表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/13

プロローグ

連載第二作目です。前半は少し後の場面なので気長に見続けて下さい。

タイトルを変えてみました。


 

 ある少女が太い管のような暗い通路を歩く。


 その通路は剃刀一枚挟まない精緻な作りの石壁と、凸凹の岩肌が剥き出しになっている。そんな自然と人工物が入り交じっている空間では、天井で弱々しく光る鉱石が唯一の光源だ。その光は頼りなく、良く目を凝らしてやっと手の輪郭が見える程度だ。足下に至っては完全な闇が支配しており、一歩踏み出すにも相当な度胸が試される。

 しかし、少女の足取りは軽く、まるで近くの店にお使いに行くようだ。時々、石が転がっているが正確に避けて、まれに踏み潰す。粉々になった石は彼女の作り出した風に拐われていった。

 

「いやぁ、今日も大収穫だ。これでリーナと外食しようじゃないか。ああ、考えただけで興奮してきた……あはっ、うふふふ」


 笑い声は通路に反響し、遠くまで少女の声を伝える。

 そう言ってから、少女は体を痙攣させるように震わせた。ここがもっと明るい場所だったならば少女のだらしない顔があらわになっているだろう。


 この通路は神が人の試練のために造ったとされる『迷宮』の一部だ。その中には化物がひしめき合って、数多くの戦士を食い物にしてきた。常人は五層程度が限界だ。しかし、彼女が歩いているのは二十層。彼女が散歩感覚で歩いているのは、王国の戦士たちでさえ苦戦する化物が住まう階層なのだ。

 

 そんな危険という言葉も生易しい地帯を歩く少女は―――


 ―――試練の化物達に優る少女は、劣情と妄想に頭の中を支配されながら歩き続ける。


 すると明るい空間に出た。蒼白く光る石柱が数本立っている空間だ。明るいと言っても日光に比べるとまだまだ暗い。しかし、少女の全身像が見えるくらいの光量はあった。


 フード付きの黒いコートを纏っている黒髪の少女だ。明るい金眼で誰もが一目見ただけで惚けてしまうような美貌だ。幼さを残した体つきでありながら女性らしさも滲み出ている。

 

 彼女の黒いコートは相棒だ。勿論、意思があるわけではなく、長い間連れ添ったお気に入りという意味での相棒だ。厚い革のように見える素材だが、軽くそして通気性の良い物だ。胸の前に三本の太いベルトが留め具の役割を果たしており、この黒いコートのチャームポイントだ。すらりと伸びた足を膝丈まで隠す程長い。


 他は何も身に付けておらず、白い塵一つ着いていない滑らかな肌を曝している。足裏も張りのある瑞々しい肌だ。彼女の柔肌には傷一つ付いていない。

 

 開けた所をペタペタ歩いていると、赤目の犬のような化物が彼女の後ろに出てきた。犬のような化物は足音を立てず、滑るように動いて距離を詰めていく。


 じりじり移動していき、再び暗黒の支配する領域に進んだ。

 

 そして、満を持した化物は少女の背中に向かって飛び掛かる。化物の踏んだ石畳みは爆発し、小さなクレータを作る。砲弾のように飛んだ化物は鋭い爪を真っ直ぐ伸ばす。


 誰もが少女の死亡を確信する状況で、少女だけは襲撃者に何の反応も示さない。


 彼女は知るよしもないが、この化物は二十層の化物を全て喰らい尽くした正真正銘の化物だ。

 

 あと、コンマ一秒もあれば、少女の黒いコートを強靭な前足で剥ぎ取り、白い柔肌を蹂躙し、ピンク色の肉を貪られる。目を背けたくなるスプラッターショーが開演されてしまう。

 

 そんなときだ。

 

 唐突に飛び掛かる化物が真横にぶっ飛んだ。それはもう運動の向きを無理矢理直角に働かせたような飛翔だった。

 

