お姫様の魅力
8月30日。修正と加筆を行いました。
メイドに連れられ、異世界人は歩き続ける。アインが背伸びして身長に対し絶望した五分後の事だ。
メイドが急に立ち止まり、廊下の端に寄った。それに倣って異世界人たちも端に寄る。何事かと、流れに逆らうアインはバレない程度に逆方向にずれた。アインの目に入ったのは三人の従者を連れた美しい姫様だった。
姫様は燃えるような赤髪で、同じくらい赤いドレスを纏い、きらびやかな装飾品を付けていた。そこに大人を目指して背伸びする印象は全くなく、年相応の気品を磨きあげているように見え、とても似合っている。
真紅のドレスを着た姫様は異世界人達に笑顔を見せる。少年達は、彼女の眩しすぎる笑顔に目をやられたようだ。そして、彼女は口を開き、
「あなた方が異世界の勇者達ですね。私はクレンリンド王国第六王女、ミリア・アン・ロイルティ・クレンリンドと言います。ミリアと呼んでください」
と、丁寧な自己紹介をした。よく通る声は笑顔と相まって、少年少女のハートを打ち抜いた。
すると我も我もと自己紹介の嵐が巻き起こる。
いっそ轟音と言っても良いくらい騒がしい自己紹介だ。音が圧力を持っていて、アインの頬を叩く。彼らはここが廊下ということを忘れているだろう。
そんな自己紹介の雨あられを柔和な笑顔で受け流したり返事をしている。多方面からの質問を全て至上の話術を用い、正確に返している。気遣いもしっかりしていて相手を楽しませる話術だ。
アインが固唾を呑んで見ていると、後ろから手が伸びてアインの肩に置かれた。驚いてビクリと跳ね上がってから、おもむろに後ろを振り向く。すると、そこには銀髪金眼のメイドがいた。
アインより少し背が高い綺麗系の少女だ。彼女は少し申し訳無さそうな顔でこう言った。
「あの、すみません。被り物をお取りください。ミリア様がいらっしゃるので……」
どうやらアインがずっとフードを付けていたことが失礼になっているようだ。アインは「ごめんね」と言ってからフードをずらす。
長く艶のある黒髪が一房ずつ顔の左右に垂れた。後ろ髪はコートの中のようで背中に違和感がある。それを言ったらこの体も違和感の塊なのだが。
ふとメイドに視線を向けると、彼女の目がアインを鷹のように捉えている事に気付いた。その視線が少しむず痒いのでアインは声を掛けることにした。
「どうかしたの?」
勝手に口から出たのは美しい少女の声。口調も身体に引きずられているようで、幼い少女そのものだ。アインが声を掛けたのは銀髪のメイド。彼女はアインの顔を見て酷く驚いているように見える。もう一度呼びかけると、慌てて後ろに下がった。
〝何だったんだ〟と考えながらも、視線を姫様の方に向ける。先程の自己紹介は終わりを迎えたようで、息切れを起こした少年達と勝ち誇った笑顔の姫がいた。
少年達は一生分の幸せを受け取ったような清々しい顔付きだった。
ミリアは〝では、また会いましょう〟と言って少年達の燃え尽きた燃料を再点火させた。物理法則を突破した永久機関が完成した瞬間である。ちなみに女子の方もノックアウトされていたりする。
自己紹介合戦に参加しなかったアインと亜人少女達は、立ち去るミリアの背中を見送る。その背中は語っていた。王女という存在を。
この日、異世界人は早速、敗北を喫した。王女の魔手は異世界人の心臓を鷲掴みにして、離さなくなったのだ。
◆◆◇◇◆◆
言葉の合戦(歴史的大敗北)を乗り越え、迷宮(城の中)を潜り抜けて、疲弊しきった異世界人が辿り着いたのは――
「部屋、いや、並んだドアだなぁ……」
