召喚されたんですけど……
8月30日。修正と加筆を行いました。
――オーケーオーケー、落ち着けよ我、今何をした? そりゃ《不変牢獄》をぶち破って外界に出たんだ。そう、出たはずだ。じゃあここはどこだよ!? あの神はこんな小洒落た所を作るわけないだろうし、……あの世?
混乱した黒髪金眼少女は辺りを見渡す。
足元にはまだ輝きを残した幾何学模様と、文字のような物が描かれた金属板が置かれていた。金属板は一辺二十メートルくらいの巨大な物だ。足で叩いてみると軽そうな金属であることが分かった。
床は白い石で作られている。大理石を使っているのだろうか、とアインは混乱した頭の片隅で考えた。どこを見ても床は雪が降ったように白い。そして、外の光が反射して煌めいている。
金属板の上にアイン以外にも数十名の人間が立っている、体をペタペタ触る者や辺りを見渡す者、色々な反応を見せる。そして皆、幼いと言っても良いくらい若い。大半の人間は統一された服を着ていた。男女で差異はあったが、大体は同じデザインだった。
――軍隊……、にしては若いような……? そういえば前、制服という文化をどこかで聞いたが……
アインは首を傾げながら彼らを眺める。そんな彼女(?)は自分の服に目を移した。彼女の装備はフード付き黒コートだけだ。黒コートは顔を隠す位のフードと、少女の足首までカバーする大きな物だった。袖は白い小さな手に近づくにつれて広くなっている。布地は厚く、何から作られているのか分からない。そもそも布っぽい何かとしか言えない。
正面には豪華という言葉を擬人化したような人達が段上に立っていた。赤や金、白や青等鮮やかな色彩で、この場の権力を表しているようだ。真ん中に行くほど装飾も派手になっていく。皆、笑みを浮かべており、何か喜ばしいことがあったという事が推し測れる。
真ん中には大きな玉座に腰掛け、動きやすさを重視した作りの服を着た壮年の男性がいた。彼は歴戦の兵が放つ覇気をまるでお気に入りの服のように纏っている。なんとも近付きがたい雰囲気だ。そして玉座の横には上等そうな剣が抜き身のまま置かれている。きっと襲撃を受けても自分で対処する腹積もりだろう。
右隣には若い女性がいた、白いドレスを着ていて落ち着いている印象を与える。左には好青年が立っている。彼の部下だろうか。
横にはメイドと騎士らしき人たちが佇む。騎士らしき(・・・)というのも彼らの着ている物がアインの知る鎧という武具ではないからだ。アインの知る鎧というのは分厚い装甲の甲冑、機動性を捨てて堅牢な砦を思わせる物だ。
しかし、彼が身に付けているのは関節部分を取り外し、籠手や湾曲した胸甲一つ一つに黒い線で模様が付けられた、いかにも機動性を重視した物だった。頭にも似たような模様が施された薄いヘルムを着けられている。防御力は下がるがその分動きやすいのだろう。黒い模様は何か統一の証のような物なのだろうか。しかし、一人一人模様が違い、その上、肩の部分に緑色の四角いシンボルが付けられているので、それは考えにくい。
メイドの方は黒が基調の袖とスカートが長いワンピースに、白いエプロンを着けている。アインはその中の一人と目があった。……ような気がした。
メイド達を凝視していると壇上から声が掛かった。その声は野太い声で空気をビリビリ震わせる。
「よくぞ参られた! 異世界の者たちよ!」
その言葉は玉座から立ち上がった男性から放たれた。彼は硬質な靴音を立てながら段を下り、アイン達の高さに合わせるようにした。
「私はクレンリンド国王、クレセイ四世だ。急に召喚され驚いていることだろう。悪いとは思っているがこちらも切羽詰まっている、許してくれ」
そう言って一度言葉を切る。アインと後ろの少年たちは何の反応も示さない。それを見て衝撃を受けていると感じたのか、クレセイ四世は少し黙る。状況を整理させたいのだろう。
――はっ!? ということは、人間の術で召喚されたのか!? 弱体化激しているぞ、我!?
