アンデッド=パラディンと甦り聖女
戦いは終わっていた。
戦場跡には無数の死体が転がっているばかりだ。
この戦いは内戦と呼ぶには少し相応しくないが、同じ国の中に存在する二つの勢力が衝突した結果だった。
「……半月ほど前、といったところだろうか」
その夕暮れ時の戦場跡を、一人の壮年の男が歩いている。
全身に分厚い鎧を纏い、外からは一切肌の見えない兜を被っていた。
「戦いが終わってから半月ほど……そろそろ悪魔が現れるころ合いだろう」
その時、男の目が脚元に転がっていた死体に向いた。
「これは……死んでから日が浅いな。それに、悪魔に蝕まれている気配もない。これならば蘇生させられるやも知れん」
死体は若い女のものだった。
軽い鎧の下に白いローブを纏っている。
だが他の死体とは違い、致命傷になりそうな傷もなく、また武器も持っていなかった。
見たところ、どうやら兵士ではなく、餓死した者のようだった。
「蘇れ……名も知らぬ娘よ。死ぬには少々若すぎる」
男は死体の前にしゃがみこんで聖なる言葉を唱えた。その言葉を自分に唱える資格があるのかははなはだ疑問だったが、使って助けられる命があるならば使っておこうと男は考えていた。
「ぅ……ぅう……」
「よし、成功だ」
女は呻き声を上げて起き上がると、かすんだ目を擦りながら渇いた唇を開いた。
「あ、あなたは……?」
男は踵を返しつつ立ち上がる。
「私の名はクリスだ。それ以上語ることは無い」
「あっ……待って! あなたの腕輪……それ、聖騎士の勲章でしょ?」
男は――クリスは自分の右腕に視線を落とした。
そこには夕日に照らされて輝く銀のブレスレットがはめられていた。
「……よく知っているな」
クリスは自分の未練がましさに辟易として息を吐いた。
女は近くにあった血の付いた剣を杖代わりにして立ち上がる。
「これでも退魔省の大臣の娘なの。名前はアリア・シャミナード。……まあいわゆる妾の子ってやつなんだけど……」
衝撃的な一言だった。
退魔省と言えば強大な権力を握って国を影から操る存在だ。その大臣となれば、国王に次ぐ地位を持った役職と言っても過言ではない。
さらに、その退魔省大臣の娘は『聖女』と呼ばれ、産まれながらにして聖なる力を宿すと言われる名実ともに高貴なる地位の人間だった。
それにもう一つ。
クリスは確かに聖騎士を称号を賜っていた。そしてそれを授けるのは退魔省なのだ。
かつての仕えるべき相手の娘を名乗る女に対して、クリスはどう接するべきか決めあぐねていた。
「……そんな身分の娘がどうしてこんな辺鄙な戦場で野垂れ死んでいたんだ?」
クリスは歩き出し、その三歩後に女が、アリアが続いた。
「わたしは、近々大きな戦争があるから国外へ退避するようにお父様から言われて、指定されたルートで移動してる最中だった。……んだけど、突然辺り一帯が戦場になって、逃げ場が無くなったの。やっと戦いが終わったと思ったら、近くには村も何も残ってなかった。それで、食糧も尽きて餓死しちゃった……ってところらしいわ。
あなたは? あなたはなんで戦争が終わったところにいて、私を助けてくれたの?」
子犬のように付いて来るアリアの方へ向き直ると、クリスはゆっくりと剣を抜いた。
「……えっ、なに!?」
「私か。私が戦場跡で何をしていたか、と」
「ご、ごめんなさい! 変なこと聞いちゃったなら謝るから――」
クリスが剣を槍のように投げ飛ばした。
それはアリアの長い髪を掠めて遥か後方へと空気を切り裂いていく。
「きゃっ!?」
「あのような者を処分するためさ」
高速で空気中を猛進した剣が突き立てられた。
切っ先がめり込んだそこからは赤黒い血が噴水のように噴き出す。