 物理法則を無視する挙動を体験した化物は、石壁にぶつかると見るに堪えない肉袋になった。化物の死体は急速に朽ちて小さな石に変わる。その石は赤色の透明で、澄んだ血の結晶のようだった。


「おっと、ラッキー」

 

 それを道端に落ちていた小銭のように拾う少女。生命の危機が迫っていたのに、小さな幸運で笑顔を見せる。

 

 

 

 彼女はアイン・セルシヴァル。黒髪金眼の―――魔神だ。

 

 

 

◆◆◇◇◆◆

 

 過去。

 

◇◇◆◆◇◇

 

 魔神アイン・セルシヴァル。それは形を持たずただ存在するだけの神だ。

 

 魔神は退屈していた。それこそ『消滅した方が楽じゃね』というくらい。人間でいうとうつ病の状態だ。なので暇潰しをすることにした。

 

 魔神は世界を創造する。そう、暇潰しのために。ちょっと暇だから模型でも作ろうかな。そんな気分で世界を創った。

 そして魔神はその世界を観察し始めた。生命が誕生し潰えるまでを何度も何度も観察し楽しむ。


 

 知的生命体が生まれたときは誰よりも興奮し狂喜した。それからが最も面白かった。村ができ、町に育ち、国に成長する。その成長録は魔神の胸に深く刻まれた。そして、その世界が寿命を迎えて崩壊した時は空虚を感じた。

 

 だから魔神は繰り返した。次は知的生命体を創り設置し文明を作らせた。見るだけでは飽きたらず、その土地の文明に溶け込んだこともあった。笑い合い、語り合った。

 

 

 

 ある時、いつものように発展していて華やかな文明を観察していた。不意に、アインは小さな破壊衝動に襲われた。しかし、その時は直ぐに頭の中から消えた。その後はまた観察を続ける。

 観察を続けていると、再びある衝動が湧いてくるようになった。

 

 “壊したい” と。

 

 しかし、それを強靭な心で自制する。魂を壊すのは可哀想という人間じみた思考に囚われて。

 

 だが、時々湧いてくる破壊衝動は毎々に大きくなってきて、次第に我慢が難しくなる。人間だったら既に狂い死ぬような程思考を繰り返す。絶頂に至れず、生殺しを喰らうように。徐々に自制心が削がれていき、遂に――。

 

 壊したときには名状しがたい快感が押し寄せた。爆発を美しいと思う爽快感か。丹精込めて見守ったものを壊す背徳感か。言い様のない虚無感か。はたまた魂を消したことへの罪悪感か。

 それはアインに分からない。しかし、圧倒的に『破滅』をもたらすことは素晴らしいと覚えた事は確かだった。

 

 それからは自分で世界を構築し破滅させる事を続けた。それはエスカレートしていった。すっかり乱心した魔神アインは他の神が持つ世界にも干渉を始めた。

 魔神アインの存在の格は最上位。他の神々の力ではアインに太刀打ち出来ない。

 

 あらゆる生命に宣戦布告を叩き付け、圧倒的な力で狩り尽くす。

 例えば純粋な力で叩き潰したり。例えば人間の側に潜り込んで内側から崩壊させたり。例えば自分の軍団を創りそれらを戦わせたり。例えば自分に縛りをもうけてギリギリの戦いをしたり。例えば精神に異常をもたらし仲間内で殺させたり。例えば多数の宇宙を一度に潰したり。

 何億、何兆、何京、何垓と繰り返し、それ以上の魂を食らいつくした。

 

 無限に存在する世界を有限にまで壊し尽くし、世界を救おうとした神々を無惨に消滅させていった。

 

 何時しかアインは終焉の魔神と呼ばれていた。その頃には美しい感覚は冷え切って、輝く記憶は凍結していた。

 

 暴虐の限りを尽くす終焉の魔神を止める存在はなかった。それからも悪行を行い続けていった。


 



