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夕食会、そして忍び寄る影

遅くなってすみません! 


 

  夕食会まで残り時間五分。

 

 颯爽と廊下を駆けるのは二人の美少女。メイド服を着た少女と黒いコートを着た少女だ。片方は危機を感じ取った猫のようで、もう片方は余裕綽々の表情だ。

 

 誰もいない廊下を猛烈な速さで駆け抜け、木製のドアの前に立つ。金属の靴底だったら火花を散らしていることだろう。

 二人ともここまでの道のりを疾走したのだが、息が上がる様子はない。

 

 ドガッ! とドアが空いたとは思えない音が響いた。その音に驚いた内の人間はぎょっとした表情を向ける。室内にはテーブルが三台と異世界人分のイスが用意されていた。テーブルには白い清潔な布が掛けられ、ナイフやフォークが用意されている。

 既にイスは一席を除いて埋っており、言外に〝お前、遅れているぞ〟とアイン達に訴えている。

 

 その場の人間たちは突如表れた美少女二名に目を奪われた。アインは一挙一動を凝視され、観察されている感覚に陥る。不快感がそのまま体を這っているようだが、それよりも手の温かさが勝っているので気にならない。

 

 リーナは空いているイスを引きながら、アインに事務的に語り掛ける。

 

「アイン様、ここにお座りください。ご夕食の準備が整い次第運ばれますので、少々お待ちください」

 

「うん、分かった……。なぁ、リーナはどうするの……?」

 

 アインは一度頷いてから不安を孕んだ声で問う。その時は分かれる寂しさでどこかしおらしくなっている。

 

「先に部屋へ戻っています。部屋への道のりは覚えていますよね?」

 

 リーナは微笑みを浮かべてアインに問い掛ける。アインはその微笑みに対して〝うん……〟と答えるしかできなかった。本当は迎えに来てほしかったのだが、わがまますら言えない。アインは黙ったままリーナの背中を見送った。

 

 リーナはドアの前で振り向き一礼してから出ていった。すると視線の行き先は多くに分かれることになった。そして大半の視線がアインに向かうことになった。しかし、皆、遠巻きに見るだけで近付こうとしない。

 

 アインは退屈に苛立ちながら食事を待つ。別に腹が減っているわけではない。

 食べなくてもいい体なのだから、当然と言ったら当然だ。それなら内臓が無く、どこから声を出しているのだろうとなってしまう。結局〝どうでもいいか〟に落ち着いたが。

 

 白い布に並べられたナイフなどを見ていると、横に何かが書いてある紙を見つけた。それを見るとメニューが書いてあるようだ。アインには見たことのない文字だったが、難なく読めた。元魔神なら、それくらい造作もないのだ。

 どうやら、五回に分けて料理が運ばれてくるらしい。めんどくさいシステムだな、とアインは考えるが、様式美なんだと、自分を納得させた。そんな一人芝居を頭の中で繰り広げて食事を待つ。

 

 アインは退屈から足をパタパタと振る。そしてキョロキョロと周りを見渡していると、亜人少女たちが仲良く会話を楽しんでいる一角を発見した。彼女らは上手く異世界でやっているのだろう。しかし、アインはボッチだ。

 

 〝あー、寂しいなぁ〟等と考えていると、扉が開き、料理が運ばれてきた。

 

 良い料理人を雇っているらしく、見栄えも香りも一級品だ。料理は五感すべてで味わうとは良く言ったものだ、とアイン。横や前の学生は「いただきます」と言ってから食べていた。とりあえず、アインもそれを真似てから食べ始める。


 三又のフォークを使い、料理を切り崩しながら口に運ぶ。一口食べるともう止まらなくなった。二口、三口と続けて食べる。味付けも素晴らしく幸福感が口の中でひろがった。

 

 あっという間に完食してしまった。周りは会話を楽しんでいたが、ボッチのアインには会話の相手などおらず、食事をするしかない。しかし、そんな事を気にしないアインは次の料理に思いを馳せる。

 

◆◆◇◇◆◆

 

 五品全て食べ終えて、自室に戻ろうと立ち上がる。しかし、木製のドアが音を立てて開いたことに驚いた。

 

「失礼する」

 