それは人間の頭だった。頭蓋骨を砕きながら、一矢となった剣が人間の脳漿を吹き飛ばしたのだ。
「なっ――どうしていきなり!?」
「よく見るんだお嬢さん。あれはもう人間じゃない」
頭を失ってばたりと倒れ込んだのは鎧を着た兵士だった。
胸に刺し傷があり、心臓は破裂していたが、それでも一瞬前まではそこに立っていた。
――そのとき、倒れ込んだ兵がむくりと起き上がった。
「いてぇ……俺のハンサム顔が吹っ飛んじまった……」
散らばった脳の欠片を両手で集めながら、兵は立ち上がった。
「見ろ、お嬢さん。あれが悪魔に取りつかれた化物だ。不死者だ」
アリアは絶句した。
父の職業柄、そういったモノが存在しているのは承知していたが、実際に目にするのは初めてだった。
「下がっていろ。私の仕事だ」
兵は欠片を全て集め、粘土のように手の中でこねてから残った頭部と融合させる。
「よし、元通りっと。あんた、いきなり酷い事するねぇ」
「不死者への歓迎にしては温かっただろう?」
「歓迎のつもりなら飯の一つでも出して欲しいね。例えば……そこの嬢ちゃんとかさ」
兵はアリアを指差した。
クリスはヘルムの下で奥歯を鳴らしながら兵に近づく。
「貴様、喰人鬼に化けたな? ……悪魔に体を許した敗北者風情にくれてやるには豚の餌すら惜しい」
「だろうな。……じゃあ無理矢理殺して喰らうっきゃないなぁ!!」
兵は牙を剥き出しにしてクリスへと飛び掛かった。
上下に生えた鋭い犬歯を剣の鞘で受け止めると、立ちどころに鞘は噛み砕かれた。
「ハッハハァ!! どうだ、いいだろうこの力!? 今の俺ならなんだって喰える!! これも俺の魂を喰ってくれた悪魔様のお陰さ!!」
黄昏の戦場跡に伸びた兵の影が形を変える。
二本の角と翼、尻尾の生えた姿はまさしく悪魔そのものだった。
「あんたにゃ武器が無い。俺にゃあこの歯って言う得物がある。もう終わりさ。さあ、大人しく首を差し出せば、苦しまないように一口で喰ってやれるぜ?」
兵は頬まで裂けたように大口を開けて笑った。
クリスは砕かれた鞘を投げ捨てると、右手に視線を向けながら力強く一歩踏み出した。
「死ぬ覚悟が出来たかい? 出来たならその大仰な兜脱い――」
兵の体が空中に舞った。
猛然と地面を蹴ったクリスの拳が兵の顎を正面から捉えたのだ。
「がぁっ――!?」
クリスは手に付いた血を拭い、兵が受け身を取って自分へと四つ足で駆けてくるのを見ていた。
「てめぇ!! ぶっ殺してやる!!」
「もう遅い」
「何だと!?」
「貴様が私を殺すには、今は余りにも遅い」
兵が再び飛び掛かった瞬間だった。
クリスの鎧に灰が降り注いだ。
「なっ……!?」
その灰は兵の体から舞っていた。
否、それは正しくない。
正確には、クリスによって撃ちぬかれた下顎から、兵の全身が急速に灰へ変わっていたのだ。
「おい……おいッ!! あんた、俺に何をした!?」
翼を射貫かれた鳥のように墜落した兵は喚きながら全身をじたばたと地面に擦りつける。
「死人はすべからく灰塵へ帰すべし。そうだろう?」
「あんた……一体何者なんだよ!?」
「私はただの聖騎士だよ。私の仕事は悪魔に取りつかれた者を葬ってやることさ。そして喰人鬼の仕事は……ヒトを喰らうことか?」
「聖騎士!? 今、聖騎士の称号を持つ人間はどこにも存在しないはずだろ……!?」
クリスは兵の心臓にもう一度拳を叩きつけた。
「が、あっ……」
「名も無き兵よ、安らかに眠るがいい」
おぞましい断末魔が夕焼けの空を揺らした。
伸びた影が炎のように揺らめき、悪魔はその形を失っていく。
そしてクリスが立ち上がった時、既に兵は灰だけになっていた。
