詠唱破棄できないのは教え方が悪い!
詠唱破棄の練習です。
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文体を修正しました。
「ギン班長、これが予定表です。そう言えば学園でどんな格好をしているのか見せてくださらないと、困ります」
アリサのさらっといった言葉に、俺は疑問を呈する。
「何が?」
「うっかり班員やら他の班の人が『ギン班長』などと呼ばないようにとの予防の意を込めて、でしょうか」
それもそうだ。うっかりそんなことを呼ばれた日には……将来を嘱望(笑)去れているとでも誤魔化しておこう。うっかりそんなことが無いとも言えないし、この班員達は全くもって侮りがたいからだ。
「ほれ」
髪の毛に三構築魔法、色彩変化を起こす魔法をかけ、前髪をかき上げると後ろをゴムで留める。と、フーチが書類を抱えてやってきた。
「失礼しま……班長?ですよね?」
「ああ。俺だ。学園ではもっとにこやかにやっているから、よほど俺を見慣れたお前らか、班長でないとわからんだろうな」
「へえ、すっごい印象変わりますね。チャラいです」
「そういう見た目に設定してあるんだから、そうなるだろ。さてと、うっかり班長なんて呼ぶなよ。五月の職場見学、ちょっと楽しみが出来たんだから」
「え?楽しみ?家を案内する子供のよう……あ、班長友達が出来たんですか!?そうかあ、あの班長に……」
ともだち?
「とも……だち?」
「だってそんなににやけてる班長、俺見たこと無いですし」
「にや!?」
口元が緩んでいる。なんというか、これは、その。
「……そうか、友達か。だから俺は楽しみだったんだな。フーチ、書類」
「あ、はい」
その後、書類不備にしてはちょっと優しい罰がフーチには下った。
「初授業、といっても昨日がそうだったんだよな。中等部での復習として一通り、ね。そう言えばギン、どうして召喚魔法は取らなかったんだ?弱い魔法師が唯一活躍できる場だろ?才能さえあれば」
うっかりでヘカトンケイルだのケルベロスだのスフィンクスだの呼んだ俺がどうして一般授業で雑魚を呼べるだろうか。魔界から呼び出す際は魔力は潜在的なものまで奪われていくため、それはほぼ無理だ。
「いやあ、ギルドの人にお前は召喚魔法には向いてないって言われてね」
「そうか…悪いことを聞いた。ヤヨイはどうなんだ?」
「俺は、一度だけやったことがある。ウンディーネを呼び出すことが出来た」
「おお、すごいな。確か高等部の大会からは召喚獣を使えたはずだから、今はパワーバランスがどうなるか分からないな」
レギオははははと笑い、アズサは褒められたのが気に入らないのかつんと澄ました顔をして、そっぽを向いてしまった。
「そう言えば今日は詠唱破棄の実践だったね。俺楽しみだな~、そう言えば二人は出来るの?」
「…まだ。あと少し」
「俺は一構築くらいなら」
全くすごいとは思っていない。何しろ俺が5歳のとき、基礎的な魔法を無詠唱でやらされたのだから。周りも普通に使えたし、何より詠唱などしていたらあっけなく死ぬ。アークに入るには詠唱破棄が最低ライン、しかも三構築魔法は必須なのだが、到底レギオにそれが出来るとは思えない。というか、まだアズサのほうが見込みありだ。アズサの魔力は現時点では少なめだが、割と伸びしろがある。そして、コントロールはレギオにはるかに勝っている。
「じゃー、アズサが今日出来たら、レギオに追いつけるねぇ。俺はギルドの人から理論とかコツは聞いたりしたからアドバイスは出来るけど、空しいかな、才能がてんでないから出来なかったんだ。後でアズサにも教えたげる!」
「あ、ありがとう…ギン、そろそろ片付けよう。学校に行く」
「いえっさ!」
レギオは最後のひとかけらを飲み込み、謎の液体をごくごくと飲み干していた。
「それでは、詠唱破棄の前に、魔法の三要素をあげなさい。リリア」
「はい!詠唱、魔法名、構築です」
詠唱は長ったらしく、面倒だが、安定的に魔力を供給することが出来る。いわば道路作りだ。魔法名は魔法をイメージする上で重要であり、無いと発動できない、あるいは発動しても威力が弱くなることが多い。そして構築、こればかりは避けて通りようの無い段階だが、非常に早く発動でき、数秒からコンマいくつまでとかなり隙の無いものになる。
ちなみに第〇班は無詠唱が普通だ。
「詠唱破棄は、普通の魔法師でも出来ないものが多い。理由は?スティーヴ」
「魔力供給とイメージの平行操作が難しいからです」
「正解だ。現段階でいくつの構築魔法まである?アズサ」
「六、です」
この間俺が作った魔法では七だが、まだ誰にも見せていないので六で正解だ。エミリエ先生は満足そうにうなずくと、「では、詠唱破棄の論理を説明する。各自行ってみよ」と言った。
詠唱破棄の論理は簡単だ。魔力を安定的に供給するため、必要な魔力を練る。そして、イメージを普段の十倍は強くして魔法名を叫ぶ。
位でいいのだが、全然アークとは教え方が違う。
「まず、魔力を出来るだけ多く練っておく。そして、心の中で詠唱をしながら、いつものように魔法名を叫んでみる。このときにイメージするのはいつもと同じような魔法だ。けして欲張ったものを望んではならない。魔力を練るのには時間がかかるから、五分で発動できれば御の字だ」
は あ ?