 と言って髭を上に巻いた恰幅の良い男性が部屋に入って来た。彼はアインたちが召喚されたときに壇上に立っていた側近の一人だ。無表情ながら目だけは冷めきっていることがわかる。その目を異世界人に向けながら喋り始めた。


「私はフィバ。国王陛下より諸君らへの援助の役割を賜るものだ。これからの君たちについて、国王陛下より言伝を任されている――」


 まとめると、『三日間休んでそれから訓練してください、参加しない人は家がなくなると思え』という内容を優しい言葉で言っていた。それを語っている彼の目は何よりも幸せを感じている狂信者の目だった。横を見ると幼い少年が苦虫をかみつぶしたような表情をしていた。それほど嫌な目だった。


 それから彼は、そそくさと部屋から出て行った。


 すると異世界人は騒ぎ始めた。


「ヘイ! クラス一番の異世界博士、シュージ! この転移をどう見る!?」


「そうですなぁ……この異世界転移はクラス転移および巻き込まれ型。この転移は珍しいものですぞ。そしてこの国は我々を丁重に扱っている。それは三日間の猶予とこの美味しい料理、そしてあのきれいに整えられた部屋が証拠ですぞ。知っている中では比較的いい待遇だと思いまする。明日からに期待ですな!」


「そうですね! ……じゃねぇよ! 四日後にホームレスの可能性があるんだぜ!?」


「ちくしょー! あのアニメの続き予約してねぇ! しかも帰り方聞くのまた忘れてたぁ!」


 耳を塞ぎたくなるくらいうるさい。混乱の境地に立たされてお祭り騒ぎになっている異世界人をよそに、アインはこっそりと帰る。


◇◇◆◆◇◇


 夜になっても明るく白い廊下を歩いている。光源は壁に付けられた蝋燭だった。なぜか溶ける様子はない。その光景に目を奪われていると、後ろから硬質な足音が聞こえ、おもむろに振り向く。その足音の方へ顔を向けると声を掛けられた。


「こんばんは、お嬢ちゃん」


 彼女は黒いローブを着た美女だった。濃い金髪に赤い瞳、優しい笑みを浮かべている。それなりに高い身分のようで、黒いローブの肩の部分に白と青の豪華な刺繍が施されている。ゆったりしたローブを押し上げる二つの山は、嫌でも目を奪われる。


「こ、こんばんは? 我に何か用……?」


 アインは挙動不審になりながら挨拶を返した。それを見た美女はクスクスと笑っていた。


「可愛らしいお嬢ちゃんがいたんだもの、声を掛けてもいいでしょう? それより、どうかしたの?」


「いや、深い訳はないんだけど、この蝋燭が溶けないで燃えているのが不思議でさ。ちょこっと見入って――ひっ!?」


 アインの言葉は遮られた。凄まじい勢いで肩を掴まれて驚いたのだ。その肩に掛かる手は万力のごとく肩を締め付ける。

 目の前には目を見開き興奮したようすの美女がいる。そして彼女は烈火のごとく言葉を紡ぎ出した。


「あなた! この蝋燭の凄さがわかる!? これはね、わたしが作った蝋燭型照明魔道具なのよ! これにはね照明の機能の他にも結界を発動できるようになっているの! 結界は一枚一枚が中級結界何だけど、すべての魔道具を完璧に発動させれば、立体魔法陣の役割を示して法王級をも凌駕する出力になるのよ! これは神が放つ攻撃にも十分耐えられる結界よ! 私の最高傑作よ! それにね――」


 美しい顔を興奮に歪めて、アインにこの蝋燭というか結界の素晴らしさを説く。アインは心底おびえながら美女の話を聞いていた。


 解放されたのは二十分後だった。


「ごめんなさいね、わたし魔法のことになるとおしゃべりになっちゃう悪い癖があってね」


 太陽のような笑顔でアインに謝っている。全く悪気を感じられず、いっそ清々しい。


「ああ、よーくわかったよ……」


「そうそう、自己紹介がまだだったわね、わたしは魔法師団統括団長ヴェロニカ・ツェル・クレンリンド。ヴェロニカと呼んでちょうだい、クレンリンドが付いてるけど王族ではないわ。よろしくね」