鎧の一片すら残さず、灰の山になっていた。
その始終を遠くから岩の影で見ていたアリアがよろよろとした足取りで駆け寄って来た。
「クリス……! 大丈夫!?」
「私は平気さ、例え心臓を貫かれてもな。……それより、お前は無事か? 聖女様にお怪我などあれば、私は二度と退魔省へ脚を向けて眠れん」
「ええ……無事よ。それにしても今のは一体……?」
一陣の風が兵の体だった灰をさらっていくのを見送り、クリスは言った。
「あれは不死者と呼ばれる怪物だ。吸血鬼、喰人鬼、人狼……様々な種族が存在している。
あれは死後にきちんと葬られなかった死体に悪魔が取りついて生まれるものなのだが、どいつもこいつも不死性を備えている。一般的な不死者を殺すには、普通の人間を十回分は殺さないと駄目だな」
その不死者を倒すためにルシエ王国に組織されたのが退魔省だ。
大臣をトップに据え、その下に騎士団を抱える国内最大の勢力である。
『聖騎士』も『聖女』もその退魔省内の称号の一つだった。
「あれが本物のアンデッド……それをあっという間にやっつけちゃうなんて、やっぱりあなた聖騎士なのね」
アリアは銀の兜を見上げた。
クリスの身長は、平均的な女性より背の高いアリアよりさらに頭一つ分は大きく、見上げなければ顔が見えなかった。
しかし、見上げたところでそこにあるのは文字通りの鉄仮面。年齢を推し量ることもアリアにはままならない。
「でも……あの喰人鬼の言ってた通り、今は聖騎士の称号は誰も持っていないはず……」
「その通り、現在退魔省に仕える騎士に聖騎士の腕輪を持つ者はいない。だがそんなことはどうだっていいことだ。私が為すべきことは決まっている。
それは、お前が聖女だと言うなら、聖騎士として安全な場所まで送り届けてやること。……お前自身が望むのならな」
しばらく逡巡したアリアだったが、やがてその碧い目に光を灯して言った。
「分かりました、では第二聖女として聖騎士クリスに命じます。私は母国ルシエ王国へと一度戻ることを強く希望します。そのために私を護衛しなさい、聖騎士クリス」
クリスは恭しく跪き、首を垂れて胸に片手を当てた。
「仰せのままに、聖女アリア・シャミナード様」
しばらくそれを真面目な顔で見下ろしていたアリアだったが、突然、
「ふふっ……」
と小さく笑いを漏らした。
「……どうした?」
「わたしも一度やってみたかったの、こういうの。でも立場上公の場に出ることもほとんど許されなかったから、今まで機会が無かったってわけ」
「そうか」
とだけ言うと、クリスは目を細めるアリアを鎧を纏った腕の中に抱き寄せる。
「……えっ!?」
「悪いが、またお客様のようだ」
その瞬間、四方八方から剣や槍や矢がクリス目がけて飛来した。
視線を巡らすと、そこでは十数もの不死者が各々の武器をクリスに向けて投げ終えていた。
「これほどまでに湧くとはな……しっかりと弔ってやらねばなるまい」
「あ、当たっちゃう――!!」
アリアは直撃を覚悟して固く目を閉じた。
「……あれ……?」
だが、それから何秒経っても何の音も聞こえなかった。
地面に突き刺さる音も、鎧に当たって跳ね返される金属音も、あるいは肉を貫く音も。
アリアはちらちらと瞬く視界に投げ飛ばされた武器を見つけた。
それらは何の音も立てる事無く、ただ空中に静止したままだった。
「……嘘でしょ? クリス、あなたが、やってるの……?」
「そうだ。呪法と言ってな。人間にはそうそう使えるものではない」
クリスが兜の下で顎をしゃくると、静止していた武器が一斉に反転して不死者へと襲い掛かり、心臓を撃ち抜くと同時に地面に磔にした。
「さて、浄化してやるか」
クリスはアリアを開放し、最も手近な不死者へと足を向けた。
