山の民
「なに、また人間がこの山に。最近はもう誰も来なくなっていたのだがな…」
源山の長は一気に険しい顔になり、報告に来た者に問うた。
「その者、武器は?」
すると、鹿が首を傾げながら答える。
「それが、武器は持っていないように見えました。私も不思議に思って、鼻の良い猪を呼んできて武器を持っているかどうかかぎ分けてもらおうとしたのですが、その男、私達の気配に敏感で、匂いが分かる位置まで気付かれずに近づけなかったので本当に持っていないかは分かりませんでした」
その報告を受けて長は首をひねった。
「我らの気配に敏感で、武器も持たずにこの山に来た人間…。一体何者なんだ…?」
少しの間思案していた長は、ある可能性に思い当たり確かめようと口を開く。そして、その言葉を発したのと、その可能性を裏付ける声が飛び込んできたのは同時だった。
「日松、近いうちに青い従者殿が来るって言っていたな」
「その男、人間じゃないかも知れませんよ?」
一瞬その場がしんとする。
「ああ、言っていたぞ」
日松と呼ばれた鶴は気にしたふうもなく答える。
そして、鹿が問うた。
「蝶、 急にいなくなったと思えば……、どういうことだ?」
皆の視線が蝶に集まる。
「面白い話を聞いたんです。私たちみたいに気配の大きい者はあの人間に近付くことが出来ませんでしたけど、他の虫さん達は近付いても結構平気ですから、彼らに聞いてみたんですよ。彼らによるとその男、漆黒の髪の中に見たことも無いような鮮やかな青色の髪が少しだけあって、目の色が片方だけ海のような青色らしいですよ。そんな人間、いると思います? 彼らは口を揃えて言っていましたよ。あれは絶対に人間じゃないって」
蝶は自分に向けられる無数の視線に一つ一つ視線を返しながら話し終えると、最後に長と日松のほうをじっと見つめて微笑む。
「私からはこれで以上です」
次は此方の番だということだな。長は心の中でそっと思うと日松に目をやる。
「それで、青い従者殿の見た目はどんなだったんだ」
日松は思い出すように空を見た。
「ほとんどの髪は人間と同じ黒色だったが、一房だけ青い髪があったなあ。しかし遠目に見ただけだ、瞳の色までは見えなかった。…だが、青い髪を持つ人間などそういるまい。その人間が彼と考えるのが妥当だろうな」
「その可能性は大いにありますね」
日松の言葉に鹿が頷くとすぐに長が翼を広げた。空からいくらか探すとそれらしき男はまもなく見つかった。さらりと揺れる黒の長髪の中に光る不自然なまでに鮮やかな青が、長の視線を捕らえたままにする。
少し離れた木の上にとまり、葉の間からそっと覗く。すると男は足を止め、何かを探すように此方を見た。
その瞳は確かに青かった。