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月に咲く花  作者: 麗月
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人里へ

「…んっ…ぷはぁ!」


あぁ、気持ち良い。川に突っ込んでびしょびしょになった頭を軽く振る。出た時間が遅かったので、村の手前に来た頃にはもうすっかり朝になってしまった。ふと思い付いて拾った竹筒に川の水を入れた。川の水はなんだか甘くて美味しいのだ。


よしと立ち上がって、動き出した村を見た。人里を通らずに源山へ行くことは出来ない。というか、正確には森を通って行く道を知らないだけなのだが。少し勢いを付けて土手を上がった。




「あらっ、あなた前に暫く村長さんとこに居た子じゃない?また来てくれておばさん嬉しいわぁ」


「こんにちは。そう言って頂けて光栄です」


村へ入ると一人の女性に呼び止められる。この方は白百合が、足を止めると話が終わらなくてなかなか目的地に行けなくなる、と言っていた方だ。そうは言ってもやはり、普段から会っている白百合ならまだしも、久しぶりに来た私が足も止めないのはさすがに失礼だろう。少しだけ足を止めることに決める。


少し経って、なるほど白百合の仰っていた意味が解った。この方の話にはきりが存在しないのだ。さてどうしたものか。馴染みの無い人間の文化というものが見えて面白いのだが、いつまでも話している訳にはいかない。どこか区切りを見つけて別れを言い出したいところだが、それが難しい。ちらっと太陽の高さを見る。まだそこまで長い時間は経っていないようだ。すると、彼女の後ろから、親しいらしい男性がやって来た。


「お前はいつまで油売ってんだ。はよ戻れぇ」


「あぁもう分かってるってば。それじゃあね」


「はい。ではまた」


突如現れた男性によって話は切り上げられ、心の中で礼を言う。二人が私に背を向けたかと思うと、男性のほうが振り返って笑った。


「悪いね。うちの家内はお喋り好きでいっつもこうなんだ」


小声で言われたのでつられて小声で返す。


「いえ、有難うございます。楽しかったです」


男性は慣れている様子で、快活に笑って去って行った。


そうして急に静かになった道を、足早に源山へと向かった。山が近付くと時々、物騒な物を持った人を見るようになった。確かにこれでは出られないかも知れない。かと言って私も、山に入るところを彼らに見られると面倒なことになりかねないので、人の目に付かなそうな所を探して山沿いを歩く。白百合たちの屋敷が見え始めると、武器を持った人の数は激減した。やはり村長なので、近くで狩りをするのは気が引けるのだろうか。


周りに人の目が無いことを確認して山に入ると、木々を抜けて滝のほうへ走った。一面に連なる樹木を目に映しながら、頭に浮かぶのは別のことだった。


先ほどの自称おばさんから、気になる話を伺ったのだ。どうやら、この間暫く雨が降らなかったのは山の動物を乱獲した人間に対する山の神の怒りのせいだという噂があったらしい。それも私の存在をその神の使いであると仮定して。


そして最も気になったのは、その噂をおばさんが最初に聞いた人物が杏だということ。杏は根拠の無い噂話をするような人物には見えなかった。何より、あの日力を使い尽くして昏睡していた私を見つけて下さったのは白百合と彼だった。彼はそこで何か知ったのかもしれない。もしそれが私の正体に関わることならば…。


あの屋敷に行きたい気持ちの中に、どこか気後れする気持ちとが顔を出す。それでも、会話の中でもう一つ聞き逃せないことを聞いた。それは彼女が、白百合が、私の来るのを心待ちにして下さっていること。それだけで私の心に、行かないという選択肢は無くなってしまうのだ。


あれこれ考えているうちに滝に着いた。そこに意外な姿があって動きを止める。


「長殿!何故ここに」


それはあの源山の長である大鳥だった。


「それを訊くか、従者殿。この滝が再び水を落とし始めたものだから君が来るのだと皆集まっているぞ」


長が笑って言うと、あちこちで源山の民たちが顔を出した。


「皆様お久しぶりです。わざわざ出迎えて下さったこと心より感謝致します」


それから軽く言葉を交わして早速術の準備に移る。この間のことがあったので、皆さんが無理をするなと止めようとしてくださったが、あのときのようにはならないとよく説明してなんとか納得して頂いた。やはり随分と心配をかけてしまったのだと反省する。それから前回のように身体を海の中と同じに戻して滝の前に座った。


「では、始めます」


滝に手を翳すと落ちる水の量は急激に増える。目を閉じて月夜様の元へ届けることに集中する。そう、この感じだ。暗闇を抉じ開けるような感覚と共にどおんと大きな音がして目を開ける。


「月夜様」


思いを込めて名を呼ぶと目の前に穴が見え始めた。まだ少し小さいそれに力を注ぐようにして穴を押し広げる。


「いつでも大丈夫ですよ」


実を持って後ろに待っていた山の民に声をかけると、彼は包みを穴の向こうの月夜様へそっと差し出した。


「よろしく…お願いします」


「任せて。確かに受け取ったわ」


山の民が役目を果たして下がると、月夜様は此方をじっとご覧になった。


「今日は…大丈夫そうね。でも体力はやっぱり消耗してるわ。まだ急いで雨は降らさないから、すぐにしっかり休むこと。良いわね」


「はい」


心底心配そうな彼女の様子に、微笑んで返す。


「それじゃあ、ゆっくりしていらっしゃい。皆さんもまた」


別れの言葉を仰ったので、私も月夜様に向けて礼をしつつ穴を閉じた。


ふぅ、と息をつく。良かった、成功だ。油断して転ぶことの無いようゆっくり慎重に立ち上がり、体の安定を確認してから岸へ移動した。力をだいぶ使ってしまったので確実に体は重いが、底をつく程ではないので意識が持って行かれてしまうことはなさそうだ。岸に腰掛けると、纏っていた衣装を水に戻し、畳んで置いていた人間の衣に袖を通す。


それから小さく嘆息した。どうにも落ち着かない。


「あの…」


おずおずと口を開く。さっきから山の民の皆さんが何も言わずにただ此方を見ているのだ。


「何か…ございますか?」


「体調はっ…大丈夫ですか?」


一匹の声に皆が頷いた。


「その…ご無理されてるなら、話しかけないほうが良いかなって」


一つ瞬きをした。それから笑って言う。


「お気遣い有難うございます。疲れましたが大丈夫なので、どうかご心配なさらず」


静かだったそこは急に緊張が解けたように賑やかさが戻った。


「ありがとう、従者殿」

「ありがとう!」

「使者様ありがとうございます!」


山の民は口々に言った。たくさんの感謝に囲まれて、どうして良いのかわからなくなる。


「どう…致しまして。これが私の役目なので」


それから少し話していると、体力があまり残っていないせいで酷い眠気が襲って来たので、そこで少し眠らせていただくことになった。


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