日は暮れて夜の帳が降り始めていた。
「……苦しいか? 苦しいだろう? その痛みが悪魔の力を宿した者が払うべき代価だ」
「ぐ……が……は、ははは……」
胸に槍が突き立った男は口の端からどす黒い血を流しながら渇いた笑いをこぼした。
「……なにが可笑しい?」
「三柱の……最上位悪魔様を……知ってるか……?」
「ああ、よく知っているとも。『血の悪魔 セパス』『影の悪魔 シュキエル』『業の悪魔 ヴァラトゥ』だろう? それがどうした」
「ヒッヒヒヒ……よく聞け……少し前に『血の悪魔』様が……降臨なさった……」
「――まさか」
そしてクリスがその不死者の胸に拳を叩き込む。
それとほぼ同時だった。
クリスの銀の兜が宙を舞った。
胴体との断面からはどす黒い血液が霧のように噴き出し、むせ返るほどの匂いが広がった。
「――クリス!!」
アリアが叫ぶのと時を同じくして、通り抜けた風が人型に姿を変えた。
「やった、殺った!!」
それはマントのように翼膜を広げ、口を閉じていても見えるほど長く鋭い牙を持った怪物の姿。
兜の断面から流れる血を啜りながら満面の喜色を浮かべた吸血鬼だった。
「馬鹿な男だ。俺は他の雑魚どもが1000匹束になっても敵わない上級不死者様だぜ? その『血の悪魔』様から直々にお力を分けていただいた俺がいると知ってりゃ、こんな場所まで来るこたなかったろうになぁ!!」
鎧が血に染まり、ぐらりとよろめいて倒れる。
最早ぴくりとも動いていなかった。
「そんな……クリス!!」
アリアの叫びも届かず、その死体は微動だにしない。
「ああ……いい声だ。そこの女、あんた処女だな? 匂いからして違うんだよ、こんなおっさんの血とはさぁ……。だが、俺が吸血鬼になって最初の獲物だ、折角だから顔くらい見といてやるか」
吸血鬼は地面に降り立つと、兜をぶんぶんと上下に振って中身を取り出そうとする。
「出て来い出て来い出て来い出て来い。お前のハゲ面拝ませやがれ!」
ずるり、と厭な感触とともに兜から肉塊が抜け落ち、水っぽい音を立てながら暗くなった足元に落下する。
「よぅし、いい子だ。どれ、お顔を見せてごらん?」
吸血鬼は兜を放り投げ、銀色の髪を乱暴に引っ張って持ち上げた。
「ご尊顔は…………あ?」
吸血鬼は眉を顰めた。持ち上げた頭が湯に入れた角砂糖のようにどろどろと溶け出していたからだ。
「うへぇ気持ち悪……もういいや、さっさと処女の血をいただくとするかね」
血溜まりの中にそれを放り投げると、吸血鬼は一歩一歩とアリアへ近づく。
「クリス……! クリス、返事をして!!」
「ハハハハ、無駄さ。あいつはもう死んだ。さあ、あんな奴の事は忘れて、俺ととびきり楽しい一夜を過ごそう」
そう言って吸血鬼は長い舌で唇を舐めた。
アリアは懸命に逃走を図るが、栄養失調のまま死に、蘇生されてからも何も口にしていない彼女の逃げ切れるはずもなかった。
「つ・か・ま・え・た」
腕を取られ、強引に振り向かされる。
手首を握られるだけで骨が軋み、細かな血管が破れるのを感じた。
「うぐ……っ……!」
「もう抵抗はやめろよ。吸血鬼に血を吸われるのは処女の義務、だろ?」
白いうなじに吸血鬼が咬みつこうとしたその時だった。
『不死者がどうやって生まれるか、知っているか?』
その声が吸血鬼の脳内に響いた。
「……あ? この声……さっきの野郎か!?」
『不死者は人間の死後、悪魔が魂を喰らった結果発生するのだ。もちろん、大半が魂を丸ごと奪われてしまうのだが、そうだな……たとえるなら、排泄物のようなものが死体に残った場合、それを糧に不死者が発生してしまう』
「どこからだ!? どこから俺に話しかけてる!?」
