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月に咲く花  作者: 麗月
13/50

歓迎

再び歩き始めていくらも経たない頃だった。

空を流れる雲の端は早くも浅紫を帯びている。


ふと視線を感じて首を巡らせ、その最も強いと思われるところに目を向ける。気を研ぎ澄ませて気配を探ると微かに山の民のものを感じた。今度こそ話を聞いていただかなければならない。驚かせてしまわないよう、ゆっくりとそちらに歩を進める。足を動かす度に、呼吸で胸を上下させる度に、傷が疼き滲んできていた汗がつうと流れた。やがて気配が近くなってくると、その相手が相当強い力を持つ者であることがわかった。この機会を逃してはならないと思い、その気配がとても濃い所で足を止めた。この尋常でない程の強い気配を持つ者で思い当たるのは彼しかいない。


「長殿!」


呼びかけると、気配が動いた。飛び去ってしまうかも知れない。少し焦りながらも平静を装う。この木の上にいるだろうと見当を付けてその木を見上げて話した。


「お騒がせして申し訳ございません。私は、月夜様より遣わされた者です。今はこのような姿をしておりますが、決して貴方達の敵ではございません。どうか、お話をさせて頂けませんか。生憎、今私は力が弱くなっているため術をお見せして自身を証明することは出来ません。ですが、どうか私を信じて頂きたいのです。見ての通り、武器など何も持ち合わせておりません故、こちらから攻撃など出来ません。それに……情けないことではありますが、今のこのような弱った体では大したことも出来かねます」



そう言った人間の姿をした彼は、自分の体を見下ろした後、力なく笑った。それは傷だらけで、ぼろぼろの体だった。それでも彼はしゃんと立ち、此方をじっと見つめていた。嘘などほんの欠片も無い、真っ直ぐな眼差しだった。長は、すっと彼の前に舞い降りる。


「ご足労、感謝致す」


よく知る雰囲気を持つその男は、姿は違えど声は全く変わっていない。水越しに何度も話したことがあるので間違いないだろう。そのことを伝えると、彼はほっとしたように表情を柔らかくした。


「では、信じて下さったのですね。光栄です」


それに、丁寧な言葉遣い、目を瞑ればそうとしか思えない。


「では、皆の待つ所へ行こう。傷は、大事ないか」


どう見ても大事ないはずがないのだが、彼はいたって平気そうな顔で言った。


「平気です。御心配なさるような傷ではございません」


少し足を引きずりながら歩いているので全く説得力が無い。だが、彼は弱音が吐けない。長い付き合いだ、そういう性格だということはよく分かっている。仕方がないので、一言、「そうか。」と言うだけで進んだ。意識して少しゆっくりと歩く。皆の待つ山頂に着くと、周りがざわめく。彼は、民たちから適度に距離を取って挨拶をする。


「海から、使者として此方へ参りました。本来の姿で人里に入ると目立ってしまうのでこのような姿をしておりますが、私は海に住む者、月夜様の従者でございます。この度は、木の実を預かってくるように仰せつかりました」


日松がふわりと羽を広げて従者に近寄って来る。


「その傷は一体どうしたのだ」


硬い声だ。彼は、少し言いにくそうに応えた。


「それが、あの男達に襲われてしまいまして…」


すると、日松は深々と頭を下げた。


「申し訳ない事をした。自分を助けてくれたばかりに…」


「そんな、頭を上げてください。きっかけがなんであろうと、私がこうなったのは彼らの腕と私の不注意からです。それに、私は自分のとった行動を一切後悔しておりません。今そうして貴方が生きていらっしゃることが大変喜ばしいのですから。それなのに助けたことを謝られてしまっては悲しいではありませんか」


それを聞くと日松は何度も頷き、もう一度深く頭を下げた。


「本当に…ありがとう」


「謝られるよりそのほうが嬉しいですね」


彼は穏やかに笑った。周りで見ていた山の民たちがざわめいている。


「これはあの従者殿に間違いない」

「相手のことが最優先ってところがねえ」

「普段わからなかったけどこんなに普通に笑うひとだったんだ」


各々が感嘆や驚きの声をあげている。従者は少し戸惑いつつ姿勢を正した。


「信じて頂けたようで光栄です」


そう言うと、安心したように笑う。それから、彼と二人で少し話をした。雨が降らないので木の実があまり無く、雨を降らすのに必要な分を揃えるには半月はかかりそうで、その間待っていてもらわないといけないのだ。



「わかりました。半月後、また伺います」


そう言って源山の長に頭を下げて立ち去ろうとすると、しばらく水を摂れていなかったせいか、くらっとして膝を折る。しまった、このような大勢の前で惨めなところを見せてしまうとは。早くこの厄介な身体に慣れなければいけない。


「大丈夫か!」


すぐに山の民たちが駆け寄って来たので、こまめに水を摂らなければならないことを明かした。すると子どもたちが言った。


「昨日、急に山の奥の崖のところに滝が現れたんだよ。どこから水が出て来てどこに消えていくのかよく分からないけど、しょっぱい水だよ」


その言葉にはっとする。以前月夜様が、自分たちには陸に行ったときに海の水を引き寄せる能力があるのかも知れないと仰っていたのだ。おそらくそれは彼女の経験による仮説だったのだが、本当なのかもしれない。その子どもたちに在処を尋ねると、彼らは快く案内してくれた。


「ここだよ」


そこには確かにどこから流れてきたのかわからない大きな滝があった。慣れ親しんだ潮を含んだ風が、さあっと身体を包み、長い髪を後ろに揺らした。


「本当に海だ…」


早くも里に帰った心地に半分浸りながら後ろを振り返る。そして体調を心配して着いてきていた大勢の山の民たちにお礼と半月の別れを告げると、彼らに背を向けて崖に飛び込んだ。


お読みいただきありがとうございます。

本話から改行の位置を変更しました。前話までとどちらのほうが読みやすいか教えていただければ幸いです。

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