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月に咲く花  作者: 麗月
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28/50

熱

「あら空月さん、お早いお帰りで。結構上にいらっしゃったでしょう?」


「そうでしょうか。あ、でも下りやすい道を見つけまして」


驚いた様子の凛に対して和やかに返す空月はどこか疲れた様子だった。仕事やり終えてきたのかな…。


「白百合?」


ついじっと見ていたからだろう、空月は怪訝そうにこちらを見ている。


「え、あ…おかえり、空月」


「はい。ただいま戻りました」


ぎこちないものになってしまったが、彼はたいしてそれを気にする様子はない。


「「いただきます」」


これが空月も合わせて皆できちんと食べる最後の食事になるのだろう。一応明日の朝餉はあるが、出立の準備で忙しいだろうし、第一当日ともなるとお別れの雰囲気が強くなってしまいそうだ。目の前でにこやかにしている彼をさりげなく見る。最初ぼろぼろの状態で出会った彼の傷はだいぶ良くなり、残された包帯は左目といくつかの深かった傷だけだ。傷の治りが速いことも相まって、随分長い時間が経ったような気がする。


実際、この屋敷に旅人とかを泊めることは珍しくなくても大抵一晩か二晩程度で、彼のように半月も一緒に過ごすことは滅多にない。出会いと別れには慣れているつもりだが、流石に少し寂しいかも知れない。


そのとき、ふと彼の目線が宙に行って表情が曇ったように見えた。落ち込んでいると言うか悔しがっているような。いつもは、あまり分からないであろう会話でさえ楽しそうに相槌を打ったりしているのに。勿論今日だってほとんどはいつも通りそんな様子だ。隠そうとしてる気持ちが漏れて出てしまっているのかも知れない。時々一瞬だけ見せるその表情が気になってたまらなかった。


やがて食事が終わると私は、薄暗い廊下を一人自室に向かう彼の様子をそっと伺っていた。一人のときのほうが感情は顔に出やすいと言う。声をかける前に確認しておきたかったのだ。歩く速さが落ちるにつれて、彼は俯き気味になりその表情は明らかに曇っていった。そして自室の戸口に手をかけると、右手で髪をかきあげて頭に手をやったまま大きく息を吐き出した。

思わず目を丸くする。これは…苛立ち……?どういう気持ちなのかまではっきりわかる訳ではないけれど、彼がここまで負の感情を外に出すなんて尋常じゃない。気付いたときには駆け寄っていた。


「空月!」


「…っ!白百合…?」


彼は目を見開いて私を見下ろした。この驚いた様子からして、私のことには気付いていなかったみたいだ。普段の彼なら私がいたぐらいの距離、一瞬で気付いていただろうからそれほど余裕が無いってことだと思う。


「どうか、なさいましたか?」


繕ったような表情には、いつもの微笑も無かった。


「…それはこっちの台詞。空月は無意識だったかも知れないけど、ご飯中向かいにいた私は空月がきつそうな顔するの何度も見た。それにさっきだって…。明らかに様子変だし、何か困ってるなら言って」


そこまで言ったところで、空月は少し気まずそうに目線を外した。やっぱりお節介だったかな…。


「そりゃ…私に出来ることなんて、そんなに無いかもだけど…」


思わず下を向く。


「白百合。不快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした。全く気が付きませんでした…」


「そんな、不快だなんて!」


焦って言うと彼は少し微笑む。


「部屋の中でも、良いですか?」




そうして彼はぽつりぽつりと静かに今の状況を教えてくれた。つまり、仕事で集めなければならない木の実が足りないと。彼はやはり詳細までは話さないが、なんとなくは分かった。


「そこで、山を除いてまだ木の実が残っていそうな場所をご存知ありませんか?この村は一通り見ましたが、その様子はなくて」


それじゃあ半月間、草も枯れかかってる中ただ木の実を探し続けてたってことだよね…?私の思考は戸惑いでいっぱいだったけど、彼の目は真剣だった。そして問いの答えは、考えるまでもなかった。


「え…っと、どこかあったかな…。先月とかならまだそこらじゅうにあったんだけど…。この干ばつのせいで、もう全然見ない…かな。ごめん…」


「そう…ですよね。どうか謝らないでください。有難うございます」


そう言って見せた笑顔はいつもの彼のものではなくて。どうにかできないかな。木の実、木の実、木の実…。そのときの私は数秒間で記憶の中で木の実を探し回った気がする。ぱっと顔を上げた。