再びフードを被ったアインは重々しく事態を捉え、低い声で呟く。
そこは、長い道のりを歩かせた割にはドアとドアの間がキッツキッツで有り得ないほど小さい部屋と思われる部屋に案内された。
異世界人達もそれに絶望しており、抗議の声も上げられない。目の光が蝋燭の火のように呆気なく吹き消される。きっと豪勢なベッドを期待していたのだろうが、入るのがやっと位の部屋に、豪勢なベッドがあるわけない。
そんな憔悴して壁に寄り掛かって目尻に綺麗な池を作った異世界人達に、銀髪のメイドは心配し声を掛ける。
「み、皆さん? どうかされましたか……?」
「ああ、」「もうだめだ……」「ベッド、ふかふかベッドが恋しいよぉ」「カプセルホテルの方がマシじゃね……」「ああ、無駄に扉は豪華なんだぜ……」「たこ焼き食いてぇよぉ……」
異世界人の精神は燃え尽きて白い煙の上がった蝋燭だ。そのくらい追い詰められホームシックになっている。
アインはどうにかして自分の部屋を創ろうと術式を練る。空間を弄って広げようとしているのだ。しかし、激しく弱体化した魔神の力ではどうにも出来ない。自分の力不足に苛立ち、思いきり壁を殴ろうとしたところ、一人のメイドが部屋の扉を音を鳴らしながら開けた。
「中は広いですよ!」
その言葉にハッとした異世界人、ドアに駆け寄り中を覗き込む。
どっと歓声が上がった。
中は一人部屋にしては広く、共有でも十分な広さを誇る広さだったのだ。
中身を見ないで判断してはいけない。不味そうな料理だって美味しいかもしれないのだから。その逆もあり得るので一概に良いとは言えないが。
とにかく、彼らの蝋燭の煙を伝って火が灯ったのだ。その廊下がお祭り騒ぎになった。
その宴(?)は少しの間続いた。そう、二分くらい。
宴が終わると総じて気分が落ち込むのだ。今回のケースでは〝何でこんなことしたんだろ……〟という素朴で究極的な理由だ。クスリをキメた後のようだが彼らはシラフでこうなっていた。余計に凹む。
メイドはどうすれば良いのか分からず同僚に助けを求めていた。同僚も分かっていなかったが。
一人一人部屋に通される。どうやら一人部屋にしてくれるらしい。空間が歪んでいるのは、『空間魔法』を使って作られた部屋だから。と、銀髪のメイドが教えてくれた。彼女はアインを見ると妙に楽しそうになる。
――空間魔法……ね、どれ程の事が出来るか調べておこう。
アインはベッドの上で横たわり、天井の染みを数えながら考え事に耽る。ちなみに染みはなかった。よく掃除されているのだろう。もしかしたら『魔法』とやらで掃除しているのかもしれない。
後で、メイドが呼ぶので待っていて欲しいという事だ。つまりそれまでは自由時間だ。アインは知り合いもいないので自分の体をベッドに放り投げる事にした。横になっていると、段々意識が朦朧としてきた。未知の事態に抵抗できず、ゆっくり溶けるように意識を手放した。
◆◆◇◇◆◆
『やあ、その体は気に入ってくれたかな? 魔神』
「不便すぎる。質が悪いな、絶対神」
そんな言葉が白い空間に響いた。アインを魔神と呼んだ声の主は絶対神ミルだ。アインが少女の体で受肉しているのに対し、ミルは凹凸のない白い人間のようなものだ。
『そんな事言わないでくれ、苦労して創ったんだよ。その人形』
笑っているようで悲しんでいるようで、何十通りにも解釈できる声色でミルは語り掛ける。
『普通の人間とは違ってね、内臓も筋肉も骨もないんだ。僕たちが使う力の結晶みたいなものだよ。表情の再現とか、柔らかさとか頑張ったんだよ。あ、座って』
同時に白い空間に凄まじく存在感を放つ黒いテーブルとイスが出現した。ミルがイスに座ると体面式でアインも座る。
