終章 ナターシャと僕
『綺麗な景色?』
ノエルは、怪しい瞳で僕を見ている。
ナターシャは、哀れな目でケンを見ていた。
『サレスの言う通りだ。ノエル、彼に絶大な景色を見せてくれないか。一生忘れることの出来ない景色を。』
『僕は、思うんだ。景色って、自分から見えているものと、他者から見えているものはまた別の世界だって。だから、見るごとに一人一人違うんだ。』
『だから、何が言いたいのよ。どうせ、あの黒猫が見ても私の作り出す世界なんて偽物としか思わないわよ。』
『それは、違う。』
僕は、僕の下で泣いている黒猫に手をあてた。
彼は、鳴いている。
きっと見たいのだ。
夢の世界を。
この世から離れた愛しい世界を。
『分かったわよ、じゃあ、見せてあげる。ナターシャ様でさえ、心を唸らせる漆黒の世界を。』
漆黒?
僕は、目が暗くなった。
なんだ?
『ケン!』
どこだ?
どこにいる?
『ナターシャ!』
あれ、どこにいる?
『君は、迷子かい?』
そこには、この暗い世界にそぐわない白い猫がいた。
彼は、気品さえ漂っている。
『君は。』
『僕は、ケンの親友ナーバスさ。ナターシャ様を追って入ってしまった。』
『ここは一体どこなんだ!? 僕は、どこにいる?』
ナーバスは、首を降る。
そして、去っていったのだ。
『別れを知るのは辛いのさ。』
ナーバスは、その言葉を残して行ってしまった。
暗闇の世界へ。
そこには、小さな椅子があった。
赤い小さな椅子だから、すごく目立つ。
そこにノエルが血を吐いてただ座っていた。
『話が違うぞ! 僕は、ケンに、この世で最も美しい景色を見せてくれと頼んだはずだ! なのにこれは何だ! 絶望じゃないか! 暗闇で! 光がない!』
すると、彼女は、長い髪を揺らし高らかに笑ったのだ。
『あなたは、この世界が好きなんでしょ?』
どういう意味だ。
『あなたは、空気神サレス。いつも人間を追い求めてた。感情がある人間を羨ましいと思っていた。そんな時に風の少女ナターシャ様と出会った。彼女に惹かれることで、エナジーへとやって来れた。人間にもなれた。でも、あなたはやっぱり、無の空間にいる。誰も入ることは許されない無空間に。』
『だから、何なんだよ。』
『ナターシャ様は、あなたに最初言ったはずよ。あなたは、人間? それともって。』
言っただろうか。
覚えていない。
『あなたはね、サイコパスなの。殺人者。エナジーでは、キュラと呼ぶ。』
『分かってるさ、僕は、エナジー、自然を人間がよりよく暮らせるために殺そうとした犯罪者だ。』
『違うわ。あなたは、人を殺しているのよ。』
人を?
『まさか、そんなことあるわけない。』
『無空間にいた空気のあなたは、一人の少女を閉じ込めようとした。風のように美しいあの少女を。』
『まさか。』
『そうよ、ナターシャ様は、あなたが殺したの。あなたに会ったあの少女は、私が作り出した幻想。偽物。あなたは、少女の全てを奪ったのよ。人間となった今、忘れているようだけど。』
『なんで、どうして。』
殺しを僕が?
『ナターシャ様は、あなたを絶対に、許さない。だから、風の少女となってサレス、あなたを待っていたの。研究者のケンを待っていたんじゃない。あなたを。彼女の世界観を欲したあなたを。』
僕は、気付けばノエルの唇に触れていた。
触れれば彼女に触れられると思ったのだ。
あの世界で。
感情が入り混じった奇妙な世界の中に住んでいる、可憐な少女に。