五分も発動にかかったら全滅だよ。とは言えず、寝ててもできる無詠唱を学ぶことになった。
「…くっ、」
苦しそうにアズサが呻く。無駄遣いなことこの上ないが、仕方が無い。教え方が悪いのだから。
俺はできないという風に、周りと同じようにゆっくりと首を振り、諦めて出来なかった側の人に混じる。今はファイアボルトのはず、
へろへろへろ……ぷすん。
へろへろへろ…どしゃ。
なにこの失敗作どころかアークじゃ椅子からずり落ちるほど笑われる魔法。
俺はそこそこの威力はあるが、的に届いてもそんなにたいしたことは起きないほどに魔力を抑え、詠唱を開始する。
「炎よ、あらぶる赤い舌よ。魔物を滅し、われを救済する炎よ。そは赤く輝き美しく照り映え、人々の恩恵とならん。消滅と破壊を運命付けられし炎よ、今こそわれの願いを聞きたまえ――『ファイアボルト』」
なっげー、だっせーと思いながらも発射する。思惑通り、的に届いてたいしたこともなく消える。
「なかなかやるな、ギン」
「詠唱もスムーズだな」
アナスタシアとシンシアを両手にぶら下げながらやって来たレギオと、男子からの視線をうっとうしそうにしているアズサ。
「いや、二人は的を破壊してるもんね。羨ましいこと限りないよー」
「良かったらレギオの無詠唱を見学しないか?」
二人の女性の「モブはお呼びじゃないんです」「モブはいらないかなぁ」という声を聞き流し、ありがたく見学。
四分三十秒が経過。
「ふぁ、いあボルトっ!」
手元から出た炎が、的をわり砕く。
「どうだ!?アークの人も納得するだろう!」
「うん、詠唱破棄の時間がもうちょっと短い方が良いんじゃないかな」
「そうか!ありがとう」
二人はもうモブはいりませんね、いらないよぉとレギオを引っ張っていく。その様子を見ながらエミリエ先生がレギオに嗜虐心たっぷりの笑みを浮かべてついていく。
「さてと、アズサ。魔力残り二発分くらいかな?」
「あ、ああ。もう詠唱破棄は撃てないな。詠唱ありの練習を、」
「じゃ、詠唱破棄。教えたのとは全く違うやり方だよー」
「な!?」
俺はさっきのやり方をてきぱきと話すと、にこっと笑った。
「やってみ?」
「あ、ああ…すぅ」
魔力は既にファイアボルト一個分たまった。30秒、悪くは無い。
「もう撃てるけどね。さて、イメージする。校舎を燃やし尽くすほど大きい炎。いいや、世界さえ覆ってしまうほどの激しい炎。イメージしながら叫んで!」
「ファイアボルト!」
一般人は視認できないほどのスピードで的に激突し、燃やし尽くす。生徒は大抵自分のことに集中していたため、詠唱を破棄したことにも気がつかなかった。
「な、……何これ」
「ねー?アズサならできた。ほら、レギオより発動も早かったし、これで詠唱破棄だけなら無問題。で、アークへの入会条件は、三構築魔法を十秒以内に詠唱破棄で作ること」
「……到底、無理かも知れない」
「今の方法は、詠唱破棄としてはかなり強引なやり方だよ。魔力の調整とイメージが出来ない人はやっぱり出来ないしね。魔力は必要な分だけ、そしてイメージは極端に。これが鉄則だから、発動しない限りはその二つは毎日訓練した方が良いよ」
「ああ、分かった」
こくんとうなずくアズサは、やっぱり愛らしいものだ。
「ここまで出来るのに、どうして君は失敗するんだ」
「俺?やる気と実力が無いんだよー。天賦の才は謀略と記憶力にもってかれちゃったかにゃ」
「そう、か…悪いな、今度何かおごろう」
「マジで?じゃ、俺明日の放課後なら無理やりにでも空けるからさ、アズサのお勧めのとこつれてってよ!」
「お、お勧め!?……わ、和菓子屋……」
「和菓子!?俺練り切りが大好きなんだよね。あーでもみたらしとかも捨てがたいし、何より「どら焼き」なんで分かったの!?」
「まさか和菓子好きがここにもいるなんて」
「だってお仕事中のお供買ってくるのが俺じゃないと、ポテチとかクッキーとか、果てはケーキだし。もたれるっての」
主に買ってくるのアリサだけど、フーチだといつも肉まんになる。
「じゃ、明日の放課後。俺のおごりだから、気にしないで」
これは、初めて友達と遊びに行くフラグじゃないか!そう思いつつ、俺は今日中に仕事に目処をつける算段を頭の中で立てていた。
次回、デートでs
メゴッ
嘘です。友達と遊びに行きます。