胸騒ぎ
自室に布団を敷くと、床に手を付いて座った。こんなことで軽く息切れするとは相当体力がなくなってしまっている。ここから長い道のりを辿って帰らねばならないというのに。
結局なんだかんだで初めて来てから一月程この屋敷でお世話になっている元々は半月の予定だったので倍の長さになるのか。
外はまだ雨が続いている。私が倒れたのと雨が降り始めたのはほぼ同時のはずなので、この雨ももう半月になる。私の調子はというと、熱もだいぶ下がって体調はもう問題ない程度まで戻ってきた。ただ、ずっと寝ていたので筋力がすっかり弱まってしまい、最初は立つのも一苦労だった。今では普通に生活ができるくらいにはなっているが、それでも少し動いただけでも息切れのする有り様だ。
「空月さん、風呂はどうします?」
「有難うございます。もう少し冷めたら入りますね」
「そうですか」
凜の声に応えつつ、ここにいては湯加減がわからないので風呂場に向かう。途中白百合の部屋の前を通り過ぎかけて足を止めた。違和感がある。
彼女の気配を一切感じないのだ。
この距離ならば眠っていたとしても多少は気配を感じるはずなのだが。不思議に思って居間を覗くが彼女の姿はない。また部屋の前に来て戸を叩く。
「白百合、いらっしゃいますか?」
返事はない。
「…開けさせて頂きますよ?」
そっと戸を横にずらした。やはり此処にも彼女はいない。どういうことだ?だんだん不安になって来る。
玄関を見ると、白百合の履き物が無かった。この雨の中外へ出掛けたのだろうか。もう空は暗くなっている。この頃は日が落ちるのが早い。
「何か失くし物か?空月」
私が屋敷をうろうろしていたので、義父上が気付いて近寄って来る。
「白百合の居場所をご存知ありませんか?」
思わず声色が強くなる。
「…いないのか?」
「はい、履き物も無くて。こんな時間に外出のご予定は…ございませんよね」
義父上も焦った表情になる。
「白百合っ!白百合ぃ!」
義父上は屋敷の中にも外にも大声で言ったが、返事はない。代わりに家の人が何事かと集まって来たので、義父上が事情を説明している。嫌な予感しかしない。
「私、探して来ます!」
自分は割と慎重に行動する性分だと自分では思っていたのだが、いても立ってもいられなかった。
「無茶だ!病み上がりでまだ本調子じゃないだろう!」
飛び出した私に義父上は叫んだ。無視をする訳にもいかないので足を止める。
「わかっています。でも、どうしても行きたいんです」
図らずも普段は整えている敬語が雑になってゆく。雨が少しずつ肩を濡らした。
「私だって探しに行くから、お前はここにいなさい」
ぐっと拳を握りしめた。確かに無茶には違いない。義父上の言うことは正論だ。だが自分でも分かっているはずだ、今この瞬間最も優先すべきものは何なのか。
「申し訳ありません!」
雨の音で消されてしまわないよう、はっきりと言うと地を蹴った。
「空月!」
義父上に何か言われるのは予想していたが、その声は意外にも杏のものだった。思わず足を弛めると、何かが飛んで来て足元に転がった。そのよくわからない細長い物を拾い上げて振り返る。どうやら杏が投げたらしい。
「行くなら傘持ってけば!」
私を促す彼を咎めるように義父上は何か言っているが、雨の音でここまでは聞こえない。使い方はわからないその傘をとりあえず持って深く頭を下げると、再び地面を蹴った。
案の定息はすぐに乱れるし、走るのもなんだか自分の足でないような不思議な感覚がする。でも一刻も早く行かなければならない気がするのだ。勿論彼女が何を目的に家を出たのかも何処にいるのかも知らない。もしかすると何事もないかも知れない。そうは思っているのに本能が駄目だと叫ぶので、勘の赴くままに走る。何故だかこの先にいるような気に囚われていた。
ふと気が付くと、屋敷を出たときは縺れそうだった足がしっかり地を蹴って走っている。この雨のおかげだろうか。勝手に月夜様にまで背中を押されているような気がして、気合いを入れ直す。
「白百合、どうか無事で居てください!」




