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召喚勇者のブレイクタイム

何故でしょう、すっごく書きやすい。

 一人になった。一華も自室で暇潰しをしていることだろう。

 

 煌生は部屋に通され、メイドに〝ここで待っていてください〟と言われたのだ。つまり、軟禁だ。はぁ、と大きな溜め息を吐いてから、とりあえず手を懐に忍ばせる。そして黒い板――スマホ――を取り出した。


 煌生はイスに座ってスマホを弄る。昼休みの間に見ていた記事の続きだ。外国の論文で『伝説の聖遺物には科学で説明できない力が宿っている』とかなんとか。

 

――今なら理解できるなー……

 

 どこか遠い目をして天井を見上げた。黒い瞳には染み一つない純白の天井が写る。全体的に良いところのホテルのようだった。

 

「まあ、良いところなんてイメージなだけだけどなー」

 

 独り言は広い部屋に溶けていった。寂しい。

 

 〝あー、泣きてぇよぉー〟と呟き、スマホに視線を移す。クークルチョロイというアプリを開く。そこから記事を開こうとする。だが、

 

「あらら? 圏外じゃん、やっぱりかー」

 

 薄々感じていたのだが、やはりインターネットに接続することが出来なくなっている。先程接続出来たのは召喚陣が機能していたからだろう。陣はもう既に閉じてしまっているらしい。

 

 煌生のスマホは超次元とも言える容量を誇る機種だ。その機種が登場したとき、ネット記事では『使いきれないメモリ量』として注目されていた程だ。

 そのメモリを生かしてバカみたいにネット記事をダウンロードしたのだ。煌生はそれを見ることにする。

 

 大体は格闘技の説明のサイトだ。柔術、剣術、システマやボクシングといったものが多くダウンロードされている。煌生は自室でこっそりと動きを真似していた。こっそりする訳は、見られると恥ずかしいからだ。

 

 それがこの世界で生きるかも知れないことに若干の興奮を覚えつつ、早速サイトを開く。ダウンロードされたページは短いロード時間を挟んだのち、大男がナイフを持っている画像が開かれた。画面の中の彼はナイフを変幻自在に操り、光の線を残像で描く。

 

 煌生は格闘技オタクという分類だ。だが、実際に使った事はない系のオタクである。見るのは好きで戦うのは嫌いなのだ。

 

 次に開いたのは『サルでも分かる剣術指南』という動画だ。おじいさんが動画越しでもピリピリと肌を焼く気迫を放ちながら、木刀を一度振るった。それだけで楽しくなってきた。こんな事が出来るかなぁ、と煌生はこの世界に思いを馳せる。

 

 そこで一度スマホを置いた。

 

 

 

 





 

 

 どっと不安が押し寄せた。

 

 

 

 




 

 

 寒いわけでも無いのにシバリングが起こる。胃が蠕動し吐き気が催される。それを必死に堪え、酸っぱいものを胃に戻す。その味は不安を表しているように酷いものだった。

 

 先は一華やクラスメートの手前だった。心配させまいと振る舞っていたが、もう限界だ。


 フラフラと、力なく立ち上がり、壁に向かって歩き出す。壁の前に立つ。そして、拳を後ろに引き、それをスリングショットのように打ち出す。拳は真っ直ぐ飛んでいき、壁に当たった。

 そして、煌生は激情のままに叫ぶ。

 

「拉致されて邪神を倒せだと! ふざけるな! 一華を、みんなを巻き込みやがって! くそっ、くそっ!」

 

 白い壁を殴る、蹴る。渾身の力を込めて激情のままに拳を、足を振るう。振るわれる拳には格闘技の技術など欠片ほど見られない。しかし、憎悪や不満などの黒い感情が含まれていた。

 しかし、白い壁は彼の感情を否定するように傷一つ付かない。一方の手足はじくじくと痛みを発し、限界を報せる。

 

 息も絶え絶えになり、本格的に拳が激痛を発するようになった。その頃は既に落ち着いていて、イスに腰掛けている。

 

「どうすればいいんだよ……」

 

 泣き言だった。ただのちっぽけな少年には、世界を救うというのは、あまりにも重すぎた。

 

 元の世界に置いてきてしまった家族や友達が心配だ。悲しんでいるかもしれないし、もしかしたら忘れられているのかも知れない。悲しんでいるのなら、謝りたい。忘れられているのだったら、あまりにも悲しい。

 

 もしかすると今の自分は正確にコピーされた『生野煌生(2)』なのかも知れない。そう考えると一番幸せな物語かもしれない。オリジナルは普通に学校へ行き、友達と遊び、家族と卓を囲む、それを毎日繰り返す。悲しむ人は一人だけ。考えうる限り一番幸せだろう。

 

 身が張り裂けそうだ。一華に対して『守ってやる』なんて言ったが、それは安心させるためのウソだ。右も左も分からない土地で世界を救えという、自分の保身で精一杯だ。他の人間を守る余裕などあるわけがない。

 

「そう言えば、国王は『祝福』とか言っていたよな……どう使えるんだ……?」

 

 祝福は強力な力らしい。それを用いればもしかするかも知れない。煌生は一縷の希望に全てをかける。

 

 とりあえず念じることから始めた。自分の身に備わっているものならば分かるはずだと信じて。元の世界でスプーンを曲げようと念じたことがあった。煌生はそんな事を思い出したがすぐに頭の中から追い出す。

 

 