「知らないよ、どうしてこんな体に変えた? 力も殆ど使えないじゃないか」
アインは身ぶり手振りを交え、不満を溢す。
『それが狙いだよ』
「……、」
『君さ、ちょっと強すぎるんだよね……だから気休め程度の時間だけどその体に入っていて貰うよ』
困ったように白い人間のようなものは言った。
「ふざけるな! なんで、お前の都合で我が迷惑を被るんだよっ!」
憤慨した少女は立ち上がり、綺麗な顔を歪めて怒鳴る。
『だって、君。どれだけ神を壊したのさ。少しは反省してくれない?』
「む、」
ミルが言った言葉に反論できないアインは押し黙る。欲に任せて暴れていた頃を思い出したのだ。
『まぁ、自分の姿でも見ると良いよ。はい、鏡』
黒いテーブルの上にどこから取り出したか分からない鏡を置く。
アインは自分の顔をまじまじと見る。そのまま数時間が経過した。その間色々な角度で見たり、コートを外して体を確認していた。
そして満足したのか、イスにゆっくり座る。顔はにこやかだ。
「仲直りしよう」
『君は現金なやつだなぁ』
間髪いれずに突っ込みを入れる。アインは猫撫で声で話始める。
「まぁまぁ、そんな事言わないで。我は感謝しているよ。あんなおぞましい体なんかより、この素晴らしい姿の方が良いとな」
鏡に映る美しい笑みは左右対称で心から喜びを表している。その笑みを見た白い人間のようなものは、顔が無いにも関わらず、ひきつった笑みを浮かべているようだ。
『よ、喜んでくれたようで何より……』
凹凸がない白いのっぺらぼうは、アインの豹変ぶりに驚く。
「そうだ。我がいる世界は何なのさ? 邪神を倒せと言われたんだけど」
『ああ、あの世界は邪神のせいで、何度か滅びかけている世界なんだ。前回の進行でこっぴどくやられてね、《異界大門》って奴で封印されてる。でもそれが弱まって邪神が進行するから、防衛のために君たちが呼ばれたんだ』
「へぇ、初耳。後、召喚された奴等は何者なんだ? あれは神殺しの集団じゃないか。確かに邪心討伐では合理的だがそんな偶然があるの?」
気になっていた事を質問する。すると、ミルは少し考え込んだ。しかし、すぐに首のようなものを横に振った。
『いや、あれは学生だよ。彼らの世界は制服で学ぶんだ。それとあの板はスマートフォンという道具だよ』
ミルはアインに解説する。
「何? 異神狩りでも神滅兵装ではないんだな。絵を保存する道具か……ああ、呪術を使うためなのだな」
アインは敵対した組織と武具を思いだしていた。そして盛大な勘違いを晒す。
『…………そうだよ』
誤解を解くのも億劫になったミルはアインを放っておく。
「これが最後、何でアイツ等は駄々を捏ねたりしなかったんだ? 普通抵抗するだろ?」
異世界人が謁見の間で静かにしていたわけを聞いてみる。
『君と同じで混乱していたからだよ。そんな事にも気付けなくなったのかい?』
皮肉混じりに聞き返す。アインは心外だと言わんばかりに返事をする。
「うるさいな、お前に封印されていて、他の生命体と話せなかったんだよ」
『はいはい、それじゃあね』
どういう意味か聞こうとしたアインは、意識を徐々に手放す。
次は浮上するような感覚だった。
◆◆◇◇◆◆
ベッドの上に投げ出された人形に魂が籠る。アインが頬に走る不思議な温かさを感じて、「むぅぅ」とかわいらしい声を上げながら目を開けると――
――目の前に先程の銀髪のメイドがいた。
――……ん?
8月30日。この頃は忙しくスロー投稿になります。時々見てくだされば幸いです。
九月二十九日。メイドの容姿設定を変えました。