吸血鬼はアリアを突き飛ばし、辺りに視線を巡らせた。
すっかり夜になり、星が空に瞬いていた。
「クソッ、どこにもいねぇ!」
『時には強力な悪魔が、自らの配下とするために力を分け与えることもある。……そう、貴様のようにだ』
吸血鬼は踵を返し、クリスの頭部を投げ捨てた場所へ戻った。
そこには真っ黒な血溜まりがあり、その上に溶けかけていた頭が浮かんでいる。
『私の前に悪魔が現れたのは500年ほど前だったか……』
「――こいつは、溶けてるなんてもんじゃない……それに……流れてるのも、血じゃねぇ!!」
それは正しく『影』そのものだった。溶け出した黒いモノは流動する影だった。
吸血鬼の額に玉の汗が浮かぶ。
触れてはいけないものに触れてしまったという実感が徐々に体を蝕んでいく。
『その時、私は聖騎士の称号を賜ったばかりだった』
ぞるぞる、と影が蠢いた。
それは一つの河の流れのように吸血鬼の手足から体内へ流れ込んだ。
「や……やめろ!! 何をするつもりだ!?」
『しかし私は戦いの中で命を落としてしまったのだ。そこに魂を狙ってやって来たのが悪魔だった。名は……「影の悪魔 シュキエル」と言ったな』
その時、吸血鬼の腹を黒い槍が刺し貫いた。
体内から伸びたその槍の切っ先から血が垂れる。
「ぐ……ぁ……」
『私は抵抗した。聖騎士の肉体が悪魔の手に渡れば、ろくなことにはならないのは自明だった』
切っ先から地面に落ちた血の滴が黒い影と同化して蠢き始める。
そして吸血鬼の口からもう一本の槍が飛び出した。
「ひゃ……ひゃふぇふぇふへ!! ほへははふはっは!!」
『気が付くと、私は私の中で悪魔を殺していた。そして悪魔の力が逆に聖騎士の肉体へ同化してしまった』
滴った血滴が吸血鬼の足元へと集まる。
全て影に同化し、夜闇の中でも一際暗いそれは悪魔の形に変わる。
『故に私は不死者なのだ。私は影なのだ。私は私の足元に這いずる闇そのものなのだ。ただ……それでも私が為すべきことは決まっている』
足元に集結した影溜まりが隆起し、十字に吸血鬼の体を貫いた。
「ご、は……っ……」
『私は同時に聖騎士だ。不死者を葬るのが私の仕事だ。たとえ、退魔省が私をこの世に亡いものとして扱っても』
脳天を貫いた影が蠕動し、地に伏した銀の鎧へと流れ込む。
「いつの世も、怪物はすべからく滅ぼされるのが義務、だろう?」
脳も心臓も脊椎も、一切を影に飲み込まれた吸血鬼の体が灰になって崩れる。
鎧がむくりと起き上がり、不定形の影が一つの人型へ収束していく。
それがクリスだった。
銀色の髪に鈍色の瞳。すらりと通った目鼻は30代と言っても通用しそうなほどだった。
「私は不死の聖騎士。私もいずれは滅ぼされるさだめだ。……私のこの姿を見て、お前はどう思った、アリア・シャミナード?」
しばし呆然としていたアリアは、銀色の鎧が立ち上がって自分を見据えていることに気が付いた。
「わ……わたしは……」
自分の声が震えていることに気付いたアリアは、一度大きく深呼吸した。
冷たい空気が乾ききった口腔を通って肺に流れ込む。
「……あなたは、立派な聖騎士よ、クリス」
「……」
「だから……」
そこで大きく息を吸い込んだ。今度は吐き出しはしなかった。
「聖騎士クリス!」
「……御前に」
「第二聖女として命じます。私、アリア・シャミナードは母国へ還ることを強く希望します。そのために私の護衛をしなさい、聖騎士クリス」
クリスの頬がほんの少しだけ歪んだ。
それは何百年も笑う事を忘れていたかのようなぎこちない笑顔だった。
そして不死の聖騎士は恭しく跪き、胸に片手を当てた。
「仰せのままに、聖女アリア・シャミナード様」