アインの心は雷鳴轟く夕立模様だ。頭を抱えていると、後ろから声が上がった。
「あのー、スイマセン、まさか魔王を倒せなんて言いませんよね……?」
前髪で目が隠れ猫背の少年が手を挙げて質問した。それだけで少年達は動揺が広がる。主に『アイツってあんな声なのか、初めて聞いた』等ばかりだったが。
可哀想な猫背の少年は彼らの事を気にしていないようだ。真っ直ぐクレセイ四世の方を向く。
彼の質問を聞いたクレセイ四世は、始めは質問の意図が分からなかったようだが、納得した顔をして口を開く。
「いや、そんな事はない。安心してくれ」
すると、猫背の少年は自虐的な笑み(口元だけだが)を浮かべて笑う。
「ははは、そうですよね。魔王を倒すわけ無いですよね」
「ああ、そうとも、魔王様は人類の味方であらせられる御方だからな。君達には邪神を討伐してほしい」
『は?』
召喚された異世界人は皆、疑問符を口にする。それはクレセイ四世が『魔王様』と言った事ではなく、どう考えても危ない臭いしかしない『邪神討伐』についてだ。
彼らはポケットをまさぐり、鈍く輝く板を取り出した。片面は真っ黒でしかも光を反射している。アインが黒曜石の石板か? と訝しげな視線を送ると、唐突に板が発光しだした。
クレセイ四世を始め、こちらの世界の住人はオーバーテクノロジーの板の存在を知らないので驚愕に目を見開いた。アインも黒い光る板の正体はよく分からず、一緒になって驚いた。
彼らの指は光の如く閃き、最後の一押しは小気味良い軽快な音だった。そして彼らはクレセイ四世に板を見せる。
「じゃ、邪神とははこんなものですか……?」
アインも一緒に板を見たが中には一枚の小さな絵が浮き出ていた。その絵は、全盛期(つい五、六分前)のアインよりは可愛いげのあるおぞましい姿をしていた。触手を束ね無理矢理人の形に似せたような怪物だ。それを見たクレセイ四世は思いきり顔をしかめ、一歩下がる。
「い、いや、姿は知らないが、邪神とはそんな恐ろしい姿と聞く」
クレセイ四世は小さな声で〝彼らの世界はここまで混沌に染まっているのか〟と口にした。
それと同時に、いやぁぁぁ! と、野太い悲鳴が上がった。細身の少年が座り込んでいたので多分彼の声だろう。彼は黒い板を持つ制服集団とは違う服を纏っていた。アインと同じく、他の世界の者が巻き込まれているようだ。
――そうか、コイツらは神殺しの集団なんだ……、数々の神をあの封印具の板に閉じ込めているのか。きっとあの服はその集まりの制服に違いない。くっ、隙あらば我を封印するつもりだな……っ! あの悲鳴は油断させるための罠、引っ掛かるわけないだろ!
億を優に越える神を虐殺した魔神は、彼らをそう分析した。そしてフードを両手で掴んで深く被る。
その間に整った顔の黒髪少年が激しい口調で抗議していた。
「じゃ、邪神なんて……俺らはただの『こうこうせい』ですよ!」
「ふむ、その『コーコーセー』とやらは分からないが、君達には強大な力が備わっているはずだ。例えば、神の祝福とか、」
「祝福……?」
自分達の知識を押し付け合う二人。
「そうだ。まさか、そちらの世界にはないのか?」
クレセイ四世が訊ねるも少年たちに心当たりはないようで、皆、顔を見合わせる。勿論、アインも知らない。
アインはあらゆる事を知れる能力があるが、全く使わない。使ったところで意味がないからだ。全盛期(ちょっと前)は余裕が無かったし、世界を灰塵にしていた頃は知ることも必要ないし、観察していた頃は観察を楽しんでいたし。その能力を持て剰していた。
クレセイ四世が言うにはリティクリシア神は三百年前に活躍した女神らしい。三百年前は『邪神大戦』という戦争が終結した年だ。邪神大戦は約三百二十年前に邪神が現れ、人類とそれに与する神に宣戦布告し始まった戦争らしい。大陸を二分していた人族と魔族が協力して戦うが、大陸の生命は三分の二まで落ち込んだ。そして、『勇者』が現れた。勇者は圧倒的な力で邪神族を倒した。
勇者は『聖女』と『賢者』そして『神』と共に邪神を追い込んだ。それからの戦いは苛烈を極め、邪神を封印した。代償は決して小さいものではなかった。
勇者の左腕は失われ、聖女は行方不明、賢者は命を落とし、神は邪神の封印で力を使い果たし消える。そんな恐ろしい対価を払い人類は生き延びた。
「――と、言うのが邪神大戦の簡単な説明だな」
クレセイ四世は饒舌に、時々私見を述べながら、召喚された者へ邪神大戦のあらすじを解説した。国が絵本を売っているから買ってくれ、と言う。お金渡されていないのに。
それからクレセイ四世は少年たちに、召喚された影響で肉体や能力が強化されている旨を告げた。
何でも次元や宇宙を越えるときに何かしらの影響を受けるそうだ。
祝福とは、神やそれに近い存在が下位の生命体に与える力だそうだ。ある者と無いものではかなり戦力に差があるらしい。
「えーと、僕たちには特別な力があるから邪神と戦えと申しますか……?」
