理不尽、それが組織
デート回?そんなもの嘘だ!!
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文体を修正しました。
「わーい…仕事終わったー!明日は和菓子三昧ダー!」
朝の四時。俺は半分壊れかけつつ最後の書類を済んだ山に移し変えた。未処理の書類は全て消え、窓を開けると朝焼けが眼に飛び込んできた。
「ふふ……今日は思いっきり遊んでやるお……」
その予定が崩れることなど、俺は全く考えていなかった。
「ね、寝たのか!?顔色が悪いぞ」
「ふっふっふ、俺はアズサと遊ぶためなら残業など省みないよ…」
「少しは寝ろ。俺のせいで無理して仕事に支障が出たなんて嫌だ」
知るものか。俺はそう思いつつも机に突っ伏す。ひんやりとした冷たさが気持ち良い。そこで意識は途切れる。
「…きろ。授業が始まるぞ」
「うぇ?アリサ、書類はそこに…」
「寝ぼけるな」
落とされたチョップに反応して掴み取ったところで覚醒。
「あ、お、起こしてくれたんだ?」
「起きていたのか?」
「つい反射で。うっかり熟睡してた、もう授業か」
「ああ。レギオは次は召喚学だそうだ。俺はすでに色々呼び出した実績もあるし、指導者と呼べる人もいる。先生に教わるより実戦的だろう」
なるほど、理にかなってる。確かにレベルが高すぎる召喚獣を迂闊に呼んで、暴れられでもしたら戦闘になるため、慣れていないと対処などできるわけない。
そう言えば、久しく奴らを呼んでない。
体を動かすのにちょうど良いこともあるが、何より陣を魔法力を行使して描かなければいけないため、下手をすれば詠唱より時間がかかるのだ。俺は30秒ほどだが、何しろ無防備になるため、訓練や時間のあるときでしか使わないし、奴らもそう簡単に使われてはくれない。大体あんな伝説級の生き物がほいほい従ってたら、おかしいだろう。
というわけで、覚えるために使ったときと戦闘訓練目的以外、呼び出したことも無かったのだ。
大体訓練といっても、地形が変わる戦いにそうそうギルドが許可を出すはずも無く、すぐに魔方陣が消されるのも常だったからだ。
「アズサも自習かあ。じゃあ、詠唱破棄の訓練しよう?俺もそこそこ頑張ってみるからさ」
提案すると簡単に乗ってくれた。
「…だいぶ慣れてきたが、やはり魔法での消耗はきついな」
ぶっ倒れているアズサに手のひらをかざし、反射で使いそうになった三構築魔法の、無詠唱回復をギリギリでセーブして、何とか初歩の初歩である一構築の回復魔法を詠唱し、それでも走れるくらいに回復する。
「こういう魔力コントロールはすごいものだな」
げ。
そう言えば回復魔法は精密な魔力コントロールを要するとか何とか文献で読んだような気がするようなしないような。
「いやあ?……これは、隊員が倒れたときとかすごい怪我をしてきたとき、救援が足りなくなったらかける魔法、程度かな。でも詠唱破棄だとてんで駄目になるんだよね」
「そう、か。それぞれ向き不向きがあるからな、俺には強制は出来ない」
「そう言えば次の時間は歴史、だっけ?」
「ああ。記憶力がいいから大抵のことは大丈夫だろうが」
「うん、まぁね」
さすがにアークの班員他の班も覚えてたり、受付嬢やら事務員の顔も名前も覚えてるなんて言われたら、気持ち悪いしね。だけどやっちゃったものは仕方が無い。
そして予想の範疇ではあると思うが、クラスの顔も名前も分かっている。
そう言えば、レギオの正体?ってほどでもないけど、何した奴なんだろう。超えるべき相手とか言ってたし、ここはあたりをつけて。
「今はどうだか分からないけど、敗因ってなんだったの?」
「レギオ、か。前回の少年魔道大会、決勝で敗退したのだが、あの時俺はスタミナが今ほどなくてな。対人戦闘では速攻で決めていたから、実力が拮抗した相手に長期戦に持ち込まれたらひとたまりも無かった。だが、裏を返せば――俺が敵う相手でなければ止められなかったのだ」