「ねぇ空月!その木の実って採れたてじゃなきゃ駄目なの??」


彼は突然の私の様子に戸惑いつつ答える。


「この里で育った物で、そのまま食べられる物なら大丈夫ですが…。あの…?」


「ちょっと来て!」


思い出した。うちには非常時に備えて常に干した果物がたくさん蓄えてある。訳が分からない様子の彼の手を引いて裏口から出ると、屋敷の隣にある小さな小屋に入る。


「これは駄目かな?」


干し柿を一つ彼の目の前に差し出した。


「これは…食べられるのですか?」


やっぱり知らないか。確かに山にできてる状態しか知らなかったらこれはとても食べられる状態には見えないだろう。


「ほら、あ!」


比較的小ぶりな物を選んでへたを取り、彼の口に入れる。彼は最初そっと噛み始めたが、次第に安心したようになり美味しそうに食べた。


「こんな食べ物があったとは…」


「どう?使えそう?」


言うと、空月は輝かせた目を真っ直ぐ私に向けた。


「ええ、おそらく。あ、ですが…」


直後に顔を曇らせた彼を問うように見つめる。


「その、私の立場で申し上げることではないとは存じますが…新たに食料を得ることが難しい今、こう栄養になり得るこれらを私に譲ってくださるべきではないのではないでしょうか」


少し悲しげに言われたそれは正論だった。けれど…。


「だって、もうすぐ雨が降れば…問題ないから」


私は真っ直ぐ彼を見て、ちゃんと伝わるように丁寧に言った。彼は驚いたように私を見つめ、恐る恐る言う。


「私を、信じてくださるのですか?」


普通のことじゃないのかな。こくりと頷き、肯定をこめて微笑んでみせる。


「こないだも言った」


すると彼はすっと横を向いて俯いた。そのせいで、いつも左だけを隠している髪が顔全部を私から隠す。


「このような未来を知っていたら…ここに来るのを、渋ったりはしなかったのに」


こっそり言おうとした感じではなかったが独り言のようだったので反応はしなかった。けどそれってつまり今の生活に満足してくれてるってことだよね。こっそり嬉しくなる。


「空月…?」


なかなか前を向かない彼が気になって声をかけた。少ししてから返ってくる。


「すみません。なんだか、泣きそうで…」


私は最初聞き間違いかと思った。彼の性格上信じがたいものがあったし、声の調子もいつもと全然変わらなかった。でも、そう言ったよね…。どう反応して良いのか判らず固まる。


「…なんて。何でもありませんよ」


そう言って向き直った彼はいつも通りに見えた。でもその瞳は潤んでいたような気がして、今朝見た光景を思い出す。父に頭を撫でられながら俯いている姿。父が何度か袖を彼の顔にあてていたのでおそらく私の考えは間違っていない。一体何が涙を流させるほど彼を素直にしたのだろうか。泣くという行動があまりに彼と結びつかなくて、偶然見ていた私はその時自分の目を疑ったのだった。


「本当に有難うございます。貴方は善い人ですね。こんなにも情け深く、健気で、美しくていらっしゃる」


思いもよらない言葉に目を丸くする。頬がかぁっと熱を持っていくのが分かった。ここが暗くて良かった。


「…どうしたのよ、急に」


「丁度そのように思いましたので」


なんでこんな恥ずかしいこと言ってそう平然として微笑んでるのよあなたは。彼に限ってからかう目的とかは無いはずで、どうして急にそんなこと言い出したのかも結局分からなかった。



薄暗い自室で、両手に持ったたくさんの干し柿が入った籠を見つめていた。少し火照っている頬に手をあてる。一体自分はどうしてしまったのだろう。ここらでの人間たちの暖かさにのぼせてしまったのだろうか。


などと有りもしないはずの考えを巡らし、そんな自分に呆れて少し笑う。今は必要のないことを深く考えるのはやめよう。気配を凝らして屋敷の人が寝静まるのを待って、窓からそっと外に出た。ここまでして頂いたからには相応の恩を返さなければならない。成功させなければならない。

出立前に月夜様に見せて頂いた術、説明して下さったということは使うという選択肢があるはずだ。勿論挑戦して成功しなければ時間と体力の浪費になってしまうが、諦めて術を使わず大人しく泳いで行けばあともう半月近くは降らないことになる。それぐらいの距離はある。

そういう訳にはいかないのだ。あの四人は明朝出て行くことになっているし、辛うじてまだ生命を保っている屋敷の裏の花たちもそう長くは持たない。


屋敷から離れる前に一度立ち止まり、軽く振り返った。


「待っていて下さい。この命に替えても…」


誰も聞いていないのにあまり話すのも可笑しなものだ。ふっと笑うと屋敷に背中を向け、足早に丘を下り始めた。

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