 ある世界を壊した。

 

 

 

◇◇◆◆◇◇

 

 ある神は魔神アインに対して憤っていた。魔神に世界を壊されたのだ。別に自身に害が合ったわけではない、しかし、丹精込めて作り上げたモノを一瞬で叩き潰されたことに腹を立てているのだ。

 

 その神は絶対神ミル・リグルム。あらゆる原初の存在。魔神アインを『破滅』の存在と考えれば、絶対神ミルは『全て』の存在だろう。あらゆるものを内包する存在が絶対神ミルなのだ。彼はアインよりも早く出来た神である。

 

 とりあえず、絶対神は魔神に攻撃を加えた。

 

 すると、それ以上に返された。

 

 そこから二柱の戦争けんかが始まった。兵隊を創るなんて手間は省き、大将を直接叩く。余波で沢山の宇宙が消え失せるがそんなことを気にする暇はない。それに直そうと思えば一瞬で直せるのだから今でも後でも構わない。今するべきは目の前の敵を倒す、という目的のために戦う。互いに一度決めると終わるまで気が済まない性分なので延々と続いていった。


 あるときは相手の存在を乗っ取り、消滅させようと企み。

 あるときは宇宙に閉じ込め、それごと潰したり。

 あるときは受肉し殴り合ったり。


 永劫の果てまで争い合った。



 

 しかし、遂に決着がつく。魔神が負けたのだった。


 魔神の敗因はエネルギー切れ。


 魔神は絶対神と争う前から無駄に消費していた為に力が足りなくなったのだ。途方もない戦争の終結がこんな間抜けなものだとしても、決着は決着。敗者の魔神は絶対神が創った空間に閉じ込められた。

 

 神でも狂い死ぬ苦痛と触れればどんな不死の属性を持つ存在も殺す霧、精神が磨り減る術式で埋め尽くされた空間に魔神は閉じ込められる。魔神アイン・セルシヴァルであっても死ぬかもしれない空間は正しく地獄だった。その空間は《不変牢獄(グルムシャガル)》という創征術――絶対神と魔神しか使えない術――から創られていて、永久に変化する事はない。

 

 しかし、魔神は消滅することなく、徐々に力を取り戻してゆく。


 なぜか。それは死の霧よりも魔神アインが強かった。それだけだった。


 何よりも強靭で強大な存在、全てを征服し破滅に導く存在が魔神だ。

 

 魔神は肉体を作り出す。それは、おぞましい姿であらゆる悪意が内包されたようなもの。呪い、憎悪、絶望をそのままカタチに表した姿だ。生物の姿とは余りにもかけ離れている。うねうねとうごめく身体は不快感の塊だ。


『ワレハ、復活シタ……復讐ノ為ノ力は十分……ナラバ、成スベキコトハ、ヒトツ』

 

 そして、魔神は腕に当たる器官に力を込める。無限の宇宙をかき集め築いた防壁も魔神アインの前では意味を成さなくなる。魔神アインは究極の一撃で牢獄から出ることにした。

 

 力を溜める時点で牢獄世界が歪み始める。音も光も存在しないはずなのに、何かがひしゃげる轟音と、割れたガラスのヒビのようなものが牢獄空間に渡る。

 

 

『マッテイロ、絶対神ッ!!』

 

 

 そして、魔神は腕のようなものを振るう。それで破壊できない『無』が壊れた。

 

 

 音も光も、遍く存在が吹き飛んで、無限の虚無に消えて行く。

 

 

 そして、魔神は復活する。

 

 

 終焉の魔神は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――人間の少女の姿になっていた。

 

 

「あれぇ……?」

 

 

 声まで女の子だった。

 

 

 

 

 

読んでくださり、ありがとうございます。是非、次話も読んでください


8月25日、一部の文章を修正しました


9月2日、文章を大幅に変更しました。内容は変わっておりません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