「なるほどね。で、今は?」
「レギオには遠く及ばないスタミナだ」
なるほど。アズサは知らないかもしれないが、実はスタミナはそこそこ魔力量と関係があるのだ。実のところ、伸びしろは大きく作用するかもしれないが、スタミナを上げればいまいちな才能の持ち主でも、なかなか良い線までいくことができる。現にそうやって叩き上げできた班長を俺は知っている。
「スタミナは大事だよ。そういう叩き上げの班長もいるしね、体力つけるメニューなら俺がコーチしてあげられるよ~」
「本当か!?ぜひ!ぜひ頼む!」
手を取られ、顔が近くまで迫る。
近い。長いまつげだのばら色の頬だの柔らかそうな唇だの、
「近いよ?」
「!?………すまない、取り乱した」
するすると後ろに下がると今の行動を反省するようにうなだれる。と、遠くの方で歓声が上がる。耳を澄ませてみると、ガーゴイルの鳴き声が幽かにした。何かが壊れる音と、続いていくつかの悲鳴が上がる。
状況から判断するに、暴走だろう。
「あー、ここの教師陣だと召喚獣の暴走って?」
「無理に等しいだろうな」
「そっか。俺、ちょっとギルドにエクスキューズミーしてきたほうが良いかな?」
「……お勧めはしておく」
「うぇーい」
俺は走り去り、転移門に駆け寄ると同時に転移魔法を構築、自分の部屋へ飛ぶ。髪色を戻し、髪留めを解いて前髪を下ろすと一分もかけず着替え、召喚授業が見える屋上へと飛ぶ。
「あちゃー、これはあれだな、うん。けが人はいるけど死人は出てないから良いや」
レギオの憧れを得るイベント開始しちゃったよ。出来ればレギオルートは回避したかったんだけど仕方ない。
三構築魔法チェインでガーゴイルの動きを止める。だが腐っても幻獣だ、あれくらいで倒せるはずもない。ガーゴイルの周囲に倒れている生徒や教員に並行的に三構築魔法の無詠唱回復、『ヒーリング』。その範囲に驚愕した少年が上を見上げるとそこには誰も居ない。
だってもう下に転移したもんね。
俺の班長の黒いコートを見て、レギオが驚愕に顔を引きつらせる。完全仕事モードの俺とあのヘラヘラニヤニヤを一緒にされては困る。
「ばっ…『狂戦士』!?」
声バレを防ぐために頷いただけで、声が上がる。俺はガーゴイルの頭を右手の人差し指だけで地面に叩きつけた。
「キィィィイイイイ!?」
召喚した獣はある程度のダメージを負うか、陣を消せばいい。ご多聞にもれずこのガーゴイルも頭を打ちつけられて気絶し、雲散霧消する。
「す、すげぇ…」
修繕の魔法を行使して直しながら、怪我人の数を数える。誰かがアークに連絡したようで、九班の若い班員がやって来る。
「げ、げえ!?ぎっ…バーサーカー様」
俺の威圧に気づいた隊員が名前を言いかけてやめる。いい判断だ、言ってたら殺してる。
「…向こうで話そう」
「は、はい!」
結論としては、学園外でレギオの師匠を探す事を提案し、アークからはその手伝いのため人材派遣は一切しない、と伝えた。ぶっちゃけ実戦で使える見込みのない奴を育てるより才能に長けた奴をとったほうが楽だが、才能だけでもダメなのだ。
その点ウンディーネまで呼んでおきながら、師匠の前以外で発動できないと言い切るアズサは好感度が高い。
まあ俺はアズサを腰を据えて育て上げる気満々だし。
「あ、そう言えば、アズサ…」
「あ、あのっ!?バーサーカー…様ですよね」
目の前には少々背の低めな、黒髪ポニーテール。アズサの身長が低く見えるのは、ブーツのせいだろう。
「俺の友達が呼んだんですか?」
「…ギンのことか?」
笑いかけの班員を後でボコすことを決めて仕事モードの声で聞く。
威圧感に足を震わせながら、アズサはそれでも頭を下げて礼と謝罪を言う。
「彼は学友を守るために必死でした。まさかこんな所にあなたを引っ張り出せるほど偉いとは思えませんから、無茶を言ったのも分かりますが、ギンをーー俺の親友を大目に見てもらえないでしょうか」
俺の評価ひっく!?
