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月に咲く花  作者: 麗月
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無能

白百合が真っ直ぐに進み始めるのを見届け、捻っていた身体を元に戻した。異様に重いそれを支えるのをやめると、自由になった胴体はどさりと音を立てて草の上に放り出された。そろそろ見栄を張るのにも疲れてきた。身体がもう限界だと叫んでいる。もしあのとき彼女が来なければ私の身はここまで持たなかっただろう。視界の隅で光る月が厭に眩しく感じられて左手を顔にのせる。


「一体私は何をやっているんだ…みっともない…」


溢れた声は想像以上に弱々しく、いっそう惨めになる。ここまでは余裕だろうと月夜様が見込んでらっしゃった、池に着くまでだけでこんなにも手こずってしまった。


「…無能めが」


喉に力を込めて低く強く言う。本当は誰かに言われたほうが良いのだ。でないと、運が悪かった、仕方がなかった、と自分を甘やかしそうになる。


ふぅ、と一つ小さく息を吐くと重い肉体を押し出し、膝までしか浸かっていなかったのを腰の少し上辺りまで浸からせる。ただ悔いているほど無益な時間は無い。それなら夜のうちに少しでも傷を治しておくのが賢明だろう。


水は軽々と私の身体を持ち上げると、のんびり揺らしている。目を閉じて、触れている水を傷口に集めるように操った。実際には元から水で満たされている場所でそれより水を濃縮することは不可能なので、本当は集めているのはそこに含まれる養分や力なのかも知れない。それらは体内に入ろうと傷口をこじ開けてはそこで溢れかえったまま蠢く。私はこの術を使うときはいつもそのように感じる。


水を操ることに関しては、元からある程度力を持っていれば大概において出来るので、扱える者は多くはなくても決して珍しくない。だが、この治癒を促進する術になると扱える者はぐっと減る。主も仰っていたが、私はこれでもそこそこ強いほうなのだ。


身体のあちこちから来る痛みに不本意ながら顔を歪めた。額に変な汗が滲む。今負っている傷があまり酷いものでなくて良かった。強いて言うならば砕かれた左足首くらいだろうか。この術は程度の甚だしいものには使ってはならないとされている。というのも、ただ傷の治る過程を消してしまえる訳ではないからだ。治るまでに感じなければいけない痛みや痒みも全て凝縮することによって、治癒にかかる時間を短縮する。酷い傷に用いたせいでその痛みに耐えきれず命を落とした者がいると聞いたことがある。この副作用を良いことに、ある程度傷を負わせた上でこの術をかけて攻撃に用いる者もいる。


くっと目を閉じた。あとは足が使えるくらいに治るまでただ耐えることしか出来ない。水に浸かっていない身体の上のほうや顔にできた傷は全く治らないが、歩くのに支障はないだろう。


瞼越しに月の光が届く。朝はまだ遠い。

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