 結果はすぐに表れた。全身を突き刺すような激痛と体が燃え盛るような熱と同時に。

 

「あああああああああああああああ!!!」

 

 痛みを誤魔化すように叫ぶ。しかし、それでも気が狂いそうな痛みはどうにもできない。柔らかい床に倒れ伏し、体に付いた火を消すように転がり続ける。血管が裂けそうだ。頭が割れそうな痛みだ。脳に痛覚など無いのに、それでも脳ミソをぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような感覚は消え去らない。

 

 意識を手放して楽になりたい。他の人が救ってくれるさ。そんな考えが頭の中に湧く。それは罠だ。それは甘えだ。それは許されない。

 この痛みの先には力が待っていると確信し、煌生はただ耐え続ける。救いの手は振り払って、自分の仲間を守る為に苦しみ続ける。

 

 

 

 何分経っただろうか、一分? 十分? それ以上かもしれない。煌生を犯し尽くした痛みは消え去り、体が軽い。機敏に動けるようになり、反応速度も早く感じる。十分パワーアップを感じた。

 

 シャツは汗で湿っている。絞ればコップ一杯になるかも知れない。そう言えば寝汗はそれくらいだな、とあまり役に立たない知識を思い出した。それに苦笑し上着とシャツを脱ぎ去った。

 

 何か体に変化はないかと思い、姿見の前に立つ。姿見は部屋の端っこに置いてあった。

 

「ん? 少し筋肉質になったか?」

 

 日頃から鍛えていた体は、それより一回りほど筋肉が付いていた。彼の体は細マッチョと表現できるだろう。とりあえず、上裸でポーズを決める。嬉しそうに躍動し膨れ上がる筋肉、様々なポーズをとると様々な筋肉が自己主張していた。それが楽しくて時間を忘れていたようだ。

 

 ドアが三回音を立てる。そして女性の声が聞こえた。

 

『失礼してもよろしいでしょうか?』

 

「ああ、はい、良いですよ」

 

 煌生は気の抜けた返事を返す。そこで気が付いた。〝やべぇ、今上半身が悩殺必至のセクシースタイルじゃねぇか〟とは思わなかったが、さすがに上裸は不味いと考えた。異世界人の生態が誤解されると考えた煌生はシャツに向けて駆け出す。

 

 強化された身体機能は存分に活かされた。同時に知覚も加速され、時間の感覚が遅く感じる。

 

 矢のように駆けて、シャツに手を伸ばす。ドアはまだ開いていない。銀色のドアノブが傾くだけだ。

 

 シャツの袖に手を通す。ドアノブは六十度程傾き動かない、しかしドアは徐々に開いていく。きい、という音は煌生に莫大な重圧を与えた。

 

 ボタンを閉める。手はまるで工場の機械のように素早く、そして精密に動く。ドアは人が入れるくらいに開いている。向こうの女性が全部開けてから入ると信じてボタンを止める。

 

 全てのボタンを閉めた。それまででコンマ6秒、上着を羽織る。もう上着を着る暇はない。

 

 ドアノブが音を立てて元の位置に戻る。その音で思考速度は元に戻り、煌生を現世に呼び戻した。ドアではお姉さんなメイドが立っていた。彼女は煌生に一度お辞儀をして話を始める。

 

「どうかなされましたか?」

 

 慌てている煌生を見てメイドは怪しんでいる様子だ。そんな彼女に〝ナンデモナイデース〟と煌生は笑顔で伝え、上手く誤魔化す。事はできなかったようでよりいっそう嫌疑の目で見つめられた。見られる者によってはご褒美になりそうだが、生憎煌生はノーマルだ。心苦しい思いをしながらぎこちない笑顔を向ける。

 

 何か察したメイドは元の世界で何度も見た愛想笑いを浮かべる。ああ、どこでも愛想笑いはあるんだなぁ、と感じた煌生。

 

 彼女はクレールさんだ。何でも煌生のお世話係になったらしい。召喚者一人一人にメイドが着くらしい。

 

――監視かな?

 

 と、煌生は心の中で考えてしまう。心に余裕、この言葉を立てて、その冷たい思考を振り払う。

 

 彼女が言うには、一時間後に夕食なのでここで待っていろ、だそうだ。煌生はそれに逆らって、広い建物内で迷子になるつもりはないので、大人しくその言葉に従うことにした。

 メイドはいくら待てど出ていく気配がない。部屋の端で煌生を見つめている。煌生はその視線に若干のこそばゆさを感じ、目線を外に向けた。今更気付いたが外は暗く、星が輝いていた。

 

 とりあえず、スマホを触ることにした。煌生は依存症ではないが、いまは故郷を思い出したい気分なのだ。

 

「何ですか? その板は?」

 

 クレールが煌生に質問してきた。板と言われて、一瞬なんのことかと思ったが、手に持ったスマホの事だと分かり、クレールに見せる。

 説明すると、目を輝かせて興味深いというように頷いていた。その反応が楽しくて延々と説明していた。

 

 あっという間に五十分経っていた。その事をクレールに伝えると、

 

「そうですね。はしゃいでしまって、すみません」

 

「あー、いえいえ、気にしないでください。俺も楽しかったですし」

 

「気を使わせてしまい申し訳ありません。夕食会場に向かいましょうか」

 

 クレールはそう言って煌生を部屋から連れ出す。

 

 


 

 


ドシドシ批評していってください。評価の方も戴ければ執筆の励みになります。

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