らないからやめた。
「空月と白百合、今度は二人とも人間に生まれてまた出逢ったら良いな」
「そうだね」
木津の見つけたのを並んで見ていた。風が吹いて俺たちの髪と一緒に揺れる。そこには、まだ白い月見草が、二つ並んで咲いていた。
(終わり)
最後までお読みいただきありがとうございました。良ければTwitterや今後投稿するかもしれない別タイトルでの番外編でも皆を見ていただけると幸いです。
作:胡虹こいろ
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