人間の男子が怪しい言葉遣いでクレセイ四世に聞いた。クレセイ四世は「その通りだ」と、満面の笑みで答える。その笑みは心から笑顔なのだろう、全く歪みがない。少年のような笑顔は、制服の彼らには地獄の門番が見せる嗜虐的な笑みに見えたという。
◇◇◆◆◇◇
それから謁見の間で解説が続き、少年たちに飽きが回った頃。メイドの一人が国王に進言する。
「陛下、そこまでにした方が宜しいかと思います。そろそろ次の公務に向かって頂かないと国が傾きますので。それに、異世界のお客人方がお疲れのようです」
ピシッと国王に向かって言った。異世界人の大半は国王の話で頭痛が出て頭を押さえている。それに運動をあまりしていないのか足を押さえて踞る人間もいた。
異世界人は貧弱過ぎる、とアインは考えた。そして神殺しでも抵抗はできそうだ、と少し安心した。
クレセイ四世は驚いた顔になり、懐中時計をとりだす。数字が十四まで書かれ、三本の各々長さの違う針が回っていた。今は、短針が七と六の間を差していた。外が明るいことを見て、アインは午前だな、と直感的に考えた。実は午後だった事に気付けない。日が少しずつ落ちている。
「おお、そうだな。もうこんな時間か。では、後は頼んだぞ」
クレセイ四世はそう言ってから、歩いて玉座の後ろに回り込んだ。姿が見えなくなった後、ドアの閉まる音が鳴った。周りの人間も退室していき、メイド数名と異世界人を残してほとんどの人間が消えた。
残ったメイド達も異世界人を引き連れ、謁見の間を後にする。
「貴方達の生活場所に案内します。私に着いてきて下さい」
そう言ったメイドに雛鳥の如く隊列を作り、着いていく。アインは最後尾だ。知り合いのいない代償だろう。
後ろから見てやっと気付いたが、アインの他にも場違い召喚者がいるようだ。衣服が違っていたり、犬耳が頭についていたり、真っ赤な鱗付きの翼が生えていたりと、亜人と形容するような人類だった。
少年達の方に焦点を合わせると、何かタールのような、黒い欲望のオーラが見える。それは《不変牢獄》に満たされた死の霧くらい泥々していた。
何だ何だ? とアインは視線を向けるが身長が少し足りず、背伸びしても見えない。諦めた。
後ろのメイドが何かを言いたげだったが容赦なく放置した。
◆◆◇◇◆◆
メイドに案内される。落ち着いてくると自分の置かれた事態を受け止め、不安に駆られる。
彼は連行される罪人のような顔付きで、塵一つない管理の行き届いた廊下を歩いていた。その乖離が激しく、夢と言われた方が現実味がある。
そして、一人の少年は夢のような事態が起こっていた。
「私たちどうなっちゃうのかな……?」
黒髪を後ろで結った可愛い系の少女が、上目使いで問い掛けた。彼女は少年の腕をぬいぐるみのように抱いている。眼に涙を浮かべながら抱いている様子を見ると、不謹慎ながら叱られた後の子供のようで可愛いと思ってしまう。
彼女は少年にとっての大切な幼馴染みであり、このような不安そうにしていたら支えになるべきだと思っている。
そして、最も、絶対的に重要な所がある。今の少年を端から見れば冷静になって幼馴染みを支えるいい男に見えるだろう。しかし、今の少年の心の天気は大荒れである。
いや、宇宙レベルの大崩壊が起きて世界週末時計が一回転した後旧石器時代に戻る位、少年の心が混乱と混沌にまみれる。
何故なら――
――おっぱいを押し付けられているんですよ!?
「だ、大丈夫だ、一華。俺がお前を守ってやるから」
表面上は優男でも中身は思春期真っ盛りの男子高校生だ。非現実的な事象の前に、現実的で遠かった豊満に育った二つの凶器が恐ろしい。彼女は全く気付かず、すがり付くようにぎゅっと力を入れる。それが果てしない可愛さを見せ付け視界からも殺しに掛かる。一瞬〝それでもいいかなぁ……〟という言葉が頭を過ったが幼馴染みを裏切ることになる。
死因が鼻血による出血性ショックにならぬよう全力で血管の動きをコントロールする。実際には出来ていないが気分の問題だ。
「ねぇ、煌生……ほんとに……?」
〝あ、ちょっとダメそう……〟理性が崩壊前にタップアウトを始める。しかし、幼馴染み系ヒロインの一華は追撃の手を止めない。
〝鼻の血管よ! 耐えろ、耐えるんだ!〟と煌生の脳も加速し、鼻の血流が変化する。と思い込む。
「ああ、本当だよ。約束だ」
煌生は頭の混沌を悟らせない爽やかな笑みを見せる。鏡の前で練習した爽やかスマイルだ。実際にこの状況で爽やかなのかは分からない。しかし、一華を安心させる事は出来たようだ。一段階ほど腕の力が強くなり、ぎゅうぎゅうと腕を締め上げる。
〝あかん、それ以上締め上げるともげる、もげちゃいます!〟なんて言える筈もなく。背中に突き刺さる視線を受け止めながら、幼馴染みと並んで歩く。
煌生が煩悩と格闘していると、急にメイドが立ち止まった。
多分、投稿頻度はゆっくりになります。後、分かりにくい表現や誤字脱字があれば教えて下さい。
あと、評価の方も……