呪いの手紙は友達の始まり
ばれます。
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文体を修正しました。
今日で訓練も七日目。
「じゃあ、狂戦士のエピソード1。これは彼がねむっている時に、現在の六班長、クリスがイタズラをしようとして忍び込んだ。一応その時はまだ副班長だった狂戦士だったんだが…」
ゴクリとアズサの喉がなる。
「眠ったままクリスを投げ飛ばして窓の外に放ったそうだ」
「…!?」
「クリスは幸い足の骨と五時間の説教、四時間耐久訓練で許されたそうだ」
「す、すごい…!失敗談を次は聞きたい!」
「あー、でも次は慣れてきたから2セットね。一週間で結構いい感じだよ~。さ、5セット楽々に慣れたらスタミナもつくお!」
アズサが「じゃあ頑張る」と言った。さすが狂戦士効果、凄まじい。
「明後日だねぇ、アークで見学。どこに行きたい?」
しばらく考え込んで、「…狂戦士に会いたい」と呟いた。
「本人は無理でも、執務室くらいは覗けるかにゃ。ま、立ち入り禁止区域だし、処罰はあるかもしれないけど」
「う、じゃあ…」
「事前に申請出して、ヤバイ書類は片付ければ問題ないんだよー」
「そ、それじゃあ!?」
「普段っぽい感じじゃないんだけど、見せるだけならOKです!」
「そうか!ふふふふ、俺…上手く会えたら、稽古つけてもらうんだ」
今絶賛つけてるけどね。
「流石に会うのは無理かもだけど、ね。さて、流水拳の構えと基本動作は出来たかな?」
「ああ。構えがないのが構え、だったな」
「そう。自然体でいる事、極意一。これはギルドマスターが考案者なんだ。他にも使える人はいっぱいいるよ」
「狂戦士もか!?」
「あの人はーーオリジナルの活水拳。流水拳も使えるけどね」
「活水拳…使えるか!?」
「あれは、狂戦士かギルドマスターしか扱えない。あの活水拳は手加減が出来ないんだ」
「しないとどうなるんだ?」
「街一つ消える」
沈黙が流れた。
「…すまない。原理だけ聞いても?」
「俺も知らないんだ。山一つ吹っ飛ばしたって事しか」
「そう…それはマズイな…」
ここで食事の時間となり、俺たちは食堂に行って明後日に迫った職場見学の話題に花を咲かせていた。余談なのだが、アズサは喋らない女子くらいにはおしゃべりである事が判明した。俺もしゃべるのは嫌いではないし、何より親友なのだ。話していて楽しくないわけがない。
「でさ、職場見学だから早く片付けろって上司がうるさくってさ。ほんと大変だ~」
「ギン後ろ!」
「感心しないにゃ~。俺がせっかく楽しくご飯食べてるってのに」
ざけんじゃねぇよクズが。
眼光だけで後ろの少年はピタリと動きを止め、泡を吹いて倒れた。
「あーあ、台無しだよ。さて、アズサも食べ終わる頃だし俺もさっさと片付けよっと」
「…今何したんだ?アルバートに」
「アルバート君は俺のかっこよさに泡吹いて倒れちゃった☆みたいな?アークのアイドルなめるなお!」
「ボケかましてる場合じゃ…」
「うん、そうだね。俺何もしてないけど倒れたし、誰かが何かしたんじゃない?そういえば、アズサのファンクラブに『腐ぁん倶楽部』が出来たそうだからその系列とか」
「そんなものが⁉……怖いな」
「だから俺は無問題!有責にはならないお!」
「アルバートは確か、レギオの熱烈な信奉者だったな。保健室に連れて行く事もないだろう」
「ん。放置でいいかね」
俺たちは席を立って、その場を立ち去った。
「…わぉ!ねえ俺呪いの手紙貰ったよ!」
「な、何だと!?開けたのかそれ!!」
「うん。五日いないに友人にキスをしなければ死ぬ、だってさ」
