半神半人の少女
忘れた頃にやって来る。
申し訳ありません。かなり遅れてしまいました。
同じベッドでメイドが寝ていた。
そんな夢のような事態に直面しているのは半魔神半人の少女。純白のベッドで寝ていたら何故か同じベッドでメイドが寝ている。それはもう健やかに。
アインは微睡みから一瞬で引き上げられる。
冷たい水をぶっかけられたように、意識は冴え渡り体は凍ったように動かない。寝る前は掛けられていなかった毛布が、体を隠すように掛けられ暖かい。その暖かさはまるで春の陽気だ。
それなのに眠気は冷めた。
アインは肉体と同時に弱くなった頭脳を回し、これまでの事を必死に思い出す。
まずは、部屋に入るなりベッドに寝転んだ。理由はただそうしたかっただけだ。それからしばらくしていると意識を失い、絶対神(最高の友)と再開し楽しくお話を交わした。それから起きると、ベッドの端で銀髪のメイドが寝ていた。
――どうしてこうなった。
アインは生命体に駒を使って戦争を仕掛けた事がある。その経験から敵の情報を知る事が大事と分かったのだ。故にアインは考えるこの名も知らぬ少女の情報を記憶を漁って集め始めた。
集まった情報は、可愛い容姿、多分十代後半、髪が銀色、目の色が金色、背が自分よりちょっと高い、胸がおっきい、長い黒色のメイド服、多分お疲れ、という事しか分からない。
――って、ほとんど、外見じゃないか! 内面が必要なんだよ!
と、アインは心の中で憤慨してしまう。
とりあえず距離を取るために動く。しかし、それはできなかった。
彼女はアインを押さえ付けるように寝ている。特段、彼女は重いわけではない。それどころか少し軽すぎるように思える。しかし、動けない。体が動くことを拒む。まるで、金縛りに合ったように動けず、不快感が巻き起こる。
すると、不意に頬から快感が走り抜けた。同時に幸福感が溢れ、アインの頬を綻ばせる。予想しなかった快感に驚きながらも、その快感を小さな身で受け止める。少女の右手はアインの頬に添えられていて、時折優しく撫でてくるのだ。優しい手付きは母親のようで、安心感を与える。
魔神の頃に触れ合った人間は多くない。生命体に対して友好的な時期など、既に忘却の彼方へと去っていった。残っているのは暴虐の記憶のみ。故に、アインは少しだけ温もりに飢えていたのかも知れない。
神々は冷たく、機械的で、どこか寂しかった。
だが、今は違う。名も知らぬ少女が魔神の心を満たしてくれる。目の前の少女がいとおしくて堪らない。
少女を求める。身体を。心を。魂を。彼女の全てが欲しいと願う。少しでも彼女を感じたいアインは彼女を抱き寄せる。甘く心地好い香りに包まれる。その香りは麻薬のように働き快楽が押し寄せる。
魔法に掛けられたように、すっかり彼女に魅了されたアイン。再び眠りに堕ちた。
◇◇◆◆◇◇
◇◇◆◆◇◇
アインは再び目を覚ました。いつの間にか手の内に収まっていた温もりは消えてしまっている。アインは果てしない喪失感に襲われた。同時に『安心』を失う恐怖に苛まれ、カタカタと全身が震える。突き刺すような寒気が体を覆いつくし、自分からは動けそうにない。
この体に変えられると同時に精神も弄られたようだ。少女の体に合った精神が絶望を覚える。アインは感じるどころか、考えたことすらない未知の感情に恐怖し、負の感情が膨らみ続ける。
―――怖い、怖い、怖い、怖い、怖い―――
必要のない呼吸を激しく繰り返し、瞳孔も限界まで開かれる。人間の本能からなのか身を縮め、肩を抱いた。胎児のような体勢で恐怖に抗う。しかし、その抵抗は無意味と言わんばかりに、喪失感は少女の心に深く突き刺さる。
終わりの見えない恐怖を体験していると不意に、光が差した。
「だ、大丈夫ですか?」
その声は、黒い少女の体を覆い尽くしていた拘束具を優しく取り払った。
アインはビクビクと怯えながら声の方へ金色の双眼を向けた。
そこには、聖女がいた。全てを救うために存在するような、そんな聖女だった。
深い絶望を輝く希望へ反転させた少女はベッドの側に駆け寄って、アインの肩に触れる。割れやすい卵に触れるような浅い接触だった。それでもアインには十分だった。
「なっ、!? どうしましたっ?」
アインは彼女に抱き着いた。そして彼女は驚いて大きな声を出す。アインは背中に回した手をかたく結んで、二度と離そうとしない。
アインの姉くらいの少女は子供をあやすように頭を撫でる。
◆◆◇◇◆◆
「いやぁ、失敬失敬。自分を見失っていてね。許しておくれ」
両膝を畳んで、小さな尻をふくらはぎに乗せて座っているのはアイン。彼女は晴れやかな笑顔であった。
「気にしていないですよ、それより『罪人座り』はお止めください。気になります」
立ったまま、アインに向けてそう言ったのは銀髪のメイド。彼女は少し困り顔だった。アインは彼女の言葉に一瞬翳りを見せたが、すぐに明るくなった。
「それよりも自己紹介がまだだったよね。我は人間のアイン。よろしく頼むぞ」
魔神ということは伏せて自己紹介する。厄介な事態にしないためだ。
「ん? あ、そうですね。私はリーナです、よろしくお願いします、アイン様。ではいい加減にお立ち下さい」
リーナと名乗った少女はアインに手を伸ばす。アインは躊躇いなくその手を取ってから立ち上がった。
それからしばらく話を交わした。
「ああ、そう言えば、何でこの部屋にリーナが来たの?」
自由に動き回るアインはガラスの窓に張り付きながら、リーナに質問をぶつける。
すると、リーナは無表情になって悪い歯車で動く人形のような動きで、白いエプロンの中から古い懐中時計を取り出した。その懐中時計は小さな傷が幾つも付いていて長い間使われている事が分かる。しかし、彼女はあり得ない程丁寧に使っている。誰かに譲られたものだろうか。
それを見たリーナはひきつった笑みを浮かべる。そして頭を抱え、アインの手を取る。そして部屋から飛び出した。
「夕食っ! 忘れていました!」
夕食会場まで約三百メートル。残り時間二分。
睡眠の代償は大きかったのだ。
◆◆◇◇◆◆
ある白い空間では笑い声が響いていた。その声は嘲りや愉快といった、様々な感情が含まれていて聞いていると気が狂いそうになる。その声の主は白い人間のようなもの。それは膝を抱えていて、今にも笑い死にそうである。
『ぎゃはは、ひー、わらいじぬぅ、!? ぎゃはは!』
真っ白な壁を手のようなもので何度も叩く。それによって壁に亀裂が入る。それによって、少し落ち着いた白い人間のようなものは、胸のような所を触れながら肩を上下させる。しかし、それに意味はない。
『ふー、ふー、死ぬかと思った……やっぱり君はスゴいよ……ここまで追い込まれたのは二回目だよ……くくっ』
表情のない顔から楽しげな声が漏れる。
『いやぁ、ここまで都合がいいと悪いことが起こりそうだね、くくっ、ふっ、あはっは』
その笑いはしばらく絶えなかった。
「いやー、まさか気付かないとはねぇ……ま、都合が良いからいいけどね」
白い人間のようなものはそう呟いた。
なるべく早く出したいと思います。応援して下されば幸いです。
九月二十九日、少し加筆しました。リーナの容姿設定を変えました。