 そう言ってヴェロニカは右手を差し出してくる。アインは向けられたその手を無警戒に握った。それに少し驚いた様子のヴェロニカ。すぐに表情を取り繕う。


「そう……、我はアインだ。よろしく、ヴェロニカ」


 そんなヴェロニカになんの疑問も抱かないアイン。


「あなた……いえ、何でもないわ」


 複雑な顔をしたヴェロニカが小さな声で呟く。


「どうかしたの?」


「いえ、思い違いよ、ごめんなさい」


 そう言って二人は手を離した。堅く握られた手には熱だけが残った。それから二人は背を向けて相手の表情がわからないままに歩き出した。


◇◇◆◆◇◇


 ヴェロニカと別れてから誰とも会わずに部屋の前に来た。三桁の数字が彫られた豪奢なドアの前に立つ。それからドアノブに手を掛け、ゆっくりと開く。

 清潔感のある白い壁紙がまず目に入った。次に落ち着いた木目のテーブルとイス。大きなクローゼットとベッド、奥へ伸びる扉。最後に街を一望できる大きなガラス窓。


 そして、一人の少女。アインの帰りを待っていてくれたただ一人の少女。彼女はスカートの裾を小さく摘まんで頭を小さく下げた。


「お帰りなさいませ、アイン様」


 リーナは完璧な微笑を見せてアインを迎えた。


アインはリーナを見るなり子供のようにとてとてと駆けよって、抱きついた。そして、ほんのり上気させた顔を上げてから、


「た、ただいまっ」


「――っ!?」


 リーナはアインの抱擁に驚いて動けない。アインの両手はせいぜい添えられる位の力だが、リーナはふりほどくことができない。アインは顔を胸に埋めて柔らかさや熱を感じ取る。理性が焼け落ちそうだ。精神が完全に魅了されてしまったアインは恋慕に心を溶かす。



 リーナが複雑そうに顔を歪めていることをアインは気付かなかった。そして、しばらく抱きついたまま離さなかった。



◆◆◇◇◆◆


「あー、酒があるとは思わねぇよ……」


 頭に手を当てて頭痛にうめくのは煌生。夕食の時に飲み物を頼んだらなぜか酒を振る舞われたのだ。アルコールのせいで気分が高揚し、どんどん飲み続けていた。しかし、匂いでは気付けないほど薄かったのが幸いし、酔いつぶれるような真似はしない。気付けなかったから頭痛に苦しんでいるのだが。


 ベッドの上で呻いている煌生は軟らかい声を掛けられた。


「お休みになってはどうでしょうか?」


 クレールがクローゼットを開けて何かを探している。金属が触れ合い、カチャカチャと小さな擦過音が部屋に響く。だが、その音は煌生の呻き声にかき消される。


「ううっ……そうします……」


「では、これに着替えてください。寝間着です」

 

 クレールが黒い服を取り出して、煌生に手渡した。煌生は起き上がってから受け取った。そして、上着をクローゼット内のハンガーに掛けてからワイシャツのボタンを外した。


 そしてさっさと着替え終え、再度ベッドに体を預ける。


「明日は何時頃お呼びすれば良いでしょうか?」


「あー、八時頃起こしてください……お休みなさい」


「承知しました、お休みください」


 そんなやりとりの後、煌生はすぐに深い眠りに落ちた。クレールはそれを見た後、色違いの壁に触れて照明を落とした。



◆◆◆◆◆


 ガチャリ……と静まりかえった部屋に、蝋燭の光と何者かが入り込む。ドアを閉め切ると、真っ暗な闇が満たされた。何者かの影は躊躇いなくベッドに進んだ。足音を立てずに動き、ベッドの上で無防備に寝ている少年を見下す。


 彼は手足をだらしなく放り投げていて、寝苦しそうだ。甘い酒の匂いが、影の鼻腔をつつく。


 しかし、影はそんなことを気にせず、少年の額に手を乗せた。


 暗い星のような仄かな光が影の手から発せられた。その光は幾何学模様を描き、


「――っ?」


 霧散した。その後も何度か試したが成功せず、光を散らすだけになった。


 ちっ、と舌打ちをした影は、踵を返して部屋から出て行った。


 


 真っ暗な部屋には間抜けな寝息が響いた。


 

 





 

 

 


 

ここまで見ている人はいますか…? いるのでしたらぜひ、評価や感想をください。

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