ちなみにこの世界の呪いはモノホンであり、読んだ瞬間に呪詛がかかる。低級なものならいたずらに、高いものは本当に呪いとして使われる。
呪い返しの方法を知らなければ。
「実は俺これで呪いの手紙受け取るの19892通目なんだ!」
「呪いのオンパレード!?」
「だから呪い返しなんてお茶の子さいさいだよ。ええっと…」
手紙に魔力を込め、「破ッ!!」と叫ぶ。と、シンシアとアナスタシアが「「あひゃひゃひゃひゃひゃ!!」」と笑いだした。レギオはそれを見ながらオロオロし、次いで何かしたであろう俺を睨みつける。
「あ、やっべー。呪いの手紙二人からだったんだ…」
「俺に大人しくキスしておけばすんだ話なのに」とアズサ。
「出来ないよ。だってファーストキスだってまだだもん」
「それはファーストキスは母親というオチが普通じゃ?」
「まっさかぁ、ないない」
俺を捨てた親が、俺にそんな事をするはずがない。俺を拾ったあのジジイは俺に口づけなどするはずもない。他の班員だってそうだ。
「なら、仕方ない。それにしても呪い返しの代償があれとは…伯爵令嬢の二人が」
「あ、でも一人だけだったら死んでたよ。社会的地位を貶めるって形で発動したけどね。俺にも何らかの効果が少なくともあるはず…」
やばい。やばいやばいやばいーー
「帰る!」
「ギン!?」
トイレの個室に入り、即座に荒野へ転移。魔物の群れが俺に襲いかかる。
「あはぁ…やっべえええええええコロシタイイイイイイイイ!!!」
俺の中で、何かが弾ける音がした。
「ギンが戻らない」
レギオの前に立って、俺は言った。
「部屋にもいなかった。アークはどうか知らないけど、二人の様子は?」
「明日の朝には大丈夫だと言っていた。…呪い返しを食らってよく生きていられたものだと感心されたがな。だがあんなことをするほど二人は酷くない。脅されたんだ」
こいつは頭がおかしいんじゃないだろうかと思いながら、俺はもういいと言い放ってそこを後にする。昔死んだ友人は、呪いの手紙を受け取って指示に従わずに死んだ。俺はギンをなくしたくはない。
「金は後で請求してやる…!!」
俺はアークへの転移門をくぐり抜けた。
「あら?学生が何の用なの?」
「アークの事務員の友人の、アズサ・ヤヨイと言います。ギン・アシュレイはここにいますか?」
平静を装ったが、俺の顔を見て何かあったと悟ったらしい。
「アリサ様をお呼びいたします」
「こんにちは。君がギンの親友のアズサ君、ねぇ。あのギンのお気に入り?そんな風には見えない魔法師の卵ね。で?ギンを知らないかって?」
「は、はい!」
「ギンはこの子を気に入ってる、無碍な対応は出来ない…ね。で?何があったの?」
俺は一から十まで話した。呪い返しをして、一部を引き受けたのではと予想したことも。
「…甘いですね…やはりギンは。今までのことも全て誤解でしょうに、なぜそんなことを。ギンのためにもその伯爵令嬢とレギオという輩は排除してしかるべきだと思いますがね。本当に呪い返しなんてしていたら、今頃二人とも笑っているだけじゃ済まなかったでしょう。さて、ギンの話に戻りますよ」
アリサの言葉に俺は耳を傾ける。
「彼の秘密を垣間見ることにもなるでしょう。覚悟はありますか?」
「秘密…構いません。俺も彼に隠していることがある」
「そうですね。ギンは鈍感ですから、私のように直ぐに察してあげることなど出来ません」
「まさか気づいてーー」
「やめましょう。それに、あなたには知られても良さそうですし」
「…俺は、今ギンが危ないなら助けたいです」
「なら、ギルドマスターに会いましょうか」
「へぇっ?」
おかしな声が出てしまう。ぎ、ギルドマスター?