ああ、でも『親友』か。
悪くない。口元が緩み、アズサの頭をポンポンと撫でるように叩く。
「ギンに盾つける奴は稀だ、仕事の鬼だからな。サボりなど見つかった瞬間に説教に入る。その間も手を止めず、だ」
「え…」
意外そうな顔をしながら、アズサは困惑している。
「今回の件で結果怪我人は出なかった。彼に下す処罰などない」
あってたまるか。修繕までやったんだぞ、大目に見てくれ。
「ありがとうございます!」
「アークに憧れを持つのなら、彼の指示には従ってみるといい」
「はい!」
騙すようでアレだが、これでアズサも俺の指示には従ってくれるだろう。
「損害ゼロ。怪我人は治した感じじゃ十八、それにしてもガーゴイル一匹抑えられねぇで何が召喚学だ。才能ある奴は余所行けよ」
悪態をつきながら書類を数分で書き上げ、叩きつけるように判子を押してアリサに突き出し、他の数枚の書類も目をサッと通して溜息をついた。
「俺戻る」
「了解です。今日は執務開始が少し遅れるそうですね」
「ああ。場合によっちゃ…」
「その辺りはアガリを調整すれば問題ありません。デートと聞きましたから」
「あぁ…?ぶち転がされてぇのかアリサ」
「いえいえ。私は簀巻きにされたいです。本当にデートだなんて露くらい思ってます」
「チィッ…!」
アリサはちょっとマズイ女性だ。見知らぬ人にはドSで客と上司にはドM、その上腐っている。
さっさと仕事を片付けよう。
「いっやー今戻りました!こってり絞られちゃった☆」
教室の外に立っていたエミリエ先生に声をかける。
「…事務員のお前が、大事にしてくれたな!?」
あれ、エミリエ先生が怒ってる。
「え?何が問題ですか?」
「わざわざ狂戦士など呼びおって!到着こそ遅れたが、通常の班員でも出来たはずだ!」
あ、そういうこと。要するに、
「礼の一つもなく学園の名誉に傷をつけた俺を処分しようと決まったんですか?」
「ぬっ…!?」
コレだから嫌なんだ、外聞と体裁を整えるだけの無能集団は。
だいたい今日のこの地区担当の新人二人は、召喚の魔法が一切使えないのだ。しかも召喚獣とは戦闘経験はなく、これからじっくり鍛えてやるつもりだったのだ。
「いいですよ、停学?何なら退学にしてみます?」
「…そうか。では貴様に三日間の停学を言い渡す!」
「…せんっせい!!」
アズサが扉を開けて教室から飛び出して来る。何か反論しようとするのを抑え、俺はにっこり笑った。
「はい。慎んで受けます」
「なぜ俺に黙るように言ったんだ!」
「アズサもなにか処分を受けちゃうのは不公平でしょ?あの人…結構立場なんて無視してうごいちゃうから」
ランクUだのなんだの言われても、結局は人の子だ。人を思いやり、喪失に絶望し、絆に命を懸ける。
「アズサが俺をかばおうとしたのは嬉しいけど、俺は主人公になりたいわけじゃない。脇役上等、むしろ主役はレギオなの」
「だけど俺は!俺だけは、…ギンの味方でいなきゃいけないんだ。他に誰がお前を分かってやるというんだ!?」
「ありがとね、アズサ」
ぎゅうっと抱き締めると、柑橘と花の混じったような匂いがした。身じろぎもせず、硬くなっただけのアズサは拒絶すらしない。
「三日経ったら帰って来るよ。アークで仕事もあるし、ちょうどいい整理期間だよ。それが終わってお休みもらえたら、和菓子屋さん行こ?」
「…ああ」
理不尽の嵐です。
次回、レギオが狂戦士信者になります。