どうしよう。
「失礼します。ギンのお友達です」
スタスタと歩くアリサに引っ張られて、俺はデカイ扉の中に引きずりこまれる。
「おや、ギンの?そうかそうか、奴にもまともな友が。珍しいこともあるものじゃ、天地開闢始まって以来のことよのう」
白いヒゲを蓄えた好々爺が、座っている。俺は油断と警戒を怠らないままお辞儀をした。
「ほう、見所あるのう。警戒心の強さは人一倍じゃ」
あの人たらしめやりおるわい、と老爺はひとりごつ。
「では案内しよう。来なさい」
「はい」
俺の腕に触れる。俺はそこに転移の六構築魔法を見た。
「ここが、ギンの…」
目に飛び込んで来たのは、だだっ広い荒野。何もない、そう思った時。
はっきりと濃く強い血の香り。風向きが変わり、視界が晴れる。
血塗れの人影。
「ぎ…」
その影が、襲いくる魔物を紙でも裂くようにやすやすと屠り、血を全身に浴びる。そしてゆっくりと、こちらを向いて。
「…あ、アズサ?」
「ギン…?」
危ないじゃないかと言おうとして気がついた。
その姿は憧れていた狂戦士の姿。金色のはずだった髪は赤く濡れていたが、それは関係ない。
「正気に戻りおったか、小僧」
「あ、ああ…何でアズサがここに?幻覚か?」
「違う。ギンが帰って来ないから、心配して」
「…俺の問題だ。明日には帰れる予定だった。誰かに頼れるほど軟弱じゃない!」
「傲慢だ。己の力でなんでもできるなんてそれこそ思い上がりだな」
「俺の力でどうにもならないことを、誰かに押し付けるなんて狂戦士様には出来ないんだぜ?」
「それをお前一人が無理をする理由にしていいと思っているのか!?」
「当然だろ!?俺が何とかしなきゃいけないんだ、俺の後ろにいつもジジイがいる訳じゃねぇ!」
「だったら尚更いっぱいの人に頼れ!お前一人でどうにかできるくらいにはしてやれるだろう!?」
「…何でそんな事を言える。死んだ者の痛みも、置いていかれる怖さも…知らないクセに」
「知っている。俺の姉は、アークで働いていた」
いつものようにいってきますと出動して、帰って来たのは翌日ーー棺桶の中だった。
「俺はお前の事が、物凄く心配だったんだ。こんなとこまで来て、狂戦士がギン・アシュレイだと知ったって、俺はお前の友達なんだ!」
「………ば、っかみてぇ……何なのその余裕……友達とか……」
後ろから来た魔物を左腕一本でひねり潰す。
「俺一人頑張ってたのがバカみてぇ」
「バカだな。相当に」
そっか、と彼は笑う。そして、一言ありがとうと呟いた。
「ふぇー…アズサにはばれちったかぁ」
シャワーを浴びて、俺が言うと、アズサがふん、と言った。
「だいたい最初から棒読みもいいとこじゃないか。狂戦士の時も適当な事ばかり。結局俺を鍛えたかったんじゃないか」
「イエスザッツライト」
「後俺の前ではその気持ち悪い喋り方もするなよ」
「いいのか?」
「ああ。というか、狂戦士と仕事モードとのギャップが大きすぎて辛い」
そうだなと言うと、笑われた。
「俺、友達初めて出来たかも。今までアークのロストエデンと戦場しか行ってなかったし」
「ならギルドマスターは大満足だな。他に知ってる奴は?」
「保険医が魔眼持ちで、あっさりばれた」
「何という…保険医より先に俺に話せ」
「分かった。ありがとう、俺はお前と出会えてよかったよ」
「…お咎めなし?」
「ああ。非常に不服ではあるが、正当な呪い返しを受ければ死んでいてもおかしくなかったらしい。お前の下手さに救われたという事、呪いを送りつけた人の名前が書いていなかった事を受けて、な。ただし授業をサボった罰だ、宿題に加え課題を出す」
「はい」
素直に受け取り、職員室を後にすると、廊下で待っていたアズサが「どうだった?」と不安そうに聞いてきた。
「いー感じ。課題ですんだよ」
「本当にいいのか?全く、無欲な男だな」
「えっへっへ、これもアズのおかげだな」
「あ、…アズ!?」
「あだ名。俺の事も何か呼んでみてよ」
「『狂戦士』」
「うお殺す気!?ダメージでかいわ…」
「じゃあ、ギン」
「あ、そうそう喋り方、学校じゃ変えないけど、出かけた時とかは変えるからよろしく」
「何だそれ」
「演技のれんしゅーだよん。ま、アズは俺の事親友って言って庇ってくれたみたいだしぃ?」
ニヤニヤすると、「あ、あれはその」とごにょごにょ言っている。
「おーおーかわいいじゃないか~。うりうり」
頭をわしわしすると、「崩れたじゃないか!」と怒られた。
ギルドマスターは大満足のようです。
次回こそ職場見学です…。